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黒船と本気で戦っていたら日本は攘夷を達成できたが、それは最悪の選択であった

幕末の動乱は不可避だったのか」の記事に誤解を生む表現があったので、訂正させてもらいます。

この記事では「当時のアメリカ側の文献を読めば読むほど、ペリーは日本と本気で戦争する意思はほとんどなく、アメリカ本国政府に至っては日本と戦争する意思など皆無と言っていいことがよく分かります」と書いた後に、「武力衝突をしたら双方に死人が出て、まずアメリカと戦争になったでしょう」と矛盾するようなことを書いています。

ペリーが日本と戦争する気がなかったのは事実で、アメリカ政府はもっと戦争意欲がなかったのも事実ですが、日本がペリーの蒸気船団と本当に戦って、アメリカ人を多数戦死させていたら、アメリカは確実に報復に来たでしょう。生麦事件の報復に薩英戦争が起きたり、長州藩の外国船砲撃事件の報復に下関戦争が起きたりしたように、ペリーたちが殺害されたら、アメリカが新しい強力な軍艦で報復に来た可能性は高いです。

しかし、アメリカが日本と全面戦争する可能性はほぼありませんでした。上の記事では「(アメリカと日本が戦争になった)場合、日本は確実に負け、完全な植民地になった可能性もあります」とまで書いていますが、これは間違いと言っていいでしょう。黒船事件の頃、アメリカと日本が戦って、アメリカが戦術的に勝つ可能性(アメリカ人より日本人の方に死傷者が多く出た可能性)が高いのは確かですが、アメリカが戦略的に買って、日本を植民地にしたり、アメリカが江戸幕府を征服できた可能性はゼロに近いです。アメリカは日本とそこまで大きな戦争をする気は全くありませんでした。

その根拠は、同時期の李氏朝鮮の2つの対外戦争です。フランスが9人のキリスト教宣教師の処刑の報復として、1866年に李氏朝鮮と戦争(丙寅洋擾)しましたが、敗走しています。また、アメリカが平壌の1866年のジェネラル・シャーマン号事件で乗組員全員が殺害されたことの報復として、1871年に艦隊を派遣(辛未洋擾)しました。アメリカは砲撃を加え、わずかな領土を一時的に制圧しましたが、本来の目的である李氏朝鮮との通商条約を結ぶことはできず、撤退しました。

にもかかわらず、1875年に日本の江華島事件で、李氏朝鮮はあっさり日朝修好条規を結ばされています。強国であるフランスやアメリカが失敗して、日本が成功している理由は、韓国は欧米列強を外敵と考えていても、日本を外敵と考えていなかったことが大きいです。また、西洋列強は日本ほど朝鮮との交易意欲はありませんでした。

アメリカも、イギリスも、ロシアも、世界中の全ての国は、日本と戦争してまで日本と交易したいとは思っていません。当時の帝国主義国家が戦争してまで交易したい、不平等条約を結びたいと思っていた東アジアの国は、中国だけです。だから、アヘン戦争やアロー戦争を起こしてでも、イギリスは中国との貿易(黒字化)にこだわりました。こう断定できる根拠は、「幕末の稚拙な外交政策から日本は教訓を得ているのか」に書いています。

だから、幕末の日本が最も恐れていたこと、日本がアヘン戦争後の中国のようになる可能性はほぼゼロでした。アヘン戦争のように、帝国主義国家が大軍を率いて戦争していれば、日本は確実に負けましたが、そこまでする価値が当時の日本にはありませんでした。「幕末の稚拙な外交政策から日本は教訓を得ているのか」に示したように、アメリカはその事実を貿易統計で把握していましたが、相手側の日本はその事実を客観的に認識しておらず、不必要な心配ばかりして、ペリーの脅迫に屈してしまいました。

アメリカ本国が日本と戦争しないのはもちろんですが、ペリー自身も本気で戦う気はなかったので、江戸幕府が「開国は絶対にしない。それに納得できないで戦争したいなら、戦争すればいい」と交渉を打ち切ったら、ペリーが死人を出してまで戦った可能性はほぼありませんでした。突発的な事故で日本側がペリー艦隊に攻撃したせいで、アメリカ本国が新艦隊で報復に来た可能性はありますが、そうだとしても、朝鮮半島での辛未洋擾同様、アメリカが一時的に日本の港を占領しても、日本側が徹底抗戦すれば、アメリカは日本から撤退せざるを得なかったに違いありません。日本はアメリカと国交も結ぶ必要もなく、交易をする必要もありませんでした。

とはいえ、それが最悪の選択であったことは、丙寅洋擾や辛未洋擾で外国勢力の撃退に成功した李氏朝鮮のその後を見れば、明らかでしょう。

黒船事件で幕府が200年以上続いた鎖国政策を一変させた改革は(不平等条項を結んだことを除いて)、日本にとって有益でした。「尊王攘夷」と言い続けた倒幕勢力が、政権奪取後、手のひらを返して、幕府以上の開国政策を実施したのも、妥当あるいは当然の判断でした。

もし日本が黒船を撃退して、その後も鎖国政策を維持し続けていたら、日本の発展が大きく遅れて、好ましくない歴史を持ったに違いありません。