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よど号事件から見える独裁政治の危険性

1970年のよど号ハイジャック事件についての記事です。

当時の日本人は全員覚えている大事件ですが、それ以後の世代の日本人にとっては大昔の事件の一つに過ぎないでしょう。

1968年頃から盛り上がった全共闘運動は主に「反代々木系」=「新左翼」と呼ばれて、「既存の左翼」≒「日本共産党」とは異なる形で「革命運動」を展開していました。そのうちの最左翼と言っていい存在が「赤軍」であり、赤軍の一部がよど号ハイジャック事件を起こしました。

私にとっては、「よど号ハイジャック事件史上最悪の122時間」という2002年の日本テレビの番組イメージが一番強く残っています。現在のyou tubeで全編観ることができるので、全体像を掴むためによど号事件をあまり知らない人は観てみるといいかもしれません。

最近知ったことですが、この番組は2002年に出版された「『よど号』事件122時間の真実」(久能靖著、河出書房新社)を元にしており、一部に事実と異なる部分もあります。

この番組視聴当時、既に新左翼全共闘を調べに調べていた私にとっては、韓国金浦空港に着いた時、赤軍派の学生たちが「北朝鮮に着いた!」と歓喜するシーンは違和感がありました。ハイジャック主犯格の田宮が「出発前から金浦空港に到着させられることは見越していた」と書き残していたことを私は知っていたからです(ただし、よど号乗客の日野原重明の証言だと、田宮は金浦空港平壌の空港だと勘違いしており、仲間の指摘でそこが韓国だと気づいたようです)。「『よど号ハイジャック事件』実行犯による51年目の新証言」によると、現在生きている実行犯たちは金浦空港歓喜した事実を否定しています。

上記の番組や本でも、その他の多くの本でも、よど号が韓国の金浦空港に着陸させられた理由は謎となっています。番組では、当時の国防部長官の丁来赫が日本語で「私の責任下でしたことではなく、管制にあたる連中が機転をきかしたと思っている」とうそぶいています(現在の若い世代の日本人は知らないでしょうが、1910~1945年に教育を受けた韓国人は日本語をペラペラ話します。20年以上前の日本のテレビ番組では、流暢な日本語を話す年配の韓国人や台湾人がよく出てきていました)。その謎の答えを示した本が「『よど号』事件 最後の謎を解く」(島田滋敏著、草思社)になります。よど号乗客の一人のアメリカ人を救うため、犯人たちもパイロットも乗客たちも北朝鮮に直接行くつもりだったのに、韓国に着陸したのです。

よど号の乗客の中に、アメリカ人は2人いました。事件解決後、1人は他の日本人乗客たちと同じ飛行機に乗って日本に戻りましたが、もう一人のマクドナルド神父は金浦空港の厳戒警備体制の中、なぜか行方不明になり、他の乗客たちと1日遅れで日本に帰国しました。韓国政府が秘密裏にマクドナルド神父を特別扱いしたとしか考えられません。また、よど号事件の最中、マクドナルド神父の身代わりになると名乗り出るアメリカ人が3人も現れますが、もう一人のアメリカ人乗客についてはそのようなことはありませんでした。このマクドナルド神父はCIAか、それに近い人物であり、北朝鮮で尋問を受けると、アメリカにとって非常にまずい人物であったことは確実視されています。

よど号事件で人質解放時に、犯人グループと解放される人質が握手をしていたシーンは有名です。ストックホルム症候群なのか、犯人グループと人質たちに連帯感が生まれていたことは事実でしょう。事件当時、犯人グループだけでなく、乗客たちが「乗客も一緒でいいから、すぐに平壌に行ってくれれば問題は解決するのに」と考えていたのは紛れもない事実であり、事件中も乗客代表が日本政府にその旨を伝えていますし、事件後も多くの乗客がその証言をしています。

しかし、北朝鮮を目指して飛んでいたよど号は、北緯38度付近で謎の飛行機に誘導され、韓国の金浦空港に到着させられます。この謎の飛行機は99%米軍機であり、その目的はマクドナルド神父を北朝鮮に行かせないことでした。金浦空港で韓国政府が犯人グループに「乗客を降ろさない限り、北朝鮮には行かせない」と最後通牒を伝えたのも、マクドナルド神父を北朝鮮に行かせないために、アメリカが韓国に言わせた、と「『よど号』事件 最後の謎を解く」では断定しています。私もこの説が正しいと考えます。日本政府の誰かがマクドナルド神父を北朝鮮に行かせない工作をしていたかは不明ですが、韓国政府がその工作をしていたのは確実ですし、上記の丁来赫は99%その工作に関与しています。

つまり、たった1人のアメリカ人を救うため、約100人の日本人の総意を無視したのです。最終的に日本の運輸政務次官の山村新治郎が人質たち全員の身代わりになることで、マクドナルド神父を含む乗客たちは解放され、膠着状態は打開します。しかし、もしその案が出ていなければ、最悪、韓国兵がよど号に強行突入していました。犯人グループだけでなく、乗客にも死者が出た可能性があります。韓国兵の強行突入は犯人グループの自爆と並んで、事件中も事件後も、乗客たちが最も恐れていた事態と口を揃えています。そんな乗客たちの気持ちよりも、乗客たちの命よりも、マクドナルド神父は重要だったのでしょうか。

アメリカ政府あるいはアメリカ軍はそう判断していたのでしょう。日本人を軽視するにもほどがあります。今からでも遅くないので、日本はアメリカを批判すべきです。

ところで、多くの証言から考えると、マクドナルド神父を救うようにアメリカは韓国政府の高官たちに伝えているようですが、日本政府の高官たちには伝えていません。少なくとも、駐韓日本大使の金山正英をはじめ、現場でよど号事件に関わった日本政府高官たちはほぼ全員知らなかったようで、よど号が韓国に着陸した時、驚いています。韓国と日本で、なぜアメリカはここまで違う連絡方法をとったのでしょうか。

その理由は、当時の韓国が軍事独裁政権であるのに対して、日本が民主主義国家だったからだと私は推測します。「CIAのスパイを救うためなら日本人の命を犠牲にしてもかまわない」といったアメリカの本音は世間に絶対に知らせたくありません。日本政府の高官たちがアメリカの本音を知ったら、「命令なので今は従いますが、事件後、いつまでも真実を隠し通すのは無理です」と言う日本人高官が一人は現れる可能性が高く、近いうちにアメリカの人命無視の対応が世間に、世界中に広まります。しかし、軍事独裁政権の韓国なら簡単に情報統制できます。「分かりました。強行突入してでもCIAスパイの北朝鮮行きは阻止するんですね。日本人乗客に死者が出てもいいんですね。韓国がそんな面倒な仕事を引き受けるので、その分、アメリカは武器の援助額を増額してください」と、公にはできない交渉もできます。それこそ、今の北朝鮮のように。

このような経過を見ていると、「だからこそ、独裁政権は危険で、民主主義は正義がある」と私は考えます。しかし、「だからこそ、民主主義は有事に対応できず、独裁政権はキレイごと抜きの現実的な対応ができる」と考える日本人もいるでしょう。そう考える日本人は、CIAの情報漏洩が100名の日本人の命よりも重要だとみなしているので、少なくとも愛国者ではありません。