立花隆といえば、1974年10月10日に文芸春秋に載った「田中角栄研究 その金脈と人脈」が出世作です。この記事により、田中角栄首相が辞任に追い込まれて、その後、田中は首相再任を狙っていたものの、果たせることなく政治生命を終えています。「戦後史の正体」(孫崎享著、創元社)にある通り、立花隆は日本史上で政治を最も動かした記事を執筆したと言えるでしょう。
私も知らなかったのですが、この記事が出ても、当初、マスコミはなんら反応せず、田中角栄の権力基盤に大きな影響はなかったようです。しかし、10月22日に田中首相が外国特派員協会で公演すると、アメリカ人記者たちから徹底的に「田中角栄研究 その金脈と人脈」について追及されました。
当然ながら、その外国人記者たちの多くは日本語を読めません。日本の新聞がどこも取り上げていない記事を、5名もの外国人記者が次つぎに質問したのは奇妙としか言いようがありません。
この翌日朝刊で、それまで無視していた朝日新聞と読売新聞がともに一面トップで立花隆の記事を取り上げたのです。「戦後史の正体」はこの動きを「なんのことはない。またもや朝日新聞と読売新聞が火をつけているのです」と表現しています。朝日と読売は、戦後かなりの時期まで(あるいは今も)アメリカの影響が大きかったようです。
この動きに反田中の自民党議員も足並みをそろえ、さらには木川田一隆・東電社長(元経済同友会代表幹事)、中山素平(元経済同友会代表幹事)の経済界も反田中に動きます。前回の記事に書いた通り、孫崎によると、経済同友会はアメリカの言いなりの経済団体です。この反田中の動きに抗しきれず、翌月の11月26日、田中は首相を辞任します。
念のため付け加えておくと、この首相辞任時、後に田中が有罪判決を受けるロッキード事件はまだ発生していません。だから当然、立花隆の「田中角栄研究 その金脈と人脈」にもロッキード事件のロの字もありません。立花隆の記事に田中角栄の違法行為はなんら書かれておらず、当時の自民党有力議員で横行していた田中の悪質な金脈と人脈関係を暴いた程度です。
私が不思議でならないのは、こんな奇妙な経緯なら、誰もがアメリカの陰謀を疑います。ロッキード事件については、アメリカの陰謀だったと中曽根康弘が証言し、キッシンジャーも暗に認めています。アメリカが田中を嫌った理由は、中曽根は石油問題だと述べて、孫崎は中国問題と述べています。どちらにせよ、ロッキード事件がアメリカの陰謀であるなら、必然的に、田中の首相辞任もアメリカの陰謀だろうと普通なら考えます。上記のように、日本のマスコミ全てが無視していた立花隆のゴシップ記事を、突如として、外国人記者が5名も取り上げるなんて異常事態が発生していたなら、なおのことです。
そのことの異常さに最も気づくべきなのは「知の巨人」とも称された立花隆本人でしょう。「なぜアメリカ人が自分の記事をこんな場で取り上げるんだ。いつ英語に翻訳されたんだ」と考えない訳がありません。しかし、立花隆本人は死ぬまで一度もその疑問を口に出していません。そうなると、当然、立花隆はアメリカのスパイではないか、との疑惑が出るのに、そんな疑惑を聞いたことがあるでしょうか。
もし立花隆がアメリカのスパイなら、立花隆の大きな謎の一つが説明できてしまいます。それは「アメリカ人ジャーナリストですら取材できていないアメリカ人宇宙飛行士たちに、なぜ日本人ジャーナリストの立花隆が取材できたのか」という謎です。
アメリカ人の何名もの宇宙飛行士への直接対話する機会なんて、NASAと強いコネでもなければ不可能です。いえ、NASAと強いコネがあるジャーナリストだってアメリカに確実にいたはずですが、ほぼ誰もインタビューできていません。ソ連もそうですが、アメリカも宇宙飛行士を国家機密にしていました。宇宙飛行士たちが秘密のベールに包まれたことも原因となって、「NASAの月面着陸は嘘だった。実際は地球上で撮影されていた」というトンデモ説が登場しています。
そんなアメリカの国家機密の宇宙飛行士に何名も、宇宙開発後進国日本(当時は日本人宇宙飛行士はゼロでした)で大手マスコミにも所属していない立花隆が、一体全体なぜインタビューできたのでしょうか。立花隆に独自のアメリカとのコネがあったことは間違いありませんが、どうやってそんなコネができたのでしょうか。
それはやはり、「田中角栄研究 その金脈と人脈」でしょう。この記事によって、立花隆に独自のアメリカとのコネができた可能性が最も高いはずです。
余談ですが、「宇宙からの帰還」(立花隆著、中公文庫)におさめられた宇宙飛行士のインタビュー集で、立花隆は突如として超科学を持ち出して、宇宙飛行士たちを返答に困らせています。もちろん、知的能力も性格も優れた宇宙飛行士たちなので、超科学の質問からうまく逃げて、心の中では立花隆を軽蔑していても、それを気づかせないように返答してはいます。それにしても、科学技術の偉業を成し遂げた人たちにインタビューする千載一遇の機会に、神だの神秘体験だのを聴くなんて、日本の恥です。
立花隆をアメリカのスパイと気づかない日本人が多いのはまだしも、宇宙飛行士に超科学の話を持ち出す立花隆を「知の巨人」と崇める日本人が多いのは、残念でなりません。