「なんの罪もない被害者などこの世に存在しない」の続きです。
被害者家族と加害者家族のどちらをより救うべきかといえば、それは被害者家族になるでしょう。
「『少年A』被害者遺族の慟哭」(藤井誠二著、小学館新書)と「加害者家族」(鈴木伸元著、幻冬舎新書)と「息子が人を殺しました」(阿部恭子著、幻冬舎新書)を読むと、その思いが強くなります。
この三つの本を読んですぐに気づく大きな違いは、「『少年A』被害者遺族の慟哭」はどのような犯罪であるかを書いているのに、「加害者家族」と「息子が人を殺しました」はどのような犯罪であるかをほとんど書いていないことです。おそらく、犯罪内容を伝えると「加害者家族が責められても仕方ない」と読者に思われるからでしょう。つまりは、「加害者家族を救済すべきだ」という本全体の主張も説得力がなくなるからでしょう。
「私が日本の最も嫌うところ」で書いたように、どんな人だろうが犯罪者になる要素は持っていると私は考えています。誰も犯罪被害者になりたくないでしょうし、犯罪加害者にもなりたくないでしょう。そうであるのに、犯罪に追い込んだ加害者と同じ社会に生きている以上、「なんの罪もない被害者などこの世に存在しない」という倫理観の柱もあります。
「なんの罪もない被害者などこの世に存在しない」のですから、「なんの罪もない加害者家族など、この世に存在するわけがありません」。むしろ、私は「加害者家族にも責任がある。犯罪実行者でないからといって、犯罪加害者を育てた家族(特に親)に刑法罰が与えられない現行制度に問題がある」くらいに考えています。実際、「犯罪」の記事で、同様な意見を何度も書いています。
「ある犯罪が起こった時、その社会の構成員全員に罪がある。加害者家族には、その構成員平均より重い罪の可能性がある」と考えているので、今回、「加害者家族」や「息子が人を殺しました」の全体の主張である「加害者家族を救済すべきである」には疑問があります。
「犯罪の間接的な被害者を救済すべき」なら文句なしで賛成です。加害者家族も加害者に苦しめられていたなら、加害者家族も救うべきと考えます。しかし、加害者家族が犯罪の恩恵を受けていた場合や、加害者家族が犯罪後も加害者の味方をする場合まで、加害者家族を救うべきでしょうか。
「加害者家族」には、「いじめ事件、非行事件の被害者を今からでも救うべきである」
の記事にある5千万円恐喝事件について書かれています。以下、引用です。
事件発覚後、加害者の姉はマスコミから逃れるため、知人の家に預けられ、そこから職場のスポーツジムに通った。あるとき、水泳を教えていた子どもたちから、突然、住所を聞かれて、事件が気づかれたとショックを受け、退職届を出した。無職となった姉は両親のいる自宅に戻ったが、いやがらせの電話が鳴りやまなかった。インターネットには「加害者の姉を拉致してレイプしてしまう」といった書き込みがあり、見知らぬ男に追いかけられることもあった。家の周りには見知らぬ車が常に止まっており、明らかに近所の住民ではない人が見物に来ていた。
こんな事実があっても、私は5千万円恐喝事件の被害者と被害者の母の苦しみを知っているので、加害者の姉をかわいそうとは思いません。被害者はこの加害者宅で出血するほどの暴力を何度も加えられていて、加害者は恐喝した5千万円を使ってタクシーで名古屋から大阪まで行って風俗店で遊んでいたのです。実際にレイプされたわけでも、暴力を振るわれたわけでもない加害者の姉に同情などしません。
事件発覚前、高価な品を所持し始めていた弟を姉は何度も問い詰めていた。そのたびに、弟はパチンコで勝ったと答えたり、怒って反発したりして、決して本当のことを語ろうとしなかった。もっと厳しく問い詰めればよかったのだろうかと、姉は犯罪の予兆に気づくことができなかった自分を責め、自殺も考えた。生きている意味が分からず、毎日泣いて過ごした。
事件発覚からの1年間を振り返り、姉は手記の最後にこう書いている。
「生活も将来も怖くて怖くて悲しくて悲しくて仕方なかったです。自分が私の立場に立ったらどう思うか考えてほしいです。人間が大嫌いになるはずです」
これを読んでも、姉への同情心など私には微塵も湧きません。むしろ、この期に及んでも、5千万恐喝事件という「紛れもない犯罪」を「犯罪の予兆」と表現したり、弟を殺してでも止めるべき犯罪だったのに「もっと厳しく問い詰めればよかったのだろうか(疑問文!)」と考えたり、「怖くて怖くて悲しくて悲しくて」と被害者面したりする姉に怒りしか感じません。
確かに、被害者が加害者の姉に復讐するなら分かりますが、無関係の者が加害者の姉に復讐する正当性は全くありません。ただし、元いじめ被害者がこの事件に憤慨して、加害者側の人間に嫌がらせをする気持ちは、私も元いじめ被害者なので、分からなくはありません。
だから、加害者家族(加害者の関係者)は、「家庭支援相談員」が事情を聴いて、必要な公的支援(監視)を与えるべきでしょう。これは加害者家族保護の目的もありますが、加害者家族に反省させる目的もあるべきです。
「息子が人を殺しました」からも加害者家族のケースを一つ紹介します。
40代の高橋純子(仮名)の夫は、知人に架空の投資話を持ち掛けて大金をだましとり、詐欺罪で逮捕された。夫が犯行に及んだ動機として、「生活費に使うため」と供述したことから、家族である純子と娘の贅沢な生活が非難の的となった。
「家はローンが残っていたし、車は外車といって中古でした。私はブランド品も持っていないし、服装にお金をかけてもいません」
純子はそう言ったのですが、「贅沢」でない証明になっていません。家のローンが残っているのは普通です。問題なのはどれくらいの金額の家に住んでいたかです。私の元妻も全く同じことを述べ(家族が中古の外車を持っている点など本当に同じ)、「お金持ちでない」と本気で言っていて、そう信じていました。元妻の父も母も年収2千万円であり(父と母で年収2千万円でなく、父も母も一人で年収2千万円)、年収2千万円の日本人など上位1%しかいない統計を示して、ようやく元妻は自身が超お金持ちであることを認識しました(それを認識させるのに結婚後3年はかかりました)。
さらに純子はこう愚痴った。
「夫には若い愛人が何人かいたんです。それがわかって、もう離婚するしかないと決めました。それなのに、金の切れ目が縁の切れ目なのかって、私たち親子だけが周囲から非難されました」
純子たち家族へのバッシングが激しくなったのは、インターネットの掲示板だった。内容から推測すると、ほとんどが知人の書き込みのようだった。
「確かに、娘の教育にはお金をかけました。それは親のエゴであって、決してあの子が望んだわけではありません。それなのに、娘が一番の悪者のように責められてしまって……。本当に、可哀想なことをしたと思っています」
17才の高橋美月(仮名)は、中高一貫のミッション系女子校に通う「お嬢様」だった。会社経営する父と専業主婦の母である純子との3人家族で、父が逮捕されるまで何不自由ない生活をしていた。
年が明けてまもなく、美月は短期留学をしていたカナダから帰国した。家に帰ると、まるで引越しでもするように段ボールが摘まれ、家の中が閑散としていた。
大事な話があるから、まっすぐ帰ってくるようにと言っていた純子は、数週間見ないうちにずいぶんとやつれていた。
「パパの会社がね、倒産したの……」
美月は耳を疑った。
「ここにはもう住めない。おばあちゃんのとこに行くから荷物をまとめて」
美月は急いで自分の部屋に入ると、すでにほとんどの荷物が整理されていた。
「ごめん、時間がないの。後でゆっくり説明するから、とにかく片づけて」
純子は急かすように言った。
「パパはどこ?」
父の居場所を尋ねると、予想だにしない答えが返ってきた。
「警察」
純子は、美月が帰国するまで、事件のことは伏せていた。これからしばらくは海外に行く余裕などない。娘にはせめて、ギリギリまでカナダでの滞在を満喫してほしかった。
そう本には書いていますが、「都合の悪い事実を言う勇気がなかった」が本当でしょう。人間や世間の嫌な部分を直視しない純子と美月の薄っぺらさが垣間見えます。
「学校はどうなるの?」
美月はおそるおそる尋ねた。
「おばあちゃんの家の近くの高校に転入できるって」
「いつから?」
「もう、すぐにでも」
「嘘でしょ、やだ……」
美月は思わず泣き出した。美月にとってR女子高校は、難しいと言われながらも努力して合格した憧れの高校だった。制服も大好きで、他の高校の生徒になるなど、とても考えられなかった。
「もう、学費を払う余裕がないの……」
これまで聞いたことがないような純子の力ない言葉に、美月はどん底に突き落とされたような気がした。
翌朝、純子と美月は、まるで夜逃げのようにこっそり荷物を運び、実家のある田舎に向かった。
美月はせめて、残る3ヶ月、高校2年生を修了するまでR女子高校に在籍したいと純子に頼み込んだ。学費はすでに納めており、在籍する権利はあるはずだ。祖父母は、美月があまりに可哀想だと、来年の学費を自分たちがなんとか工面しようかと言い出した。
高校生活が続けられる可能性が出てくると、美月はようやく一筋の光を見つけたような気がした。
母の実家から学校までは、高速バスで片道1時間半。早起きは楽ではないだろうが、これまでと同じように学校に通えるならば、どんなことでもする覚悟だった。
新学期の初日、美月は担任から職員室に来るように言われた。
「高橋さん、大変だったわね。転入を希望していたS高校、欠員募集出てるみたい。ちょうどよかった、早めに書類書いてちょうだい」
唐突な言葉に美月は混乱した
「え? まだ私、学校やめませんけど……」
担任の顔色が変わった。
「でも……」
「母が、3月までの学費は納めてるって……」
「来年はどうするの?」
「来年の学費は、祖父母が出してくれるはずです」
担任は困った様子だった。
「そう。分かりました。ここにいることが、あなたにとっていいことなのか、分からないけど……」
担任と一緒に教室に入ると、いつもとは違う雰囲気を感じた。何人かのクラスメートの視線が冷たく感じられたのだ。
「大変だったね」
休み時間、親友の玲奈が駆け寄ってきた。
「もしかして、事件のこと? みんな知ってるの?」
カナダにいた美月は、父の逮捕報道を全く知らなかった。父がパーカーをかぶって顔を隠し、手錠をかけられてパトカーに乗り込む映像が全国に流れていたのだ。美月は急に足がすくんだ。
放課後、美月は所属している管弦楽部の練習に向かった。
「高橋さん、どうしたの?」
音楽室に入るなり、先輩が驚いた顔で寄ってきた。
「え? 練習しようと思って……」
「練習って、そんな場合じゃないんじゃないの?」
美月が困惑していると、顧問がやってきた。
「高橋さん、何してるの? 練習どころじゃないはずでしょ、ほら、帰りなさい、早く」
美月は追い出されたような気がした。家に帰っても何もすることなどない。せっかく、演奏していろんなことを忘れたいと思ったのに……。
母の実家では、何事もなかったかのように時間が流れていった。周囲にコンビニひとつない田舎だ。夜8時をすぎれば、町は静まり返っている。父は警察署にいて、しばらくは戻ってこられないようだ。今は、家族も面会が許されていない。母の純子は、父の仕事内容を詳しく理解しているわけではなく、事件の詳細についても知らされていないようだった。
美月は、友達の何人かに無事に帰国したというメールを送ったが、玲奈以外からの返事は来なかった。
翌朝、美月はクラスメートにカナダで買ったお土産のクッキーを配ろうとした。すると、誰も受け取ろうとはせず、むしろ軽蔑するような視線を浴びせられた(私も同じことをされたら、このような態度をとるでしょう)。
「信じられない……」
「バカじゃないの……」
微かな悪口が聞こえる。美月の机の周りには誰も近寄らず、遅刻寸前で現れた玲奈だけが挨拶をしてくれた。
昼休み、いつも4人でお弁当を食べていたにもかかわらず、真紀と美保はいつの間にか他のグループに入っていた。
突然無視され、内心、頭に来た美月は、放課後、真紀と美保に理由を聞きたいと思った。美月が声をかけた瞬間、ふたりは逃げるように教室を出ていった。追いかけようとする美月を、玲奈が引き留めた。
「高橋さん、非常識なんじゃない?」
様子を観ていた智子が、見かねたように声をかけてきた。
「親があんな事件を起こしておいて、よく学校に来られるよね。しかも海外旅行のお土産を配るとか、ありえないでしょ。この期に及んで自慢する気?」
正義感の強い智子は、真っ向から美月の行動を批判した(「正義感の強い」という表現から、著者も智子に正義があると認めているようです)。
「親が起こした事件だよ。美月がやったわけじゃないでしょ」
玲奈が弁護すると、
「でも、ここの学費は自分で払ってるわけじゃないじゃない。父親が騙し取ったお金でしょ? 罪悪感とかないの?」(この視点は極めて重要です。私は父の犯罪を知らなかったから関係ない、と美月は考えていたのでしょう。過去はそうでも、現在は知っているとの視点を持てないほど美月は自己中心だったと推測できます。一応書いておくと、盗まれた品だと知っていて、その盗品を買ったら、「故買」という懲役刑もありえる犯罪になります)
美月はいたたまれなくなり、思わず教室を飛び出した。学費は父が騙し取ったお金――その言葉が胸をついた。美月の通う高校は伝統があり、裕福な家庭の子どもも通っているが、ギリギリの生活でアルバイトをしている生徒もいた。美月のように、毎年、数週間を海外で過ごす生徒はそれほど多くはない。親の離婚などをきっかけに、学費を払えず退学せざるを得なくなる生徒もいる。恵まれている美月に、密かに嫉妬していたクラスメートもいたようだった。
それでも美月は、めげなかった。
「大丈夫。もう少し時間が立てば、前みたいになれるよ」(そうなれる人も間違いなくいます。美月が悪を憎み、正義を愛する心を持つ人だったら、そうなっていたはずです)
そう言って励ましてくれる玲奈の言葉を頼りに、翌朝も学校に向かった。
しかし、美月に対する周囲の風当たりは、日増しに強くなっていった。クラスメートからだけではなく、部活の仲間たちからも無視された。登校途中に見知らぬ生徒から、「帰れ!」「泥棒!」など、心ない言葉を浴びせられることもあった。
ある日、教室を移動していると、職員室前に大人たちが集まっている姿が見えた。美月がそばを通ると、
「あの子じゃない? ほら」
ひとりの女性が美月を指さして叫んだ。
「いったい何考えてんの? 被害者の子どもが進学できないのに、加害者の子どもがのうのうと学校に通っているって話はないでしょうが!」
何やら美月のことで苦情を言いに来たようだった。美月が放課後、担任に事情を尋ねると、ここのところ、毎日のように学校に保護者から苦情が来ているという。
美月の父は、多いところからは数千万円を騙し取っていた。被害者の中には、美月の父を完全に信用し、預貯金を全てつぎ込んでしまった人もいた。被害者の家族の中には、子どもが進学できなくなったケースもあったという。父は、騙し取った金は全て使い果たし、被害者への返済の目途は立っていないという。
インターネットの掲示板では、美月の父について、逮捕前の贅沢な生活が話題になっていた。「妻は高級車を乗り回し、娘は名門R女子高校」「娘は父逮捕後も学校で海外旅行自慢」などクラスメートしか知りえない情報も公開されていた。実名を公表され、「体売って金返せ。さんざん贅沢したんだろ」などと嫌がらせの言葉も並んでいた。
美月の通っている学校名や身体的特徴まで書き込まれており、携帯に非通知の着信がたびたび入るようになった。美月は恐怖のあまり、警察に母と相談に行くことにした。
担当の警察官は、あからさまにやる気のない態度で、サイトの管理者宛に投稿の削除依頼をするしかないと言うだけだった。
「娘になにかあったらどうするんですか!」
母が詰め寄ると、
「娘さん、早く転校した方がいいですよ。とにかく何か起きたら、連絡してください」
そう言われ、相談は終わった。
事件からひと月が経っても、学校での美月の居場所はないままだった。
美月が所属する管弦楽部では、部員たちの間で、美月についての話し合いの場が持たれていた。
例の掲示板では、美月が管弦楽部の部員であることがすでに特定され、「バイオリンだって。最高級の楽器使ってるらしい。売って返済しろよ」「ずいぶん余裕あるな。アルバイトでもして返済手伝えよ」などと、厳しいコメントが続いていた。部員の中からは、発表会などで自分たちまでも嫌がらせを受けることを心配する声も上がった。
「私たち、美月とは一緒に音楽をやりたくない」
部長は、30人の部員を前に、美月を音楽室に呼び出してそういった。誰ひとり、美月をかばう者はいない。美月は迷惑をかけたお詫びと、これまでの感謝の言葉を述べて、音楽室を去るしかなかった。
先生たちの視線も、日増しに冷たくなっているように感じた。これまですれ違うたびに冗談を言ってきた体育の先生や、いつも体調を気遣ってくれていた保健室の先生からも、声をかけられることはなくなった。
美月はたったひとりの友達の玲奈に何度もメールや電話をしたが、その日は繋がらなかった。玲奈まで去ってしまうのではないかと不安で、その日は一睡もできなかった。
翌朝、玲奈はいつもより機嫌のいい様子で現れた。美月が、何度も連絡したにもかかわらず返信がなかった理由を聞くと、彼氏と過ごしていたのだという。
「昨日はバレンタインだよ」
のろける玲奈に、美月は苛立ちを抑えられなかった。
「ひどいよ、こっちは自殺していたかもしれないのに!」
美月は思わず怒りをぶつけた。
その日の放課後、気まずくなった空気を変えようと、帰り支度をしている玲奈に声をかけると、彼女は下を向いたまま呟いた。
「ごめん、もう無理……。美月の味方でいるの、もう疲れた。私には重すぎる」
唯一の友達も去っていった。
翌日から美月は登校をやめ、退学届を提出した。母の実家近くの飲食店でアルバイトを始め、翌年からは近くの高校に通うことにした。
定時制のS高校。美月は初日を緊張して迎えた。事件のことがここまで広まっていたらと思うと、周囲の人と目を合わせることが怖かった。
美月は、ひとり歳が近いと思われる女子を見つけ、彼女の近くに座った。彼女も微笑んでくれて、美月は胸をなで下ろした。
「R女子?」
美月がまだ使っている前の高校の鞄を見て、彼女が尋ねた。美月は事件のことがばれたと思い、緊張した。
「私も中3までいたよ」
美月は驚いた。まかさ、ここでR女子の生徒と会うなんて、ありえないと思った。
「父親が自殺して、高校は無理だった」
「うちのパパは、詐欺やって刑務所」
「大変だったね。うちも借金つくって死んじゃったから、すごい周りから責められた。もう思い出したくない」
「わかる……」
ふたりの会話は止まらなかった。
以上で「息子が人を殺しました」での美月の話は終わります。
犯人の妻である純子、および犯人の子である美月は、詐欺で得たお金で恵まれた生活を送っていました。「被害者の子どもが進学できないのに、加害者の子どもがのうのうと学校に通っているって話はないでしょうが!」「バイオリンだって。最高級の楽器使ってるらしい。売って返済しろよ」「ずいぶん余裕あるな。アルバイトでもして返済手伝えよ」などと言われるのは、当然です。少なくとも、被害者はそう主張する正当性があると私は考えます。しかし、保証人にでもなっていない限り、純子や美月が詐欺の弁済をする法的義務はないのでしょう。だとしたら、これくらいの罵倒は耐えるべきだったと考えます。まして、純子は専業主婦です。夫のおかげで楽できていたのですから、夫の犯した罪も一部は受けるべきとの考えはあるでしょう。夫の仕事内容なんて知らなかった、と純子は言い訳したいのでしょうが、そんな世間知らずのバカなら、なおさら罪が重いと考える人もいるでしょう。
そもそも、純子も美月も、お金持ちでなかったとしても、大して人望はなかったはずです。繰り返しますが、美月が道徳を重視する立派な人間であれば、この程度の批判(当然あるべき批判)があっても気にしなかったでしょうし、跳ね返せていたでしょう。父のお金のおかげで自己中心かつ能天気に生きてきたからこそ、この程度の批判で転校まで追い込まれたと考えます。
残念なのは、転校後、似たような境遇の友だちを見つけたせいで、美月が十分反省しないままで終わったことでしょう。上記の文を読む限り、美月は被害者意識しか持たなかったようです。
そもそも論になりますが、この事件についても、具体的な犯行内容についてはほとんど書かれていません。さらには、美月が父をどう思っていたかも書かれていません。これらがどうであるかによって、美月の責任は大きく変わってきます。たとえば、美月が「父が犯罪者であったとしても、私にとっては素晴らしい父であり、今でも誇りに思っています」と言ったなら、おそらく被害者は(私が被害者なら)「この娘も同罪だ。娘にも借金返済させろ」と怒り心頭に達するでしょう。
加害者家族がどのような罪と罰を負うのかは、犯罪内容、犯罪による加害者家族の利益と損害、犯罪を除く加害者による加害者家族の利益と損害、犯罪前の加害者に対する加害者家族の関係と気持ち、犯罪後の加害者に対する加害者家族の関係と気持ち、などによって大きく変わってきます。
現在のところ、加害者家族の罪が公式に定まっていないため、加害者家族はその近くの者やネットから社会的制裁を受けています(あるいは、それらから逃げ出しています)。しかし、私刑(私的制裁)の禁止は、法治国家の原則です。だから、公式に「加害者家族(加害者から利益を得ていた者)にも責任はある」と認めて、加害者家族への私的制裁(社会的制裁)は禁止し、取り締まるべきでしょう。
結論は同じになりますが、加害者家族(加害者の関係者)は、「家庭支援相談員」が事情を聴いて、必要な公的支援(監視)を与えるべきです。これは加害者家族保護の目的もありますが、加害者家族に反省させる目的もあるべきです。