未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

日本のリハビリテーションに欠けているもの

日本の一般入院施設は2016年で、高度急性期が約17万床、急性期が約54万床、回復期が約13万床、慢性期が約34万床になります(他に精神病床などもありますが、今回は扱いません)。大まかな入院期間は高度急性期病棟で数日間まで、急性期病棟で14日間まで、回復期病棟なら2~3ヶ月間まで、慢性期病棟なら無制限となります。入院費用は高度急性期病棟で約15万円/日、急性期病棟で約3万8千円/日、回復期病棟で約78万円/月、慢性期病棟で約50万円/月になります。ここではリハビリと最も関係の深い回復期病棟について紹介させてもらいます。

よくある誤解なのですが、急性期病棟の14日間で治らなかった患者さんが、続いて回復期病棟に入れるわけではありません。回復期病棟の目的は、リハビリでの能力回復です。リハビリで特に効果のある場合だけが対象なので、主に脳血管障害直後または骨折直後の患者さんが回復期病棟に入院できます。肺炎や癌の患者さんは入院できませんし、脳血管疾患や骨折だったとしても、発症から1年以上たっていればリハビリ効果は期待できないので、入院できません。

回復期病棟に入院前と退院後で、脳梗塞で発語すら難しかった患者さんが長文の感謝状を音読できるようになったり、大腿骨転子部骨折で立つことすらできなかった患者さんが杖も使わずに歩いて帰ったりします。それほど回復するなら、「回復期病棟こそ最も費用対効果のある医療が行われている」「たとえ将来日本で医療崩壊が起こっても、回復期病棟は残すべきだ」と思われるかもしれませんが、それは必ずしも正しくありません。

回復期病棟に入院していなくても、自力でリハビリさえしていれば、同じように能力が快復するからです。それに、回復期病棟で入院していても、リハビリ専門職が1日中リハビリをしてくれるわけではありません。保険診療で最大3時間しかリハビリ専門職は患者さんにリハビリできないと決まっています。そして、リハビリ専門職が3時間患者さんに専門知識を活かしたリハビリするよりも、患者さんがその数倍の時間に自力でリハビリした方が能力は早く回復します。

予防は治療に勝る」にも書いたことですが、リハビリで最も基本となる医学的事実は次になります。

「リハビリ専門職が限られた時間に患者さんにリハビリするよりも、リハビリ専門職が関われない大多数の時間に患者さんが自力でリハビリする方が効果的である」

こうなると、極論すれば、回復期病棟は一つもいらないことになります。リハビリ専門職が脳梗塞後や骨折後の患者さんの家庭に訪問し、効果的なリハビリ方法と計画を示して、患者さんがその通りに実践しているか、リハビリ専門職が定期的に訪問してチェックすればいいだけです。もちろん、患者さんとしては現在のようにリハビリ専門職がつきっきりでリハビリしてくれることが理想でしょうし、そうしないと患者さんがどうしてもサボってしまうことも統計的事実です。脳梗塞後や骨折後の大切な期間にリハビリをサボってしまうと障害が患者さんに一生残り、場合によっては介護も必要になります。結果、その患者さんだけでなく社会全体の損失にもなるので、患者さんが発症後の大切な時期にサボらないよう、通所でリハビリできるセンターは必要です。そのリハビリセンターまで毎日連れて行ってくれる家族がいない患者さんもいるため、また、その中にはリハビリ専門職が定期的に通うにはあまりに辺鄙な場所に住んでいる患者さんもいるため、回復期病棟も少しは社会に必要になるでしょう。だから、回復期病棟が日本に全て不要とまでは主張しません。

しかし、回復期病棟に限りませんが、日本の医療では患者さんに自己責任の意識があまりに薄すぎます。その大きな理由の一つが、医療者が患者さんに医療の限界を伝えていないからです。医療に限界があるのは科学的事実です。「高齢者が肺炎で入院すれば寿命が短くなる 」にも書いたように、医療に頼るよりも患者さんの自力で処理すべき場合が、日本では少なくありません。医療に頼るべきでない医学的事実があるなら、医療職はそれを伝えなければなりません。

しかし、多くの医療従事者はそう伝えるのを避けます。理由としては「医療に頼ろうとしている人に、医療に頼ってはいけない、とは言いづらい」「医療職が医療の欠点を伝えたら、自己の存在意義を否定することになる」「医療のありがたみがなくなる」などでしょう。

もし医療費が全額自己負担なら、上のような理由は納得できなくはありません。しかし、医療費のほとんどが自己負担でなく社会負担である現状、上のような理由は通りません。各個人の医療費が社会負担なのは、社会全体の利益に合致しているからです。医療職が医療に頼るべきでない医学的事実を伝えず、医療を施しているなら、自己中心すぎます。そんな独善的な事業を社会全体で負担する理由はありません。

だから、リハビリ専門職も上記のリハビリの最も基本となる医学的事実は患者さんに必ず伝えなければならない、それを患者さんに理解してもらう努力をしないのならリハビリ職を辞めなければならない、と私は思います。しかし、「リハビリ専門職が限られた時間に患者さんにリハビリするよりも、リハビリ専門職が関われない大多数の時間に患者さんが自力でリハビリする方が効果的である」ことを患者さんに伝えている日本のリハビリ専門職に、私は一人も会ったことがありません。

残念です。