「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)によると、ベトナム人労働者が払う韓国への渡航費はわずか7万円です。ベトナムで韓国語テストに合格しなければならないので、それにかかる費用も事実上必要になりますが、その韓国語習得費用も1万8千円程度です。失踪防止目的で約45万円の保証金を預けますが、預金者(ベトナム人労働者)が無利子で借りられる上、帰国すれば返還されます。
「優秀な労働者を韓国や台湾にとられる日本」にも書いたように、韓国は1993年に日本同様に「産業研修医制度」を導入し、国際貢献を名目にして、単純労働を外国人に依存しようとしました。しかし、日本同様にブローカーに多額の借金をして来韓する研修生が多く、失踪した方が稼げるため、外国人労働者の不法滞在者率は2002年には80.2%に達しました。その反省から2004年に「雇用許可制」を導入し、採用はすべて国と国の機関同士で行われ、あっせん業者やブローカーが入り込むことはできず、ピンハネはなくなりました。日本と異なり、韓国企業が面接などで海外まで行く必要もありません。
韓国も、日本同様、最低賃金で外国人労働者を働かせています。韓国の最低賃金は、日本以上に急激に上がっており、日本と韓国での最低賃金差はそれほどなく、どちらも月15万円程度の稼ぎになります。決定的な違いは、待遇にあります。韓国では、寮費が会社持ちで、日本のように給料から天引きされません。それどころか、出勤日は工場内の社員食堂を無料で利用できる上、休日も1日3食の実費相当を食費として支払っているのです。だから、日本だと手取り11万円なのに、韓国では手取りが給与のまま15万円となります。
ここまで好待遇にする理由は、雇用許可制だと、雇用主の承認があれば、年1回、合計3回まで転職が可能だからです。日本では認められない「給与の高い会社だから」「仲のいい友だちがいるから」という自己都合による転職も認められるそうです。最低賃金が急上昇した韓国では、これ以上給料を上げることは難しいので、待遇で外国人労働者を確保するしかないようです。本では、年2回の社内イベントを実施し、年末には70万円のボーナスも支給した例まで紹介されています。社内イベントもカラオケ大会レベルではなく、「南の島(済州島?)に二泊三日旅行した。ペンションに泊まり、水上スキーを楽しみ、夜はみんなでバーベキューした。もちろん、費用は全部会社もち」とミャンマー人に著者は自慢されたそうです。日本の実習生を取材した著者としては、信じられない好待遇だと驚いています。
夜勤や残業代を加えれば、年に400万円は貯金できそうです。これだけの好待遇なら、韓国人でも働きたい人がでてくるのではないか、という著者の感想はもっともです。韓国の受入企業経営者はそれを否定しました。「金属を溶かして鋳型に流し込む作業です。夜勤もあり、危険も伴う作業です。韓国人からの応募はないに等しく、仮にあったとしても、すぐに辞めていきます。外国人は残業があっても、むしろ喜んで働いてくれます」と言ったそうですが、にわかに信じがたいです。
おまけに、韓国だと日本より長期間働けます。日本の技能実習生だと通常3年、長くて5年ですが、韓国だと通常4年10ヶ月、長いと9年8ヶ月となります。
こうまで日本と差があると、99%の外国人は日本ではなく韓国で働きたくなるはずですが、そうなっていません。下の表にあるように2019年のベトナムに限っていえば、韓国の10倍以上も人が、日本に出稼ぎに来ているのです。なぜでしょうか。
本では、その理由としてベトナムの腐敗をあげています。ベトナムは共産主義国家なので、特に1986年のドイモイ政策以前の世代は、地位やチャンスは賄賂で買うものだとの意識が強いようです。高いお金を要求されればされるほど、好条件、好待遇の仕事が得られるとベトナム人たちは考えてしまいます。手数料のもっと安い送り出し機関を断ってまで、日本に技能実習生として来たベトナム人は「手数料が安いので信用できないと親が言った」と実際に述べたようです。
しかし、10倍の手数料の差があるのに、10倍も来る人数が違うので、それが主な理由のはずがありません。
韓国の移住労働者労働組合委員長のネパール人に、著者が上記の好待遇の話をしたら、鼻で笑われて、こう言われたそうです。「取材に対応するようないい韓国の受入企業は、全体の2割程度でしょう。雇用許可制の受入企業の大半は従業員30人に満たない小さな会社で、まだまだ劣悪な環境にあります。もし雇用許可制が素晴らしい制度なら、失踪者も出ません」
2018年に韓国は5万の外国人を雇用許可制で受け入れましたが、同年に9500人が不法滞在者になったそうです。日本の技能実習生の失踪率の3%よりも遥かに高い数値です。受入企業によって差が大きいことは、日本同様、韓国でも大きな問題です。上記の好待遇企業と失踪率の高さのアンバランスからすると、日本以上に韓国の差が激しいのかもしれません。韓国には外国人労働支援センターもありますが、日本の外国人技能実習機構同様、上手く機能していないようです。
しかし、それでも、やはりベトナム人が韓国ではなく、日本に来る理由が私には納得できません。そこでヒントになるのが、「韓国では就業までに1年かかる。日本だと最短で4~6ヶ月、台湾なら1ヶ月後に働き始められる」という文でしょう。日本の技能実習生の外国人と、韓国の雇用許可制の外国人の国別内訳には以下のような明らかな差があります。
韓国は多くの国から均等に外国人労働者を受け入れているのに、日本は一つの国から多くの外国人労働者を受け入れています。自由競争にしていれば日本のようになり、韓国のようにはならないはずです。おそらく、韓国政府が多くの国から均等に外国人労働者を受け入れるように調整しているのでしょう。つまり、韓国に雇用許可制で来たい外国人は、日本よりも遥かに多くいるが、韓国が入国制限しているので、止むを得ず韓国を諦め、日本を選んでいるベトナム人が多いのではないでしょうか。そうであるなら、日本に来ているベトナム人は、韓国よりも質が低いに違いありません。
著者の取材中、韓国の政府関係者はこんな本音を言ったそうです。「潰れかかった会社を存続させることが目的なら、外国人労働者の受け入れはやめた方がいい」 韓国政府が「これはおかしい」と思う企業は、外国人労働者を受け入れさせていないようです。著者は日本もそうすべきと述べていますが、私も同意見です。
ところで、本の記述とは異なり、韓国の雇用許可制は、必ずしもブローカーを排除できていないことを示した研究が出てきました。
この研究にあるように、韓国の雇用許可制は「国連公共行政大賞」を受賞するほど素晴らしい政策でした。日本も模倣すべきだと私も考えます。ただし、形だけ模倣しても機能するとは限らないですし、韓国のように中間ブローカーを完全に排除できないかもしれません。中間ブローカーのメリットとデメリットを検討して、国別に制度を変更するなどして、韓国以上の雇用許可制を日本に導入すべきです。