未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

日本人初の宇宙飛行士が女性だったらよかったのに

日本人初の宇宙飛行士の秋山豊寛を知っている人は、おそらく私同様に40代以上の人でしょう。JAXAが日本中から募集して選んだエリートである毛利衛など3名が日本人初の宇宙飛行士になるはずでした。しかし、1986年のチャレンジャー号爆発事故で、NASAによる日本人宇宙飛行が延期となる間に、バブル景気にうかれたTBSが金にものをいわせて、1990年、突如、ソ連の宇宙船に社員の秋山を載せてしまいました。

秋山は自他ともに認める「普通のおじさん」でした。当時、TBSの看板報道番組のニュース23で司会の(やはり40代以上の日本人なら全員記憶している)筑紫哲也の休みの日、しばしば秋山が代理の司会を務めましたが、ひどいものでした。「普通のおじさん」とは、日本全体のおじさんの平均であり、ジャーナリストとしては普通ではなく、落第だったと私は確信しています。事実、秋山は日本史上に輝く栄誉を与えてくれたTBSを1995年には退職しています。

あの時、秋山を選択したことは、「普通のおじさんでも宇宙飛行士になれる」ことを証明した意義はあったかもしれません。それこそ、ZOZOの前澤友作が「宇宙飛行をするべきでない人でも宇宙飛行ができてしまう」ことを証明したように、です。しかし、どちらも「日本初(前澤の場合は民間人として)」の栄誉まで与えるべきではなかったと考えます。(特に前澤は)日本の宇宙開発史として消えない汚点を残してしまいました。

ところで、日本人初の宇宙飛行士が女性になる可能性が少しでもあったことを記憶している日本人は、現在、どれくらいいるのでしょうか。秋山と同じく、ソ連の宇宙船に乗る最終候補者に残った女性がいました。TBS社員の菊池涼子です。1994年に日本人女性初の宇宙飛行士となるエリート中のエリートの向井千秋とは比べ物にならない小粒の経歴で、向井より12才も年下、秋山より22才も年下で、当時26才です。

秋山が宇宙に行った時は、私もよく記憶しています。大ニュースで、日本中が秋山のことで盛り上がっていました。しかし、菊池のことは全く記憶していません。日本人初の宇宙飛行士の最終候補者2名中の一人が女性だったと知ったのは、菊池が2000年にTBSを退職した後、「宇宙を語る」(立花隆著、書籍情報社)を読んでからです。

立花隆の宇宙本といえば、1983年に出版された「宇宙からの帰還」(立花隆著、中央公論新社)というアメリカでもあまり実施されていない宇宙飛行士12名のインタビューを記録した本があります。その12名のアメリカ人宇宙飛行士と匹敵するほど、あるいはそれ以上に私の記憶に刻まれたのは「宇宙を語る」の菊池です。

立花との対話を読むだけで、さすが日本初の宇宙飛行士の最終候補者に残った女性だ、と思わせるほど頭の回転は速く、ユーモアのセンスもあると分かります。自分が選ばれなかったことに不平をあまり言わないので、寛容力も高いようです。立花との対話でふと気になったことがあると、「今度、テレシコワ(世界初の女性宇宙飛行士で、菊池は訓練中に友だちになる)に電話して聞いてみます」と気軽に答えることから、積極性もあります。「宇宙を語る」は、他にも毛利や向井などの実際に宇宙飛行士になれた者や、アーサー・C・クラーク河合隼雄司馬遼太郎などの作家・学者も出てきますが、向井との対話を除けば、駄文を残したとしか思えません。菊池との対話は大変面白く、向井との対話はそれに次ぎますが、それ以外の対話は読む価値はないでしょう。

菊池が日本人初の宇宙飛行士に選ばれなかったことが、私は残念でなりません。このブログで何度も書いている通り、「国際比較して日本だと女性が恵まれていない」は大きな誤解だと私は確信しています。もし菊池が選ばれていたなら、「日本で女性が恵まれていないはずがない。なぜなら、日本は世界で唯一、初めての宇宙飛行士として女性を選んだのだから」と私が言えました。

もし本当に菊池が選ばれていたら、世界初の女性宇宙飛行士のテレシコワが60年間も持っている女性の宇宙飛行士最年少記録も、菊池によって破られていました。それくらい価値ある記録を残せた菊池をなぜ選ばなかったのでしょうか。能力でいえば、秋山より菊池であったことは間違いないはずです。

私がこの記事を書くきっかけになったのは、「人生はそれでも続く」(読売新聞社会部「あれから」取材班著、新潮新書)で菊池が出てきたからです。そこで改めて、菊池がカメラマンであることを知りました(「宇宙との対話」にも書いていたのかもしれませんが、忘れていました)。秋山は入社2年目にはBBCに出向し、TBS屈指の国際ジャーナリストとしてアメリカのレーガン大統領にもインタビューをしています。実績では秋山に分があることは論を俟ちません。それでも(自分が選べたなら、菊池にしているのになあ)という気がしてなりません。

40代以下の日本人なら、おそらく菊池を知らないでしょうし、50代以上の日本人も「ジャーナリストでベテランの秋山をさしおいてカメラマンで26才の菊池が宇宙飛行士になる可能性など最初からなかった」と考えているのではないでしょうか。そういった日本人や、未来の日本人のために、ささやかですが、菊池涼子の記録をここに残しておきます。同時に、月面着陸したエリート中のエリートのアメリカ人と匹敵するほどの能力を持つ(と、ある日本人に20年間以上も信じさせる)若い優秀な女性が日本にもいたことをここに記録しておきます。