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酒鬼薔薇事件は不良文化によって起こされた

酒鬼薔薇事件の犯人は猫や人を殺すことで性的興奮を覚えるサディストで、反社会性パーソナリティ障害、いわゆるサイコパスでした。こういった性癖および性格を持つ者は稀であり、また、異常性格でなければ酒鬼薔薇事件はあそこまで凶悪にならなかったのも事実です。しかし、犯人のような異常性格者なら、あのような凶悪犯罪を実行してしまう、という考えには反対です。特に、犯人の異常性格だけに犯罪理由があると断定している犯人自身の「絶歌」(元少年A著、太田出版)には大反対です。

私には不思議で仕方ないことですが、多くの犯罪本では犯人の道徳観に注目しません。当たり前ですが、古今東西、ほぼ全ての人は社会道徳に反する考えを持っているほど、犯罪への抵抗がなくなります。反社会的な環境にいればいるほど、犯罪への抵抗がなくなります。もちろん、反社会的な環境にいない道徳観の高い人であっても、強い苦悩や憎しみにより、殺人を犯してしまうこともありますが、社会道徳に反する思想を全く持っておらず、周りも反社会的な環境でなければ、殺人などの犯罪には、通常、強い抵抗があります。逆にいえば、社会道徳に反する思想に漬かって、反社会的な環境にいれば、殺人を含む犯罪には抵抗がありません。

常識的に考えても、これは当たり前ですが、もちろん、統計的にも示せます。法務省の「無差別殺傷事犯に関する研究」によると、人口構成比で0.1%未満の「暴力団構成員等」が1998年~2011年までの殺人事件の13.7%~23.2%を犯しています。一般人よりヤクザが殺人事件を犯すリスクは100倍~200倍以上も高くなっています。

だから、私も犯罪本を読む時は、犯人の道徳観や犯人の周りの環境の反社会性には常に意識しているつもりです。その最大の理由は、たとえ生まれつき反社会性の強い性格(サイコパス)であったとしても、個人の道徳観や周囲の環境は矯正できるし、矯正しなければならないという社会通念が存在しているからです。

「暗い森」(朝日新聞大阪社会部著、朝日文庫)によると、小学生の頃から犯人は不良グループに属していました。犯人が小学校5年生の時、犯人の小学校では7月に校舎1階の窓ガラス全てが割られ、夏休みに1年生が育てていた朝顔の鉢が全てひっくり返され、10月に校舎の窓ガラス39枚が割られました。同時期、犯人の不良グループは教室でハサミを投げて遊んで、PTAで問題になっています。

小学6年生になると、犯人の不良グループの非行はますますひどくなります。犯人の不良グループは生活雑貨店でナイフを万引きし、山で草木を切り倒し、親にナイフを取り上げられると、また万引きしました。同じ犯人の不良グループが公園で女児を狙い、5m離れた段ボールを貫通するエアガンを撃って、問題となり、校長室で「ごめんなさい」と謝罪させられました。そのうちの一人は後に「みんな反省なんかしていなかった。とりあえず謝らないと、遅くまで学校に残されるから」と話しています。中学生になると、犯人の不良グループはヘアスプレーにライターで火をつけ、火炎放射器ごっこで遊んでいました。

犯人のいる地域の公園では、教師の実名をあげて「アホ」「死ね」などの落書きがありました。犯人は授業中、「おもしろいから」と級友にジュースを買いに行かせたりするイジメを行っていました。

当時を知らない今の若者が上記のような非行を読んだら、「なんて荒れている地域だ」と思うかもしれません。しかし、当時、上記のような非行は日本中でありふれていました。「小山田圭吾のイジメ自慢記事」が載って、誰も問題視しなかった時代です。犯人のいた神戸だけが特別だったわけではありません。むしろ、先生や両親の犯人に対する厳しさを考慮すると、私のいた中学や地域の方がよほど荒れていました。私のいた中学や地域では、先生や両親も不良少年たちの非行を全く制御できていませんでした。

上記のような反社会性の高い環境にいなければ、犯人は酒鬼薔薇事件をまず起こさなかったでしょう。犯人と全く同じ性癖と性格の持ち主でも、より不良文化の薄い時代と薄い地域、たとえば2021年に14才を生きていれば、殺人事件を犯す可能性は極めて低かったはずです。逆にいえば、1990年代の日本だと、犯人のような反社会性人格障害サイコパス)の少年少女が凶悪犯罪を実行する可能性は、現在よりも遥かに高くなります。1980年から2000年代前半まで、現在よりも10倍以上の少年少女が犯罪予備軍だったと言えます。これは現在、少年非行が一般化している多くの国でも言えることです。

酒鬼薔薇事件の記録を読んで、私が気になるのは、犯行当時の犯人の住む地域での保護者の学校へのクレームです。

いじめられると分かっているのに、仲間でいたいばかりに家の金を持ち出してジュースを買いに行かされていた児童がいました。その子の母親が「そうまでして友だちがほしいという子の気持ちが分かりますか」と、有効な手立てを講じない学校に抗議しています。

もし私が先生なら「あんたの子どもの訳分からん気持ちなんてどうでもいい! そんないじめっ子とは1秒でも早く縁を切ればいい! そんな友だちいなくていい! 友だちなんてゼロでもいい! 俺だって友だちなんていない! だいたい、家で金を盗んだのに、なぜ学校側が責められるんだ!」と言い返しています。

当然、先生も「そうした子とは遊ばないのも、ひとつの方法だ」とその児童に忠告します。すると、相手の親から「あなたはうちの子と遊ぶなと言ったのか」と詰問されたそうです。ここは「その通りだ! あんたも親なら自分の子どものイジメを今すぐ止めさせろ!」と怒鳴り返すべきでしょうが、そうはできない雰囲気だったようです。バカげています。こういった異常な保護者たちが先生たちを委縮させて、不良たちを野放しにして、不良文化を助長していたのです。

情けないことに、犯罪から20年近くたった「絶歌」でも、犯人は自分が不良だったとの自覚は全くなく、「『少年A』この子を生んで」(「少年A」の父母著、文春文庫)でも両親は犯人が不良だったとの認識がなかったようです。この「自分は不良でない」「息子より悪い奴は他にいくらでもいる」といった感覚こそが、酒鬼薔薇事件を起こさせた大きな原因の一つだと考えます。

次の記事に続きます。