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日本では自白が作られる

「自白は証拠の王様ではありません」

これは私が中学の社会の先生から教えられた格言です。ウソで自白だってできますし、強迫されて自白する人も過去の歴史に山のように存在しています。情けない過去を白状しますが、私は子どもの頃、ある大人に間違って犯人だと確信され、自白を強要されたことがあります。経験した人は分かるでしょうが、悔しくて仕方なく、一生消えない心の傷として今も残っています。その大人を憎むだけでなく、その時に助けを求める相手がいなかった環境も憎んでいます。

残念ながら、日本では「自白が証拠の王様」の時代が現在まで続いています。検察側が徹底的に容疑者に自白を強要します。「アメリカ人のみた日本の検察制度」(デイビッド・T・ジョンソン著、シュプリンガー・フェアラーク東京)によると、日本の検察官同士で、最も話題にするテーマが、人事と自白を引き出す方法だそうです。たいていの検察官は、自白を強要するために肉体的、精神的苦痛を与える方法を日常的に使っていることを認めています。1984年に東京三弁護士会が30人の虚偽の自白をした元容疑者(うち14人は既に無罪判決を受けている)に聞いた調査によると、20人が平手打ち、パンチ、蹴りを受けており、23人が長時間の取り調べで疲れても休息や睡眠をさせてもらえず、24人が「自白すれば早く釈放してやる」と約束され、25人が「自白をしなければ刑が重くなる」と脅されています。

しかも、この取り調べのための拘留時間は、日本は先進国の中でかなり長く、起訴・不起訴の決定まで最長23日間あります。アメリカのカリフォルニア州での逮捕後の起訴・不起訴決定までの拘留期間2日間と比較すると、その差は歴然としています。しかも、この23日間は軽微な別件逮捕で延長が可能なので、カルロス・ゴーンのように108日間も勾留される者も出てきます。自白した場合は保釈されるのに、自白していないと保釈されないので、しばしば「人質司法」と国内外から批判されています。

ここまで徹底的に自白を強要されるので、日本の刑事事件での自白率は90%を越えています。「容疑者には黙秘権があるのでは?」と思うかもしれませんが、日本の黙秘権はあってないようなものです。アメリカでは黙秘権の告知なしの自白は証拠として認められませんが、日本では黙秘権の告知なしでも自白として認められます。また黙秘権を行使しても、容疑者は尋問に耐えなければいけません。海外では、黙秘権行使後の尋問を禁止している国もあります。

日本でも、刑事訴訟法で「伝聞」を裁判の証拠として使用することは禁じられています。基本的に自白も伝聞なので裁判の証拠にはならないはずなのですが、この伝聞規定には、例外が広く認められ、実際には自白を元に作られた検察官の調書が裁判での証拠の核心になります。

ほぼ例外なく、この自白を元にした調書は事件の流れが詳細に書かれています。こんなに理路整然と事件の流れを自白するなどありえない、と誰もが思うほど、微に入り細を穿つ調書です。それは当然で、事件の流れを分かりやすくするように、容疑者の自白を検察側が修正して、調書を作成しているからです。調書作成時には、容疑者が言っていない言葉が加えられたり、逆に言った言葉を省いたりしています。調書は検察官の作文だとよく呼ばれる所以です。

ここで検察の弁護になります。私は医療従事者なので、毎日、患者さんの言葉をカルテに記録しています。実は、医療従事者も患者さんの言葉をそのままカルテに記録しません。カルテは職場内での情報共有が第一目的なので、他の同僚が患者さんの真意を理解しやすいように患者さんの言葉を適宜修正しています。その時に、患者さんが言っていない言葉が加えられたり、逆に言った言葉を省いたりしていますが、患者さんの許可はとっていません。

もちろん、病院のカルテ記録と、裁判所で基本情報となる調書はその目的が異なります。調書が容疑者の許可なく事実と認定されないように、作成された調書は、最後に検察官が読み上げて、その内容に間違いないことを容疑者に確認させてから、容疑者が署名します。しかし、大抵、検察官は早口で膨大な調書の内容を一気に読み上げた上、調書に署名するように容疑者に迫ります。上記の「虚偽の自白をした元容疑者30人」のうち、29人は調書への署名を執拗に強制された、と答えています。

ここまでの記事を読んで、多くの日本人は日本の刑事訴訟制度に絶望したのではないでしょうか。普通の人権感覚なら、絶望するはずです。事実、国連人権員会から、日本の自白偏重、自白の強要、長い拘留期間は何度も非難されています。

だから、他の先進国で一般的になっている「警察官や検察官からの取り調べの全過程を録画」を義務づけるように「アメリカ人のみた日本の検察制度」の著者は主張しています。これは、現在、弁護士団体や他のNPOからも広く叫ばれています。しかし、多くの国民は上記のような実態を知らない上に、興味もないので、政治問題にならず、なかなか実現していません。

日本が世界で尊敬される国になってほしい、と本当に願っている人なら、ぜひとも「取り調べ全過程の録画」を叫んでほしいです。

次の記事に続きます。