未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

日野行介や高田昌幸による日本のための報道を知らない国民たち

「県民健康管理調査の闇」(日野行介著、岩波新書)、「被災者支援政策の欺瞞」(日野行介著、岩波新書)、「除染と国家」(日野行介著、集英社新書)を読みました。日野行介という素晴らしい記者を知らなかった自分を恥じると同時に、日野の報道が日本で広まっていないことに落胆しました。日本人であるなら、とにかく上記の本を読んでほしいです。

福島原発事故は日本の悪い部分がすべて出た事件だ、といった批判がありますが、上記の本を読めばその批判の通りだと痛感するのではないでしょうか。

小沢一郎も「日本改造計画」で批判していたことですが、日本では、国会を含めた公開の会議では形式的に議論するだけで、事実上の儀式となっています。実質的な議論は非公式の秘密会議でよく行われています。このため、問題の本質が一般人には理解できない弊害がよく生じています。上の三つの本では、原発事故の事後処理で、そういった秘密会議が蔓延していると分かります。

原発事故の事後処理では、うんざりするほどの不正がはびこっています。日本は第二次大戦に負けただけでなく、第二次大戦からの教訓も現在に至るまでろくに得られていませんが、関東壊滅の危機に瀕した福島原発事故を起こしただけでなく、そこからの教訓もろくに得られていません。いえ、第二次大戦後、憲法改正して基本的人権を伸長させて、経済成長は成し遂げられたのに対して、福島原発事故は事後処理すらここまで杜撰なので、第二次大戦の戦後処理よりも福島原発事故の事後処理は明らかにひどいです。

上記の本は日本人なら、ぜひ読んでもらいたいです。「除染と国家」と「県民健康管理調査の闇」だけでも読んでもらいたいです。最低でも「除染と国家」は読んでもらいたいです。

それにしても、ここまで社会的価値のある報道が、なぜ広まらないのでしょうか。日本の大手マスコミは、どれも大きな事件を1分でも早く報道することに熱を入れています。しかし、たとえ日本の首相が変わった情報を1日遅れて発表したとしても、社会に大した影響はありません。それよりも地道な調査により、国家が隠していた情報、国民の誰も知らないが、知るべき情報を広めることこそ、本来の報道人の仕事のはずです。莫大な税金が使われた福島原発事故の公式な除染で、福島原発事故の原因となった「村社会性」がいまだ蔓延していると知っている日本人はどれくらいいるでしょうか。「危険な情報を出すと、大衆は必要以上に恐れる」「だから、できるだけ危険な情報は出さない」「危険な情報を広める奴は徹底的に排除する」といった態度により原発安全神話が生まれ、「原発村社会」が完成し、福島原発事故が起きました。その間違った態度が除染事業ですら貫かれていると、私は全く知りませんでした。補給路を度外視して戦争したから大敗北を喫して、その失敗を痛感している国民が、次の戦争で性懲りもなく補給路を度外視するようなものです。

「真実」(高田昌幸著、角川文庫)を読んでいた時も高田記者について同じことを思いましたが、なぜ日野記者がもっと評価され、報われないのでしょうか。欧米の先進国なら、日野は国民的英雄になっているはずです。単に空気が読めないだけの「新聞記者」(望月衣塑子著、角川)の望月記者よりも、遥かに価値のある地道な報道をしています。日野記者や高田記者が絶賛され、社会から賞賛されなければ、日本に彼らに続く記者が現れなくなるでしょう。情けないです。

残念ながら、世界に誇れるほどの価値ある報道をしていたのに、日野記者は福島原発事故の報道現場から離れてしまい、高田記者は北海道新聞を辞めました。こんな事実を知るたびに、日本から逃げたいと私は考えてしまいます。

日本で女性があまり社会進出していない最大の理由

日本の結婚社会学の第一人者と私が考えている山田昌弘の「結婚不要論」(山田昌弘著、朝日新書)からの引用です。

 

欧米では、男女とも経済的に自立して他人には頼らない。日本で一般的な夫が妻に稼いだお金を全部渡すというのは、あり得ないことなのです。

日本人の女性は、当然のように「結婚したら、夫のお金は私のお金として管理できるはずだ」と思っていますが、欧米では男性も女性も、そういうことはあり得ないと思っています。妻も自分で稼ぐか、夫が自分の稼ぎから自分のこづかいを差し引いて、残った一定額を生活費として渡すことが当たり前なのです。

アメリカのロサンゼルスのマッチング業者は、アメリカ人男性と結婚した日本人女性が驚く典型的な例として、この家計の分離を挙げていました。事前にそうした説明をしていても、トラブルは絶えないそうです。

実は、欧米でフェミニズム運動が強かった要因の一つは、こうした「経済生活の自立」すなわち自分で自由に使えるお金が欲しいという動機があります。逆にいえば、女性が夫の収入を全部コントロールしていることが、日本でフェミニズムがあまり浸透しなかった大きな理由だと思います。

 

「大きな理由」というより、「最大の理由」でしょう。

 

山田昌弘は2006年7月1日の週刊東洋経済で「女性が結婚しないのは高収入の男性を求めるため」と題した記事を投稿しています。「未婚女性が結婚相手に求める年収は、現実の平均年収に比べれば相当高い。このことを10年以上私は言い続けているが、大きく取り上げられることはなかった」「根本的な原因にはメスが入れられず、根本的でない要因のみが強調される。『出会いがない』とか『キャリアが中断される』から少子化か起きると言っていれば、誰からも文句を言われることはない。どうも、日本社会は、本気で少子化対策を進めたいとは思っていないようだ」と書いています。

私も全く同感です。

「結婚や子作りに国家が介入すべきでない」への反論

「結婚や子作りに国家が介入すべきでない」という意見があります。結婚や子作りは究極の私的領域であると信じている人にとってはこの意見は当たり前すぎて、議論の余地がない、とまで思っていたりします。

しかし、個人所有の土地、財産に関しても税金や規制があるように、あるいは信教の自由があってもカルト宗教は制限されるように、あるいは表現の自由があってもヘイトスピーチが規制されるように、あらゆる私的領域に国家が介入することはあります。

少子高齢化がここまで大きな問題(何度か書いているように、私は日本の最大の政治・経済・社会問題と考えています)になっている以上、それと密接に関係している結婚や子育てに国家が介入するのは当然です。そもそも、LGBTの結婚問題もそうですが、ここでの「結婚」は法律婚であり、国家が認める結婚です。国家が認めない「結婚」なら、自己責任で自由にすればいいのかもしれません。しかし、国家が認める結婚を求める以上、子作りはともかく、結婚に国家が介入するのは、やはり当然だと思います。

「日本婚活思想史序説」(佐藤信著、東洋経済)という本では、なぜ国家が結婚に介入するかについて、詳細に論じています。たとえば、「生涯未婚時代」(永田夏起著、イースト新書)の「結婚する/しない、子どもを持つ/持たないは個人の選択によるもので、少子高齢化によって社会制度の維持が困難になるのであれば、子どもを持つことで調整するのではなく、社会制度の方を見直すのが本来です」という意見を批判しています。なぜなら「子どもを生まない選択については個人の権利を主張しながら、子どもを生まないことによって生じる損害については社会全体の負担義務を主張している」からです。こんな理屈が通れば、「私はムカつく教師がいるので、学校へ行かない選択をしたが、そのために私がバカにならないための補償を国家がするべきである」という理屈も通ってしまいます。

義務教育制度に支えられた教育を受け、国民皆保険で安価な治療を受けられ、日本円という通貨を利用し、警察消防などの国家機能の恩恵を受けている以上、日本人一人ひとりが日本全体の社会問題を解決する義務をある程度負っています。

何度も書きますが、子どもが全くいなくなれば、医療、介護、食料生産、製造、流通、治安など、生きるために必須の社会活動が将来的に成り立たなくなります。もちろん、急に子どもが全くいなくなるわけではなく、子どもの数がだんだん減っていくわけですが、それでも社会インフラの維持が難しくなっている地域は、既に日本の過疎地域のあちらこちらに生じてきています。これらの責任は、子どもを作らなかった人たちにあります。「結婚しようとしたが、できなかった」人あるいは「子どもを作ろうとしたが、作れなかった」人は仕方ないかもしれませんが、「結婚できたのに、しなかった」人あるいは「子どもを作れたのに、作らなかった」人は間違いなく責任があります。

とはいえ、「性の問題は敏感である」ので、「結婚や子作りに国家が介入すべきでない」という信念を強く持っている人の気持ちも分からなくはありません。これまでその信念を自明としか考えていなかった人は、「日本婚活思想史序説」などを読んで、その信念が社会的におかしな側面があったことに早く気づいてほしいです。

LGBTはよくてロリコンはダメな理由が分からない

朝日新聞など「人権派」はLGBTをとにかく擁護したがります。村上春樹の「ノルウェイの森」は「同性愛が悪である」とろくに考察もされず決めていたのに、ベストセラーになっていました。やはり30年も前に出版された「ノルウェイの森」など、昔の価値観の小説とみなすべきなのでしょうか。

私はカナダでも日本でも近い友人にゲイがいたこともあり、LGBTへの社会的な差別には基本的に反対です。ただし、現在のカナダや日本社会ほど積極的に擁護するのはおかしいと考えています。特に「同性婚は認めるべき」を問答無用で正しいと考える意見には大反対です。なぜなら、日本の最大の政治・経済・社会問題である少子化と密接に関係しているからです。

とはいえ、実は私も同性婚に完全に反対なわけではありません。同性婚であっても養子を受け入れるなら、少子化を促進しないので、ある程度認めていいと考えています。逆にいえば、異性婚であっても子どもを作らないのなら、法律上の結婚として認めるべきでないと考えています。それについては「未婚税と少子税と子ども補助金」に書いた通りです。

LGBT問題は性教育問題と似た側面があるように感じます。一時期、あるいは今もそうかもしれませんが、「性教育は恥ずかしくない」と変なキャンペーンを行っていたグループがありました。しかし、「性教育は恥ずかしくない」は現在まで一般的ではありません。性行為を大っぴらにすることは異常ですし、犯罪です。どの時代のどの地域の社会でも、性は隠すべきものとの道徳があります。「性教育は恥ずかしくない」が一般化することは、未来永劫ありえませんし、あるべきでもありません。どんなに性教育普及グループが頑張っても、「性教育は恥ずかしすぎることはない」くらいまでしか進まないでしょう。

同様に、LGBTを大真面目に社会全体でここまで認めようとする運動は、どこか滑稽に私には感じます。性別による差別は確かにいけませんが、性的嗜好による差別は完全にいけないのでしょうか。もしそうなら、オタク業界でよく言われるように「LGBTがダメで、ロリコンがいけない理由は?」に答えられるのでしょうか。ここ30年ほど、LGBTが社会で許容されるのと対照的に、ロリコンは社会で許容されなくなっています。LGBTロリコンも、どちらも性的嗜好です。こちらが正義で、そちらが悪だと一方的に決めつけるのなら、それこそ差別です。

LGBTについて議論する前に、性差別と性的嗜好差別は厳格に区別すべきでしょう。ひと昔前まで、LGBT(性別違和)はロリコンペドフィリア)同様、精神疾患でした。性別と違って、後天的に変えることがある程度できる問題と考えられていました。性的嗜好に限らず、あらゆる嗜好、嫌悪感情は本能に基づくので簡単には変えられませんが、社会で生きる上では、嗜好や嫌悪感情を矯正すべき時もあります。私を含めた多くの人は、本能に抗いながらも、自身の嗜好、嫌悪感情を抑えてきた経験があるはずです。

10月31日の衆院選で、サイボウズ社長の青野慶久が「同性婚を認めない理由が分からない」と「同性婚を認めない政治家」をリストアップして、その政治家だけは落とそう、というネガティブキャンペーンをはりました。上記のように、私は同性婚に完全に反対ではありませんが、この運動には強い違和感がありました。

LGBTの差別には反対である。同性愛者は自由に恋愛して、同棲もしてもらっていい。ただし、同性婚を法律上の結婚とするのはおかしいだろう」が私の意見です。だから、同性婚は賛成か反対かどちらか選ぶなら、私は反対になります。青野のような人からすると、私は差別主義で人権意識の低い人なのでしょうか。そうみなされるのは納得できません。

親密な友だちは異性同士であっても家族として認めないが、親密な同性愛者同士だと家族として認める正当性が分かりません。また、友だちと恋人の区別はどうやってつけるのでしょうか。

実際の医療や福祉の現場では、キーパーソンという言葉が一般化しており、同居していようがいまいが、本人の意思決定の代理を事実上行っている者をある程度、尊重しています。キーパーソンの意見を無視して、医療や福祉が実行されることは稀です。同性婚法律婚でなかったとしても、同性の事実婚の相手を常に無視していることは、そうないはずです。逆に完全に無視していたとしたら、それこそ差別なので、裁判で訴えればいいでしょう。同性の事実婚相手を明らかに不当に扱っているのに、裁判で負けたなら、その裁判が間違っていると私も考えます。

青野はこういった見解を全て知った上で、自分が正しいと信じ切っているのでしょうか。もしそうなら、青野の方こそ間違っていると私は確信します。

ネットは社会を分断しないが、ネットの議論は分断しがちな理由

前回の記事の続きです。

「ネットは社会を分断しない」(田中辰雄、浜屋敏著、角川新書)では、個人の保守とリベラル度合いを次の10個の質問に対して「強く賛成(-3)」「賛成(-2)」「やや賛成(-1)」「どちらでもない(0)」「やや反対(1)」「反対(2)」「強く反対(3)」の7段階のアンケートで示しました。

1,憲法9条を改正する

2,社会保障支出をもっと増やすべきだ

3,夫婦別姓を選べるようにする

4,経済成長と環境保護では環境保護を優先したい

5,原発は直ちに廃止する

6,国民全体の利益と個人の利益では個人の利益の方を優先すべきだ

7,政府が職と収入をある程度保障すべきだ

8,学校では子どもに愛国心を教えるべきだ

9,中国の領海侵犯は軍事力を使っても排除すべきだ

10,現政権は日本を戦前の暗い時代に戻そうとしていると思う

1,8,9は賛成するほど保守で(答えの+-を逆転させて計算)、他は賛成するほどリベラルとみなしています。10個の回答の合計点を10で割ると、次のように、ほぼ正規分布に近くなったようです。

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この平均値は-0.2であったので、-0.2からどの程度離れているかで、その人の分極度を示します。たとえば、10個の質問の平均点が0.7なら分極度は0.9で、平均点が-0.4なら分極度0.2です。

この分極度の年代別に示したグラフが下のようになります。

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高齢者になればなるほど、政治的に極端な意見を持っているようです。これは分断が進んでいる原因がネットの使用にある、との仮説と矛盾します。若年層であるほどネットを使用しているからです。

同じような研究がアメリカでも行われていますが、インターネットの普及で分極化が進んでいるのは高齢者であることが示されています。

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なぜでしょうか。

長くなるので省略しますが、実はネットでは選択的接触はあまり起こっていなかったからです。つまり、ネットは情報取得が無料で容易であるため、自分の反対意見にも多く接していることが「ネットは社会を分断しない」で統計的に示されています。もっと書けば、従来のマスメディアしか使わない人たちよりもネットを使っている人たちの方が多様な意見に接しているからです。ネットから自分の反対側の意見とも接している人の率はほぼ4割です。アメリカ、ドイツ、スペインの研究でも同様の値が出ているそうです。

それでは、前回の記事に書いたように、ネットが意見を先鋭化させる、との誤解はどうして出てきたのでしょうか。その疑問に答える前に、下のグラフにあるように、多くの人はネットでの議論が不毛であると感じている統計結果を示しておきます。

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この理由は簡単です。ごく一部のヘビーライターが過激な意見を書きまくっているからです。例えば、憲法9条改正について、95%の人は過去に一度も書き込みしたことがありません。一方で、実際にネットに書き込まれた意見の半数は、過去1年間で60回も書き込んだ人たちであり、それは全体の0.23%に過ぎないことが示されています。

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普通に考えれば、強い意見を持っている人ほど、つまり極端な意見を持っている人ほど、ヘビーライターになりがちです。憲法9条に対する意見でも、実際には少数派なのに、ネットでは多数派に見えてしまう珍現象が生じています。このためネットの議論は不毛になりがちなのです。

ネットが生んだ自由と民主主義の矛盾

40代以上の方なら覚えているでしょうが、インターネットの草創期、ネットは政治を良くすると期待されていました。多様な人々が時間と空間を越えてコミュニケーションし、相互理解を進めることができるからです。争いごとは無知と誤解から生じることが多いので、ネットを通じて、多様な意見に出会う機会が増えれば、争いごとは減っていくと夢想しました。

多くの方が知っている通り、現実には、ネットにより分断が生じました。下はその証拠のグラフです。それぞれの政治問題について「強く賛成」「賛成」「やや賛成」「どちらでもない」「やや反対」「反対」「強く反対」の7段階のアンケートを取りました。「ネットは社会を分断しない」(田中辰雄、浜屋敏著、角川新書)によると、全ての政治問題について、ネットを毎日使う人ほど「強く賛成」あるいは「強く反対」の割合が増しています。

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理由は選択的接触にあります。これまでのマスメディアでは、嫌でも反対意見に接しなければなりませんでしたが、つまみ食いが可能なネットであれば、見たい情報だけ、読みたい情報だけ、選択して得ることができます。一般社会では、意見の違う相手と接触しなければなりませんが、ネットであれば考え方の似た者同士だけで交流することも可能です。同じ意見の者同士ばかりで交流していれば、次第に意見は強化され、先鋭化していきます。結果、社会の分断が進みます。

極端な意見を持つ者が多くなる弊害はいくつもあります。

第一に、議論が不毛になることです。異なる意見の者同士の議論により、お互いに気づかなかった欠点を知り、それらを上手く解決する新しい案や妥協点が見つかったりすることがあります。しかし、意見の相違が大きくなると、そのような議論を通じた気づきと改善の努力が放棄され、極端な案のまま硬直して、非難や罵倒を繰り返すだけになりがちです。トランプ前アメリカ大統領の時の政権支持派と不支持派の対立で、このような現象が起こっていました。

第二に、意見の相違があまりに大きくなると、民主的意思決定自体に疑念を持ち始めることです。民主政治は「選挙」で勝った方が政策を実施しますが、この時選挙で負けた側も、勝った側の言うことをある程度受け入れる必要があります。今回は勝った側の政策に従うが、その政策が失敗すれば自分たちの番だと思えます。しかし、意見の相違が大きすぎると、負けた側が選挙の結果に納得できずに徹底的に抵抗して、勝った側の政策が実行できずに、政治が機能不全に陥ります。やはりトランプ支持派と不支持派で同様な対立が生じています。

第三に、異質な二つのグループのうち、片方が少数派に陥ると、選挙では常に負けるため、少数派は民主的な選挙結果を受け入れず、代わりに何らかの実力を行使し、分離・独立を求めたりします。これもトランプ支持派と不支持派で起こった問題です。

このようにネットで自由に意見を言えるようになり、極端な意見を持つ者が増えて、結果、民主主義が機能しなくなる危険性が21世紀に現れてしまいました。この問題が深刻なのは、自由と民主主義が矛盾する構造になっていることです。ネット上で自由な言論活動を許せば、社会の分断が起こり、民主主義が機能不全になります。しかし、言論の自由と民主主義は本来、互いに強め合うはずでした。自由な言論があってこその民主主義であり、民主主義こそが自由な言論を促進したはずです。

しかし、個人が自由にネットを使えば、どうしても同じ意見の者同士で交流しがちです。違う意見の者同士で意見を言い合うのは大抵ストレスを感じるものですが、同じ意見の者同士で言い合えば誰もが賛同してくれるので快感です。保守的な人が好き好んで革新的なグループに入ることなどありませんし、その逆も然りです。

では、どうすればいいのでしょうか。民主主義を守るため、社会の分断を防ぐために、ネットの自由を制限すべきなのでしょうか。しかし、どう制限すればいいのでしょうか。ある意見が「極端」であるかどうかは、主観的な判断です。それに、極端であるが、本質を突いた意見も存在します。言論統制は一度始めると、戦前の日本のように拡大解釈されがちです。そうなると、言論の自由はたとえネットであろうと認めるべきで、それによっておかしくなる民主主義の方を変えるべきなのでしょうか。しかし、そうなると、やはり民主主義をどう変えればいいのか、という問題が出てきます。

以上が「ネットは社会を分断しない」の最初の2章で論じていることです。ある程度、政治とネットについて知っている人なら、上記の問題には気づいていたのではないでしょうか。

「ネットは社会を分断しない」が提示する答えは、その本のタイトル通り、「自由の制限もしなくてよければ、民主主義を変える必要もない。なぜならネットによって社会の分断は起こっていないからだ」になります。

どういうことでしょうか。次の記事に続きます。

酒鬼薔薇事件の犯人の医療少年院矯正のひどさ

刑事司法制度から考えると、酒鬼薔薇事件の犯人は間違いなく更生したと断定している論文があります。日本の法律では、刑期満了後10 年を経過すれば 「前科抹消」 手続きがされ、犯罪人名簿からも抹消され資格制限はすべて解除されるそうです。酒鬼薔薇事件の犯人は実刑を受けたわけではありませんが、社会復帰してから13年間以上犯行におよんでいないので、更生の段階に達していると上記論文は結論づけています。もっとも、同論文は社会的認知としての更生、心理上の更生はできたかどうか不明としています。

社会的認知としての更生、心理面での更生ができていないのに、刑事司法制度上の更生が達成されるのはおかしいので、刑事司法制度を変えるべきではないか、という発想は上記論文の著者にはないようです。「高齢者以上に現役の社会的弱者にも個別事情に応じた人的援助を与えるべきである」にも書いたように、刑務所外での元犯罪者および犯罪予備軍の人的援助が日本では足らなすぎると私は考えています。海外のように、少年犯罪であっても生涯に渡って保護観察下に置く制度を作ると同時に、ボランティアの保護観察司はやめて、仕事としての保護観察官が直接監督する制度に変更するべきです。

酒鬼薔薇事件の犯人が更生したかどうかは、私も判断が難しいと考えますが、かりに更生したとしても、それは医療少年院の教育によるものではない、と私は考えています。犯人を小年院にいた期間と同じ年月、一般社会から隔離して、その終了後に別の名前を与えて、別の場所で生活させていけば、現在のように再犯しなかった可能性は高いと考えています。

そう考える根拠の一つは「絶歌」(元少年A著、太田出版)で医療少年院についての記述がぽっかり抜けているからです。6年半と人生の中で決して短くない期間もいたのに医療少年院の記述は全て省略されており、医療少年院で出会った人たちへの感謝の言葉もありません。一方で、少年院を出てからの保護観察期間については、わずか9ヶ月に過ぎないのに詳細に記述しており、「社会に出て以来、僕を支えてくれた人たちは皆、ひとりの人間として僕と向かってくれたのではないか。この感謝の気持ちを直接伝えたかった」と書いています。繰り返しますが、「社会に出る前」の医療少年院の人たちについて、同様の表現はありません。

医療少年院の矯正が犯人の更生に役立っていないと私が考える最大の根拠は「少年A 矯正2500日全記録」(草薙厚子著、文春文庫)にあります。

この本には医学的に明らかに間違っている箇所がいくつもあります。

たとえば、酒鬼薔薇事件の原因を「100%、男子としての性中枢が未発達だったことによる」と関係者は分析したそうです。普通に考えれば分かりますが、100%、それだけが原因ではありません。

「女子少年院に入ると、ほとんどの女子も性的エネルギーが枯渇して生理が止まる」も俗説なのに、医学的事実のように載せています(こちらの論文にあるように、女子少年院在院者のうち半年間生理がないのは8.4%に過ぎず、ほとんどではありません。同じ論文が示しているように、暴飲暴食する在院者も多いので、そちらが生理不順の原因の可能性も十分あります)。

驚くべきことに、問題を起こした子どもに対して「きみはオナニーの時、どんなシーンで興奮するか」と質問するのは、精神科医にとってイロハのイという記述もあります。私は小児の精神科診察を何度か見学したことがありますが、当然のように、そんな非常識な質問をする精神科医に会ったことはありません。

信じられない、あるいは信じたくないことですが、上記の本によると、犯人の性的サディズムを治療することが、医療少年院での最大の目標になったようです。

さらに、いくらなんでも嘘だと思いたいですが、「女性に恋するようになれば、性的サディズムは解消される」と考えて、犯人が女性のヌードグラビアをほしがったり、監視カメラの撤去をきっかけに自慰行為を始めたりすると、関係者たちは大いに注目し、心から喜んだそうです。周知のとおり、女性の裸で自慰行為をする性的サディストも世の中にはいくらでもいます(むしろ、大多数の性的サディストはそうです)。もしこれが事実であれば、この関係者たちこそ精神科治療が必要だと私は思います。

なお、上記の自慰行為から、ある関係者は「性的サディズムは完治し、普通の青年になっている」と判断し、「再犯の恐れはない。なぜならその原因がなくなったからです」と言い切ったそうです。この発言をした人物は少年の更生判断能力が皆無なので、即刻、辞職させるべきとしか私には思えません。反対の人がいれば、下のコメント欄にその理由とともに書いてください。

性欲以外の面でも、ひどい治療があります。「酒鬼薔薇事件の犯人の両親の罪」に書いたように、犯人が母からの愛を受けていないとの解釈は全くの誤りです。この誤解は、犯人の小学3年生の空想の文章に周囲の者が振り回されて生じています。むしろ、母が犯人を愛しすぎて、無条件で犯人の味方をしていたから、犯人の反社会性が増幅されたことを「酒鬼薔薇事件の犯人の両親の罪」の記事で示しました。

「犯人は母の愛情に飢えていた」は完全な誤解なのに、犯人を医療少年院へ送致することを決めた井垣康弘裁判官は「少年Aを生まれたての赤ん坊の時期まで巻き戻し、その状態から『母』の愛を惜しみなく与えて育てなおすことを期待していた」と語っています。つまり、間違った診断に基づいた治療を期待してしまったのですが、恐ろしいことに、医療少年院精神科医たちも、女医が母親役として愛情を注ぐことで「赤ん坊包み込み作戦」を実行したようです。この間違った治療を実行した女医は「佐世保小6女児同級生殺害事件」の犯人の治療にもあたったそうです。酒鬼薔薇事件で誤診して治療を行った精神科医に、なぜもう一つの難しい更生の仕事を与えたのか不思議でなりません。医療少年院にはそれほど人材がいないのでしょうか。

なお、著者の草薙厚子少年鑑別所の元法務教官であった事実に失望するほど、自然観、人間観、社会観がひどいです。そのような批判は草薙厚子の他の本も含めたamazon書評で繰り返し指摘されています。そのために、実際に矯正に関わった人たちからは心外なほど医療小年院での治療内容がひどく表現されてしまった側面はあるでしょう。

ただし、「犯人は母の愛情に飢えていた」が間違いだと気づかずに、「赤ん坊包み込み作戦」を実行したのは、やはり事実のようです。医療少年院にいた精神科医に限りませんが、犯人の幼少期から現在まで、酒鬼薔薇事件の犯人の精神を診察した医師はろくなやつがいません。

精神科は他の科と比べて非科学的な側面が大きいことまで私も否定しませんが、エロ本でオナニーすることが精神科の治療とされるほど非科学的ではないので、精神医学の擁護のためにも書いておきます。現在まで、性欲ばかりに注目するフロイト学派は精神医学で一定の位置を占めていますが、大多数の精神科医フロイトの学説が非科学的であることを認めています。精神医学はフロイトが創設したとの誤解まであるようですが、精神医学の父と呼ばれているのは、精神疾患を科学的に分類したクレペリンであり、フロイトではありません。

ところで、「『少年A』14歳の肖像」(高山文彦著、新潮文庫)には、こんな記述があります。

犯人が作った像の芸術性の高さに感動した少年院の教官は「すごいよ。これなら被害者や遺族の人たちに慰謝料が払える。陶芸家にだってなれるだろう。充分償いをしたあとで、社会にもどって生活していけるよ」と能天気に言ったそうです。それに対して犯人から「先生たちは甘い。あれだけのことをやった僕を社会が許すわけがない。僕の作品なんて、お金を出して買う人はいませんよ」と反論されました。

この記述からしても、犯人がかりに更生したとしても、それは医療少年院の矯正治療、矯正教育によるものでなかったと私は考えます。

酒鬼薔薇事件の犯人の母は犯行に気づいていたのではないか

犯人も犯人の両親も「犯人逮捕は両親にとって寝耳に水だった」と自著で述べています。犯人は「母が犯行に全く気づいていなかったので、おかしかった」と警察に言って、その発言を知った母はショックを受けたそうです。

一方、犯人と犯人の両親以外が書いた本を読むと、必ず「母は犯行に気づいていたではないか」という疑惑が書かれています。それを最も強く主張している人物は、被害者である土師淳くんの父です。そう疑う点は「淳」(土師守著、新潮文庫)に書かれています。

・土師淳くんの母と大して仲のよくなかった犯人の母が犯行後、それまで一度も訪れたことのない土師家に足しげく訪れている。

・犯人の母は土師家を訪れた時、「警察は? 何人いるの?」など警察の様子をうかがう質問をしている。

・犯行前の数週間、惇くんが犯人の家を何度も訪れたことはほぼ間違いないのに、淳くんが行方不明になった日に淳くんの母が犯人の母に電話すると「最近、惇くんはずっと来たことがない」と答えている。

これらの疑惑を間違いなく知っている犯人の母は「『少年A』この子を生んで」(「少年A」の父母著、文春文庫)で、上記の疑問に一切答えていません。「自分の子が犯人だなんて夢にも思っていなかった」「今でも信じたくない気持ちがある」と何度も書くばかりです。「『少年A』この子を生んで」の前書きで、「土師氏の(逮捕前から息子の犯行を知っていたのではないかの)不信感に対する『答え』もこの(本の)中には含まれている」と書いていますが、大嘘です。

「『少年A』14歳の肖像」(高山文彦著、新潮文庫)には、逮捕1週間前に、普段は儀礼的な挨拶などぬきでいきなり要件をハキハキたずねてくる犯人の母が「ああ、こんばんは」と珍しく挨拶の言葉を、これまで聞いたこともない気の抜けた声で口にしたそうです。

隣家のあるじは逮捕の前日、犯人と犯人の母が表に出て、深刻な表情で話しているのを目撃しています。

これらの疑惑への答えも、「『少年A』この子を生んで」には全く書かれていません。

以上を総合して考えると、犯人の両親、少なくとも母は犯人逮捕前に、犯行に気づいていた可能性が高いでしょう。ただし、そうでない可能性もあります。

私が最も可能性が高いと考えているのは、「犯人の母は犯人逮捕前から犯行に気づいていたが、その事実から意識的にも無意識的にも目を背けて、ほぼ本気で『息子が犯人だったなんて夢にも思わなかった』と言っている」になります。

犯人の母は「息子が犯人かもしれない」と疑っていた過去を完全に記憶から消したわけでもなく、「嘘をついている」という自覚が全くないわけでもないですが、よほどのことがない限り、犯人の母は嘘をつき通すと予想します。

私は犯人も犯人の母も大なり小なり解離性障害だと推測しています。解離とは、知覚、記憶、意識などを一つにまとめることができない症状です。「『少年A』14歳の肖像」によると、犯人は小学校の修学旅行の記憶が抜けているようですし、犯人の母も「『少年A』この子を生んで」で都合が悪いところになると、汚職事件を追及されている国会議員のように、「記憶がはっきりしない」を連発しています。

犯人の母のように、自分で抱えられない大きな問題に遭遇した時、記憶が飛んでしまう人は少なくありません。これと正反対の思考回路の持主、大きなストレスに遭遇した時ほど、記憶に残ってしまう人(私もその一人です)からすると、解離は詐病としか考えられないでしょう。

ただし、解離のような症状は、どんな人にも起こり得ます。恥ずかしい話ですが、私は独り言が非常に多いです。家で一人でいる時が最も多いですが、そうでない時もほぼ無意識に出てしまうことがあります。ストレスが多い時ほど、私の独り言は悪化します。これも一つの解離とみなせるでしょう。

私の内向的な性格も、ストレスからの現実逃避、ストレスの原因を自分以外のものに求めようとする解離症状とみなせるかもしれません。精神病理でよく解釈されるように、解離は思考の防御反応なのでしょう。

話を戻します。まとめると、「情報を総合して考えると、犯人の母は犯人逮捕前から犯行に気づいていた可能性が高い」「そうなると犯人の母は嘘をついていことになるが、警察にも裁判でも真顔で嘘をつきとおせるのは解離症状によるものだからだろう」になります。

なお、「解離症状だから犯人の母が嘘をつくのは罪でない」と言うつもりは全くありません。いつか記事にするつもりですが、私は刑法39条(心神喪失者を無罪、心神耗弱者を減刑する法律)に反対です。精神疾患と性格はどちらも脳の働きであり、明確に分離できません。たとえ解離症状であったとしても、裁判所でも平気で嘘をつける性格(人格障害とは性格のことです。人格障害統合失調症双極性障害などと異なり、薬で治りません。人格障害精神疾患かどうかは明確でありません)は、明らかに反社会的です。

そもそも「母が犯行を知っていたのか」になぜこれだけ注目されているかといえば、これがyesなら「母の育て方が悪かったのか」「最後まで息子を愛した母は被害者ではないのか」と議論するのがバカらしくなるほど、母の人間性の悪さが確定するからです。「犯人だけでなく、犯人の母もサイコパス反社会性人格障害)ではないか」という議論も決着します。

酒鬼薔薇事件の犯人の両親の罪

酒鬼薔薇事件について書かれた多くの本に、犯人の小学校3年生時の作文「お母さんなしで生きてきた犬」と「まかいの大ま王」が出てきます。これらを読んで、精神鑑定をした医師を含めて多くの人が「母親の厳しい躾によって犯人の異常性格ができあがり、さらには異常な犯罪が生じた」と勘違いしまいた。

これを勘違いと断定できるのは、どちらも事実にもとづかず書かれたと判明していて、なにより、犯人は犯行前も犯行後も現在も母に対する強い愛情を持っているからです。酒鬼薔薇事件のどの本を読んでも、上記の空想文以外に、母の虐待の証拠は見つけられません。犯行声明文に世間が踊らされたように、小学校3年生時の犯人の作文に精神科医や世間が踊らされたので、誤解が生じたとしか思えません。

私の考える犯人の父母の罪は、むしろ犯人に対して甘すぎたことです。犯人を甘やかしすぎたことは「『少年A』この子を生んで」(「少年A」の父母著、文春文庫)で、母自身も認めています。実際、犯行後に書かれたこの本でも、しつこいくらいに「Aは根が素直で思いやりのある子と今でも思っている」と両親は書いています。そのように考えしまう理由もいちいち詳しく書いています。

どんなに性格の歪んだ人であっても、極端な話、ヤクザであっても、優しい側面はあります。しかし、子どもにはいつも笑顔だからといって、毎日脅迫行為をしているヤクザが極悪人であることは論をまたないように、一部に優しい側面があったからといって、酒鬼薔薇事件を起こした犯人が極悪人であることは間違いありません。そんな社会人として最低限身に着けるべき倫理観すら養わないまま、この両親は子育てをしていたようです。

酒鬼薔薇事件は不良文化によって起こされた」に書いたように、犯人は紛れもない不良です。犯人自身も犯人家族も、現在に至るまで犯人を不良だとは考えていないようですが、「『少年A』14歳の肖像」(高山文彦著、新潮文庫)にあるように、学校の先生たちも、近所の人たちも犯行前から犯人を不良だとみなしていました。万引きして、アルコールを飲んで、タバコを吸って、暴力事件を起こして、親が学校に何度も呼ばれているのに、自分の子を不良だと考えないなど、社会道徳に反しています。社会道徳を捨てでも、この両親は子どもの味方であり、だからこそ、子どもがあんな凶悪事件を起こしたのでしょう。

犯人の両親が不良文化を助長した大人だったことは、両親による「『少年A』この子を生んで」を読めば明らかです。父は「男の子なら中学になれば、タバコくらい吸い、酒も飲みたくなるじゃないか」と法律違反を黙認するようなことを堂々と書いています。おそらく、自分自身もそうしていたからでしょう。母も「人の目には悪ぶって見えても、中身は優しく人間味があるキャラクターが理想の息子像」「(お酒の空瓶を犯人の部屋から見つけても)男の子だから多少は仕方ないかな」と書いています。1990年代にこの感覚で子育てしていたら、高確率で子どもが不良になるのは間違いありません。Broken windows理論にあるように、小さな悪(悪ぶっている奴)を見逃していたら、大きな悪(凶悪犯罪)を生じがちになります。このような倫理観の大人が子育てしていたからこそ、この時代、中高生に不良文化が蔓延していたのです。

犯人の精神鑑定書に「酒鬼薔薇事件は犯人の非行増悪の延長線上で到達した」というようなことが書かれています。この精神鑑定書は難解な言葉ばかり並べた意味不明な悪文で、上記のように家族の愛情欠如が原因という誤解まで入っていますが、酒鬼薔薇事件が犯人の非行の増悪により生じたという意見には、私もほぼ同意します。犯人は小学5年生に祖母が死去した頃から、狂気が芽生えてきて、猫を殺すなどの行為を始めます。それから殺人事件を起こすまでの3~4年の間は、間違いなく、両親か誰かが本人を止められる時期であり、止めるべき時期でした。実際、犯人は自身の凶行について、誰かに止めてもらいたい、捕まえてもらいたいとしか思えないような行動を何度もとっています。

たとえば、土師淳くんを殺害する前日に犯人は友だちに「三匹の猫の死体を朝方、校門前に三角形にして置いたんやけど、おまえら知らんか?」と聞いていて、友だちたちは「知らん」と答えています。土師淳くんの頭部を校門前に晒す前に、猫で同様の凶行をはたらいていたようです。自己顕示欲を満たすためにやったとしても、この猫死体事件で捕まると、既遂の山下彩花さん殺人事件も発覚する恐れがあるのに、友だちに猫死体事件を白状しています。どういうわけか、校門前の猫死体事件が本当にあったかどうか、どの本でも調査されていません。

また、山下彩花さん殺人事件について、「家で酒飲んだら酔っぱらってもうて、気がついたら(犯行現場に)立っておった。あれは俺がやったんかなあ」と犯人自らが言いふらしていた友人の証言が複数あります。

さらには自身の犯行について漏らさず書いていたノートは、家の犯人の部屋の机の真ん中に堂々と置かれていたことが分かっています。

「絶歌」(元少年A著、太田出版)で告白している通り、犯人は狂気が増悪していくに従い、その狂気を発散したい欲求と、それを誰かに止めてほしい理性がせめぎ合っていました。しかし、犯罪後ですら「根はいい子」としか思えない両親は、自分の子どもがどんなに悪いことをしても、自分の子どもの味方ばかりしていました。被害者の言い分よりも、先生の言い分よりも、母は自分の子どもの言い分を信じていました。

代表的な例は犯人が中1の時、クラスメートの女子の靴を燃やして、カバンを隠した事件です。先生と双方の母子がいる前で、犯人は「先生に止めてもらわなかったら、ずっと続いていたかもしれない。止めてくれてよかった」と事もなげに言って、被害者の母を唖然とさせています。そして、被害者の母がそれ以上に驚いたのは、犯人の母が「女の子は口が達者ですからねえ」と言ったことです。犯人の母は全く反省しているようには見えず、それどころか原因をつくったのは娘さんの方でしょう、とでも言いたげな様子でした。

「『少年A』この子を生んで」にはこの事件後に、「さすがの親バカの私でも、子どもの度はずれた執念深さにショックを受けて」、犯人の脳に異常はないか病院受診した、と書いています。しかし、上記のような態度をする母が子どもにショックを受けているはずもなく、もちろん、犯人も反省しておらず、犯人は同じ女子にさらに脅迫文を送りつけています。それで母が学校に再び呼ばれて、児童相談所へのカウンセリングを勧められたため、ようやく母は病院受診を決意しています。しかし、脳のMRIで異常なしと診断され、あろうことか、そこの藪医者は「自主性を重んじて、褒めて育てましょう」と本来するべき助言と正反対のことを言ってしまいます(母はこの通りの子育てを既にしていますし、その後もしていたので、酒鬼薔薇事件が起こっています)。これで母は心が明るくなり、学校にそのことを報告します。学校側はそれで安心したわけでなく、脳に異常がなくても、児童相談所でゆっくり時間をかけてカウンセリングを受けてもらいたかったのですが、晴ればれとした表情で話し続ける母に、それ以上は求めきれなかったそうです。もし私がこの時学校側の人間だったら、「児童相談所に行ってほしいと言ったのに、なぜ病院に行ったのか。あの子(犯人)の脳に異常があるなんて最初から思っていない。異常なのは性格の方だから、病院では治らない。学校はあの子を心配して言ったのに、母は学校からケチをつけられたと勘違いして、ウチの子どもは正常だと証明するために病院に行ったのではないか。まったく。こんな母だから、あんな子になる」と思っていたでしょう。

学校の女性教師は犯人の友だちに「あの子(犯人)は変な奴だから付き合うな」と言ったそうです。これをまた聞きした犯人は母に告げ口します(母によると、犯人が泣きながら帰ってきたそうですが、犯人は「絶歌」に泣きながら帰ったと書いていません)。社会道徳よりも子どもの味方の母はやはり学校に訪れ、強い口調で抗議します。

残念ながら、犯人と付き合い続けた「ダフネくん」は、その後、犯人に歯を折られるほどの暴行を受けているので、この時の先生の心配は的中したのです。犯人も「絶歌」で、先生の助言が正しかったことを認めています。しかし、「『少年A』この子を生んで」で、母は結果的に先生の助言が正しかったことを認めた後に、「でも当時、私は親として、どうしても許せなかったし、納得できなかったので、学校に抗議に行ってしまったのでした」と反省していないかのような文章をわざわざ書いています。

現在でも、酒鬼薔薇事件の犯人はサイコパスなので、親の前ではいい子を演じて、裏で凶行を重ねることができる、だから騙された両親に罪はない、と的はずれな見解が散見されます。上記のように、親の前ですら、犯人はいい子ではありませんでした。実際、小学校6年に万引き事件を起こした頃から、子どもが変わったこと(非行に走ったこと)は両親も酒鬼薔薇事件前から認識していました。犯人は両親を騙そうとしていたわけではなく、むしろ両親に止めてほしいかのような大胆な行動までとっていました。しかし、どこまでも犯人の味方をして、犯人の非行を一向に止めなかった両親が犯人の狂気を増幅させてしまいました。

「『少年A』この子を生んで」によると、両親もある程度、犯人の非行を叱っていたそうですが、全く効果がなかったとも正直に書いています。もし両親が本来あるべき厳しさを持って犯人に接していたら、酒鬼薔薇事件は起こらなかったでしょう。その場合、犯人と両親の壮絶な争いが生じて、犯人の殺人対象は両親になっていたかもしれませんが、「被害者たちに死んでお詫びしたい」と書いている両親にとっては、酒鬼薔薇事件を起こされるよりは、好ましかったはずです。むしろ、事件後に「被害者たちに死んでお詫びしたい」と本当に思っているのなら、なぜ事件前に「子ども殺してでも止めるべきだった」と死ぬほど後悔しないのでしょうか。あれだけの悪行を繰り返していても、「根はいい子」などと考えている両親は刑罰を科してもいい、少なくとも保護観察下に置くべきだと私は本気で考えます。

「『少年A』この子を生んで」で、両親はともに「自分たちの子育てに原因があった。今回の事件の責任は私たちにある」と認めていながら、上記のように犯人が極悪人であったことを認めておらず、「犯人は親からの愛情が足りなかった」というトンチンカンな見解に振り回されているので、「なぜあの子が事件を起こしたのか分かりません」「あの子が理解できません」と何度も嘆いています。犯罪後ですら、「子どもの根は優しい」と本気で誤解している両親が理解できるはずもありません。まずは子どもの人格がどうしようもなく悪かった、両親はその側面を見て見ぬ振りをしてきた、あるいは大して悪くないと誤解していたと認めない限り、両親はいつまでたっても子ども(犯人)を理解できないでしょう。

酒鬼薔薇事件が起きても犯人を「いい子」と考える両親は、まるで新潟少女監禁事件の犯人と母の関係のようです。もう手遅れの可能性が高く、一番マシな対策は、金輪際、犯人と両親は連絡をとらせないことではないでしょうか。

次の記事では犯行直後から現在まで犯人の親に対する最大の疑惑である「犯人の母は犯行に気づいていたのか」について書きます。

酒鬼薔薇事件は不良文化によって起こされた

酒鬼薔薇事件の犯人は猫や人を殺すことで性的興奮を覚えるサディストで、反社会性パーソナリティ障害、いわゆるサイコパスでした。こういった性癖および性格を持つ者は稀であり、また、異常性格でなければ酒鬼薔薇事件はあそこまで凶悪にならなかったのも事実です。しかし、犯人のような異常性格者なら、あのような凶悪犯罪を実行してしまう、という考えには反対です。特に、犯人の異常性格だけに犯罪理由があると断定している犯人自身の「絶歌」(元少年A著、太田出版)には大反対です。

私には不思議で仕方ないことですが、多くの犯罪本では犯人の道徳観に注目しません。当たり前ですが、古今東西、ほぼ全ての人は社会道徳に反する考えを持っているほど、犯罪への抵抗がなくなります。反社会的な環境にいればいるほど、犯罪への抵抗がなくなります。もちろん、反社会的な環境にいない道徳観の高い人であっても、強い苦悩や憎しみにより、殺人を犯してしまうこともありますが、社会道徳に反する思想を全く持っておらず、周りも反社会的な環境でなければ、殺人などの犯罪には、通常、強い抵抗があります。逆にいえば、社会道徳に反する思想に漬かって、反社会的な環境にいれば、殺人を含む犯罪には抵抗がありません。

常識的に考えても、これは当たり前ですが、もちろん、統計的にも示せます。法務省の「無差別殺傷事犯に関する研究」によると、人口構成比で0.1%未満の「暴力団構成員等」が1998年~2011年までの殺人事件の13.7%~23.2%を犯しています。一般人よりヤクザが殺人事件を犯すリスクは100倍~200倍以上も高くなっています。

だから、私も犯罪本を読む時は、犯人の道徳観や犯人の周りの環境の反社会性には常に意識しているつもりです。その最大の理由は、たとえ生まれつき反社会性の強い性格(サイコパス)であったとしても、個人の道徳観や周囲の環境は矯正できるし、矯正しなければならないという社会通念が存在しているからです。

「暗い森」(朝日新聞大阪社会部著、朝日文庫)によると、小学生の頃から犯人は不良グループに属していました。犯人が小学校5年生の時、犯人の小学校では7月に校舎1階の窓ガラス全てが割られ、夏休みに1年生が育てていた朝顔の鉢が全てひっくり返され、10月に校舎の窓ガラス39枚が割られました。同時期、犯人の不良グループは教室でハサミを投げて遊んで、PTAで問題になっています。

小学6年生になると、犯人の不良グループの非行はますますひどくなります。犯人の不良グループは生活雑貨店でナイフを万引きし、山で草木を切り倒し、親にナイフを取り上げられると、また万引きしました。同じ犯人の不良グループが公園で女児を狙い、5m離れた段ボールを貫通するエアガンを撃って、問題となり、校長室で「ごめんなさい」と謝罪させられました。そのうちの一人は後に「みんな反省なんかしていなかった。とりあえず謝らないと、遅くまで学校に残されるから」と話しています。中学生になると、犯人の不良グループはヘアスプレーにライターで火をつけ、火炎放射器ごっこで遊んでいました。

犯人のいる地域の公園では、教師の実名をあげて「アホ」「死ね」などの落書きがありました。犯人は授業中、「おもしろいから」と級友にジュースを買いに行かせたりするイジメを行っていました。

当時を知らない今の若者が上記のような非行を読んだら、「なんて荒れている地域だ」と思うかもしれません。しかし、当時、上記のような非行は日本中でありふれていました。「小山田圭吾のイジメ自慢記事」が載って、誰も問題視しなかった時代です。犯人のいた神戸だけが特別だったわけではありません。むしろ、先生や両親の犯人に対する厳しさを考慮すると、私のいた中学や地域の方がよほど荒れていました。私のいた中学や地域では、先生や両親も不良少年たちの非行を全く制御できていませんでした。

上記のような反社会性の高い環境にいなければ、犯人は酒鬼薔薇事件をまず起こさなかったでしょう。犯人と全く同じ性癖と性格の持ち主でも、より不良文化の薄い時代と薄い地域、たとえば2021年に14才を生きていれば、殺人事件を犯す可能性は極めて低かったはずです。逆にいえば、1990年代の日本だと、犯人のような反社会性人格障害サイコパス)の少年少女が凶悪犯罪を実行する可能性は、現在よりも遥かに高くなります。1980年から2000年代前半まで、現在よりも10倍以上の少年少女が犯罪予備軍だったと言えます。これは現在、少年非行が一般化している多くの国でも言えることです。

酒鬼薔薇事件の記録を読んで、私が気になるのは、犯行当時の犯人の住む地域での保護者の学校へのクレームです。

いじめられると分かっているのに、仲間でいたいばかりに家の金を持ち出してジュースを買いに行かされていた児童がいました。その子の母親が「そうまでして友だちがほしいという子の気持ちが分かりますか」と、有効な手立てを講じない学校に抗議しています。

もし私が先生なら「あんたの子どもの訳分からん気持ちなんてどうでもいい! そんないじめっ子とは1秒でも早く縁を切ればいい! そんな友だちいなくていい! 友だちなんてゼロでもいい! 俺だって友だちなんていない! だいたい、家で金を盗んだのに、なぜ学校側が責められるんだ!」と言い返しています。

当然、先生も「そうした子とは遊ばないのも、ひとつの方法だ」とその児童に忠告します。すると、相手の親から「あなたはうちの子と遊ぶなと言ったのか」と詰問されたそうです。ここは「その通りだ! あんたも親なら自分の子どものイジメを今すぐ止めさせろ!」と怒鳴り返すべきでしょうが、そうはできない雰囲気だったようです。バカげています。こういった異常な保護者たちが先生たちを委縮させて、不良たちを野放しにして、不良文化を助長していたのです。

情けないことに、犯罪から20年近くたった「絶歌」でも、犯人は自分が不良だったとの自覚は全くなく、「『少年A』この子を生んで」(「少年A」の父母著、文春文庫)でも両親は犯人が不良だったとの認識がなかったようです。この「自分は不良でない」「息子より悪い奴は他にいくらでもいる」といった感覚こそが、酒鬼薔薇事件を起こさせた大きな原因の一つだと考えます。

次の記事に続きます。

酒鬼薔薇事件を大きく扱う屈辱

二人の殺人事件であるのに、現在にいたるまで、酒鬼薔薇事件は日本社会で極めて有名です。二人以上の殺人事件など毎年のように起こっていますが、この事件が別格で有名になったのは、犯人も「絶歌」(元少年A著、太田出版)で認めているように、その犯行声明文にありました。私を含めた多くの人はあの犯行声明文に衝撃を受けて、事件の本質以上に酒鬼薔薇事件に注目してしまいました。そのため、酒鬼薔薇事件は関係書物が非常に多くなっており、考察しやすくはなっています。

犯人が少年院出所後に出版した「絶歌」には、批判が殺到しました。被害者側の許可もとらずに出版したことは私も問題だと思いますが、今回注目したいのは、犯人が本を出版した理由です。

本には「自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの『生きる道』でした」と出版理由が書かれています。これが本当であれば、なにも出版する必要はありません。考えて、書いて、整理することを繰り返し、犯人が自分の文章あるいは思考に納得すればいいだけです。誰にも見せる必要はありません。

なお、世間一般に流布している自分への誤解をなくすために書いたとは「絶歌」に一言も書かれていません。

そうなると、普通に考えれば、犯人が「絶歌」を出版したのは、自己顕示欲によるところが大きいでしょう。事件の犯行声明文がよく示しているように、犯人は事件中から現在に至るまで、極めていびつな自己顕示欲を持ち続けています。

性格異常者の自己顕示欲のせいで、酒鬼薔薇事件が必要以上に注目を集めている事実を考慮すると、私がこのブログで酒鬼薔薇事件を大きく扱うのも犯人に振り回されているようで、屈辱ではあります。

次の記事に続きます。

なぜ加藤智大は自殺ではなく殺人事件を起こしたのか

ネットで調べてみたところ、ほとんど(あるいは全く)考察されていない問題のようなので、あえてこのブログで考察してみます。

前回の記事にも書いたように、事件の2年前、2006年8月にも加藤は事件時と同じ状況になっていました。借金に追われ、仕事を辞めて、ネット掲示板で強い疎外感を味わい、自暴自棄になっていました。しかし、2006年時は自殺しようとしたものの、無差別殺人を実行しようとはしていません。なぜでしょうか。

人間の心理として、強いストレスにさらされると、悲しむか、怒ります。自分に対して情けなくなるか、他者に対して発散するかなので、真逆に思えるかもしれませんが、原因はどちらも強いストレスです。悲しむか、怒るかの反応違いは、単なる気まぐれで決まることもあります。偶然、たまたま悲しんだだけ、たまたま怒っただけなので、なぜその反応になったか考える価値があまりない場合もあります。

だから、加藤についていえば、2006年の段階で、無差別殺人を実行した可能性もありました。転職人生を繰り返していると、いずれ切羽詰まった状態になり、その時に自殺するか、殺人を犯すかは運次第、という側面もあったと思います。だからこそ、なぜ2006年では自殺で、なぜ2008年は無差別殺人なのかは、これまであまり考察されていなかったのかもしれません。

とはいえ、2006年と2008年の加藤の反応の差に、理由を見つけることは難しくありません。その違いを生んだ決定的な理由は、インターネットにあります。「秋葉原事件」(中島岳志著、朝日文庫)によると、2006年8月に加藤はネット掲示板にのめり込み、「本音で厳しいことを書いた」ところ、掲示板の仲間と一気に関係が険悪になり、掲示板から人がいなくなり、加藤はひどい自己嫌悪に陥ります(自分に対して悲しみます)。一方、秋葉原通り魔事件の直前の2008年5月、同じく加藤はネット掲示板にのめり込みますが、この時は掲示板になりすましが出て、管理人になりすましを排除するように要求しますが、受け入れられず、極度にイライラしています(他者に対して怒っています)。この程度の差で、自殺か無差別殺人の違いとなったのなら、本当にくだらないですが、人間の心理とはそんなものだと思います。

同時に、加藤のように切羽詰まった状態になっても、無差別殺人をせずに、自殺していった多くの方たちの心情も、加藤の心情に共感した者たちよりも多くの方たちが考えてあげてほしいです。

「秋葉原通り魔事件の犯人の母の罪は取り返しがつかないものだったのか」また「犯人に彼女がいれば秋葉原通り魔事件は起こらなかったのか」

前回の記事の続きです。

秋葉原通り魔事件が起こった直後、犯人である加藤智大の両親へのテレビインタビューが行われています。今でもyou tubeで観ることができますが、最初から泣いていてインタビューに全く答えてられなかった母は、「親の責任」について問われた時、崩れ落ちてしまいます。インタビューに答え終わった父が、起き上がることもできない母を持ち上げて、引きずりながら家に入るシーンが映されています。

加藤の母がそこまでショックを受けたのは、加藤の性格が歪んでしまった原因を作ったのは自分にあることを認識していたからでしょう。

もし私が凶悪殺人事件を起こして、同じようなインタビューが私の両親に行われたとしたら、同じようなシーンがテレビ放映される気がしてなりません。

ただし、加藤の母に関してはよく分かりませんが、私の母が親の責任について問われたら、まずこんなことを思っていたに違いありません。

(確かに、私の育て方に問題はあったかもしれない。しかし、凶悪殺人犯を生むほどひどい育て方はしていない)

実際、似たようなことを私は母から何度も言われています。「子どもの頃の子育てに問題はあったかもしれないが、あなたが仕事辞めたのは子育てと関係ないでしょ」「弟は普通に生きているじゃない」「そんな昔のことは忘れたらいいじゃない。なんでいつまでも思い出すの」などです。もちろん、こんな母となら話せば話すほど、私の心の傷がえぐられていくのは目に見えているので、私はできるだけ話さないようにしています。

とはいえ、私の母も子育てに問題があることを少しでも認めている時点で、まだマシな毒親と思う人もいるでしょう。なお、加藤は私の母以上に、子育ての罪を認めていたようです。

加藤が自殺に失敗した後、2006年9月に3年ぶりに実家に戻ってくると、物心ついてから初めて母に抱きしめられ、「ごめんね」「よく帰ってきたね」と言われたそうです。私は40年間、父母から、ただの一度もそんな心のこもった言葉をかけてもらったことはありません(もっとも、私の父母はそんな言葉を言ったつもりになっていると思います)。

加藤は短大卒で職を転々として、その弟は高校を早々と中退して引きこもっていたので、母は自らの厳しすぎる教育に反省の念を抱いていました。加藤が自殺に失敗した1年ほど前、母は次男に「お前たちがこうなってしまったのは自分のせいだ」と話し、謝罪したそうです。

実家に帰ってきた加藤を母は温かく迎え、しばらく休むように加藤に伝えます。加藤が作った借金は全て母が清算しました。加藤は地元の友だちとの交流し、大型免許を取得し、運送会社に就職します。加藤が運送会社の仕事を終え、夕方4時頃に帰宅すると、母は夕食を作って待っていました。以前の家族の食卓では一切会話がなかったのですが、この頃の加藤は家族と談笑が続くよう努めたそうです。加藤が自分から母に語りかけるのは初めてであり、「自分も大人になった」と感じていました。加藤は「家族のやり直し」をしたいと考えていたそうです。

運送会社で加藤は10才以上も年上の藤川(仮名)と友だちになります。加藤は10年来の地元の友だちにも心のうちをあまり明かさなかったのに、この藤川に激怒されながら説教を受けて感銘した後、藤川にだけは本音を語るようになりました。その代表例として、ネットの掲示板に没頭していたことを藤川にだけは話していたことがあげられています。また藤川は加藤からmixiに誘われた唯一の人物です。

秋葉原事件」(中島岳志著、朝日文庫)の著者は、この藤川こそ加藤の犯罪を止められた人物と考え、「そんな藤川から、加藤は離れていった。なぜなんだ。どうして事件前に、藤川に電話一本できなかったのか。なぜ藤川との関係の大切さに気づかなかったんだ。気づいていたのに、気づかないふりをしたのか。それとも、気づいていたことを忘却したのか」とまで嘆いています。

藤川との関係が続いていたら、加藤が無差別殺人事件を起こさなかったとの著者の見解に、私も同意します。藤川との関係がなぜ切れたかは下に書いていきますが、ともかく、だからこそ、簡単に関係が切れてしまう私的支援ではなく、前回の記事に書いたように、本人が希望しても関係が切れない「家庭支援相談員」などによる公的支援が必要だと私は考えます。

2007年5月のゴールデンウィークのある日、父が突然、母と離婚することを加藤に告げます。加藤は父のいる実家から引っ越すことになり、7月に職場近くにアパートを借りて、一人暮らしを始めます。「秋葉原事件」(中島岳志著、朝日文庫)だけを読んでいれば見逃すかもしれませんが、この7月にようやく加藤が藤川と接近する「藤川の激怒しながらの説教事件」があったので、加藤が藤川と親密になってからの期間は同年10月までのわずか4ヶ月に過ぎません。9月中旬に加藤は仕事を辞めるので、藤川との実質的な付き合いはさらに短くなります。こんな短期間なので、加藤が藤川との関係性の大切さに気づかず、あっさり縁を切ってしまったのも無理はありません。

相変わらず、ネット掲示板に没頭していた加藤は、2007年9月に掲示板仲間にリアルで会うためのツアーを計画します。加藤は正直に遊ぶためと理由を述べて、2週間の休暇を会社に願い出ますが、会社は断りました。それを聞いた藤川は加藤にとってのネット掲示板の重要性を認識していたので、「遊びに行きたいのなら仕方ない。もしそうだとしても、会社に対しては『親戚の結婚式があるから休みがほしい』といった言い方があるだろう」と説教します。加藤は黙って聞いていましたが、「とにかくどうしても行きたいんです」と語ります。結局、会社は休みをくれず、そのツアーに強い執念を持っていた加藤は、あろうことか、会社を辞めます。この突然の辞職を藤川には伝えていません。この突然の辞職こそが、加藤が無差別殺人事件を起こすかどうかの最重要の分岐点となります。

ここから先は、世の女性の99%は理解できない話になるでしょう。特に、「友情と愛情とどっちが大事?」と考えるような女性には一生理解できないでしょう。

誰が考えても、この時、加藤はこの仕事を辞めるべきではありませんでした。しかし、加藤が適性のある運送会社を辞めて、信頼できる藤川との関係を切ってでも、このツアーに執心した主な理由は間違いなく「女性への渇望」です。この女性への渇望は、恋愛欲求と書いていいのかもしれませんが、そこから連想される程度の弱い欲求ではありません。アルコール依存症の人がアルコールを求める欲求に近く、自分の意思や理性で抑えることが困難なほどの強い欲求です。「男性の性欲」に書いたように、全ての男性は性依存症といえるほど、性欲が強いです。だとしたら、この「女性への渇望」は性欲と書くべきなのかもしれませんが、単なる性欲とも違います。事実、加藤は事件前に何回か風俗店で性欲を解消していますが、それでも「彼女がいない、ただこの一点で人生崩壊」と書いて、事件を起こしています。性欲を解消してくれる相手がいれば、青年男性の欲求不満が解消されるわけではありません。あくまで「彼女」がほしいのです。そういう意味では、「女性への渇望」は「彼女欲求」と書くべきかもしれませんが、そう書くと「彼氏欲求」と似たような印象を女性に与えそうです。彼氏がほしいという青年女性の欲望と、彼女がほしいという青年男性の欲望は、大きく違います。青年男子が彼女を欲しいと思う欲望の背景には、自分の意思では抑えられないほどの性欲があります。この男性の欲望を批判的に捉えるべきかどうかは、時と場合によって異なるでしょう。

話を戻します。仕事を辞めてまで実行したツアーで、やはり加藤は好きだった女性に振られました。9月26日に地元に戻ってきた時、加藤は自殺を考えていました。自殺を思いとどまったのも、やはり女性でした。ツアーで加藤を振ったばかりの女性が「20才になったら遊びに行くよ」とメールを送ってきたからです。しかし、加藤はその女性を19才と思っていたのですが、1ヶ月もしないうちに実は18才と知り、「そんな先の約束は分からない」と絶望し、またも自殺を考え始めます。

10月28日、加藤はもう一人のネット掲示板の女性と会うため、地元の青森から群馬まではるばる出かけます。加藤は女性を襲おうとしますが、女性の拒否で、襲えませんでした。加藤は「死ぬつもりでこっちに来た。死ぬ前に楽しい思い出を作りたかった」と正直に伝えると、最初は冗談だと思った女性も、次第に信じて、心配する気持ちが大きくなります。女性はとにかく考え直すように説得します。加藤はこのときに始めて、仕事を辞めたことを女性に打ち明け、何度も「ごめんなさい」と謝ります。女性は「本当に私に悪いと思っているんだったら、仕事をちゃんとして、また会いに来て」「そのとき、ワンピースでも買ってくれたら許してあげる」と語りかけます。とにかく、彼に生きるための目標があった方がいいと考えたそうです。加藤は「また来ます」と言って部屋を出て、以後、その部屋に戻ってくることはありませんでした。

加藤に襲われそうになった女性は、当時、つきあっている男性がいました。そのことを加藤には話していませんでしたが、加藤は別の掲示板でそれを知ります。加藤は「彼女は主人に逃げられ、精神的に仕事ができないかわいそうな状態だけれども、彼氏がいるから自分よりマシだ」とさらに別の掲示板に書きます。女性は加藤をたしなめることを書き込みますが、加藤はそのスレッドを削除し、以後、二人は連絡を取り合っていません。

2007年11月、加藤は飛び込み自殺をするつもりでしたが、勘違いもあり、うまくいかず、半月も駐車場に停めた車の中で過ごします。不審に思った駐車場の管理人が警察官を呼んで、加藤は職務質問されます。加藤は正直に「自殺を考えている」と伝えました。

「ここで死んだら、駐車場の管理人に迷惑がかかる。死ぬのなら、誰にも迷惑にならない場所で勝手に死んでくれ」

私がこれまで接してきた警察官なら、こんなことを言いそうですが、奇跡的にこの時の警察官は親切だったようです。「君はがんばりすぎだから、肩の力を抜いたほうがいい」と言って、自殺をやめるように説得し、加藤は泣いたそうです。

駐車料金は33500円にもなりました。加藤に手持ちの金がなかったので、駐車場の管理人が立て替えてくれて、加藤は借用書を書きます。加藤はその日のうちに派遣会社に行き、派遣の登録を行います。

「加藤はこれを契機に立ち直った。生きよう、と思った」

そう「秋葉原事件」は書いていますが、これは間違いです。この後、加藤が地元に帰っていたら、とりあえず「立ち直った」と思います。しかし、2007年10月28日に自殺をするため自宅を飛び出してから秋葉原通り魔事件を起こすまで、加藤は両親とも地元の友だちとも、もちろん藤川とも一切連絡を断ったままです。駐車場での事件があった後も、青森の自宅には戻らず、派遣会社が紹介した静岡県裾野市の工場で働き、その近くのアパートで暮らします。青森のアパートは家賃を払わずに放置し、金融機関からの借金も踏み倒したままでした。駐車場での事件の前後で、加藤が借金に追われ、適切な助言をくれそうな相手と連絡をとらない状況は変わらなかったのです。

加藤は12月末に手土産まで持参して駐車場の借金を返しましたが、工場の同僚には「いつまでいられるか分からないけど、いなくなるときは何も言わずに消えるから」と何度も語っていました。事実、掲示板でなりすましに荒らされ、作業服がないと職場の更衣室を自ら荒らして自己嫌悪に陥ると、加藤は「何も言わずに消えて」、突如秋葉原に現れ、無差別大量殺人を犯しています。

2007年11月から事件までの2008年6月まで、どうして加藤は地元に帰らなかったのでしょうか。2006年9月に母が加藤の借金を支払ったように、おそらく、今度も母は加藤の借金を支払ったのではないでしょうか。普通に考えれば、自殺や無差別殺人を犯すくらいなら、情けなくても、母あるいは父に頼った方がいいはずです。昔の厳しいだけの母だったなら、加藤が地元に帰りたがらなかったのは分かります。しかし、母が厳しい子育てについて謝り、加藤も母との「家族のやり直し」をしようと考えていたなら、母に頼ってもよかったはずです。なぜそれを考えなかったのでしょうか。

この重要な問題は「秋葉原事件」でも考察されていないので、推測になりますが、加藤は「その発想は浮かばなかった。今から考えれば、そうかもしれません」だったのではないかと思います。

これは他の問題についても言えます。「なぜ藤川に相談しなかったのか」も、それまで自分の心を誰にも打ち明けなかった加藤には、なかなか浮かばない発想だったのでしょう。ネット掲示板で知り合ったつまらない女性に会うために、自分に合っていた運送会社を辞めてしまいますが、これも裁判を行う時期になれば「今から考えれば、その仕事を辞めるべきでなかった」と考えたのではないでしょうか。

2007年9月に運送会社を辞めたことは、加藤が秋葉原通り魔事件になった重要な分岐点だと私は考えるので、さらに考察します。

なんと加藤は2007年8月に出会い系サイトで知り合った女性とリアルで会っており、自宅のアパートまで呼んでいます。加藤はこの女性を藤川に紹介し、藤川は「なんでこんなキレイな子をお前が連れてくるんだ」と加藤を冷やかしています。しかし、彼女が断ったのに、加藤が自宅アパートの合い鍵を彼女に渡した8月後半になると、二人の行き来は途絶えて、メールをする回数も減ります。彼女がメアドを変えると、加藤からの連絡は不可能になります。間違いなく、この女性との関係が続いていれば、加藤は仕事を辞めてまで、ツアーに行っていません。

また、加藤が運送会社の仕事を十分に気に入っていたら、ツアーに行くことはなかったでしょう。しかし、「秋葉原事件」に記録されているだけでも2回、加藤は運送会社の職場で怒鳴っています。藤川が仲裁に入り、事なきを得ていますが、その度に加藤は自己嫌悪に陥っていたはずです。また、加藤は既に何度も転職を繰り返しており、転職グセが着いていたことも見逃せません。さらに、加藤は友だち全員に「今から自殺する」と本気でメールを送るほど人生に絶望していた2006年9月から、まだ1年しかたっていませんでした。今までの人生や仕事で十分な幸せを感じていなかった加藤が、一発逆転を目指して、彼女を欲するために、仕事を辞めたのは無理もないと思います。

タイトルの問いに戻ります。

秋葉原通り魔事件の犯人の母の罪は取り返しがつかないものだったのか」の問いは、yesです。2006年9月に母が昔の子育てを反省して、加藤が作った借金を清算して、半年ほど夕飯を作ってあげて、加藤と和やかな会話をしていたとしても、まだ十分に償っていないほど、母の罪は重かったと私は考えます。その根拠は、母がそこまでしても、まだ加藤はささいな理由で仕事を辞めて、母に頼るべき時に母に頼らず、取り返しのつかない無差別大量殺人を犯したからです。もし母が加藤への子育ての罪を感じていたなら、2007年11月から2008年6月までの加藤の失踪期間に、母はなにがなんでも加藤を見つけ出し、加藤の心を癒してあげるべきでした。そこまでしなければならないほど、毒親の罪は重いです。毒親の後遺症は1年程度の癒しで治るものではありません。全ての毒親の罪が取り返しのつかないものではありませんが、加藤の場合は、不運もあり、取り返しがつきませんでした。毒親が罪を認めて、その償いをしようとしても、その償いにより子どもの心の傷が十分に癒される前に、子どもが取り返しのつかない自殺や犯罪を実行してしまうことはあります。このことを全ての親は知るべきだと思います。

「犯人に彼女がいれば秋葉原通り魔事件は起こらなかったのか」の問いは、やはりyesです。「秋葉原事件」の著者は、「彼女ができれば問題が解決するのか。そんなことはなかった」と断定していますが、それは間違いと断定できます。極端な話、どんな女性であっても、体重100㎏越えの女性であっても、バツイチ子持ちの女性であっても(上記の加藤が襲おうとした女性はこれに当てはまる)、メンヘラ女性であっても、関係の続いている彼女さえいれば、加藤は無差別殺人や自殺はしなかったでしょう。少なくとも、その実行前に加藤は彼女に相談したはずです。「秋葉原事件」の著者がこれに気づいていないのなら、性依存症でない珍しい男性であるか、モテ組男性かのどちらかだと考えます。

私もそうですが、不幸な男性ほど、彼女を欲しがります。これまでの不幸を帳消しにしてくれる一発逆転の解決策が「彼女」だからです。青年男性にとって、それほど彼女の効用は高いです。「Re:」で書いた私のように、加藤は彼女を作るために八方手を尽くして、出会い系サイトにまで本気になっていました。しかし、現代日本で「女であることは東大卒より価値があるのか」、加藤に彼女はできず、無差別殺人を起こしました。

秋葉原通り魔事件後、加藤に共感する人物は多く出ました。「秋葉原通り魔事件はどうすれば防げたのか」やこの記事を読めば分かる通り、私もその一人です。「秋葉原事件」の著者も「おそらく同時代に生きる私たちは、加藤の中にわずかでも自分の影を見てしまう。加藤の痛々しさと、自己の痛々しさがオーバーラップする部分があるに違いない。そして、自分の身の回りにいる彼・彼女の姿を、加藤の歩みの中に見るに違いない」と書いています。

彼女もいないまま自殺していく多くの日本の青年男子は、場合によっては、加藤のような無差別大量殺人犯になっていたと考えもいい、考えるべきだと私は思います。もし秋葉原通り魔事件と同様な事件を防ぎたいと思うのなら、毒親の問題、男性の女性への渇望の問題、転職を繰り返してしまう問題、借金に追われる問題などを理解した福祉職(私の提案する「家庭支援相談員」でなくても)と福祉制度が必要だと考えます。

秋葉原通り魔事件はどうすれば防げたのか

このブログで何度か書いていることですが、凶悪犯罪者の本を読むと、私は自分との共通点をよく見つけてしまうのですが、とりわけ加藤と私の共通点は多いです。母の教育が厳しすぎたこと、長男であること、弟よりも長男に厳しくしたことを親ですら認めていること、おねしょがなかなか治らなかったこと、県内の名門公立高校に進学していること、オタクであること、インターネットの掲示板で殺人を考えるほどイライラさせられたことは、私と全く同じです。ただし、加藤の母は「お前たち(加藤とその弟)がこうなってしまったのは自分のせいだ」と謝罪して、以後、加藤に対して十分に優しくしていますが、私の父母は全くそんなことはなく、現在に至るまで私の心の琴線に触れることばかりしてきます。

秋葉原事件」(中島岳志著、朝日文庫)には、犯罪の原因と考えられる要因を列挙してあります。

母の厳しすぎる教育と過度の介入、内面を見せることが苦手な性格、不満を言えず行動でアピールするパターン、キレやすい性格、突発的な暴力性、勉強の挫折、学歴へのコンプレックス、非モテ、外見、掲示板への没入、ベタのネタ化とネタのベタ化、承認欲求、借金、家族崩壊、職場放棄、地元からの逃亡、先輩や友人への裏切り、満たされない性欲、不安定就労、派遣切り、ニセ者(なりすまし)、荒らし、無視、孤独、不安……。

このうち根本的な要因をあげれば、最初の「母」になると考えます。母の教育により「内面を見せることが苦手な性格、不満を言えず行動でアピールするパターン、キレやすい性格、突発的な暴力性」といった性格ができ、その性格により「借金、職場放棄、地元からの逃亡」といった環境が生じると同時に、「掲示板への没入、ベタのネタ化とネタのベタ化、ニセ者、荒らし」といったネット上の問題も発生したからです。

秋葉原通り魔事件の犯人である加藤智大の母は、現在の言葉を使えば、毒親です。たとえば、母がキャベツを三つの皿に分けて盛りつけたところ、幼い加藤がそれを一つの皿にまとめると、母が激怒し、加藤の首の後ろを押さえつけて、窓から落とそうとしました。後に裁判で加藤は「抵抗しなければ落ちていたと思います」と語り、母もそのような事実を認めています。

この母のとりわけ罪深いところは、怒る理由を説明しなかったことです。加藤が理由を聞いたり、抵抗したりすると、さらに叱責が続くため、加藤は叱られることにただ耐えるだけになっていました。この母の教育のせいで、加藤だけでなく、その弟も自身が怒る時にその理由を説明しない性格になったようです。加藤は嫌なことがあると、当てつけ行為を繰り返しますが、大抵の場合、当てつけ行為の意味は周囲の者たちに理解されていませんでした。

たとえば、10年来の友だちの谷村(仮名)は高校時代に突然、加藤に殴られたことがあります。谷村は加藤になぜ殴られたか全く分からず、二人の関係はしばらく気まずいものになりましたが、仲間の仲介により、関係は修復されます。加藤が殴った理由は「谷村にゲームにケチをつける言動があった」からなのですが、谷村がそれを知ったのは遥か後、なんと犯行後、加藤の担当弁護士を通じてです。

また、加藤が大学に行かなかった理由は、母が「北大に行かないなら車を買ってやらない」と言ったことに対する当てつけでした。さらに、整備士の資格を取るためだけにあるような中日本自動車短期大学で整備士の資格をとらずに卒業したのは、父が奨学金を振り込まないことに対する当てつけでした。このどちらの当てつけ行為においても、加藤は母にも父にもその理由を言っていません。このように加藤の当てつけ行為は、相手に理解されないことがほとんどであり、意味のない当てつけになっていますが、加藤は相手が理解しているかの確認すらしませんでした。恐ろしいことに、秋葉原通り魔事件も「インターネットで自分になりすました者や、その掲示板の管理人」への当てつけ行為でした。八つ当たりもいいところですが、加藤は7人もの死者、10人もの負傷者を出した事件の裁判でも、大真面目にそれが動機だったと語っています。

とはいえ、加藤はコミュニケーション能力の低いオタクではありません。小学校の頃から友だちは複数いて、それどころか、中学2年生に初めての彼女ができて、中学3年生にはその次の彼女までいました。中学生で彼女がいるなど、私の価値観でいえば、勝ち組男子です。犯行後に明かされたネット上のネガティブな書き込みばかりを読むと、典型的なコミュ障のオタクを想像してしまいますが、リアルな加藤はそれなりにコミュニケーションがとれて、どこの職場でも友だちができています。よくキレるという欠点があったので、加藤を苦手に思う者もいたでしょうが、小学校、中学校、高校、社会人と加藤の友だちでいた地元の友人も数名います。このような長期間の友だち、特に10年来の友だちなど、どう友だちの定義を広く見積もっても、私には一人もいません。

このように加藤と私の違う点もありますが、加藤が殺人犯になって、私がそうならなかった要因で、決定的だと思うのは「借金」になるでしょう。奨学金を除けば、私は借金を背負ったことはありません。借金さえなければ、加藤は殺人事件までは起こさなかった可能性が高いでしょう。

加藤は職場を何度も変えて、逃げるように住む場所まで変えていますが、これは他の凶悪殺人犯と共通しています。私が今思いついただけでも、連続射殺事件の永山則夫、福岡内妻一家4人殺害事件の秋好英明がいます。この3人とも「家庭支援相談員」のような福祉職が転職前から付き添っていれば、凶悪殺人犯にならなかったと思います。というのも、この3人ともほぼ全てのケースで、追い詰められていると誤解して、転職、引っ越ししているからです。誤解さえなえければ、あるいは適切な助言さえあれば、本人でさえ転職すべきでないこと、引っ越しすべきでないことは容易に理解できたはずです。

また同じ結論になってしまいますが、秋葉原通り魔事件を防ぐためには、社会の一人の取りこぼしも作らない「家庭支援相談員」が必要だったと私は考えます。これにより、加藤の転職や引っ越しを防げただけでなく、大元の毒親による子育ても防げたと考えるからです。

次の記事に続きます。

日本人は集団主義ではなく身内主義

1987年9月に後に重症心身障碍者と診断される娘を出産した母の「殺す親 殺される親」(児玉真美著、生活書院)からの抜粋です。

その小児科医は横柄な態度で、椅子にふんぞり返り、児玉が挨拶しても、返事もしませんでした。児玉の娘の脳波記録用紙を見て、「うっわあ。脳波はぐちゃぐちゃじゃあ!」「この子は、脳なんか、ないようなもんでえ」と目の前に座っている児玉をまるきり無視したまま言って、向かいの机で書類仕事をしていた若い医師に「おい、ちょっと、これ見てみいや」とCT画像を指さして、「ここも、ほれ、ここも萎縮しとる。ひどいもんじゃろうが。の?」と話しかけました。小児科医はしばしCT画像をあれこれ論評すると、やっと椅子を回して児玉の方を向きます。そして、奇妙な形に自分の身体を捻じ曲げて見せながら、「あんたーの。この子は将来、こんなふうに手足がねじれたまま固まってしまうんど」と言います。その目つきと口調は「どうな、恐ろしかろうが?」というものでしかなく、児玉はなぶりものにされている、と感じました。科学的な説明が出てくる気配は皆無でした。なおも将来どんな悲惨な状態になるかを演じてみせる小児科医の話を遮って、児玉が「ありがとうございました」と告げて、部屋を出ていきます。同じ日のうちに、京大文学部卒の児玉が病院長宛ての便箋11枚の抗議の手紙を書いたのは当然です。

数日後に医事課長から電話がかかってきて、医師と一緒に謝罪にうかがいたいと言われますが、児玉は顔も見たくない、書面で謝罪してほしいと突っぱねます。さらに数日後、「あまりに脳波所見が異常だったので、つい思った通りを口にして申し訳ありませんでした」という趣旨の手書きの謝罪文が小児科医より送られてきます。

児玉が驚いたことに、この小児科医は暴言医師として地元の親の間では有名な存在でした。親たちに浴びせられた様々な暴言のほかに、個人的に知り合ったセラピストからも仰天のエピソードを聞いたそうです。この医師はリハビリ学生の授業で「ダウン症」と板書して、「まあ、これは要するに、バカのことじゃ」と言い放ち、講義終了と同時に数人が教務課に抗議に言った伝説を残していたりしました。

知れば知るほど、なぜそんな小児科医が大病院の指導的な立場にいつづけられるのか、児玉は不思議でなりませんでした。ある医師は私の体験を聞くと、「外科医なんかだと、腕さえよければ人間性は問われないというのが医療の世界では常識みたいなものさ」と自説を展開し、「あの先生も決して悪い人じゃないんだよ。僕が学会で発表した時には、会場からなかなか良い試みだと褒めてくれたしね」と、随分的外れな感想をもらしました。暴言に傷ついている母親を前にそのような反応をする医師も、児玉には理解不可能でした。

 

私は医療職に従事しているので、上記のような暴言医師が大病院なら一人くらいはいること、暴言医師が年功序列で出世してしまうこと、その暴言医師に疑問を持たない大多数の医師がいることを知っています。ただし、「医療の世界にはどうして無神経な人が多いのだろう」と当初嘆いていた児玉も、さまざまな医療体験をへて、そのような人はごく少数で、大半な医療職とは良好な信頼関係を築けるようになっています。確かに変な医師、倫理観の崩壊した医師が少なからずいるのは事実ですが、倫理観の悪い奴が集まりそうな肉体労働などの職場の人と比べれば、まだマシだと私の人生経験から言えます。

それでも残念なのは、児玉が言うように、そんな医師が解雇されないばかりか、そんな医師を擁護する医療職が多くいることでしょう。日本だとどこの職場でもそうですが、上司も部下も道徳などは要求されません。内輪のルールさえ従っていれば、社会全体の利益などはどうでもいいのです。私が社会全体の視点で語った時に、「なにを言っているか分からない」と日本人に反応されたのは、100回で足りないでしょう。医療職だろうが、司法職だろうが、場合によっては政治職であっても、社会全体の利益よりも内輪の利益が優先されがちです。

個人主義というより世界人間主義」に書いたように、「西洋は個人主義で日本は集団主義」という考えは間違っています。正しくは「西洋は普遍主義で日本は身内主義」でしょう。「日本人である前に人間である」でも嘆いたことですが、日本人こそ身内だけの小さい利益ではなく、人類全体の利益を考えてもらいたいです。