「GE帝国盛衰史」(トーマス・グリタ、テッド・マン著、ダイヤモンド社)は素晴らしい本でした。GEの経営がおかしいことは今となっては常識ですが、ジャック・ウェルチがCEOの頃は革新的な経営手法でGEは成功しているとの見方が一般的でした。その最大の証拠が、株式を何十年も減配することなく黒字を維持していることでした。GEの不振が決定的になった今でも、ウェルチが名経営者との見解は根強く残っています。
読めば分かりますが、この本はウェルチの後任であるジェフ・イメルトが主人公で、イメルト批判を主に展開しています。イメルトはたった1年、リーマンショックの年に株を減配させただけで、2001年の同時多発テロ後にGEをV字回復させて、GE史上最高の売上と利益を達成しています。イメルトはウェルチを越える経営者だとの評価があってもいいはずなのですが、上記の本により、イメルトは有能か無能か以前に、極悪経営者だったとの見解が普及しました。なぜでしょうか。
イメルトが社会的に許されない嘘をついてきたからです。不正な会計操作を行って、利益を無理矢理計上していたからです。まず目標利益を設定して、有無を言わさず、その達成を追及させたので、会計不正が常態化していたようです。トップの命令には絶対服従の社内文化も蔓延していました。斜陽の日本の大手電機メーカーで頻発した問題と同じです。
ただし、その弊害はウェルチの時代から発生していたと本で証明されています。
新興国の工業化により、先進国製造業の競争力がなくなった点で、GEや日本の電機メーカーは同じです。日本の家電製品がアジアの新興国に負けるより20年も早く、アメリカの家電製品は日本に負けています。だから、GEはもっと早く経営危機に陥っているべきなのに、そうはなっていませんでした。
「なぜなら、ウェルチが一般化した家電商品を捨てて、発電事業などの高付加価値の経営に切替えたからだ」は一つの理由ですが、そんなことはウェスティングハウスなど、他のアメリカの大手電機メーカーでもしていたことです。ウェスティングハウスが20世紀末に事実上消滅したように、GEも通常なら20世紀中に消滅するはずでした。そうならなかった最大の理由は、GEが「金融工学」に手を出したからです。
金融工学といえば、まるで科学的に金融市場で利益を上げるような印象がありますが、本質的には投機家です。予想が当たれば大儲けしますが、はずれれば大損するので、ギャンブルと大差ありません。
秀才が集結する世界中の銀行、投資会社、資産管理会社、公的機関などが、知恵を絞りに絞って、投資で金を増やそうとしても、よく失敗しているのは周知の通りです。にもかかわらず、門外漢である電機メーカーのGEが平均的な投資以上の利益を上げている、ことになっていました。
GEの投資が本当に成功しているのか、ウェルチの時代から、疑問視されていました。しかし、株式配当継続の事実により、「ウェルチが改革したGEだけは例外的に成功している」と信じられていました。
建前上、GEは総合電機メーカーなので、投資に関しても、銀行よりも低い利率で資金を借りられ、銀行よりも情報の非公開が許されていました。それらの特権が通常の銀行以上の利益を上げられる要因ではないか、とも疑われていました。
その通りであるなら、銀行が不公平を感じる程度で済んだのですが、実体は「投資門外漢のGEは銀行と同様か、それ以上に大失敗していた」でした。しかも、経営陣はそれを知っていたのに、20年間以上も隠蔽して対処を先送りしていたので、現在、大問題になっています。1990年のバブル崩壊で不良債権が巨額に達していたのに、問題を先送りして、余計に深刻化した日本を知る人には既視感があるはずです
マルクスの時代から、あるいは有史以来から、単にお金を出すだけで(投資するだけで)、大儲けできる資本主義(自由経済)には欠陥があると分かっています。デリバティブとか金融工学とか複雑なシステムにしても、投資がギャンブルと本質的に同じことは普遍的な事実でしょう。GEが金融工学に手を出した時点で、おかしくなることは決まっていました。
そもそも、日本の製造業が発展した時点で、GEを含めたアメリカの電機メーカーの衰退は不可避になっていました。ウェルチはGEを無理に成長させず、不正などせず、潔く事業を縮小させるべきだったのですが、古今東西の多くの大企業同様、そんなことを目指す奴が社長になれるわけがありません。結果、古今東西の多くの大企業同様、GEは会計不正に走り、社会全体に不利益を生じさせ、無様な最期を迎えることになりました。
本では、イメルトが主に批判されていますが、大局的に見れば、「ウェルチがGEをおかしな方向に走らせた運転手で、次の運転手のイメルトが方向転換すべきなのに、しなかった」となるはずです。ソ連でいえば、長期政権のウェルチはレーニンとスターリンを合わせた人物で、イメルトはブレジネフ、イメルトの後任のフラナリーはゴルバチョフでしょうか。フラナリーはGEの膿を出しきろうとしたものの十分でなく、短期で辞任に追い込まれた点で、ゴルバチョフに似ています。
興味深いことは、多くの投資家がGEの経営がおかしくなっていることに気づいていなかった事実です。ビル・ゲイツは上記の本を賞賛し、宣伝文を書いていますが、「私はGE経営のおかしさを見抜けた数少ない一人だった、と言いたいが、残念ながら、私も見抜けていなかった」と反省の弁を述べています。ビル・ゲイツが「今でもウェルチを経営者として有能だったと思いますか?」という質問に答えている記事があれば、下のコメント欄に書いてくれると嬉しいです。