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自分の子どもが同級生に殺されたら

私が中学生の時、同じ中学の生徒が校舎の3階のベランダから落ちる事件がありました。その事件を聞いた私の母の最初の言葉は「担任の先生は大変だねえ」でした。落ちた本人よりも先生を心配する母に私はひどくショックを受けました。

母がそのような感想を持った理由は分かります。私の出身中学は、県下最悪と呼ばれるほど荒れた学校でした。校舎の裏では毎日タバコを吸っている不良連中がいましたが、先生たちはほとんど止めません。トイレではしばしばシンナーが発見され、火災報知機のボタンは常時壊されていました。本来立入禁止のベランダで遊んでいるうちに落ちて、それも大したケガもなかったのですから、落ちたバカ生徒よりも、監督責任を問われる不運な先生を心配したのでしょう。

とはいえ、私の中学の過半数の生徒は不良ではありません。むしろ、私のように不良におびえながら学校に通わざるを得ない生徒が多かったです。教室の外側のベランダで元気に遊ぶ連中はまず不良ではありません。中学生にしては幼い、体を動かすことが好きな生徒たちです。当時の私の教室はたまたま1階でしたが、もし3階だったら、精神年齢の低かった私は確実に規則を破って、ベランダで遊んでしまったでしょう。場合によっては、私がベランダから落ちた生徒になったかもしれません。

かりに私が校舎のベランダからの落下事故を起こしていたら、さすがに実の息子だから、親は先生より私を心配したでしょうか。

それは100%ありえません。むしろ、実の息子だからこそ、ベランダで遊んだ私を厳しく責めて、先生に平謝りするでしょう。骨折があっても、死んでいなければ、絶対に私のケガの心配などしません。

不良を心の底から忌み嫌い、一歩も足を踏み入れたくない学校に毎日通っているのに、思わぬ事故をして体中が痛かったとしても、親から癒しの言葉をもらうことはなく、その逆で、責められるだけです。そんなことが分かったから、私は上記の母の発言にショックを受けたのです。

以上のように、私の母は私に非常に厳しかったです。小学生の頃まで、その対応は適切だったと私は感じています。その頃までの母の教育を恨んではいません。しかし、中学生に入ってから、私が思春期になった頃から、周りの不良たちが親に心配されているのに、真面目に生きている自分が親に叱られている現状に、さすがに理不尽さを感じていました。いえ、より正確にいえば、はらわたが煮えくり返るほど母を恨んでいました。

そんな経験があるので、思春期に入った子どもがケガをしたら、たとえ子どもに落ち度があっても、まず心配してあげようと私は心に決めています。もし私の子どもが私の中学生の頃くらいの倫理観を持っていたなら(私がそのように育てられていたら)、ケンカがあったら、まず相手ではなく、子どもの味方になってあげよう、と決めています。

しかし、自分の子どもが同級生に殺されるほどの大事件にあったと仮定してみると、「謝るなら、いつでもおいで」(川名荘志著、新潮文庫)の小6被害者父の御手洗のように、「なぜ」とまず考えます。そして、佐世保小6女児同級生殺害事件と同じような事件だったとしたら、自分の子どもがかわいそうだったとも思いますが、同時に、加害者側もかわいそうだと思うでしょう。前回の記事に書いたように、上司にかしづくことしかできない著者の川名は、加害者の家族を思いやる上司の御手洗を「俗人とは違う度量の持主だ」と書いていますが、同じような状況なら、私のような俗人だって加害者側も心配します。被害者の自分の子どもだけ心配して、加害者に厳罰を加えることこそ被害者の弔いと考える(ように検察に誘導された)日本人の方が、俗人以下の道徳観しか持っていません。

また体験談になります。私の愛する彼女が、道路歩行中に強盗にあって、ケガをしたことがあります。彼女はケガよりも、事件にあったショックで精神的に混乱し、そのせいで私に八つ当たりすることもありました。事件から数日後に犯人は逮捕されて、盗難品は彼女に戻りました。検察か誰か分かりませんが、彼女は「裁判でなにか言いたいことはあるか?」と聞かれたようで、私に「どう答えたらいいと思う?」と質問しました。「強盗したのはよほどの事情があったのだと思います。あなたが二度と強盗することがないように更生されることを願います。あたなの更生こそが、私への一番の償いとなります」というような返答案を私は彼女に伝えました。

彼女が実際にどう答えたかは知りません。

次の記事に続きます。