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難民キャンプの経済事情

「アフリカの難民キャンプで暮らす」(小股直彦著、こぶな書店)は素晴らしい本でした。難民キャンプの経済事情について調査した本です。

左翼のキレイ事に吐気を催す保守派たちへの共感」の記事で書いた生半可な海外ボランティアを経験した一人と、私との20年以上前の対話です。

相手「私が行った難民キャンプの経済支援はいずれ打ち切る予定らしいよ」

私「え? 難民たちは自国に帰れない人たちでしょ。支援がなくなったら、難民たちは全員飢え死にするんじゃないの? 国連も入っている難民キャンプでしょ? 国連が難民たちを見殺しにするわけ?」

相手「いや、全員が飢え死にするわけではないみたい。難民たちもお金を持っていて、地元民から食料を買えるから」

私「お金? どうして難民がお金を持っているの?」

相手「うーん。よく分からない。お金を全く持っていなくて、支援団体からの食料配給だけで生きている人もいるから」

「難民キャンプ内での金銭のやり取りがある」ことはボランティアの誰もが目撃していましたが、「そのお金はどこから来るのか」についてはボランティアの誰もがよく知りませんでした。

だから、私にとって難民キャンプの経済活動は長年の謎でしたが、上記の本で解決しました。

普通に考えたら分かることでしたが、難民キャンプで獲得可能な通貨には、本人が持ってきた母国通貨、海外の親戚などから送金された米ドルなどの国際通貨、難民キャンプの近くで違法で(場合によっては適法で)働いた現地通貨の3種類があります。

このうち持参した母国通貨は、母国のインフレなどで、だいたい一瞬で無価値に等しくなるようです。

海外支援金は、親戚などからの送金、国連などの公的機関からの援助金、海外ボランティアたちからの手渡しによる喜捨、の三つがあるでしょう。

このうち国連などの援助金は、ごくわずかです。なぜなら、難民キャンプは一時避難所で、生きるために最低限の援助でいいからです。だとするなら、食料などの現物給付が妥当で、武器購入に使われるかもしれない金銭援助だと不適当になります。また、難民キャンプ内で経済活動が行われることなど、国連としてはあまり想定していません。

しかし、現実には、ほぼ全ての難民キャンプで、金銭がやりとりされています(経済活動が行われています)。2015年のUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、世界にいる2100万人の難民の受入国の平均滞在年数は26年です。人生の長さを考えれば、26年が「一時的」のはずがありません。これほどの長期間、数千人か数万人が一定地域に滞在していれば、経済活動が発生するのは避けられません。

では、難民キャンプの難民たちは一体どんな仕事で金銭を得ているのでしょうか。

世界各地の難民キャンプごとに千差万別でしょうが、上記の本のガーナ国内にあるリベリア人たちの2万人程度の難民キャンプ(2008~2009年頃)、ブジュブラムの例を見てみます。

ブジュブラムで一番多くの難民が従事しているのが「飲料水と果物の小売業」です。西アフリカの焦げ付くような日差しの下では、誰もが水分を渇望するため、需要は多くあります。一方、元手は数十ドルで、簡単に商売を始められるため、売る人は多く、需要の多さを上回る供給過多になっており、乾季になると目抜き通り10mごとに1人の水売りがいます。1パックは10円で儲けは3円程度、1日働いて100パック売り、利益はわずか300円程度だそうです。

(300円! 今ならいざ知らず、2000年頃のインドなら、十分な稼ぎだったはずだ!)

それが私の感想ですが、先に進みます。

他にも、石鹸、ロウソク(よく停電するので必需品)、トイレットペーパー、食料品、古着屋、靴の修理屋、床屋などの露店、洋服の仕立て屋、ネイルサロン、携帯電話をかけるためのプリペイドカードの売店、DVDレンタルショップなどもそろっています。

著者が家賃を払って居候させてもらった家主の仕事は、小・中学生相手の塾講師です。

難民キャンプ内ではUNHCRが設立した小学校や中学校があり、そこの「公立」学校の先生になる人もいます。ただし、小学6年生で約3千円、中学3年生で1万3500円と高額で、対象の子ども全員が通学しているわけではありません。

難民キャンプ内には80のキリスト教会があるので、牧師の仕事もあります。

UNHCRが設立したクリニックもあり、そこの従業員になる難民もいます。

ただし、そのクリニックに歯科はないので、無資格の歯科医をしている人も紹介されています。ボランティアで来たカナダ人の歯医者から歯科医療技術を即席で習い、彼が残した医療器具を使って、ブジュブラムの歯の治療を一手に引き受けているそうです。抜歯する時には、歯に糸をくくりつけ、その糸をクリニックのドアノブに引っ掛けて歯を引き抜くという乱暴な治療法にもかかわらず、他の歯科がないので、客足は絶えません。

インターネットカフェの経営、新品・中古の携帯電話機の販売、レストラン、飲料水を提供するための貯水池の経営は「繁盛しているビジネス」と本にはあります。どれも起業時に相当の元手が必要なものばかりで、こういったビジネスに携わる者のほぼ全員が、親戚からの海外送金を受けている「特権的な」グループだそうです。

本には「海外からの送金―キャンプの命綱」と書かれています。ブジュブラムで裕福な人は、ほぼ例外なく海外送金の受給者です。

ブジュブラムの公式代表はLRWC(リベリア難民福祉協会)で、その会長と2人の副会長と8人のメンバーは、事実上の公務員です。

非公式な経済活動を行う難民たちから、どうやって税収を得ているかというと、一つは「公衆トイレ使用料」です。なんと、公衆トイレを使用するたびに、3.4円を払わなければならないのです。この使用料は清掃とメンテナンスに使われる規則ですが、その痕跡が全く見当たらず、一部のトイレでは堆積した排泄物が便器からあふれ出しており、強烈な悪臭を放っています。

難民たちは公衆トイレの使用を嫌い、近所に住む複数の家族でグループをつくり、お金を出し合い、自分たち専用のトイレを作っていました。そのメンテナンス費用は、グループで分担すると書いてあるので、トイレ掃除も仕事なのでしょう。

なお、この私設トイレは、グループ専用なので、お金を出していない者は使えません。私設トイレを持たず、公衆トイレも使えないほど貧しい者は、キャンプ近隣にあるガルフと呼ばれる茂みに隠れて、用を足します。しかし、現地のガーナ人にとって、ガルフは神聖な場所のようです。この場でウンチをさせないよう、定期的にパトロールを行っています。本には、ガルフで用を足している最中にガーナ人たちから暴行を受け、泥だらけで服が大きく割け、唇は切れ、目の下が腫れあがって青タンになっている14才の難民が出てきます。日本だったら、どんな理由であれ暴行罪になるでしょうが、この少年は警察に訴えることすらしていません。かりに難民キャンプに一人しかいないガーナ警察官に伝えても、犯人を逮捕することなどなく、「おまえの方こそ野グソをした罪で逮捕するぞ」と脅されるからでしょう。

本には、ブジュブラムに数十名以上の売春婦がいることも書いています。さらに、定職につかず、2名の海外送金受給者の女性に対して1日交代で相手をして、送金のおこぼれをもらう「ヒモ」の男性も1名紹介されています。

ブジュブラムでは、このような手段で難民たちは生計を立てていました。

難民キャンプ内の経済活動も大変興味深かったのですが、難民キャンプ内の助け合い(reciprocity)の話も大変興味深かったので、それについて次の記事で書きます。