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脳回路修正療法・身体表現性障害編

前回までの記事に書いている通り、身体表現性障害(心気症や心身症などとも呼ばれる)は、「他の科では診断がつかなかった(検査などで異常が発見されなかった)が、本人が症状を訴えている」場合に精神科だけで診断されます。

言うまでもなく、そんな精神疾患は有史以来、常に人類社会に存在していました。この疾患の一番の特徴は「詐病(病気のフリをしている)と区別がつかないこと」です。もっとも、ローゼンハン実験が証明したように、全ての精神疾患詐病と区別がつき辛いのも事実です。

身体表現性障害の患者さんは女性がほとんどです。若い女性ほど多いと教科書には載っていますが、私の経験上でいえば、年齢にかかわらず、女性ならなります。

「コロナにかかった」「子宮頸がんワクチンを打った」「失恋した」「パワハラを受けた」「嘲笑された」などの理由で、「話せなくなった」「歩けなくなった」「電車に乗れなくなった」が典型的でしょう。私が出会った100以上の身体表現性障害の症例で、特別なきっかけが見つからなかった症例は3割ほどありましたが、原因すら私が見つけられなかった症例は一つもありません。大抵、「甘やかされて育った」が共通していますが、その正反対の「あまりに不幸な人生だった」も少数いるので、注意は必要です。「甘やかされて育った」「あまりに不幸な人生だった」の両方ある場合、身体表現性障害になりやすいのは当然でしょう。

私自身は「甘やかされて育った」がほぼなく、「あまりに不幸な人生だった」は強くあてはまり、一方で、男性だからか身体表現性障害になったこともないので、社会常識的に患者さんに説教はしやすいでしょう。

身体表現性障害の治療法については、精神科誕生してからはずっと、つまり100年以上も何万人もの精神科医によって研究されています。

まず避けるべきとされる治療法の筆頭から紹介します。

「それウソでしょ?」「演技うまいねえ」「あのさあ、神経も筋肉も動いているんだよ。医学的に証明されているの。歩けないなんてありえないの」

こんな風に否定されると、治る確率は低いそうです。こんな否定療法をしている精神科医に会ったことは、私はありません。しかし、二番目に避けるべきとされる次の治療法をする精神科医には山のように会っています。

「それは本当に大変でした。ウソだと言った医者を、私は医師として人間として心底軽蔑します」「それは身体表現性障害という立派な病気です。病気なので、あなたのせいでは全くありません」「整形外科で演技だと言われた? そんなところでストレス貯めたら、余計、身体表現性障害は治りませんよ! 二度と整形外科などにかかってはいけません!」

普通に精神科の教科書を読めば、「身体表現性障害を本人の責任に全くしないのは好ましくない」と書いてあるのに、なぜかそんな接し方をする精神科医が多数派です。患者さんからのクレームを恐れているのでしょうか。

なお、正しく言えば、身体表現性障害で「患者さんを叱責する」「患者さんを全面的に認める」の、どちらでも治る人がいるのは事実です。ただし、治るのは、どちらも少数なので「避けるべき」です。

では、患者さんにはどう接すればいいのでしょうか。それはもちろん「患者さんの全否定」と「患者さんの全肯定」の中間です。具体的に、どれくらいが適度かは患者さんによるので、そこを見抜いて、適切に助言することが、まさに精神科医の能力差が出るところでしょう。より具体的にには、相手の特徴や状況に合わせて、硬軟使いわけるべきです。

ここで身体表現性障害から離れ、一般論になります。患者さんに好かれる精神科医が、良い精神科医とは限らないことです。これは生徒たちに好かれる先生が、良い先生とは限らないことと似ています。医師と教師は類似点が多いのですが、精神科と教師になると、さらに類似点は多くなります。

そもそも、なんで脳回路修正療法なんて、私は実践しているのでしょうか。それは現在の医学だと、身体表現性障害などの精神疾患を治す方法がないからです。

未来には、生きている人間の神経細胞一つ一つが見える医療機器が発明され、それらの繋がりも見えて、どの回路を切断して、どの回路をつなげば、この人の精神疾患が治る、と分かって、神経細胞のつながりを切ったり、つなげたりする医療機器も誕生するのかもしれません。しかし、現在、神経細胞一つ一つの形が分かるほどの高性能なMRIなど存在せず、まして、神経細胞のつながりを切ったり、つなげたりする医療機器など存在しません。

だから、前頭前野の力で、理性の力で、治すしかないんですよ。

今回の一連の記事に書いた脳回路修正療法を私が説明すると、人間のグラデーションが明確に現れます。つまり、これまで他力本願で生きてきた人たちは「薬で簡単に治してほしいと思って精神科に来たのに、自分でなんとかするしかないってことでしょ?」と露骨に私に敵意を向けてきます。一方で、私の科学的な説明に高い満足感を示し、努力で精神疾患を治そうとする人も多くいます。どちらが治りやすいかは、明らかでしょう。

脳回路修正療法・会心の一撃編」で紹介した女医さんが私の1回の診察で治癒した時に「さすが医者だ!」と私は、職業差別かもしれませんが、感動しました。ちなみに、この女医さんは完治してからも、私の「診察」を楽しみにしてくれたようで、毎月、診療の合間をぬって、精神科に通ってくれていました。勘違いされないために書いておくと、私との初対面からこの女医さんは還暦を越えています。

「精神科なので精神論を言います! 頑張ってください!」と私はよく言います。当たり前ですが、世の中の多くの問題を解決するために努力は必要です。西洋人気質で、体育会系が大嫌いな私ですが、生きる上で「意欲」の重要性はよく知っているからです。「努力しないでいい人なんて私は会ったことありません」「どんな生き方をしたって楽に生きることはできませんよ。ニートだって楽な生き方ではありません」ともよく言います。

「脳回路修正療法」と科学的な話をしてきましたが、結局のところ、重要なのは本人の意思です。精神科医の私はそれを科学的に説明しているだけです。

だから、私の脳回路修正療法の科学的な説明をなに一つ理解できなくても、気合いさえあれば、多くの精神疾患は治りますよ。この一連の記事で私が最も伝えたいことはそこです。