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福祉先進国・北欧は幻想である

スウェーデンなどの北欧国家は福祉先進国との固定観念が日本にあります。日本以外でこの固定観点が強いかどうかまで知りませんが、普通の日本人が北欧の医療・福祉を体験して、感激することはまずないと思います。私も北欧の医療や福祉を褒めている日本人に何度か会ったこともありますが、それは例外なく、日本の医療・福祉の現場をよく知らないのに、「北欧は福祉先進国」という固定観念だけで話している人でした。

例えば、次のような新聞記事があります。

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このように日本の献身的な介護現場を知っている人にとって、北欧の介護は「手抜き」「非効率」「いい加減」に感じるようです。病院の話になりますが、デンマークの看護師が仕事中にガムを噛んでいて呆れた、と言っていた日本人に私は会ったことがあります。

北欧に限らず、西洋の全ての国では、日本のように気軽に病院やクリニックにかかれません。医療に詳しい人なら知っているでしょうが、日本はフリーアクセスで、保険証さえあれば、日本中の全てのクリニックと全ての病院にかかれますが、海外ではまず「家庭医」という町医者にかからないといけません。その家庭医ですら電話予約が必要で、その日に診てくれるとは限りません。どうしてもその日に診てもらいたければ、救急外来にかかるしかありませんが、よほど重症でない限り、救外でも日本以上に待たされます。日本のように、蜂にさされたり、ゲロ吐いたりした程度で救外にかかったら、何時間も待たされるのは必至です。

そもそも、風邪をひいただけで、病院にかかれるのは世界中でも日本くらいでしょう(あとは、強制的な事情もあり、日本の制度を取り入れてきた韓国でしょうか)。「スウェーデンにおける医療福祉の舞台裏」(河本佳子著、新評論)によれば、スウェーデンの人は病院にかかる前に、医療相談所に電話するそうです。そこに出るのは、なんと看護師です。下痢しているだけだったり、1日なにも食べられなかったりしただけなら(私の経験でいえば、日本の救外の半数程度はこんな症状で、病気ではない)、ここで看護師が病院に行く必要はないと判断して、「2,3日ゆっくり休んでください。それでも治らなかったら、また電話してください」などと言うそうです。つまり、クリニックに行く前に、医師にかかる前に、看護師で対処されてしまうのです。上記の本では、熱が出て喉が痛くてたまらない日本人留学生が医療相談所に電話しても、看護師から診察の必要なしと判断されたので、再度電話して、大げさに症状を伝え、なんとか診療所の予約をとってくれた例が書かれています。しかし、診療所での医師は患者の喉を見ただけで、「少々荒れていますね。でも、風邪でしょうから紅茶にハチミツでも入れて飲んで、自宅で安静にしてください」と言って、なんの薬も出してくれなかったようです。日本なら、喉(口蓋扁桃)が腫れていたら、溶連菌などの検査はするはずですし、呼吸苦があれば急性喉頭蓋炎になっていないかX線を撮ったりするはずです。溶連菌と確定したら抗菌薬は処方するでしょうし、風邪だと確信しても痛み止めの薬くらい出すでしょう。日本の病院の手厚いサービスを知っている人にとっては、肩すかしもいいところです。ちゃんと検査をしてほしい、薬くらい出してほしい、と思う日本人は多い、と上記の本に書かれています。

ひどいサービスは外来診療だけではありません。入院だって、順番待ちが欧米では当たり前です。こちらの資料にもある通り、医療崩壊が起こったイギリスにいたっては1997年に入院待機患者が126万人もいました。ブレア政権が入院待機問題に10年間本気で取り組んで、2009年には63万人と半減したと自慢しましたが、外来にかかったその日に入院できる日本人からすると、入院待機患者が50万人以上いて自慢する感覚が信じられないのではないでしょうか。北欧もイギリスほどひどくないとはいえ、入院待機患者はいます。しかも、せっかく入院できたと思っても、すぐに退院させられます。こちらのデータにあるように、日本ほど長く入院できる国は他にありません。さらに言えば、手術についてもスウェーデンは1ヶ月待ちが当たり前で、社会問題化しています(「日本の医療 制度と政策」島崎謙治著、東京大学出版会)。私がカナダにいる時、ある医師が「カナダでは悪化したガンばかり見るので不思議だったが、その理由が分かった。ガンと診断されてから何ヶ月も待って手術していた」と言っていました。

北欧以外の欧米諸国についても考察しましたが、ともかく、高負担・高福祉と呼ばれる北欧と比べても、日本の医療・福祉はさらに高い水準で、低負担だと私は考えています。ここまで素晴らしい医療・福祉国家だからこそ、世界最高の超高齢社会を維持できているのでしょう。

だからといって、日本の医療・福祉に問題がない、と言うつもりはありません。まず、過剰な医療・福祉サービスは問題でしょう。上のスウェーデンの日本人留学生の症例でいえば、栄養とって家で安静にしていれば治る人にも、日本は十分すぎる診察をして、十分すぎる薬を処方します。もちろん、それによって本当に重症の患者を稀に救えているのでしょうが、大抵は過剰診療になって、医療費は高くなります。もっと問題なのは、そんな過剰診療をしているのに、自己負担が少なすぎることです。特に高齢者の過剰診療と自己負担の少なさは、高齢者の貯蓄額の高さを考えれば、日本経済全体をむしばむガンと言っていいでしょう。

これについては、これからの記事でさらに掘り下げます。