外国人労働者の報道といえば、「劣悪な労働環境で働かされる外国人」が定番です。2019年に報道されたNHKドキュメンタリー番組の「ノーナレ」もその例に漏れません。
「厳しいノルマを課され、仕事は朝の7時から11時まで。洗濯する時間もなく、雨の季節は生乾きの服を着て作業をした。窓のない寮に28人が押し込められ、共同生活を強いられた。何かあれば『ベトナムに強制帰国』と脅される。婦人服や子ども服の製造を聞かされて来日したが、実際の仕事はタオルの製造……。『家畜扱いされて1日中叱られています』」
このベトナム人技能実習生たちは愛媛県今治市のタオル工場で働いていたので、今治タオル不買運動がネット上で起こり、国際的な今治タオルブランドの炎上騒ぎにまで発展しました。
この「ノーナレ」を観た「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)の著者は、違和感を覚えたそうです。
なぜここまで劣悪な労働環境が野放しになっていたのでしょうか。こういった労働環境を許さないための法律は日本にいくつもあります。3ヶ月に1度は監理団体職員が実習生の職場まで行って状況を聞くことも義務づけられています。悪徳企業が技能実習生を搾取していても、それを止める制度があるはずなのに、なぜ機能しなかったのでしょうか。今治タオルの企業だけでなく、その監理団体、さらにいえば、監理団体の許認可を持つ外国人技能実習機構の責任は問われるべきです。しかし、外国人技能実習機構はもちろん、監理団体についてすら一切言及ないまま、番組は終わってしまいました。実習生がどのような経緯で、どのような目的で日本に来ているのかについての説明もありません。こんな説明不足の感情的な番組なら「このような劣悪な労働環境で働かされるベトナム人がいる理由」やその問題解決手段を考え出すのは不可能です。著者はNHKに「監理団体や外国人技能実習機構に取材したのか」などの疑問を送ったそうですが、「関係機関とのやりとりは、取材・制作の過程に関わるため、お答えしていません」とふざけた理由で返答拒否されています。
著者はあとがきで、こんな皮肉を書いています。
「共生社会という言葉が嫌いだ。特にリベラル寄りの媒体、識者から発せられるそれは。(そんなキレイごとを吐く奴らには)日本語を話せない外国人留学生とともに、深夜のコンビニの弁当工場で働くことをお勧めしたい」
私も同感です。
確かに、日本人に対してはまず行わないような非人道的な労働環境にさらされる技能実習生がいるのは紛れもない事実です。ただし、「外国人を搾取する日本人は許さない」と自分はそいつらと違うと高みの見物をして、その背景を説明しないのなら、問題は全く解決しないので、偽善でしかありません。このNHK取材班は、大半のベトナム人技能実習生が日本でお金を稼いでいっている事実を知っているのでしょうか。技能実習生が日本で稼いだ金で建てた家が、ベトナムに数百もしくは数千もあることを知っているのでしょうか。
技能実習生といえば失踪者が注目されますが、前回の記事に書いたように、最大の失踪理由はお金です。労働環境よりも、パワハラよりも、お金が理由で失踪することが多いのです。
それに、失踪する外国人の率はわずか3%です。後の記事でも書くように、韓国の「雇用許可制」の外国人労働者は失踪率が20%程度であることを考えると、極めて少ないです。もちろん、下のように日本人の離職率よりも桁違いに低いです。
技能実習生の失踪者が多い業界は、建設業、農業、繊維・衣服となっています。失踪者が多い業界はベトナムでも知られているらしく、技能実習生を募集しても、ベトナム人応募者が集まりにくいようです。この3業界が不人気な理由も、やはり、お金が稼げないからです。建設業は、拘束時間が長いものの、現場までの数時間の移動中が無給になる上、天気が悪いと休みになって1日無給となります。農業は個人経営が多いせいか、労働法を理解しておらず、残業代の未払いが多発するようです。繊維・衣類は時給計算ではなく、出来高払いが多いため、長時間労働の割に低賃金のようです。
なお、技能実習生の失踪率が圧倒的に少ない国はフィリピンです。技能実習生の送り出し国上位5位で比べたところ、ベトナム3.9%、中国3.2%、インドネシア1.9%、タイ1.2%ですが、フィリピンは0.4%です。ここまで失踪率が低い理由は、フィリピン政府が「海外労働者からいかなる費用も徴収してはいけない」と定めているからのようです。ベトナムのように、教育費を労働者に負担させることはできず、受入企業負担となり、受入企業が送り出し国から賄賂を受け取るなどはもってのほかです。ただし、他の国と比べると、余分な手続きがあり、時間もかかるので、受入企業から避けられている、と本にはあります(とはいえ、フィリピン人の技能実習生は日本で3番目に多いです)。
逆に言えば、安易に人を欲しがる企業がフィリピンを避けた結果として、フィリピンの突出した失踪率の低さがある、と著者は賞賛しています。