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相模原障害者殺傷事件の植松を論破することは可能だったのか

前回の記事の続きです。

「相模原障害者殺傷事件」(朝日新聞取材班著、朝日新聞出版)を読めば、朝日新聞記者たちが植松に当たり障りのない質問しかしていないことが分かります。植松の機嫌を損ねて、面会拒否されることをなによりも恐れていたのかもしれません。しかし、あそこまで下らない質問しかできないのなら、植松と面会していないのと同じです。あのような無意味な面会をするくらいなら、たとえ植松に面会拒否されたとしても、植松に鋭い質問をするべきでした。

私なら「安楽死と殺人は大きな違いがあるのに、なぜ殺したのか」「誰も障害を負いたくて負ったわけではないのに、なぜ障害者は死ななければならないのか」「意思疎通がとれない人に愛情を持ってお世話をすることがなぜいけないのか。それではペットを飼うことも悪なのか?」「生産性を追い求めるだけで嫌われ者のクリスマスキャロルのスクルージの話は知っているのか?」といった基本的な質問を植松に確実に投げかけます。

ただし、このような質問をして、植松の思考の矛盾点を暴き出しそうとしても、植松を論破できる可能性は低かっただろう、とも私は思います。「殺人がいけない理由を答えられない日本人」で、土浦連続殺傷事件の犯人である金川を論破するのは容易だと私は書きました。しかし、相模原障害者殺傷事件の植松を論破するのは困難だと私は考えています。

この二人は共通点もあります。どちらも自己顕示欲が強く、常識と正反対の思考が真実だと確信して、20代半ばに殺人事件を起こしています。一般に、思春期と呼ばれる第二次成長期に人はみな、常識を疑います。これまで自身の善悪を指導してきた大人たちの常識が本当に正しいかどうか、自身で考えなおすことは、大人になるための重要な過程です。「大声で騒ぐ」「汚い食べ方をする」などで親や先生たちは怒っているが、それより遥かに悪いことを大人たち自身が実行しているではないか、と気づくことは人間として成長する絶好の機会です。社会で偉くなればなるほど悪い奴が多い、とりわけ日本はそうである、それは日本人全体が偉い人にヘコヘコしすぎるからだ、などは私も中学生くらいの頃に気づいて、現在までその考えが間違っていると思ったことはありません。これと似たような思想の持ち主が20代で社会改革運動をしばしば起こし、日本では戦前の青年将校運動や戦後の学生運動などは社会全体で注目を浴びるほど大きな潮流となりました。日本でも1970年代くらいまでは、常識と非常識をアウフヘーベンさせた高次の思考を多くの青年たちは構築していたようです。しかし、1980年代に不良文化が隆盛した頃から、常識を疑うまではいいのですが、常識以上の思考を構築せず(構築できず)、単なる非常識が正しいと、常識以下の思考に到達してしまう青年が増えてしまったようです。しかも驚くことに、「人殺しが悪くない」という明らかに間違った思考に明確に反論できない大人まで日本で多くなってしまったようです。

話が脱線したので、植松と金川の対比に戻します。内向的な金川と違って、植松は外交的です。それなりの時間をかけて、理論的に思考を構築した金川と異なり、ろくに時間もかけず、直観で思考を作った植松のような人物と、理性的に話すのは困難です。

それ以上に植松との理性的な会話が難しいと感じるのは、植松の不可解な反応です。たとえば、植松は朝日新聞記者との最後の面会の機会に「最後のお願い」があると切り出して、なにを言うのかと持ったら、「餃子に大葉を入れて作っていただきたい」と意味不明な発言をしているのです。他にも、植松が障害者施設での勤務経験を話した後、「今やりたいことはあるか?」と聞かれると、「外に出られたらですか? 脱毛がしたいですね」と場違いな返答をしています。また、記者に手紙を送ったとき、「拘置所のやかん、ジャスティン・ビーバーオードリー・ヘップバーンアインシュタイン」のイラストをなぜか描き添えています。明らかに、どれも空気を読んでいない対応です。植松がパーソナリティ障害か他の精神疾患かは、会っていない私には分かりませんが、ともかく変人ではあるでしょう。

植松は高校時代にクラスのリーダー的存在で、大学時代も学部や男女とわず友人がたくさんいて、驚くことに犯行当日まで交際していた彼女までいました。しかし、大学卒業に就職した運送会社は「体力的にきつい」ため半年で辞めています。植松は底辺の学校(植松は帝京大卒)ではチヤホヤされても、上記のような変人なので、社会人として大成した可能性は少ないでしょう。植松が事件を起こさなかったとしたら、外見を重視し、自己顕示欲が強い奴なので、事業でも起こして、違法行為に走っていた可能性が高いと推測します。

上記の本では、最首悟という障害者の娘を持つ学者が出てきます。「被告(植松)が自らの思い込みについて『わからなくなってきました』と考えなおし、ため息をつく瞬間を引き出してほしい」と裁判に苦言を呈しています。確かに、そうなれば理想であると私も考えますが、実は、最首自身も植松に面会しています。当然、最首は上記の目的を達しようと、植松と会話したはずですが、やはり失敗しています。植松の一審の死刑判決後にも最首は、「なにが正しいか分からない」と植松にため息をつかせるためにも裁判を続けてほしい、と全く同じ主張をしています。最首はエリートばかりと接してきたせいか、植松のようなバカに説得が難しいか、ほぼ不可能であると分からない世間知らずのようです。

さらに注目すべきは、植松の反社会性でしょう。中学生時代に飲酒や喫煙や万引きをして、不良グループの一員で、学習塾のガラスを割っています。高校時代には気に入らないことがあると、教卓を投げたり、黒板けしを投げつけたりする暴力行為が10回ほどありました。大学時代には刺青をして、危険ドラッグに手を出しています。この反社会的行為を本では「底辺の学校にいる奴らにはよくあること」と深く考察することもなく済ませていますが、これは土浦連続殺傷事件の金川との大きな違いです。金川はオタクから凶悪犯になっていますが、植松は半グレから凶悪犯になっています。金川が不良グループに入ることが絶対にないように、植松がオタクグループに入ることは絶対にありません。オタクかつ不良という奴ならともかく、ただのオタクであるなら、まだ道徳的な説得が可能です。しかし、不良になると道徳的な説得は極めて難しいです。こんなことは私がわざわざ書くまでもなく、反社会的な奴に社会道徳を植え付けさせることがいかに難しいかは、最首のような世間知らずでなければ、十分知っているのではないでしょうか。

最首を批判し続けてきたので、少しは擁護しておきます。最首は植松を論破することはできませんでしたが、金川を論破することはできたのではないでしょうか。上記のように、植松と違って、金川はまだ理性的な対話が可能な相手だと私は考えるからです。

もう一つ付け加えておきます。「殺人がいけない理由を答えられない日本人 に書いたように、金川の「死刑になるために殺人を犯す」思考の間違いを指摘し、論破するのは簡単だと私は考えています。しかし、論破したことで、金川の悪行を止めるのはそれほど簡単でないと知っています。確かに、自身の思考を論破されたなら、金川が無差別殺人を実行する可能性は激減するでしょう。しかし、金川が上の妹を殺すことまで阻止させるとなると、別の理論が必要になります。まして、金川を論破することで、金川を更生するとなると、金川の感情も癒すべきなので、そう簡単にはいかない、年単位の人的支援が必要になると推測します。

人はまず感情に沿って生きて、場合によって理性で制御します。理性で否定されても、感情まで矯正されるとは限りません。また、理性で否定されても、それで問題が解決されるとも限りません。当たり前のことですが、あえて書いておきます。