未来社会の道しるべ

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フェミニストだから女性に嫌われる

「母恋い放浪記」(西村滋著、主婦の友社)という著者の少年時代の自伝を読んでいて同情してしまうのは、西村は女性に優しいくせに、女性から嫌われていることです。西村は当時としては偏差値100を越えている、現在でも偏差値70を越えていると思うほど、フェミニストです。
継母や、お世話になっている友人の母の家事を西村は当たり前のように手伝っています。友人の母は帰宅してみると、西村が家事を全て終わらせていて、なにもすることがなかったこともあったようです。
そこまで少年の西村が家事を担ってあげているのに、継母にも友人の母にも全く好かれていない、むしろ嫌われています。
(男のくせに家事なんかして。私の家事に不満があるの?)
当時であれば、家事をする男性に対して、ほとんどの女性はそう感じたはずです。
継母も友人の母も西村に対して「如才ない」と裏で言っていたことが書かれています。
「如才ない」は「気が利いていて手抜かりがない」という意味で、私などは一生に一度も使ったことがない言葉です。約100年前も日常用語でなく、意味がぼかされた言葉だったのでしょう。本来なら誉め言葉のはずが、継母も友人の母も「如才ない」を明らかに西村の批判として使っていて、それを知った西村の傷ついた心情が赤裸々に本で語られています。
西村は戦災孤児を助ける施設でリーダー格の補導員として活躍し、同じ施設で働いていた看護師と結婚しています。その結婚相手について「雨にも負けて風にも負けて」(西村滋著、主婦の友社)にはほぼなにも書かれていないので、その女性が西村の女性に対する優しさや倫理観を理解できたかは分かりません。
ただし、西村の先進的すぎる女性観を理解できる人など、男女問わず、当時はまずいなかったはずです。私の予想では、西村の結婚相手は家事を手伝ってくれる男性を単純に高く評価したから、あるいは「戦災孤児に対する献身的な働きからすれば、彼が優しいことは間違いない。彼の考えはよく理解できないけど、彼を信じて、彼に着いていこう」と、ある意味で家父長的に西村に従ったから、結婚生活もうまくいったのではないか、という気がします。

フェミニストだから女に嫌われることは、今でも珍しくないと断言しておきます。その理由はこれまでの記事に書いてある通りですが、あえて書くなら「女性がそれを望んでいないから」です。

倫(徳、善、愛、悪)、知(理、正)、心(欲、金、愛、嫌)、法(政)、力(兵、義)、食(老、病、死)

現代社会で、人を動かすものは倫、知、心、法、力、食の順だと考えます。人が動かざるを得ない順と言ってもいいかもしれません。同時に、人として大切なものの順とも言えます。

( )内にはほぼ同じ意味の漢字も付け加えています。「倫と悪が同じ」とは意味不明なので、この解説文も必ず一緒に読んでもらうようお願いします。下記の解説文を読まないと誤解が生じ、これを権威とするなら、悪用もされてしまいます。

 

倫(倫理)と徳(道徳)はほぼ同じ意味のはずです。どちらの漢字を使ってもいいのですが、私の印象だと「徳」は大衆意思で決まるもの、伝統的に守っているものであり、「倫」は普遍的なもの、自分を律するものなので、倫を代表させています。善もほぼ同じ意味です。

愛は、倫理の根源的なものだと私は考えています。自然界において、倫理なんて存在しません。人間社会があるから、倫理が存在します。その人間社会から、なにをもとに倫理が存在しているのでしょうか。その答えは一つではありません。幸せ、金、物、数、環境、能力、健康、運など、倫理を作り上げる多くの要素の中で、最も大切な要素は愛だと私は推測します。この「愛」は「仁」や「情」と置き換えてもいいかもしれません。

ここで理想とされる「愛」は、エーリッヒ・フロムが定義する「愛」が一番近いです。「愛する」ことは「配慮、応答、尊重、理解」をともないます。決して「利己的」ではなく、人は簡単に人を愛せるものではないことを知るべきです。

悪はもちろん、倫理の対義語です。悪を憎む心が、倫理と同じ意味になるという趣旨です。愛よりも、悪を憎む心の方が人を動かすものになると私は考えます。だから、悪を憎む心の危険性も知っておくべきです。全ての悪人に同情の余地があることは知らなければなりません。

 

3番目の心(感情)よりも2番目の知(理論)で人は動きます。というより、人は心で納得できなくても、理論で正しいと導かれたら、社会の中の一人として動かざるを得ません。

もう一つ重要なことは、この理論よりも、倫理が人を動かす、という点です。理論は万能ではありません。どんなに理論的に正しくても、心が納得しなければ、人は動かないこともありえます。しかし、倫理は理論や感情を超越して重要になり、人を動かします。

たとえば、一般に、子育てで最も重視されるものはなんでしょうか。「感情に振り回されない理性的な思考を身に着けてほしい」「世界で通用する感性を持ってほしい」など、いろいろあるでしょうが、「他人のために生きることが自分の生きがいになってほしい」などの倫理的な生き方を最も強く親は望むはずです。それは子どもに対してだけでなく、どんな他人に対しても、自分に対しても、理想の人間の姿だからです。

 

言うまでもなく、心も人を動かします。どんな時代であれ、まず感情により動物は動き、感情のままに生きていたら好ましくないので理性で制御されます。人間を動かす感情は欲と呼べるでしょう。その欲の中でも、社会で特に強いものが金銭欲と愛情欲だと思います。お金と愛情は、どんな人にとっても重要です。

しかし、個人の人生で、莫大なお金が必要でないと知ることも極めて重要です。たとえば、現代日本で、年収1千万円もあれば、4人家族でも十分贅沢できます。子どものいない夫婦なら年収600万円もいりません。子どものいない世帯に対しての累進課税はもっと強めるべきです。

愛は唯一、上の中で2回使った漢字です。愛は極めて価値のある心の動きです。既に説明した通り、倫理の根源として愛が存在するくらいです。

それにもかかわらず、特に男性の女性に対する愛情は、性欲(悪いもの)と同一視されすぎていて、少子化など、社会的に大きすぎる弊害が出てしまっています。21世紀前半の日本に生きたせいで、この弊害に人類史上最大に苦しめられた男性の一人として、私はこの害を特に強調しておきます。

嫌いという感情は、しばしば、好きという感情以上に人を動かしてしまいます。人間は愚かなのか、上記の通り同情の余地が全くない悪人は存在しないにもかかわらず、誰からも嫌われる人は存在してしまいます。嫌う心の危険性も人は知らなければいけません。

 

法は問答無用で人が従わなければいけないもの、と多くの人が考えています。しかし、現実に全ての法律を厳密に守っている人などいません。そもそも人は法を漠然としか知らないので、法に常に従っているわけでもありません。法が間違っていることもあります。法を決める政治も同様に間違います。「完全な中立などありえない」でも批判したように、難しい思考も放棄して、できるだけ政治と関わらず生きていきたいと考えている人は、特に日本で多いです。

法は常に従わなければならないと考えている警察や弁護士や裁判官がいたら、人として大切なところが欠けていると考えていいでしょう。

 

力(兵)を食よりも重要としているとはなにごとか、とお叱りを受けるかもしれません。孔子は信、食、兵の順で政治において重要だと主張しています。しかし、個人として、社会全体として、人を動かす上で、力は現実的に必要になるでしょう。力が不要となる未来を期待しています。

国家の暴力機関として、軍隊(兵)や警察があります。軍隊も警察もない社会が理想ですが、現在までのところ、軍隊はともかく、警察がない国家は実現できていません。また、ナチスドイツや戦時中の日本やソ連の横暴が、力なしで、話し合いだけで止められなかったのも歴史的事実です。ガンジーの非暴力でさえ、非協力と不服従が伴っています。ガンジーは非力だったわけではなく、力強く抵抗していました。

悪と戦うため、正義を元にした力は許容されるべきです。「どちらに正義があるかは決められない」と信じ切っている人は「『あらゆる思想の正誤は絶対的に決められない』とは絶対的に決められない」などの記事を読んでください。

 

食も人が生きるために重要です。同様に、老、病、死を避けるために人は動きます。しかし、社会福祉が発達して以後、特に世界の平均寿命が70才を越える現在、これらはそれほど人を動かす動機になっていないと私は考えます。どんなに医学が発達しても、老、病、死は避けられません。「人間は死んだら、なにもできない」と医者は死を避けようと患者さんにやたらと強要しますが、単に生き延びることよりも大切な価値がいくらでもあることを忘れています。

上記の通り、法が万能と勘違いしている弁護士、検察官、裁判官は社会から排除されるべきように、命がなによりも大切と勘違いしている医者は社会から排除されるべきです。

僕はキミに殺されたかった

前回の記事の続きです。

(世の中から理不尽な扱いばかり受けたせいで自殺する人は毎年日本に1万人以上いるのに、なぜその人たちのほとんどは誰かを殺して、世の中に復讐した後に自殺しないんだろう)

私だったら、そうします。むしろ、そうでないと私は自殺できません。そう思うこともよくあります。逆にいえば、そう思わないこともあります。世界がくだらないと思っているのは自分だから、くだらない自分さえこの世界から消えてしまえばいい、と思うこともあります。

「人間、生きたいように生きれないように、死にたいように死ねない」

これは私がある患者さんから言われて、他の患者さんたち100名以上に伝えてきた言葉です。

ただし、例外もあります。自殺と安楽死です。自殺と安楽死は死ぬ時と死に方を自分の意思で選べます。

もっとも、正しくは、納得のできる病死をする人も多くいれば、事実上、自殺や安楽死に追い込まれている人も多くいます。あるいは、それが世間の一般的な見解かもしれません。

ピンピンコロリが実現できない理由は医者にある」からの一連の記事や「命の選別は間違っているのか」からの一連の記事で書いたように、私は安楽死賛成派です。苦しむ前に死にたい、幸せなうちに死にたい、と考える人は珍しくないはずです。いえ、むしろ、どんな人だって考えることではないのでしょうか。

では、理想の死に方とはなんでしょうか。

ロミオとジュリエット」をはじめ、恋愛フィクションには心中ものが古今東西に定番として存在します。

自殺したい日は毎日だったので特別な日ではありませんでした。20代の男性なんて、みんなそうじゃないんですか?」からの一連の記事で私が長く語った「おやすみプンプン」(浅野いにお著、小学館)も、広義の心中ものです。

その主人公がヒロインの自殺後のモノローグでこう言います。

「僕はキミに殺されたかった」

私はもともと恋愛脳で、ある女性のおかげでそれがさらに増したので、この気持ちはとてもよく分かります。心中は私の理想ではありません。愛する女性に殺されて人生を終えられることほど、納得のいく死に方はないように思います。それに共感できない人は、僕を本当に理解することはできないでしょう。

だから、ついこの間まで、僕を殺してくれる女性を探していました。そのうちに「そんな女いるわけがない」「そんなマンガみたいなこと起きるわけない」「僕が殺されたいと思う女などいない。そんな高すぎるプライドを持つほど自分はダメになった」現実に向き合わざるを得なくなりました。もっとも、探す前から見つけられるとは、ほとんど思っていませんでした。

私がいつか必ず死ぬことは生まれた頃から知っていますが、いつ死ぬか、どうやって死ぬかは分からないままです。もし今日、自殺したとしたなら、「誰にも本当には理解されないまま、なにもかもうまくいかない、殺される価値もないほど、つまらない人生だったな」と最後に思うでしょう。

風俗嬢はキャバクラ嬢よりマシである

精神科医である私の患者さんには風俗嬢とキャバクラ嬢(ホステス)もいます。現役もいれば、以前そうだった女性もいます。もちろん、秘密にしている女性も多いでしょうから、患者さんの夜職経験を全て把握しているわけではありません。

ここ3ヶ月ほどで、あることに気づきました。元風俗嬢で客と結婚した女性患者さんは全員、離婚していなかったのですが、元ホステスの患者さんは全員、離婚経験がありました。ひどい元ホステスになると、6回も離婚していました。4回離婚した元ホステスの女性患者さんは、うち1回は結婚後に相手がゲイだと分かり、「20年以上前の当時でもゲイを差別するな、と相手側の家族からさんざん言われた。今だったら、離婚はもっと大変だったと思う」と語っていました。そんな波瀾万丈な話を聞いていると、「嫌われ松子の一生」を思い出してしまいます。

母数10程度なのでエビデンスになりませんが、あえてタイトルのように断定しました。なぜ風俗嬢はキャバクラ嬢よりまともな人生を送れているのでしょうか。

それは「さよならコンカフェ」に書いたように、キャバクラ嬢は男からの搾取の度合いがひどいからです。風俗嬢は対価に見合った肉体労働をしていると言えるかもしれませんが、キャバクラ嬢は対価に見合った労働は100%していません。反省しない性格も、風俗嬢よりキャバクラ嬢がひどかったように思います。

こんな世界に足を踏み入れたら、キャバクラ時代の自分の価値観を全否定しない限り、普通の世界で生きるのは極めて難しいでしょう。たとえ夫が受け入れても、夫以外の人が受け入れません。

なぜ夜職の女性は倫理観が崩壊するのか

金です。私が答えるまでもなく、誰でも知っていることでしょう。

「簡単にお金儲けができてしまう」とは、まともな風俗嬢だったら、全員言います。「風俗嬢が割に合わない」と言う女性は、「医師の仕事が割に合わない」と言うバカより人として終わっているかもしれません。

権力が人をおかしくさせることは、歴史が証明しています。「なぜ皇帝になった者がここまで悪になれるのか」は質問が間違っており、「皇帝だからこそ、ここまで悪になってしまった」が正しい見解だ、とはよく言われます。

同様に、お金も人をおかしくさせます。これは夜職に限りません。

高校生まで携帯代金を節約していた女が、キャバクラ嬢や風俗嬢になった途端、1月100万円以上の収入を得たら、おかしくならないわけがありません。

1月100万円なんて、老若男女問わず、一人で使い切れません。当然、浪費します。若い女性なら、美容、虚栄心(ブランド品や高級車や家)、推し活、男(ホストかヒモ)、詐欺被害のどれかで浪費します。それ以外の学費、留学費、生活費、物、旅行などで金銭感覚がおかしくなった夜職の女はまだ会ったことがありません。なお、わざわざエビデンスまで書きませんが、この国で彼氏が金銭負担になることはありません。もしなっていたら、そいつは彼氏ではなく、ヒモです(ただし、男女逆転すると、必ずしもそうでなくなります)。

とりわけ、私が問題だと思うのは、説教が聞けなくなることです。私もそうでしたが、夜職の女性に会うと、まともな男なら説教します。道徳的に、説教すべきだからです。ホストクラブに行けば、まともな女性ならホストに説教するのと同じです。

しかし、彼女たちは「説教するなら、店に来るな」などと思っています。自分たちの仕事を親や友だちなどに隠しているくせに、自分たちが社会悪である事実から目をそむけます。

この説教を受け入れない、反省しないという性格は、私の元妻がそうだったのでよく分かりますが、本人の人生が不幸になるのは自業自得なのでまだしも、周囲の人も苦しめるので、本当に困ります。

コンカフェ、ガールズバー、アニソンバーに行って確信しましたが、そこにいる女たちはもちろん、そこで遊んでいる男たちも、まともではありませんでした。そこにいる者が医者だろうが弁護士だろうが政治家だろうが、夜の世界は、ポリコレからはずれるのは言うまでもなく、常識からはずれています。本人たちに、その自覚がないので、余計、ひどいです。

「風俗嬢はキャバクラ嬢よりマシである」に続きます。

僕は無力だ

男を相手にする職業は一般に夜職(よるしょく)と呼ばれます。昼に働いていても、コンカフェ、ヘルスなども夜職になります。偉そうに断定調で語っていますが、私が夜職という言葉を知ったのは2ヶ月ほど前です。

これは知ってはいましたが、夜職で働く女性のほとんどは、夜職が楽しいと言います。もちろん、お金目的もあるでしょうが、それだけではありません。特にコンカフェ、バーで働く女性は、給与もそこまで高くないこともあり、ほぼ全員、仕事そのものが楽しいからやっていました。私は本当に20人以上の女性一人ひとりに聞いて、全員からその返答をもらっています。ウソをついているようには思えませんでした。

確かに、バーとコンカフェの全体を包む高揚感は、私も感じました。コンカフェでもアルコールは飲めるので、そうなるとタチの悪いオッサンが大声で話し始めて、それにつられてコンカフェ嬢も大声で笑うので、私が目的のコンカフェ嬢と会話できなくなりました。ただ、間違いなく言えそうなのは、そこに来る客だけでなく、そこで働く女性たちも、その高揚した雰囲気が好きだということです。

(確かに、こんな猥談で盛り上がる雰囲気なら、ホテルにも行っちゃいそうだな)

アルコールを飲めない私の女性経験が少ないのも納得できる気がしました。私はこんなバーに来ることもなければ、合コンも行かない、飲み会にすら行かないわけですから。

「なぜ夜職の女性は倫理観が崩壊するのか」に続きます。

明るい所をより明るくするのではく、暗い所を明るくすべきである

先月、荒戸完がMORNING BOOOOOOSTで、こんな愚痴を言っていた。

「なるほど。ご主人がそんなこと言っていたのね。あ、今、『ご主人』と言っちゃダメなんだっけ。『夫』と言わなきゃいけないんだっけ。でも、本人がメールでそう書いていても、ダメなの? 俺が自動的に言い換えなきゃいけないの? いや、俺はいいけどさ。本人が言いたいニュアンスも変わってこない? ああ、もう面倒くさいね。そういえば、最近さあ。『奥さん』と言うのもダメなんて言われるじゃない。でも、『妻』ってよそよそしくない? 『うちの妻』なんて言う人いる? 女性でも奥さんって呼ばれる方がいい、という人もいるわけでしょ? ああ、もう。なんで俺、こんなことラジオで言っているんだろう。なんか、違う気がするんだよね。いいよ、じゃあ。夫婦の話をするのは止めるよ、ってなりそう。それってどうなの?」

昨日、あるカナダ人女性から次のようなメッセージが届いた。

女性「女性にとって体の管理は、男性にとっての富(wealth)と同じくらい大切でしょ?」

私「言っていることは理解できます。でも、同意していいのかどうか迷ってしまいます。それはポリコレ的に大丈夫なんでしょうか?」

女性「は? そんな言葉(ポリコレ)使わないでもらえる。私、その言葉聞きたくないんだけど」

朝日新聞を購読している私は、ここ10年ほど、フェミニズムという言葉を見たり聞いたりしない日がないくらい、その文化というか価値観のシャワーを浴びている。

1千万円以上の給与を得ている女性が日本に限らず世界中で増えていること、貧乏で魅力のない男性をまるで「人権がない者」のように扱う大多数の女性がいること、セクシーな女性がマスメディアで流れると「sexist」と徹底して批判する大きな社会勢力があること、医者や税理士などの高級職に就いているのにキャバクラや風俗で働きたがる若い女性がいること、メイドカフェガールズバーで稼いだなけなしの金をほぼ全て女性アイドルの推し活に費やしている女性たちが日本に千人以上いること、これらの現実の常識と世間で理想とされる「常識」のギャップに戸惑って私を含めた精神科医にかかっている20代から30代の女性が日本に何万人もいることも知っている。

これらの問題の有効な解決方法の一つは「明るい所にいる者たちが暗い所にいる者たちをよく見る(知る)こと」だろう。

「暗い所にいる者は明るい所にいる者もよく見える。しかし、明るい所にいる者は暗い所にいる者がよく見えない」

少なくとも現在は、明るい所をこれ以上明るくする努力は原則、止めるべきだろう。そんなことすれば、余計に暗い所にいる者が見えなくなり、その者たちを救えなくなる。社会の分断は進む。明るい所を明るくする時間と労力があれば、暗い所にいる者をよく見て、知って、救うべきではないだろうか。

元妻との離婚問題の現状

弁護士、検事、裁判官の方は私のブログを読むと、だいたい事情は分かるようですが、それ以外の方だと私のブログを読んでも本質をなかなか理解できないようです。

ここで私の離婚に関する事件を時系列で説明しておきます。

 

2023年秋頃 

ある事件がきっかけで元妻と私に離婚騒動が起きる。この時、元妻が弁護士に有料で相談する。結局、この事件は流れたので、離婚騒動も沈静化する。

2024年2月13日

弁護士を通じて、私が生涯最も怒りを感じた手紙を元妻が送ってくる。私が動画を撮りながら、手紙内容について元妻を問い詰めると、元妻が子どもたちの前で私に暴力を振るってくる。私は「警察を呼びたくないので止めてください」とお願いしたが、元妻は「警察を呼べばいい」と言うので、警察を呼ぶ。元妻の暴力事件として私の被害届が受理される。毎度のことであるが、元妻は翌日になると「警察なんて呼んでほしくなかった」と言い出す。

この事件を通じて、元妻の弁護士が悪徳であると私は確信する。この悪徳弁護士がいると結婚関係が破綻すると私は考えたので、キャンセル費用は払うので、この悪徳弁護士との契約を解除してほしいと30回くらい私は元妻にお願いしたが、現在も元妻は私よりも元妻の家族よりも悪徳弁護士の言うことを信じている状態である。なお、後に示すように、「この悪徳弁護士のせいで、元妻と私の結婚関係が破綻する」との私の予想は当たってしまう。

2024年7月1日

元妻は嫌いであるが、元妻が私との離婚を認めることはないと私は考えていたので、2025年7月18日まで有効な大阪万博の前売り券を家族4人分購入する。

2024年11月29日

悪徳弁護士に「婚姻費用が取れる」とそそのかされた元妻が子どもたちを連れ去り、名古屋の自宅から三重県の実家で暮らすようになる。なお、元妻の実家は資産1億円以上(あるいは10億円以上)かつ年収3000万円以上で、私個人とは比べ物にならないお金持ちである。つまり、元妻は実家暮らしで、お金に全く困っていない。だから、婚姻費用は減らすべきと裁判で私は主張したが、1円も減らされなかった判決が出たのは「判決文の意味が理解できないので、誰か教えてください」に書いた通りである。

元妻が子どもたちを誘拐した事実に呆然とした私は勤務先の病院近くの官舎で暮らすようになり、以後、現在まで一人暮らしで、子どもたちには一度も会えていない。名古屋の自宅の賃貸契約は12月中に解約する。

ほぼ同時期、元妻から婚姻費用調停が行われ、私から離婚調停が行われる。どちらも3月中に調停不成立となり、裁判に移行する。

2025年4月から5月 

私が2人の裁判官の態度に呆れ果て、裁判中に説教する。

2025年6月

私が元妻に婚姻費用23万円を払うよう裁判結果が出て、控訴(正確には抗告)する。離婚裁判で離婚は認められなかった。この二つの判決に私が激怒し、このブログ「未来社会の道しるべ」に事件の顛末を書く。私が同時期にfacebookで活発に発信し、10年以上前にSILMITセミナー(私が主催した医学生と法学部生のディスカッションセミナー)で知り合った弁護士、検事、裁判官10名以上から以下のような応援メッセージが送られる。

「この判決は明らかに正義に反します」

「裁判でも正義を貫き通そうとする姿勢に感動しました」

「裁判官を説教したのは痛快ですね。もっと説教してやってください」

「判決文で裁判官の名前まで消して公開するなんて、優しすぎますよ」

「元妻の弁護士はバカで、性格悪くて、倫理観が低いですよ」

「悪い奴(元妻)には悪い弁護士が寄ってきます」

 

同時に、多くの司法関係者が異口同音に伝えてくれた助言が「たとえ婚姻費用と養育費が請求されても、払わなくていい方法」でした。悪用もできるので、ここで詳述はしませんが、だからこそ私が「逃亡生活をしている」とfacebookの動画で発言しているわけです。

当然ながら、婚姻費用判決や養育費判決がなければ、私は逃亡生活を送る必要がありません。だから、現在、私は婚姻費用裁判を取り下げるよう、元妻に必死でお願いしています。裁判所から7月4日が一つの期限と言われたので、特に7月4日までに、と頑張ったのですが、元妻は婚姻費用裁判を取り下げてくれませんでした。このため、今月18日まで有効だった大阪万博の4人分の前売り券はムダになることがほぼ確実になりました。ネットチケットなので、転売もできません。

2024年11月29日から私は子どもたちに一度も会えていませんが、元妻のスマホを通じて、LINEでのテレビ電話で話したことは6回くらいあったと思います。別居してから今まで、私は元妻に子どもたちと会わせてほしい、と何回もお願いしています。しかし、元妻は悪徳弁護士が許さないから、と絶対に私と子どもたちを会わせません。悪徳弁護士が会わせない理由はなんでしょうか。それは単純です。もし私が子どもたちを連れ去る側になれば、私が元妻に対して、婚姻費用を請求できるからです!

(は? ウソでしょう? 誘拐した者勝ちなの?)

はい、そうです。それは「法律上の結婚必勝法・女編」に何度も書いています。その前後の記事をもう一度読み返してもらえないでしょうか。

当たり前ですが、自由に会えもしない子どもたちのために、自分を捨てた元妻にお金を払いたい男など、世界中どこにもいません。だからこそ、裁判所で養育費を払うよう命令された世界中の男たちは、養育費を払わないように努力します。日本で現実に支払われる養育費は、平均して、裁判所で請求された額の4分の1にも達していません。

まして、婚姻費用(別居してから離婚するまでの子どもたちと妻の生活費)など、誰だって1円も払いたくありません。さらに、私の場合、いつ離婚するかも分かっていないのです。この判決に激怒し、婚姻費用を払わないように私が最大限努力することを、悪徳弁護士も元妻も予想していなかったようです。どちらも自己中心な性格なので、「相手の立場になって考える」ことができません。心底、呆れます。

私の仲間になってくれた弁護士、検事、裁判官の助言により、たとえ最高裁まで争っても、一審の判決が覆ることはほぼないと私は分かりました(正確には私の失職により、婚姻費用は覆りますが)。また、数年後、離婚裁判でかりに離婚が認められても、私は元妻に養育費を払わないといけないでしょう。だから、もう裁判で解決することは諦めました。「判決文の意味が理解できないので、誰か教えてください」で判決文を公開した「離婚できない」との離婚裁判については控訴しません。「養育費ゼロでの協議離婚」しか認めない、と私は元妻に伝えています。

ここで誤解しないでもらいたいのは、私が子どもたちの教育費を払う気持ちは十分持っていることです。既に書いている通り、2人の子どもはそれぞれ月15万円もするインターナショナルスクールに別居するまで通っていて、その学費は全て私が払っていました。学費を払っている私になんの事前連絡もなく、元妻はそのインターナショナルスクールにも12月からの子2人の休学届けを出していたのです。本当に許せません。

話は逸れましたが、子ども2人の学費だけでも、今回の悪徳判決の月23万円以上の出費を私は好んで、子どもたちと元妻のため毎月払っていました。それなのに元妻は全てぶち壊して、「月23万円ならインターナショナルスクールの学費より安いでしょ?」と自分勝手な理屈を言っているのです。現在、子どもたち2人は三重県の保育園に通っていて、幼保無償化のおかげで元妻は1円も払っていないにもかかわらず!

もう一度書きますが、悪徳裁判を通じてなら、私は元妻に1円も払う気もありません。しかし、自主的になら、私は子どもたちのため、一部は元妻のため、月40万円以上払う気は十分あります。2024年11月末に別居するまでは家族のために、私は月70万円以上使っていたはずです。

子ども2人のため、長年通ったインターナショナルスクールに8月から戻そう、そのための名古屋の家賃も私が払う、と元妻には明確に伝えています。

ただし、元妻の「自己中心」「反省しない」「夫をぞんざいに扱う」「理性的に話さない」の欠点は、簡単に直らないと元妻も私も知っています。だから、元妻と私が一緒に暮らしたら、またケンカの毎日になるでしょう。そのため、僕は平日完全単身赴任、土日もたまに子どもたちに会うだけで構わない、と元妻には伝えています。

それが誰にとっても、最善の解決策ではないでしょうか。悪徳弁護士を除けば。

なお、この一連の離婚事件は、判決まで元妻側に流れは傾いていました。それが一変したのは、10年以上前のSILMITセミナーで知り合い、10年間も連絡をとりあっていなかった弁護士、検事、裁判官が私の味方をしてくれたからです。

どうして、そんなに多くの弁護士、検事、裁判官が僕の味方になってくれたのでしょうか?

その質問に対して、ある検事が僕に言ってくれた返答でこの記事を終わります。

「それはもちろん、Tさん(私)に正義があるからでしょう。Tさんに同情したからでしょう。Tさんが悪いと思ったら、誰も味方しようとしません。関わろうともしませんよ。それはTさんも同じですよね? 誰だって同じですよ」

判決文の意味が理解できないので、誰か教えてください

つい先ほど、本日3時ころ、私の離婚裁判の判決文を受け取りました。

事実離婚」に書いたように、元妻と私は別居して、私に離婚意思が明確なので、普通の裁判官なら「離婚」と判決するのですが、例外の裁判官に当たったようです。

離婚判決1

離婚判決2

離婚判決3

離婚判決4

離婚判決5

私は2024年7月1日、元妻と現在6才と4才の子と私で大阪万博に行く前売り券を購入していました。

万博券購入記録

この当時、既に私は元妻を嫌っていましたが、私を搾取することが生きがいの元妻が離婚に同意するわけがないと分かっていたので、離婚はできないと諦め、子どもたちのために家族全員で大阪万博に行こうと、来月7月18日まで有効な前売り券を購入していたのです。

2025年5月26日の離婚裁判でも「私の要望通りに判決が出れば、控訴はしません。控訴期間は2週間なので(6月24日が判決日なので、7月8日に離婚が正式に決まる計算)、ギリギリ大阪万博に行けます。もし離婚となれば、4人で大阪万博に行って楽しい思い出を作ったりできるので、私が元妻と再婚する可能性は増えるはずです。しかし、離婚を許さない判決が出たら、私の元妻への恨みは倍増して、私が元妻と再婚する可能性は激減します」と私は裁判でも訴えています。例によって、私がこれほど訴えても、「裁判官に呆れた日」の岡崎のT裁判官は「大阪万博? なにそれ? おいしいの?」という態度で、まともに聞いてすらいませんでした。

上記判決文の理屈のなにからなにまで、私には理解できないのですが、特に理解できない理屈をあげます。

3ページ目の第5の1の(1)の判決文「元妻が一方的に子どもたちを連れ去って別居しても、私(夫)が医師であるので、これは悪意の遺棄にあたらない」を理解できる、あるいは納得できる日本人が一人でもいたら、下のコメント欄に実名を必ず記入してもらえませんか。これは医師差別ではないのですか。

それにしても、2週連続で2人の悪徳裁判官に2つの悪徳判決をもらった日本人は、私以外に知っている方はいらっしゃいますか。

私は子どもたちに会えないままですし、子どもたちはお父さんいないままですし、元妻も私も再婚できないままですし、さらなるムダな裁判を時間と労力と税金を使ってまで開かないといけません。
誰にとっても不幸だと分からない倫理観の崩壊した奴が裁判官でいいと思う日本人はいるのでしょうか。

ところで、私はこれまでも弁護士事務所に無料の法律相談を何度かしていて、一人だけ信頼できそうな弁護士がいたので、その方に弁護を頼みたいと先週お願いしたら、既にその法律事務所にはいなくなっていました。

私「では、新しい弁護士を決めさせてもらっていいでしょうか。信頼関係を大事にしたいので、弁護士との信頼関係を調べる方法を教えてもらえますか?」

法律事務所「え? いや、それは、多分、30分5500円で法律相談してみて、信頼できそうな弁護士を探すしかないと思います」

私「いや、法律相談は要らないんです。既に婚姻費用裁判の控訴は自力でやりました。弁護士決めるまでに控訴期限の2週間が過ぎることは分かっているので、離婚裁判の控訴手続きも自分で処理します。単に相性を調べるために話すだけでいいんです」

法律事務所「なるほど、少々お待ちください(3分ほど保留)。申し訳ありません。相性を調べるために話すというサービスは行っておりません。なんにしろ弁護士と話すとなると、もう〇〇様(私の名前)は無料相談を終えているので、次回から30分5500円になります」

私「やっぱり、そうですか……」

「人間の数値化社会」が開くパンドラの箱

前回までの記事の続きです。

「令和の虎」の神回「成田悠輔」を観ていて、(成田悠輔はバカだなあ)と100年後の日本人と同様に今の私が思ってしまうのは、次のやり取りです。

茂木哲也「お金のいらない社会になると、ラーメン食べる場合、どうなるの?」

成田「ただラーメン食べた、というデータが残るだけです。ラーメンを食べ続けて、なにもやっていない人間がいると、ある日突然、ラーメン屋に入れなくなります」

ここは爆笑するところですが、「成田悠輔はしょせん21世紀のマルクスである」に書いた通り、成田の主張があまりに斬新だったので、1回目観たときは、このやり取りがいかにおかしいか、私は理解できませんでした。

ある日突然、ラーメン屋に入れないってことは、本人も現在、ラーメン食べられるかどうか分かっていない、ということですよ。そんな「今の自分がラーメン食べられるかどうか」すら予測不可能な社会、誰が望むんですか。「ラーメン代金を自分が持っているから、ラーメンは食べられる」と予想可能な今の社会の方が、遥かにマシですよ。

こんな変な事実からも、成田の主張する「お金の不要な未来社会」が到来する可能性はゼロです。もう断定します。

実際に到来するのは「シンギュラリティが生む『人間の数値化社会』」でしょう。もっとも、その記事に書いている通り、私の予想が実現する頃には、私は既に死んでいる可能性が高いと今の私は考えています。

それはともかく、「人間の数値化社会」の明らかなメリットは、未来が簡単に予想できることです。「今日、ラーメン食べられるかどうか」を確実に予想できる程度ではありません。おそらく、生まれた瞬間に、あるいは生まれる前から、下手したら父母が出会った段階から(つまり結婚前どころか交際前から)、その父母の子が就く職業まで、確率的にではありますが、数値化できてしまいます。

だから「未来が簡単に予想できすぎてしまう」デメリットは確実にあります。「人間の数値化社会」の到来は、間違いなくパンドラの箱を開くことに相当します。このデメリットのために、「人間の数値化社会」は実現しないかもしれません。少なくとも、そのデメリットを強調して、「人間の数値化社会」を阻止する勢力は今後、必ず誕生するでしょう。社会を健全に発展させるために、「人間の数値化社会」を阻止する勢力は一定程度必要だ、と私ですら考えます。

次の記事で「『人間の数値化社会』での刑務所改革」について論じます。

裁判官に呆れた日

裁判官は現在の日本に2800名ほどしかいません。34万人もいる医師と比べると、その1%未満しかいないわけです。必然的に、裁判官は知性も倫理観も極めて高い人たちの集団のはずです。

しかし、私が人生で出会ったわずか2名の裁判官の2名とも私は呆れています。どちらも、私が当事者である2つの裁判の裁判官です。名古屋家裁のH裁判官に呆れた話は「裁判官にブチ切れた日」に書きました。この記事では同じ愛知県の岡崎家裁の裁判官(名前は伝えられたのでしょうが、覚えていません)に呆れた話を書きます。

5月12日の岡崎家裁での第1回離婚裁判は、本来なら、4月18日の婚姻費用裁判より早く行われる予定でした。しかし、当初の予定日には、精神科医である私の外来予約が既に何件も入っていました。

私は年収1千万円以上も得る医師です。常識で考えて、医師の私の離婚問題など、私より不幸な100名ほどの担当患者さんの問題と比べると、小さいものです。以前の記事にも書いた通り、自殺を考えている患者さんも毎日のように来ます。患者さんの命を犠牲にするかもしれない危険を犯して、私的な問題を優先することなど、私にはできません。

私は外来予約の入っていない午後4時からの裁判開催を希望しましたが、「それだと裁判が短時間しかとれない」と言われたので、仕方なく外来がまだ入っていない1ヶ月以上も先の5月12日に変更しました。

私の病院は時間有休というものが認められています。最近、病院以外でも増えていると思いますが、1日まるまる有休とるのではなく、1時間単位で有休がとれます。労働者にとって極めて好ましい制度なので、普及すべきでしょう。

5月12日は11時半から裁判でした。「大切な裁判なので遅刻してはいけない」と私は考え、時間有休を多めに使って、10時半前には岡崎家裁に到着していました。つまり、あと1時間短く時間有休を使っても間に合ったわけです。

私が1時間も早く法廷に到着しているのと対照的に、裁判官は11時半に5分も遅れて法廷に入ってきました。そして、私が既に裁判所に送った書類を「主張としますか?」と意味不明なことを聞いてきました。

どうも裁判所に書類を送っても、裁判で「主張」としないと、裁判で考慮しない書類になるそうです。(裁判所に書類を送ったのに、裁判に使わなくていい、なんてことがあるのだろうか。もしあったとしても、そんなことは書面で「主張しない」と処理すればいいだけで、わざわざ裁判で確認する必要はない。時間のムダだ)と私は疑問に思いながらも、送付した全ての書類は主張とすることに同意しました。

元妻の弁護士相手にも、裁判官は同じような儀式を済ませました。

なんと、そこで第1回離婚裁判は終わってしまいました。次の裁判日程の話に移ったので、私は慌てて言いました。

「待ってください! これではなんのために私が来たか分かりません! せめて離婚が決定的になっていることは確認しませんか?」

法律上の結婚必勝法・女編」と「離婚時に財産分与など普通しません」に書いたように、私は元妻と話が成立しないだけでなく、元妻の弁護士とも会話が成立しませんでした。特に元妻の弁護士が「事実離婚」を理解していないため、「離婚は実質的に決定しているので、それを前提に話を進めましょう」と言う私と会話が全くかみ合わないのです。

裁判官がこの弁護士の勘違いを正してくれたら、離婚話が進みやすくなると思い、私は「夫の離婚意思が明確なら、別居してから離婚するまで1年もかかりませんよね?」と裁判官に質問しました。

裁判官「今回の裁判は質問する場ではありません」(では、なんのための場だったのでしょうか)

私「いえ、質問ではありません。事実の確認です」

裁判官「それは主張の確認という意味ですよね。先ほど伝えた通り、今、終わりました」

裁判官とすら私は会話がかみ合っていません。

私「そうではなく、別居して、一方の離婚の意思が決定的なら、裁判所が離婚を却下することはまずないという事実の確認です」

裁判官「えーと(しばらく考える)。それは質問ですよ。今、私が答えることはできません」

私「では、別居して1年以内に離婚する統計データの書類を提出してもいいですか?」

裁判官「それはインターネットの情報ですか?」

私「はい」

裁判官「インターネットの情報は真偽不明のものが多いですよ」

私「厚労省のホームページの統計ですよ。裁判所は厚労省のホームページの統計を信用しないんですか?」

裁判官「厚労省の統計は、あまり関係ないでしょう。三権分立で、司法権の独立があるのですから。行政の書類は関係ありません」

(は? 三権分立? なにを言っているんだ? なぜ見てもない書類を関係ないと断言できるんだ? この人、本当に裁判官か?)

私が二の句を継げなくなっていると、裁判官は「別に今、新しい書類を主張に含めなくてもいいでしょう。次の裁判までに送ってくれればいいです」と言って、次の裁判日程を手早く決めて、11時50分頃に裁判は終わりました。裁判官と元妻の弁護人はさっさと法廷から出ていきました。

たっぷり時間をとるために、5月12日11時半からの裁判にしたはずなのに、わずか15分程度で裁判が終わったのです。私は14時半まで時間有休をとっていたので、裁判前と同様、裁判後にも無駄な時間有休ができてしまいました。

裁判後、私はしばし茫然としました。

50代男性と思われる先ほどの裁判官の態度があまりにひどかったことに、まず呆れていました。信じられないことですが、少なくとも私の主観では事実なので書いておくと、「裁判官にブチ切れた日」で私が大声をあげるほど、ひどい態度をとったH裁判官よりも、この岡崎の裁判官は態度がさらにひどかったのです。離婚という人生がかかった裁判の裁判官とはとても思えず、まるで「100円の商品を万引きした小学生に対処する店員」のような態度でした。

(また万引き犯か。忙しいのに困るねえ。まあ、お金を払ってくれたら、初犯なら親も警察も呼ばないよ。でも、お金を払えないなら、どちらも呼ぶからね。あ、これは俺が決めたんじゃなくて、店が決めたルールだから。俺に抗議しないでね)

そんな態度でした。

ふと気づくと、裁判中に同席していた書記官が、申し訳なさそうな目で、私を見ています。

「裁判所の常識は世間の非常識なんでしょうか?」と私が聞くと、「いや、まあ……」と書記官が口を濁したので、ようやく(自分はおかしくない)と私もはっきり認識できました。

裁判官も弁護士も、上記の裁判での異常なやりとりが、さも当然のように振舞っていたので、(おかしいのは自分の方なのか)と私も錯覚しはじめていたのです。

なお、離婚裁判の第2回は5月26日に行われて、同じように「主張」にします、という儀式だけで終わり、私の裁判官への「質問」もなかったので、今度はわずか10分で終わりました。予想通りの短さであり、私も学習能力があるので、時間有休は無駄なく申請していました。その離婚裁判の判決は6月24日、つまり明後日に出るそうです。

もし私の裁判が一般的な日本の裁判であるなら、日本の裁判所は全て書類で、場合によっては全てネットで、処理するといいと思います。裁判所に出席するために有休とる必要もなくなります。私のように患者さんのために休めない、と悩む医師もいなくなります。裁判所なんて立派な建物いりません。税金はかなり節約できるはずです。

裁判官にブチ切れた日

婚姻費用裁判は1日で終わりました。厳密には、裁判でなく審判だったようです。裁判と審判の違いはよく分かりませんが、私のもう一つの離婚裁判(これは審判ではありませんでした)の違いでいえば、離婚裁判だと私と元妻側弁護士と裁判官が同時に部屋にいましたが、婚姻費用審判では私と裁判官、元妻と元妻弁護士と裁判官がそれぞれ同時に部屋にいたことです。つまり、離婚裁判だと私と元妻側が顔を合わせる機会があったのですが、婚姻費用審判だと私と元妻側が顔を合わせていないのです。

裁判にしろ審判にしろ異常だと思ったのは、私と元妻側が全く議論しなかったことです。たまたまなのか、それが普通なのか知りませんが、特に離婚裁判で私がなにか言おうとすると、裁判官に遮られて、「文書で伝えてください」と言われたのです。

そんな裁判所の理屈に関して、私がブチ切れたのは4月18日の婚姻費用審判です。この日、「離婚時に財産分与など普通しません」などで私が批判したH裁判官と会いました(できれば一生会いたくない人でした)。

婚姻費用審判では、H裁判官の他に、もう一人、書記官も同席していました。H裁判官は30代女性、書記官は20代女性に見えました。書記官の方は深刻な表情で、状況を見ていましたが、H裁判官は100万円以上のお金が動くかもしれない(実際、判決で138万円も払うように命令されました)審判なのに、最初から半笑いで、深刻さがまるで感じられませんでした。

恥ずかしながら、私は車運転時に一時停止違反やスピード違反などで何度も捕まったことがあり、青切符を何回も切られています。交通違反で5回以上は対応した警察官の誰と比べても、H裁判官の深刻さのなさは段違いでした。H裁判官のようなふざけた人が青切符を切っていたら、「こっちは6000円も罰金払わないといけないのに、なんだその態度は!」と逆ギレされても仕方ないと私は断定します。まして、100万円以上もかかった婚姻費用審判で、あの態度はありえません。道徳以前に、常識すら微塵もうかがえない態度でした。

だから、「一方的に別居した妻が夫に婚姻費用を請求することは道徳的に許されません」と私が主張した時、ヘラヘラしながらH裁判官が「はい! 分かりました!」と元気よく言うので、「いえ! 分かっていませんよ!」と私がブチ切れました。

「失礼ですが、裁判官は結婚して、子どもがいますか!」

そう私が聞くと、裁判官も書記官も黙り、当然ながら、気まずい空気になります。私が半分怒鳴りながら続けます。

「もしそうでなかったら、結婚して、子どもがいると想像して聞いてください。もし裁判官の夫が子どもたちを連れて一方的に別居し、金持ちの実家で暮らし、子どもたちに一切合わせなかったくせに、別居期間中の生活費を払え、と言ってきたら、どう思いますか!」

私の怒りに、ようやくH裁判官も深刻な表情になりました。それまで打っていたパソコンを私に見せながら、「言いたいことは、これでいいですか?」と低い声でH裁判官が聞いてきました。パソコンには「一方的に別居した妻が夫に婚姻費用を請求することは道徳的に許されません」と書かれています。私は次のように答えました。

「文としてはそれで合っています。しかし、人類普遍の原理として、同じ文でも、それを発する気持ちによって、意味が大きく変わってきます。私が今日、車で1時間もかけて名古屋の家裁まで来たのは、私の気持ちを伝えるためです。文を伝えるだけなら、こんな審判を開く必要もなく、手紙を送れば済みます。違いますか!」

そういえば、調停と裁判(と審判)を通じて奇妙に感じたことの一つに、私と元妻が一緒の部屋にいることが1回もなかったことです。別に元妻や私の虐待が認められたわけでもないのに(強いていえば、元妻が私に暴力をふるって警察沙汰になったことはあります)、ここまで避ける必要はあったのか、と思います。

ただし、元妻が私と同席を避けて、議論にいたっては、元妻も元妻の弁護士も私と直接対決を避けた理由は、だいたい分かります。

※私は名古屋大学医学部卒なので知性はかなり高く、元妻の弁護士の学歴(京大法学部卒)くらいではまずかないません。私の倫理観は私の知性よりも遥かに高く、上記のように、裁判官相手にすら説教できたりします。そんな私相手に、「どちらが倫理的に正しいか」を議論しても、まず勝てないと元妻も元妻の弁護士も判断したのでしょう。※

結果として、私は婚姻費用裁判で見事に負けたので、元妻側の法廷戦術は正しかったようです。孫氏の兵法に「負ける戦いはするな」と書かれている通りです。

 

※2025年7月14日追記:今読めば、私の傲慢さが恥ずかしい限りです。法曹関係者からの助言で分かりましたが、「議論しても勝てないから議論しない」のではなく、そもそも離婚裁判は議論の場ではないそうです。議論しない理由は「離婚関連は、調停で解決しない、つまり話し合いで解決しないから、裁判になっている」と考えられているからです。その理由に私は全く納得できませんでしたが、法曹界ではそれが常識のようです。後の記事で私が徹底して批判することですが、ここにも書いておくと「残念ながら、裁判は正義を判断する場でない。特に離婚裁判は」もほぼ全ての法曹関係者が認めたことです。

離婚時に財産分与など普通しません

名古屋大学医学部の天使」に書いたように、私は名大医学部1年生の頃から、法科大学院生と医学部生のディスカッションセミナーを主催していました。そのセミナーの第3回以降は、名古屋の患者側弁護士の方たちにも参加してもらっていました。その時には「さすが弁護士だ。医者と比べたら、世の中を遥かによく知っている」と参加してくれた全ての弁護士に対して私は感心したものでした。

しかし、世の中には、悪徳医師がいるように、悪徳弁護士もいます。さらには、悪徳裁判官までいます。悪徳弁護士は例外でしょうし、悪徳裁判官なんて例外中の例外だと思うのですが、よりにもよって、私の関わる裁判でその2人(もしくは3人)に会うなんて、私も夢にも思っていませんでした。

余談ですが、悪徳検察官については「法曹界への2つの失望」で紹介しています。

まず、悪徳弁護士の紹介からです。私の元妻の弁護士です。ネットで調べてみたら、京大卒でした。偶然でしょうが、たまたまここ3日ほどで、私は京大法学部生1名と京大法学部卒1名と話す機会がありました。どちらの方も知性と倫理観が私より偏差値20は低く、会話がかみ合いませんでした。理系大学の京大だと、法学部生は質がかなり低いんでしょうか。私が今記憶している3名の京大法学部卒(1名は未卒ですが)が全員とも知性と倫理観に劣るので、そんな偏見を持ってしまいそうになります。

ともかく、元妻の弁護士を常識不足と専門知識不足で私が論破した話を紹介します。どちらも裁判前のメールのやりとりです。

元妻の弁護士はメールで私のことを、いきなり「あなた」と呼んできました。

ご存知の通り、妻が夫を呼ぶとき以外に、「あなた」と呼ぶと、かなり失礼になります。英語だと相手が上司だろうとお父さんだろうとyouしかないのですが、英語同様に「あなた」を多用してしまうと、日本でうまくコミュニケーションがとれません。日本語初級教材の最初の方に「日本語での『あなた』は失礼です。相手の名前を聞いて、その名前を呼ぶなどして、『あなた』はできるだけ使わないようにしましょう」と書かれています。

だから、私も「『あなた』は失礼ですよ。止めてもらえませんか。私は『貴氏』と呼んでいるではないですか」とメールで指摘しました。すると、弁護士は「裁判所では『あなた』が普通です」と反論してきて、呆れました。もちろん、私は次のように反論しました。

「『病院の常識は世間の非常識』とは、病院でよく言われる言葉で、私も真摯に受けて止めています。この言葉を謙虚に受け止める医療者と、この言葉を否定しようとする医療者のどちらが社会的に好ましいと貴氏は考えますか。『裁判所の常識は世間の非常識』という批判は、法曹界に従事する者なら、真摯に受け止めてほしいと私は考えます」

私が驚いたのは、こう指摘すると、元妻の弁護士は別の話を始めて、メールで二人称を一切使わなくなったのです。

元妻の弁護士は、元妻と「反省しない」という点で、すごく似ています。やはり、類は友を呼ぶ、というやつでしょうか。

同じ日のメールで私は「調停離婚」と「協議離婚」を混同したので、弁護士から「調停離婚が9割なんて明らかに間違いです」と指摘されました。当然ながら私は「申し訳ありません。仰る通りです。正しくは協議離婚が9割でした」と謝罪して、間違いを認めたこととは好対照です。

やはり同じ日のメールのやり取りで、「離婚で財産分与するのは少数派です。例外は結婚期間中に不動産を取得した場合くらいです」と私が指摘すると、「不動産がなくても財産分与することは現在では普通のことです」と明らかに間違った事実を弁護士が言ってきたのです。

だから、次のような統計をメールで送りました。

財産分与割合

繰り返しますが、日本の離婚は9割は、当事者の話し合いだけの協議離婚です。9%程度が調停離婚で、残り1%が裁判離婚です。常識で考えれば、財産分与が行われる割合は協議離婚<調停離婚<裁判離婚になるはずです。上の統計によると、調停離婚でさえ、財産分与が行われたのは4分の1程度です。そのほとんどは、不動産を持っていたからのはずです。不動産を持っていなければ、まず財産分与なんてしないんですよ。

結婚期間中に得た財産のうち、どこからどこまでがどっちの財産なのか決めるなんて、現実問題、難しいんですよ。常識的に考えて、夫婦共通の預金口座があれば半々にします。夫婦個別の口座だったら、増減にかかわらず、それぞれの持ち分にしますよ。それ以外の動産なんかは、適当に決めています。他に揉めそうなのは、強いて言えば車ですかね。私と元妻は、それぞれ1台ずつに分けました。

上の統計を示すと、元妻の弁護士は「仰る通り、離婚時に財産分与するのは例外のようでした。私も存じ上げなかったので、ご指摘いただき、ありがとうございます」と間違いを認めることもなく、例によって、別の話題を始めたのです。ここまで反省できない奴が弁護士になっていいんでしょうか。

元妻の弁護士の悪徳要求はこれでも止まりません。医者から専門知識不足を指摘された弁護士のくせに、いけしゃあしゃあと、私の結婚時の預金口座残高を調べるよう要求してきました。結婚時なんて6年も前なので、普通には預金残高を調べられなかったため、私はわざわざ銀行に特別な書式を作ってまで請求しました。そこで分かったことですが(正確には簡単に調べられた5年前の預金残高から予想はしていたことで、元妻の弁護士にもその予想を伝えていたのですが)、なんと現在の私の預金残高が結婚前より減っていたのです。そうしたら、悪徳弁護士も「あ、これは財産分与請求できんわ」と気づいたようで、以後、財産分与の話は一切しなくなりました。

こいつが心底悪徳だと思うのは、「私の預金口座残高を示したんですから、妻側の預金口座残高も示してください」と私が要求しても、一切無視したことです。裁判でも私は主張したのに、裁判官は私の主張を無視したまま、判決まで下しました(正確にはもう一つの裁判結果は6月24日に出ます)。やはり、弟が指摘する通り、私は弁護士を雇っていないので、裁判官になめられていたんですかね。

そういえば、私が激怒した婚姻費用裁判の判決を出した名古屋家裁のH裁判官は裁判中、私のことを「あなた」と呼んでいましたね。その時点で、H裁判官に道徳や常識は期待できない、と私も覚悟しておくべきだったかもしれません。

事実離婚

事実婚という言葉を知っていますよね。内縁とも呼びます。法律上は結婚していないが、お互いに恋愛関係にあり、同居しているカップルのことです。

ここで一番重要なのは「同居」です。どんなに恋愛関係が深くても、同居していなければ事実婚になりません。逆に同居していれば、恋愛関係の深さに関係なく、3年程度で事実婚と認められるようです。ただし、事実離婚は期間に関係なく認められているので、本当に3年かどうかは怪しいようにも思います。

事実婚となれば、場合によっては相続権が認められたりします。

民法によれば、夫婦の義務として「同居協力扶助義務」が書かれています。事実婚の要件からも分かる通り、同居・協力・扶助のうち一番重要なのは同居です。

法律上の結婚必勝法・男編」と「法律上の結婚必勝法・女編」に書いたように、協力扶助義務なんて、道義上と条文上に存在するだけで、法律上と実質上には存在しません。私の判決から、そう断定します。

逆に言えば、同居していなければ、法律上は夫婦でも、実質的には夫婦でない場合があります。なお、仕事のために別居中で、お互いに離婚意思がない状態は、法律用語かどうかは知りませんが、「単身赴任」と呼ばれます。

元妻と私は2024年12月から別居して、私に明確な離婚意思があるので、事実離婚の状態が半年も続いています。

ネットで調べると、「別居して1年以上で離婚可能、3年以上で離婚確実」といった間違った情報が出てきます。名前はこの記事でさらしませんが、私が無料相談で弁護士に聞いても、同じことを言われました。しかし、事実は次の通りです。

離婚と別居の統計

2008年の段階で、全体の82.5%が別居後1年以内に離婚しているのです。日本の離婚の9割は、お互いの同意だけの協議離婚です。9%くらいが調停離婚で、わずか1%が私にとって今係争中の裁判離婚です。当然ながら、裁判離婚が最も期間が長くなりますが、それでも64.4%が別居後1年以内に離婚しているのです。

この別居後1年以内の離婚割合は、現在なら、もっと高くなっているはずです。

昔は「有責主義」と言って、どちらかに責任がない限り、離婚はなかなか認められませんでした。しかし、現在は「破綻主義」と言って、お互いが別居していて、どちらかに離婚意思があれば、期間によらず、離婚が認められるようになりました。なぜでしょうか。

それは結婚の強制、つまり同居の強制は、誰にでもできないからです。

警察が一時的に力づくで同居させても(そんなこともしませんが)、離婚したいと思う側が次の日には逃げていますよ。それを探して、また同居させるんですか? そんなバカなことは警察の仕事ではありません。誰の仕事でもありません。

だから、別居していて、どちらかに離婚意思があれば、期間によらず、裁判所も離婚を認めざるを得ないんですよ。「結婚しろ」との判決出しても、無駄ですから。あるいは、また離婚裁判するんですか? それこそ税金の無駄ですし、誰にとっても時間の無駄ですよ。

だから、私は妻と法律上結婚していても、実質上既に離婚しているのです。私のブログの最近の記事で、法律上の妻に対して「元妻」と呼んでいるのは、そのためです。

以下、私が離婚裁判で使った文書のコピペです。

 

平成25年3月5日の渡辺喜美衆議院議員の発言を載せておきます。

「前回も伺いましたが、ハーグ条約については、安倍総理より、早期締結を目指す旨の答弁があり、これによって国際的な子どもの連れ去りは解決に向かうと期待されます。一方、国内においては、子どもの連れ去り問題に対処するため、既に民法第766条が改正されました。しかし、その運用においては、法改正の趣旨が徹底されておりません。離婚相談を受けた弁護士の中には、まず子どもを連れ去れ、もう一方の親から引き離せ、虚偽でもDVの主張をしろと指導し、金もうけをする者がいると言われています。この背景には、既成事実を追認し、子どもを連れ去った親に親権、監護権を与える裁判所の運用があります。拉致司法と国内外で批判される実態です。条約批准を機に、裁判官等に対し、改めて、国内の民法766条の立法趣旨の徹底を図るべきと考えますが、総理の御見解を伺います」

ここで批判されている「まず子どもを連れ去れ、もう一方の親から引き離せ、虚偽でもDVの主張をしろと指導し、金もうけをする」弁護士とは、まさに元妻(裁判書類では実名)の弁護士です。まさか「DVは主張していないので、私はこれに当たらない」という屁理屈が日本の裁判所で通らないことを期待しています。

 

なぜ第三次ベビーブームは起きなかったのか」で「悪徳弁護士が金儲けのために女性に訴訟を勧めることもあるのですが(強制わいせつ訴訟ではなく離婚裁判ではありますが、私は元妻からそれをやられました)」と書いてある理由は上記の通りです。

法律上の結婚必勝法・女編

「性悪になれ!」

まず、これですね。

前回の「法律上の結婚必勝法・男編」と同じく、これはあくまで、結婚後の話です。性悪だと、結婚することができないので、結婚までは猫かぶって、我慢しましょう。結婚後は本性剥き出しで、いや、むしろ、意図的に性悪になってもいいくらいです。

(そんなの結婚詐欺じゃないか!)

実質上はそうかもしれません。法律上は、そんな理由で結婚詐欺が認められることは99%以上ありません。「相手の本性見抜けなかった奴が悪い」になります。精神科医のくせに、これだけのブログを書いているくせに、私は元妻の本性を見抜けなかったわけです。いや、それだけが理由じゃないんですけどね。最大の理由は「愛情と友情を比べないでもらえないでしょうか」に書いています。もっと簡潔に言えば、「恋愛は圧倒的に女性優位」だからです。

話を戻します。なぜ性悪になった方が得なのでしょうか。それは好き勝手できるからですよ。私の元妻は「反省しない」「自己中心」「夫をぞんざいに扱う」「理性的に話さない」と、私にやりたい放題でした。これだけやりたい放題すれば、それは気持ちいいんじゃないですか。

(でも、それだと夫から嫌われるでしょ?)

それは嫌われますよ。私も心底、元妻を嫌いましたよ。元妻の「反省しない」「自己中心」「夫をぞんざいに扱う」「理性的に話さない」の欠点を直してほしい、と私は1000回くらい要求しましたよ。すると、必ずこんなことを言い返されました。

「自分(夫)は反省しなくていいのか」

「自分こそ自己中心でないのか」

「ぞんざいに扱われる理由を私(夫)が作っている」

「理性よりも感情が大切ではないのか」

「なぜ私ばかり要求されるのか(元妻がやりたい放題だからです)。対等に話してほしい(加害者と被害者を対等に扱うことは正義に反します)」

もう一つ、万能の言い訳もありましたよ。

「言いくるめられた」

なんとか元妻と私で合意事項にたどり着けたと思ったら、「言いくるめられた」と合意事項を全てひっくり返されるのです。

私は精神科医なので、パーソナリティ障害という疾患を知っています。まさに、元妻は反社会性パーソナリティ障害でした。言い訳だけは天才的なんですよね。その能力をなぜ他に使えないのか、私には最後まで分かりませんでした。

ともかく、「反省しない」「自己中心」「夫をぞんざいに扱う」「理性的に話さない」は主観によるので、裁判で証明できません。だから、やった者勝ちなんですよ。性悪になっても、責任を問われることは一切ありません。究極まで、自己中心で生きましょう。

(でも、自己中心にも限界があるでしょ。夫が子ども連れて逃げるんじゃない?)

確かに。それはマズイですね。だから、私のように「逃げる場所がない夫」だと、完璧ですよ。私は両親との関係が極めて悪く、実家を頼ることができません。逃げ場がない夫に対しては、妻は「反省しない」「自己中心」「夫をぞんざいに扱う」「理性的に話さない」なんて際限なく発揮しても大丈夫です!

それと、もう一つの必勝法も伝授しておきます。特に夫が子ども連れて逃げそうな場合に、効果てきめんの裏技です! 「向こうに子ども連れ去られる前に、こっちが先に子どもを連れ去れ!」です!

法律上の結婚必勝法・男編」にも書いたことですが、日本では「子ども連れ去り勝ち」が認められている世界でも珍しい、素晴らしい国なんです! 特に妻の実家が金持ちなら、完璧ですね。子ども連れ去っても、妻はお金にも困らないわけですからね。まあ、妻の「反省しない」「自己中心」「夫をぞんざいに扱う」「理性的に話さない」は、夫ほど実家が許すわけないので、さすがに制限されますけどね。

ということで、分かったと思いますが、私と違い、実家に頼れる夫なら、「向こうに子ども連れ去られる前に、こっちが先に子どもを連れ去れ!」は鉄則ですよ。もし、夫が子どもたちを実家などに連れ去って、さらに妻側にわずかでも収入があったら、妻側が養育費を払わないといけないのです! 下手したら、婚姻費用なるものまで妻に払わされるかもしれません(婚姻費用については「法律上の結婚必勝法・男編」参照)。経験した人でないと分からないでしょうが、「一方的に別居した配偶者に、婚姻費用を払え」と裁判所から命令されることほど頭に来ることは、この世にそうそうありませんよ。僕は昨夕に経験したので、それを知りたくもないのに、知らされました。

さて、次の必勝法です。

「家事はサボれ!」

夫が「働いたら負け!」なのですから、当然、妻は「家事はサボれ!」になりますよね。まさに男女平等ですね。

(じゃあ、誰が家事するの?)

そんなもの夫がすればいいんですよ! 

(え、でも、夫は医者でしょ?)

ああ、そう言えば、私は医者でしたね。年収1千万円以上の。でも、裁判官は私の職業なんて、全く考慮していないと思いますよ。職業差別したらいけない、とでも思っているんじゃないですか。このゲス裁判官の判決のおかげで、私は裁判官を職業差別するようになりましたけどね。

なんにせよ、離婚に関する裁判で、妻の家事能力の低さなんて、全く考慮されません。サボった者勝ちです!

その根拠が私の裁判および判決です。

私は裁判所に、いかに妻の家事能力が低いかの証拠を出しました。掃除、冷蔵庫、料理の写真とともに。

たとえば、元妻は掃除をあまりせず、子どもたちも小さくて暴れるので、いつも部屋が散らかっていた写真です。私はしばしば元妻に注意しましたが、元妻はサイコパスなので、天才的な言い訳をされるだけで、反省の言葉は元妻から1回も出てこなかったと思います。

元妻は料理が得意でなく、結婚生活の最後の1年間くらいは、出来合いの注文料理で夕飯を済ませていました。元妻は歯医者で年収380万円程度なので、十分、時間はあったと思うんですけどね。ともかく、元妻があまり料理しない証拠として冷蔵庫に「なす2個、にんにく1.5個、キュウリ2本、米しかない。このうち、キュウリ2本は私が入れた」という写真も提出しました。

さらに、「元妻以外の家族(子ども2人と私)は、全員、食パンは焼かないで食べるのが好きだが、6年間何度言っても、元妻は食パンを焼き続けた。さらに、焦げすぎたパンは必ず私が食べなければならなかった」という証拠写真まで提出しました。

で、判決にはどう影響したのでしょうか? 

あれ? 影響すると思っていたんですか? 僕みたいにオメデタイ人ですね。判決に影響なんてしませんよ。裁判でも判決文でも、元妻の家事能力には全く触れられていませんでした。控訴はする予定ですが、一審までは、写真と証拠を集めて提出した私の労力が無駄になっているだけです。

それにしても、「性悪になれ!」「家事はサボれ!」なんて必勝法が法律上認められている国が存在していることに、私も驚きを隠せません。しかも、それが私の母国でした。

「向こうに子ども連れ去られる前に、こっちが先に子どもを連れ去れ!」を認める日本の裁判所は、本当に正義を憎んでいるんだ、と私も思い知らされました。

(いやいや。いくらなんでも、それはないって。本当は、夫、つまりあなたの虐待とか、なにかの落ち度が認められたんでしょ?)

いや、本当に判決文に、私の落ち度が全く書いていないんです。「一方的に別居して、婚姻費用を請求するなど道徳に反する」といった私の主張を、私に理解できない理由で、却下するとしか書いていないんですよ。信じられないでしょうから、ここに判決文の写真を載せたいくらいです。こんな道徳に反する判決文を書いた名古屋家庭裁判所のH裁判官の名前をさらしたい気分です。

最後に、私の元妻の自己中心性が、特に現れている事実をここに書きます。

なんと、離婚裁判中、最後の最後まで、元妻は「私との結婚を続けたい」と主張しているのです。

元妻が一方的に子どもたちを連れ去って、ある日突然、別居したんですよ。私になんの事前連絡もありませんでした。その日、子どもたちの公文があったので、「僕が公文に連れていこうか」と提案した私のLINE記録も残っています。

私との結婚を続けたい人が、なぜ一方的に別居したんですか?

なぜ元妻はお金に困っていないのに、私に婚姻費用なんて請求しているんですか?

なぜ夫側に落ち度がないのに、裁判所は夫に月23万円もの婚姻費用を妻に払え、と命令しているんですか。

私はこの3つ全て、心情的にも、道徳的にも理解できません。でも、本当の本当に三つとも事実です。

私が理性的に話せないのは元妻だけでなく、日本の裁判所も含まれたようです。

やはり、私は日本から逃げた方がいいのでしょうか。

そう言えば、法律上はまだ私と結婚している妻を私が「元妻」と呼んでいることが、気になる人はいるでしょうね。「元妻」と私が呼ぶせいで、今回の記事と前回の記事が理解しづらくもなっています。それについては、次の記事で説明します。