未来社会の道しるべ

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健康への欲求は無限である

数年前まで病床利用率が50%未満の大赤字の市民病院が私の県にありました。その市民病院が儲からなかったのは、設備の整った大病院が近隣にいくつもあり、市民の多くはそれらの病院を利用していたからです。

当然、市議会では市民病院の閉鎖案が出されました。しかし、「市民病院を新しく建てなおして、多くの市民に来てもらい黒字にすればいい」との反論が提唱され、なぜかその意見が通ってしまいます。結果、以前よりも大きな市民病院が80億円もの税金を使って完成しました。

新市民病院ができる前、私を含む多くの人が「赤字病院を閉鎖せずに、もっと大きな病院を建てるなんてバブル時代の発想だ」「税金の垂れ流しに拍車をかけるだけ」と陰口を叩いていました。しかし、蓋を開けてみると、嘘のように病院に患者が来るようになり、ガラガラだったベッドはわずか3年程度で利用率80%まで回復し、外来患者は倍増しました。

成功の最大の要因は、大学医学部がその市民病院をサポートし、医局の医師たちを送り込んだからです。赤字が悪化するとばかり思っていた私も、安心しました。

しかし、しばらくして、私はある問題に気づきました。

「その市民病院が繁盛したということは、近隣の病院の経営が悪くなったのではないか」

そこで、近隣の大病院の病床利用率と外来患者数の変化を調べてみました。私の予想に反して、特に減ってはいませんでした。新市民病院が他の病院の患者を奪ったわけではなかったのです。

おかしな話です。その市の人口や高齢者率がわずか3年で急増したわけではありません。もちろん、その市に特別な風土病が流行したわけでもありません。

「もしかして、新市民病院が繁盛したのは喜ばしいニュースでは全くなく、むしろ新市民病院が繁盛しなかった方が喜ばしいニュースだったのではないか」

そんな発想が浮かびました。病院が繁盛すればするほど、保険料や税金が投入されるからです。必然的に、現役世代が強制的に支払わされる保険料や税金が上がります。

その医療費に見合うだけの効果があるのなら構いません。しかし、上記の新病院が建設された市でそれだけの効果はあった、と私には思えません。むしろ、病院に行かなくてもいい人が病院に行くようになり、入院しなくてもいい人が入院するようになった、と推測します。

こう考えてしまうのは、以前から私は自分の医療の仕事の効果に疑問を感じているからです。私や私の病院のおかげで、地域の死亡率は下がっているのか、健康は増進しているのか、疑問だからです。半分以上の医療の仕事は健康増進の役には立っていない、という気がしてなりません。

なにより疑問なのは、医療の効果が統計的に検証されていないことです。上の市民病院の例でいえば、その市の平均寿命や平均健康寿命は伸びたのでしょうか。もし伸びていないのなら、新しく増えた外来患者や入院患者は、一体なんのために病院にいるのでしょうか。

他の全ての欲求がそうであるように、健康への欲求も際限がありません。患者数が増えたのに、地域の寿命や健康寿命が延びていないのなら、無駄な健康需要を掘り出したとも考えられます。新しいカフェやカラオケや衣料品店なら、需要の掘り出しは経済を活性化させるので好ましいニュースかもしれません。しかし、税金や保険料を投入している医療なら、その効果を客観的に検証しなければならないはずです。