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「法人税を失くせ」は「金持ちの脱税を認めろ」とほぼ同義である

「つくられた格差」(エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマン著、光文社)によると、いつの時代であれ、法人税の主な存在理由は租税回避の防止にありました。法人税が個人所得税と同時に生まれた理由も、そこにあります。

資本を持たない被雇用者は個人所得税がかかりますが、資本(日本だと有限会社であっても300万円の資金は必要)を持つ富裕層は会社を設立して、所得のうち貯蓄に回す分を個人から会社の留保分に全て移転すれば、貯蓄分の個人所得は免除され、法人税だけ払えばいいことになります。ほぼ全ての国では、個人所得税法人税より高いので、簡単な節税です。もし法人税がゼロなら、消費税以外に税金はかからないようにできたりします。ここまでで十分すぎるほど富裕層優遇ですが、もっとひどい例が南米のチリにあります。個人の食事、衣服、余暇費用でさえ、会社の支出として事実上認められており(チリでも違法であるが、ほとんど取り締まれていない)、消費税すら払っていないそうです。こうなると、富裕層から税は徴収できなくなり、貧しい者たちだけが富める者たちに納税する封建身分社会と同じになります。

だから、「法人税を失くせ」は「金持ちの脱税を認めろ」とほぼ同義だと私はタイトルで提唱しました。実際、「経済学的に法人税はゼロがいい」理論を提唱している者たちは、ほぼ例外なく、金持ちでした。

法人税ゼロ理想論者はよく「法人税は安くしないと、企業が国外に逃げてしまう。現に、アメリカの大企業の多くは法人税の安い国(タックスヘイブン)に逃げているではないか」と訴えます。この主張はどこが間違っているのでしょうか。

根本的な観点が間違っています。上記の主張への反論は、私であっても、本であっても同じで、「法人税の安い国に逃げるのは社会道徳として好ましくないので、取り締まるべきだ」になります。タックスヘイブンでの税金逃れは、戦争と並んで、現代社会の巨悪の一つです。ろくに金を持たない貧乏人はタックスヘイブンでの税金逃れなどできないに、富める者たちだけが自国の税金から逃れる制度を許してもいい、と本気で考えているなら、そんな人こそ非国民と罵倒されるべきです。しかし、現実には、「ポピュリスト支持者の本当の敵であるグローバリズムの弊害の解決方法」に書いたように、税金逃れを公の場で自慢する人物(トランプ)が愛国者たちに熱狂的に支持されて、大統領になってしまう事件が起きています。バカの極みです。

なお、このように言うと、「徴税権は国家主権に関わるので、他国が干渉できるわけがない。他国に高い法人税を強制することなど、国際法上、絶対に許されない」と反駁されることがあります。

確かに、タックスヘイブンを全面的に解決するとなると、法人税率を一定にするなどの国際協力は重要になります。しかし、徴税権に触れずとも、解決する方法はあります。

タックスヘイブンについての本を読むと、必ず書いてあることですが、タックスヘイブン問題の本質は、法人税ゼロではなく、情報を機密にしていることです。どれだけの利益が計上されているか、情報公開していません。もっと書けば、調べてもいません。法人税がゼロであるため、調査するための財源がないからです。

現在、多国籍企業は会計士に頼みさえすれば、利益を各国にほぼ自由に割り振ることが可能で、そのために法人税率がゼロのタックスヘイブンに利益のほとんどを計上させています。この各国への利益配分額さえ分かれば、問題はほとんど解決します。そして、そのデータは既に存在しています。

まだパナマ文書も公開されていない2015年に、OECDの税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクトとして、大企業には国別の利益や納税額の報告が義務づけられることが決まりました。このため、国ごとにどれだけ所得を得たのかを、アップルは本社のあるアメリカ政府に、ロレアルはフランス政府に、フィアットはイタリア政府に既に報告するようになっています。

これにより、本社のある政府が、自国の法人税の不足分を他の全ての国で課す(矯正税)ことが可能です。たとえば、アメリカの法人税が25%で、アイルランド法人税が5%で、バミューダ諸島法人税が0%だとします。アップル社のアイルランドで計上された利益の5%はアイルランド政府が徴収し、さらに利益の20%をアメリカ政府が徴収します。また、アップル社のバミューダ諸島で計上された利益の25%はアメリカ政府が徴収して、バミューダ政府は税金を全く徴収しません。これは国際条約に一切抵触しない上、タックスヘイブンの国に協力を求めなくても構いません。BEPSプロジェクトのおかげで、データも既にあるので、今すぐ実行できます。

こうなると、本社をタックスヘイブンに移転する国が出てくるのではないか、と思われるかもしれません。確かに、そのような企業は既に存在していますが、既に本社の国籍の規制も存在しています。タックスヘイブンの存在が世界中のほぼ全ての富裕層に知られているにもかかわらず、世界の大企業2000社のうち、アイルランドに本社があるのは18社、シンガポールに本社があるのは13社、ルクセンブルクに本社があるのは7社、バミューダ諸島に本社があるのは4社だけです。半分の1000社はアメリカかEUに本社があり、それ以外の大半も中国、日本、韓国などのG20諸国に本社があります。どの国であれ、他の国に税金を奪われたくないので、簡単に本社を移転させない規制があるからです。

矯正税が導入されれば、タックスヘイブン問題は一気に解決に向かうでしょう。タックスヘイブンの節税分が本国での矯正税で完全に相殺されてしまうのなら、タックスヘイブンに利益を計上する理由がありません。むしろ、会計士に払う高額な事務手数料の分、不利益になります。G20の経済大国は、例外なく、タックスヘイブンに税金を奪われているので、このようなタックスヘイブンへの規制は歓迎されるはずです。

しかし、パナマ文書タックスヘイブンの不正が世間に知れ渡って6年も経過しているのに、このような矯正税は導入されていません。それどころか、BEPSプロジェクト以後も、租税競争は続き、法人税は下げられ、富裕者優遇税制は悪化しています。なぜでしょうか。

その理由を次の記事で考察します。