未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

特定技能は日本の雇用許可制になれるのか

現状、なっていません。なれそうもありません。

特定技能が適応される2019年頃、頭の弱いコメンテーターが「既に日本は移民大国になっている。特定技能を導入したら、日本にさらに移民が押し寄せて、西洋の国と同様に外国人犯罪が多発する」と本気で心配するコメントをテレビで言っていて、私も唖然としたことがあります。

(西洋の国ほど日本に移民が押し寄せることなどありえない。そんな魅力が日本にあると思うなんて、どこまでうぬぼれているんだ。世界の中の日本を全く客観的に把握できていない。日本の政治家も国民も移民を大量に受け入れる度胸などない)

その私の感想は当たっていました。移民の大量流入外国人犯罪を心配するコメントを出していたバカコメンテーターは今からでも「完全な見当違いでした。日本は慢性的に3K職場の労働力不足なのですから、むしろ、外国人にもっと来てもらえるようにすべきです」と前言撤回してほしいです。

特定技能は、技能実習の失敗をもとに成立した(はずの)制度です。国際貢献という建前で裏口から労働者を受け入れる技能実習とは違い、正面から労働者を迎え入れます。「多くのベトナム人が日本に来たがる理由と失踪する理由」で批判した「前職要件」など撤廃して、実体である外国人の単純労働を認める在留資格です。

技能実習と違い、特定技能だと外国人が直接、日本企業と労働契約も結べます。監理団体や送り出し機関などの中間搾取者を無視できるのです。

これで日本の労働力不足が解消されて、日本経済が活性化され、外国人労働者は中間搾取などなく正々堂々とお金を稼げる……とはなりませんでした。

第一の問題は、特定技能に要求される日本語テストと技能テストです。なんと、ほとんどの国でこれらのテストが十分に行われていないのです。

日本語テストはN4に合格することが要求されます。「ベトナムの日本語および職業訓練センター」に書いたように、1日10時間勉強しても、実際にこのN4に合格できるベトナム人は少数のようです。ただし、この日本語テストはまだいいと私は思います。

問題なのは、技能テストです。技能実習生の最大の送り出し国であるベトナムでは、当然、特定技能でも多くの労働者を送り出してくれると期待されていました。しかし、2020年3月まで、つまりコロナ禍前まで技能試験が一度も実施されていないのです。本によると、実施予定すらありません。コロナ禍後は、特定技能どころでなくなったのは周知の通りです。

特定技能は5年で34万5千人、初年度だけで最大5万人ほどを受け入れる計画でしたが、2019年4月から12月までの交付者はなんと1621人でした。2020年3月まで目標の4万人より1桁は下回ることが確実になりました。特定技能の導入で、人手不足が解消すると期待した業界関係者が激怒したのは当然です。

法案成立に関わった自民党関係者は「参院選をにらみ、人手不足業界に恩を売るため、拙速で成立させた法案」と正直に著者に述べたようです。

バカな話ですが、ここまで特定技能が機能しないとは誰も想像していなかったようです。それくらい政治家や官僚は現場を分かっていませんでした。現場では、人手不足産業の会社が3名の特定技能の紹介費用として180万円を人材派遣会社に払ったが、手続きが進まず、いつまでたっても特定技能労働者が1名もやってこないので、返金請求したが、4割しか返金できないと言われた、などのトラブルが多発しました。もちろん、日本政府も焦りました。機能しない第一の理由は技能テストが行われないことなので、観光などの目的で日本に入国する短期滞在者にも技能テストの受験機会を与えることにしました。受験機会が整わない海外ではなく、自力で受験機会を整えられる日本での受験を促したのです。そうなると「仮に試験に受かっても就職が保証されるわけではない。試験目的の短期ビザで入国し、違法で働く者が増える」心配が出てきます。この対応がうまくできるかどうか分からないうちに、コロナ禍でうやむやになっていました。こんな上手くいくかどうか分からない政策ではなく、「どうせ単純労働なのだから、技能テストそのものを廃止したらいい」という発想が浮かばないことが私には謎です。

ところで、2019年に特定技能となった外国人で最も多いのは、901人のベトナム人です。技能テストがベトナムで一度も行われていないのに、なぜベトナム人が特定技能の資格を取得できたかと言えば、技能実習生は日本語テストと技能テストの両方が免除されるからです。政府も特定技能の45%、建設業や農業については特定技能の90%を、技能実習生からの移行を想定していました。しかし、特定技能に移行できる数万人のベトナム人ですら、わずか900人しか移行していないので、これすら機能しなかったのです。

では、監理団体や送り出し機関の中間搾取者を排除できるメリットは、機能したのでしょうか。残念ながら、これも機能しなかったようです。受入企業は特定技能外国人支援計画という面倒な書類を作成し、書類通りに計画を実施する義務があります。つまり、技能実習で監理団体が行っていた役割を、特定技能では受入企業に求めたわけです。しかし、単純労働を求める零細企業に、そんな書類を作成する能力も、外国人を支援する能力もあるはずがないので、これらの業務をしてくれる「登録支援機関」というものが新しく創設されました。特定技能の登録支援機関は、名前が変わっただけで、実体は技能実習の監理団体です。監理団体はNPOで許可制だったのですが、登録支援機関は営利企業でも参入できて登録制のせいか、2020年で既に4千件も登録されており、監理団体の3千件よりも多くなっています。

日本の監理団体は残ったとしても、外国の送り出し機関はどうなったのでしょうか。残念ながら、ベトナムに関していえば、送り出し機関が排除されたことで、特定技能が浸透しなかったようです。日本としては、送り出し機関を排除して、外国人労働者渡航費を安くしたかったのですが、そうなると、送り出し機関、および送り出し機関から賄賂をもらっているベトナムの役人たちの旨味がなくなります。ベトナムで技能テストが行われない理由は、どうもそんなところにあるようです。

前回の記事でも紹介した研究にあるように、中間搾取者を排除したはずの韓国の雇用許可制ですら、ベトナムでは中間搾取者が存在しているようなので、ベトナムで中間搾取者を排除するのは極めて難しそうです。より好ましい制度にするためには、どうするべきか、(おそらく理性的な話し合いがベトナムの役人に通じないことも踏まえて)韓国の雇用許可制も参考にしながら、考えるべきです。

なお、特定技能を取得する外国人として、日本政府は技能実習生からの移行の他に、留学生からの移行も期待していました。留学生からの特定技能移行も失敗した理由については、次の記事に書きます。