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なぜ欧米の少子化対策は日本で無効だったのか

前回までの記事の続きです。

「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?」(山田昌弘著、光文社新書)の著者は「パラサイト・シングル」という言葉の生みの親です。(南欧を除く)欧米では、学校卒業後、男女とも親の家を出て自立して生活するのが一般的ですが、東アジアでは、結婚までは親と同居して親に頼るのが一般的です。現実に、日本の「出生動向基本調査2015年」では、18~34才の未婚者の約75%が親と同居しているそうです。

欧米では、成人後も理由なく親と同居し続けることは、親離れしていない証拠と見なされ、周りからよく思われず、一人前に扱ってもらえません。日本と同じく欧米でも、若者の収入は低く、失業率は日本より遥かに高いのですが、それでも親元を出て、自立して生活することを迫られます。そうなると、誰かと一緒に住むことは、一人あたりの住居費や光熱費が節約できるので、若者のシェアハウスが欧米だと多くなります。

そして、同じ一緒に住むなら、誰だって好きな相手と住みたいので、欧米だと結婚前の同棲が一般的になります。さらには、同棲しているうちに子どもも生まれるので、出生率も上がります。なお、日本でも高度経済成長期は、地方から出てきた若者の一人暮らしや寮生活者が多かったので、結婚が早かったのではないか、と著者は推測しています。

現在の日本では、親の家を出て新しい生活を始めることは、経済的に苦しくなるケースがほとんどです。生活水準の低下を避けるためには、親と同居し続け(パラサイト・シングル)、一人暮らしをしないことが合理的な選択となります。そうなると、日本だと同棲が減り、結婚も減ります。その前提となる男女交際も控えます。当然、同棲も結婚も男女交際もなければ、子どもが生まれるわけがありません。「成人後も親と同居するのが当然という文化」が、未婚化、少子化に影響していることは誰も否定できないはずです。

非正規雇用の女性が子育てと仕事の両立で悩むわけがない」の記事で、仕事に生きがい(自己実現)を求めている日本人女性は稀だと書きました。では、日本人女性がなにを求めているかといえば、著者の言葉を借りると「豊かな消費生活を送る」になります。各種アンケート調査でも明らかなように、多くの日本人女性も子どもを欲していますが、それは経済的に豊かな生活が前提となっています。事実、下にあるように既婚女性が「子どもを希望数まで持たない理由」のアンケートで圧倒的な1位は「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」です。

少子化対策としてよくあげられる「夫の家事育児への協力が得られないから」を本当にあげる既婚女性は、経済的理由の5分の1にも達していません。現在、既婚女性の就労が増えているのも、仕事に生きがいを感じているからではほぼないでしょう。夫の収入だけでは子どもの教育費や住宅費が賄えず、現在の豊かな経済生活が送れなくなるから、やむを得ず、仕事をしている女性が圧倒的に多いと著者は断定しています。

ところで、なぜ欧米では、子育ての経済負担をあまり考えないのでしょうか。最大の理由は、ヨーロッパでは、子育ての社会福祉が充実しているからです。教育費はほぼ無料で、日本のような塾産業もなく、高校までは学校格差もほぼありません。大学などの高等教育費も、自国民なら格安です。さらに、高校卒業後は、子どもたちは親元離れて、学費や家賃も含めて自活してくれます。親の子育ての経済的負担が日本と比較にならないほど低いのです(ただし、最近はヨーロッパ諸国でも、若者の経済事情の悪化により、親との同居期間が延びている統計事実があるようです)。

もう一つの理由は、欧米ではリスクをとることが尊重されるからだ、と著者は述べています。換言すれば、東洋人のよくする「子どもの将来を心配して、子どもを生まない」という発想を欧米人はしないからです。

ヨーロッパと違い、アメリカの子育ての社会福祉は劣悪です。最近は改善してきたとはいえ、出産・保育所から高校まで、日本の福祉より全般的に貧弱です。一流大学になれば、日本よりも学費が遥かに高いので、子どもの教育には、親の経済力がどうしても影響してきます。それにもかかわらず、子どもの将来が心配になって、子どもを産まない人はアメリカで少数派です。やはり、その理由はアメリカ人もヨーロッパ人同様、リスクを警戒しないからです。「これから産まれる子どもが大人になるまでの未来なんて誰にも分からない」「なんとかなるだろう」と西洋人は考えるからです。

カナダに住んでいた私も、この見解に同意します。現実には西洋でも、親によって子の人生が決まる傾向はありますが、親がどんなに貧乏で、ひどい教育を受けてきたとしても、社会的に成功した人は東洋と比較にならないほど多くあります。その大きな理由は、社会全体に再チャレンジする機会は多くあるからですが、個人としてもチャレンジ精神が旺盛であることも大きいでしょう。

別の観点からいえば、「社会に再チャレンジする機会がない→個人もチャレンジしなくなる→成功例がないため、ますます社会がリスクをおそれ、再チャレンジする機会を少なくする」という悪循環に陥っているのが東洋、とりわけ日本でしょう。

また、他のアジアの国やバブル期までの日本は、経済成長が続いていたので、子どもを産むときに、西洋人のように「なんとかなる」と思いやすかったでしょう。しかし、経済成長が30年間も停滞して、将来は経済縮小していくことが分かっている日本だと、「なんとかなる」との発想はしにくくなります。

次の記事で、有効な少子化対策について考察します。