未来社会の道しるべ

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私が日本の最も嫌うところ

私の人間観の一番の柱は「人間は皆同じ」です。これは私が22才の頃に到達した概念で、それ以降、どんな国のどんな人に会っても、この概念が間違っていると思ったことはありません。

聖人も犯罪者も、大金持ちも浮浪者も、大学教授も知的障碍者も、人間は本来、どんなものにでもなりえる、という考え方です。たまたま、その「人」として生まれてしまえば、そんな環境を与えられてしまえば、その「人」として育つが、それはその「人」が決めたわけではない、という当たり前のことです。

20才くらいの頃、私が最も嫌だったのは、凶悪犯罪が起こったとき、弁護士が「これまでの判例でいえば〇〇容疑者は無期懲役ですけど、個人的には、こんな凶悪犯は死刑にするべきだと思っています」とテレビで言っているのを観ることでした。

私はこれが本当に信じられませんでした。「この犯罪者が自分だったら」という考えはないのでしょうか? どうしてそんな凶悪犯罪が起こったのか、考えられないのでしょうか? 周りの者が止められなかったのでしょうか? どうやって育ったのでしょうか? 社会はどうしていたのでしょうか? こんな凶悪犯罪を起こしてしまった社会の構成員の一人としての反省はないのでしょうか? 弁護士という社会正義を守るべき立場にある自分は一般人よりも責任が遥かに重いことを分かっていないのでしょうか? こんな弁護士のこんな道徳観のない発言をどうしてマスコミは普通にテレビに流しているのでしょうか? テレビを観ている何百万人もの日本人は「コイツみたいな道徳観のない弁護士がいるからこそ、凶悪犯罪が起こるんだよ!」と激怒して、この弁護士を非難したりしないのでしょうか?

私はニュースのこんな映像を観るのが嫌で、それが一番の理由で、テレビを持つのを止めました。

それから10年以上たつので、今でもそんなことをテレビで公言する弁護士が日本にいるのかどうか、そんな弁護士のそんな発言を平気でテレビに流しているのか、私は知りません。

なくなっていることを願っています。