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福祉行政機関と精神科で似ているところと違うところ

これまでの記事の続きです。

ほとんどの精神疾患薬物療法や精神療法(カウンセリング)で治せないので、環境調整と自助努力が最重要になります。環境調整で動いてくれる人は患者さんの周囲の人たち、主に家族になりますが、いろいろな事情で周囲の人たちをあてにできない患者さんも多くいます。私的に助けてくれる人以外となると、やはり公的な福祉行政機関です。

市役所、保健所、社会福祉協議会児童相談所、消費者センター、労働基準監督署など福祉行政機関は精神科医の私も全て把握できないほど存在します。ここで列挙したのは、昨年度、私が直接電話で連絡をとった機関で、書類で連絡をとった機関を含めると、さらに増えます。

十把一絡げにできない福祉行政機関を無理やり総合して考えさせてもらうと、精神科と福祉行政機関の類似点と相違点に気づきます。

福祉行政機関も「行かなくても解決する場合が3割、行ったから解決する場合が1割、行っても解決しない場合が6割」という点が精神科と類似しています。

一方で、福祉行政機関と精神科の相違点は、福祉行政機関は「行ったから問題が悪化する場合」がほとんどないことです(「精神科受診のため悪化」に書いたように、精神科は3割ほど悪化します)。もう一つの重要な相違点は、行政機関は精神科の何倍も他のところに紹介したがるところです。

「他のところへ紹介」で問題が処理できたかのように言う職員は、福祉行政機関にも病院にもいます。常識で考えて精神科でも治せるわけがない精神患者を「他の精神病院へ紹介できました」とすっきりした表情で語る職員(医師含む)に、「この人は精神医療についてなにも分かっていない」と私が失望したことは1度や2度ではありません。

福祉行政機関が精神科以上に他のところへ紹介したがるのは、精神科は薬物療法(と精神療法)でごまかせるのに、福祉行政機関はそれを使えないからでしょう。ただし、薬物療法と精神療法が使えないからこそ、精神科と異なり、福祉行政機関は悪化させることがほとんどありません。

福祉行政機関について「話を聞いてくれるだけで、なにもしてくれなかった」と不平を言う患者さんや患者さん家族には、精神科でよく会います。その場合に私が最もよくする返答は「残念ながら、それは福祉行政機関に行っても解決しません」になります。「では、どうすればいいのか?」と聞かれますが、「自力でなんとかするしかありません」と私は正直に答えます。

繰り返しますが、精神科にかかっても、もしくは福祉行政機関で相談しても、自力でなんとかするしかない場合が約6割です。この事実を伝えることは精神科医や福祉行政職員の最重要の仕事の一つのはずですが、それをせずに「他のところに紹介」でお茶を濁す人がほとんどです。

これは癌だと分かっているのに、本人がショックを受けるからと勝手な心配をして、癌告知をしなかった昔のパターナリズム医療と同じ構造です。日本は成熟した民主主義国家なのですから、「残念ながら、自力でなんとかするしかありません」と伝えるべきでしょう。それで「見捨てるのか!」などと怒り出す人がいたら、民主国家で自由意思を尊重されるべき成人ではありません。病院や行政機関なら、クレーマーとして処理しなければならないはずです。