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NHKよりもひどい毎日新聞の介護殺人取材

前回までNHKの介護殺人報道を批判しましたが、毎日新聞の介護殺人報道はもっとひどかったです。

毎日新聞の取材がNHKに劣る理由は、毎日新聞NHKより先に報道したからでしょう。「介護殺人」(毎日新聞大阪社会部取材班著、新潮社)に書いてあるように、介護殺人について日本で最初に大きく連載報道したのは毎日新聞であり、それに触発されてNHKが介護殺人について特別番組を報道したようです。医者の世界で「後医は名医」という格言があるように、先発組を参考にできる分、後発組は有利なので、より質の高いものができます。

一方、NHK毎日新聞の報道について、医療や介護の専門職がみたら「こんな基本情報すら十分に把握できていないのか」と落胆するほど質が低いのは、どちらも介護経験がない記者たちが取材しているからでしょう。

特にひどいと私が感じたのは、毎日新聞が「イギリスの介護制度を見習うべき」としていることです。

イギリスの社会保障制度の知識を少しでも持っている人なら、イギリスの介護制度が日本より優れていることはありえない、と考えるはずです。イギリスは医療崩壊が起こった国で、「福祉先進国・北欧は幻想です」に書いた通り、いまだに医療崩壊から完全に抜け出せてはいません。医学部の解剖学で、医学生が遺体の解剖を自らしないで、既に解剖されている臓器を手で触れるだけなのは、私の知る限り、イギリスだけです。医学生が実際にメスで切れる遺体を用意できないほど、イギリスは財政難なのです。イギリスの公教育の給食は、安いポテトチップスなどが出てきて、日本人のPTAが見たら卒倒するほどの質の低さなのも有名です。財政を極限までケチらざるを得ないイギリスが、介護保険に大盤振舞することなど考えられません。イギリスで介護施設にいる人たちの少なくない数が、日本だと病院にいるほどの重傷者だと確信します。この毎日新聞の記者たちは海外の介護保険制度を見習うべきと主張しながら、まず間違いなく、現場取材をろくにしていません。

もっとも、本で指摘されている通り、夜間や緊急の介護対応が日本で不十分であることは事実です。夜間の介護士不足で施設入居ができず、やむを得ず、日本で唯一合法的に隔離・拘束できる施設である精神病院で暮らしている認知症患者は日本に何万人もいます。海外と比べても夜間の介護対応が不十分かどうかは不明ですが、もしそうだとするなら、一番の原因は人手不足にあるはずです。介護職、特に夜間や緊急対応する介護職の給与を含めた待遇改善がのぞまれます。そのために「介護職の公務員化政策」は考慮に値するはずです。また、多くの先進国が行っているように、介護士不足を外国人労働者で補う政策も、必然的に触れなければなりません。

しかし、本では介護職の待遇改善や外国人労働者の話は全くなく、イギリスの介護制度は素晴らしいが日本の介護制度はダメだ、と短絡的に批判しています。イギリスの介護の現場取材はもちろん、日本の介護の基本知識の共有もできていないままなのに、なにを言っているのでしょうか。本質が全く見えていません。

公平に考えて、日本の医療制度と介護制度は世界最高でしょう。高齢者だけに着目すれば、2位を突き放してのダントツのトップと私は確信します。むしろ、素晴らしすぎて、安価で過剰になっている害に注目すべきです。これまでも提案してきた「安楽死を認める法案の作成」、「がん検診の年齢制限」などはいいかげん実行すべきです。こういった改革が進まないのは、マスコミの記者たちが知識不足のため、問題をセンセーショナルに報道するだけで、問題の本質(重要な点)に気づいていないことも大きいようです。マスコミが報道しなければ、大衆も問題の本質に気づきません。

介護問題同様、本来はマスコミが深く掘り下げて、世間に周知すべきなのに、周知されていない重要問題に、上でも指摘した「日本の人手不足解消のための外国人労働者問題」があります。既に「出稼ぎ目的の外国人が日本で実習生と留学生になる理由」などで論じていますが、「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)という素晴らしい本に出会ったので、次の記事から、さらに深掘りします。