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「法人税はゼロがいい」理論は間違っている

法人税がゼロでいい」理論の誤りをこの記事と次の記事で示します。この記事では、「(法人税を含む)資本所得の税率はゼロがいい」理論の誤りを示します。根拠は全て「つくられた格差」(エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマン著、光文社)です。

経済学的には、所得を生む主体は労働と資本の2つしかありません。労働が所得を生むことは誰でも理解できるでしょう。所得を生む資本とは、賃料を得られる土地建物、利子を生む貯金、配当金を出している株券、価値が上がる希少絵画などです。だから、資本さえ所有していれば、労働なしでも所得、つまり収入が得られてしまいます。労働なしで金銭を得るなど、社会的には好ましくないので、資本税は労働税より高くあるべきです。

普通ならそう考えると思いますが、なんと資本所得に対する最適な税率はゼロである、という理論が1970年代から1980年代に発展しました。企業利益、利子、配当、キャピタルゲイン、家賃、居住用財産、事業用財産、不動産、遺産に対する税はすべて廃止し、その代わりに労働所得税や消費税を増やすべきだという説です。そうすれば、財産が全くなく、資本所得など一銭もない貧困層の税引前所得も増え、万人の利益になる、という理論です。この理論にはさまざまなバリエーションがあり、そのなかには資本所得にもある程度課税したほうがいい、とするものもあります。

上記の本には、こんな記述があります。

アメリカの税法の専門家に、資本所得に課税すべきかどうか聞いてみるといい。『課税すべきでないと経済学者が証明している』と主張する専門家があまりに多いことに驚くに違いない。実際、筆者はそれを経験している」

この理論の根拠は、資本の供給(国民が毎年貯蓄にまわす所得の割合および外国からの純資本流入量)は税引後利益率の変化にきわめて敏感に反応するという見解です。そのため、わずかに課税するだけでも、長期的には多大な資本の蓄積が失われます。資本は労働者の生産性を高めます(?)。したがって、資本に課税すれば、賃金が落ち込みます(?)。経済学ではこれを、資本税はすべて労働に転嫁されると言うそうです。同様に、法人に課税すれば、工場が外国に移転します。あるいは資本資産の購入を控えるため、資本の蓄積は減り、それとともに賃金も下がります(?)。経済学ではこれを、法人税は労働者に帰着すると言うそうです。

経済学をろくに知らないせいか、私には理解に苦しむ理論なのですが、経済学をよく知っている世界中の学者はこの理論に納得しているそうです。

ところで、私は医療従事者です。医療では、論より証拠が基本です。「理論上は効く薬」であることが証明されても(そんなことは証明しようがないので、証明されたと言う時点で間違っていますが)、現に人間に投与して効いていなければ、薬として認められません。医学の基本中の基本の原理です。

経済学も論より証拠です。ノーベル賞受賞者の経済学者がどんなに緻密な理論を築き上げても、現実の経済現象がその理論通りになっていなければ、その理論は誤りです。

では、現実のアメリカ資本所得の税率と国民貯蓄率(民間貯蓄と政府貯蓄)のグラフを見ると、次のようになっています。なお、国内投資は、国民貯蓄率から海外の純貯蓄を引いたものですが、海外の純貯蓄はきわめて少ないため、ほとんど国民貯蓄と変わらないそうです。

過去100年のアメリカの歴史を遡ってみると、資本所得の税率と国民貯蓄率(≒国内投資)は直接の相関関係はありません。大恐慌から第二次大戦までを除けば、国民貯蓄率(≒国内投資)はほぼ10%前後で推移しています。1980年代以降に注目すれば、むしろ、資本所得の税率が下がるほど、国民貯蓄率(≒国内投資)は減る、という上記の理論の正反対のことが起きています。なお、19世紀まで貯蓄データのあるフランス、ドイツ、イギリスでも、資本課税と国民貯蓄率の相関関係は見られないそうです。

本では、資本課税と資本蓄積(国民貯蓄率)に相関関係がみられないのは、「資本蓄積は税制以外の多くの要因の影響を受けるからである。むしろ、資本蓄積に与える税制の影響は軽微である」と述べています。そんな理論はともかく、事実として、資本課税を下げても、資本蓄積は増えていません。だから、「資本所得に課税すると、労働者の賃金が落ち込む」理論は、その根拠からして間違っています。事実、アメリカ全体の一人当たり国民所得(≒GDP)が1970年から10倍に増えたのに、下位50%のアメリカ人の一人当たり国民所得はほとんど増えていなかった衝撃的なデータを「トリクルダウン理論が間違っている証拠」の記事で示します。

次に、戦争と並んで、現代社会のバカの極みと、私が2度もこのブログで批判しているタックスヘイブン問題について論じて、「法人税はゼロがいい」理論の間違いをさらに証明します。