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「キム・ジヨン」のバックラッシュの妥当性

ウーマンリブ」という言葉は死語になったようで、代わりに「フェミニズム」という言葉がここ10年ほど、毎日のように見聞きします。どちらも意味は似たようなものでしょう。その時代を生きていたわけではありませんが、「ウーマンリブ」には9割程度の共感を持った私ですが、「フェミニズム」には8割程度の反感があります。どう理性的に考えても、行き過ぎだと思える主張がしばしばあるからです。こんな恵まれた女の悩みを解決する余裕があれば、遥かに恵まれない男の悩みを解決すべきだ、と強く思うことが少なくないからです。

ここ数年に出版された韓国本だと高確率で「82年生まれ、キム・ジヨン」についての記述があり、そこでは必ずフェミニズムとその反動であるバックラッシュについて解説しています。このブログで何度も紹介している「韓国社会の現在」(春木育美著、中公新書)も例に漏れません。「キム・ジヨン」で韓国の30代女性が最も胸に突き刺さったセリフとして、次の場面を指摘したそうです。

ジヨンが育児のために職場を辞める時、夫はジヨンに「俺も手伝うからさ」と声をかけた。その一言にジヨンは逆上し、こう叫びます。

「その手伝うから、という言い方、やめてくれない。家事も手伝う、子育ても手伝う、私が働くのも手伝うからって、いったい何なのよ。家事や育児にしても、あなただって当事者でしょう。子どもだって、あなたの子でしょう。まるで他人事のように、なんで人に施してやるみたいな言い方するのよ」

日本でも女性誌で特集が組まれるほど「夫から言われてイラっとするセリフ」の代表格に「手伝う」はあげられる、と春木は書いています。

普通に考えれば、この事実から「手伝う」という言葉でキレるくらい、女性は恵まれている、女性は優しく扱われていることが証明されているでしょう。だったら、「俺は手伝わないから、自分でなんとかしろよ」と言えばいいのでしょうか。それは論外のはずです。言い方や態度に問題があるならともかく、「手伝う」は一般的な模範解答です。「人に施してやるみたいな言い方」されることが嫌なら、ジヨンより低学歴で低収入なプライドの低い男と結婚すればよかったのです。それは絶対嫌なくせに、なにを逆ギレしているのでしょうか。逆ギレしたいのは、ジヨンのような女に振られた、あるいは振られる以前に相手にすらされなかった韓国人男性たちでしょう。

さすがに春木もそれは考えたのか、「これのどこがいけないのか、と憤慨する人がいるかもしれない」とは続けています。

キム・ジヨン」は若い女性の共感は得ても、中高年の女性の共感はあまり得られていないことも、いくつもの韓国本で指摘されています。ジヨンはソウル市内の24坪の高層マンションに住み、中堅会社に勤める正規職の夫がいて、もっと生活費が必要だとは考えているが、経済的な困難に直面しているわけではありません。累積した女性差別や不平等への怒りが根底にあったものの、ジヨンが鬱になり異常行動を見せるようになった引き金は、出産退職です。育児のために退職しても生活に困らない苦しみは、現代の中産階級の悩みです。昔の世代、あるいは現在の低所得層が直面している厳しい現実とは相入れません。

50~60代の韓国人女性は、同年代のジヨンの母が置かれてきた境遇はよく分かるし、ジヨンが成長過程で直面した女性差別や悔しい気持ちも理解できます。しかし、結婚後のジヨンの苦悩には理解できません。その理由を集約すると次のようになります。

「安定した職場に勤め、権威的でもなく妻に寄り添い理解しようとする優しい夫がいて、嫁姑問題も深刻でない。婚家は地方で離れており、その婚家ですら盆暮れに行くだけ。仕送りをしてくれとか、兄弟の生活費を出せとか、婚家との間でありがちな経済的問題にも悩まされてもいない。子どもはたった一人。何がそんなに問題なのか」

普通に考えて、その答えは「問題ではありません。この程度で不満を感じるなら、若い韓国人女性がいかに恵まれているか、あるいは、いかに自己中心かの証拠でしかありません」でしょう。

「韓国社会の現在」のフェミニズムの章で、私が最も頭にきた言葉が次になります。

「『大学の成績でも入社試験でも優秀な成績をおさめる女性は、いまや自分たちにとっては脅威で強力なライバルである』と言う男性たちに、女性が就職活動でも昇進や賃金面でも差別を受けており、仕事と家庭や育児の両立に疲弊しているという現実は見えていない」

そんなことありえません! 世界中、どの文明国にいようと、女性差別を知らない人はいません! 女性差別という言葉は、韓国人だろうが、日本人だろうが、子どもの頃から知っています! 就職活動や昇進で女性差別があることは、あれだけ報道されているので、知らない男性はいません! それどころか、社会全体でその改善に取り組んでいます! 韓国にも日本にも、そのための役所があり、大臣までいます。フェミニズムに反対するほど社会意識の高い男性たちがそんな報道を知らないわけがないでしょう!

この見解は完全に間違っているどころか、正反対の見解がむしろ正解です! 自分が正義だと信じているフェミニズムどもが見えていない、見ようともしないのは男性差別の方です! ジヨンのような恵まれた環境で不平を述べる女性は、恵まれない男性がどれほど不幸であるか、考えたことはないのでしょうか。「そうは言っても、社会全体で女性差別は対処されているけど、男性差別は言葉すら存在しない。女性が弱者なのは当たり前だから、女性は優遇されなければならない」という固定観念から一度も、一歩も抜け出せていないとしか、考えられません。

もちろん、恵まれない女性もいることは誰でも知っています。しかし、ジヨンや大学教員の春木(私は大学教員になりたかったのに、なれなかった学者崩れの一人です)のような十分に恵まれた女性が自分は弱者であると正義の味方面して説教するのは、恵まれない男性(数としては恵まれない女性よりも多い)にとって、我慢ならないでしょう。

こんな倫理観の低いリベラルな偽善者がいるから、バックラッシュが起こります。こんな倫理観の低いリベラルな偽善者がいるから、ネトウヨが台頭します。こんな倫理観の低いリベラルな偽善者がいるから、本来必要なリベラルな改革も進みません。

似たような感想を朝日新聞に感じたので、次の記事に書きます。