未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

軽い気持ちで介護殺人するバカもいる

NHKスペシャル「私は家族を殺した」という介護殺人をテーマにした番組が2016年に放送されたようです。この番組を私は観ていませんが、同取材班の「母親に、死んでほしい」(NHKスペシャル取材班著、新潮社)という本によると、放送を観た多くの日本人は「共感した」との感想を寄せています。確かに、共感できる、あるいは擁護されるべき介護殺人もありましたが、そうでないcaseもありました。特に「母親に、死んでほしい」のcase6に出てくる元看護師の80代女性は明らかに短絡的に殺人に及んでいます。多くの日本人は「この犯罪者まで擁護されるのは間違っている」とは感じなかったのでしょうか。

「毎日毎日こんな介護生活が続いたら、もう自分の方がくたびれちゃうと思った。そうするとね、『今しかない、今しかない、お父さんを殺るのは今しかない』っていう、異常な声が聞こえたの。前になにかの殺人事件で、外国人の容疑者が、『今やれ』という悪魔の声が聞こえた、という話をしていたのをテレビで見たんだけど、本当にそういう状態。良いとか悪いとか考える間もなかった。夫の首に巻きつけて力を入れて、1,2,3,4,5,6,7,8,9,10と。……15まで数えたかな。精一杯の行動だった。……女の自分の力は弱くてね、長い間絞めてはいられなかった。手が痛かったの」

夫の首を絞めているのに「手が痛かったの」と自分中心に考え、自分のふとした考えを「悪魔の声」と述べて自己陶酔しており、「今しかない」「精一杯の行動」と殺人を正当化するなど、この女性は反省しているとは全く思えません。

この首絞めで、夫は死んではいませんでした。女性は迷わず警察に電話をかけたそうです。本には女性のこんな言葉が続きます。

「警察に通報すれば救急車を呼んでもらえる。夫を引き取ってもらえると思った。夫を病院に入れたい、警察に『助けて』っていう思いで、ただそれだけで。その時は、警察しか頼る先がなかったのね」

「自分が罪人となるとは全く考えずに。でも私だけ連れていかれちゃって。夫の方を見てほしかったのに……。私だけ連れていかれた。甘かったのね」

殺人未遂をしたのに、自分が捕まるとの発想すらなく、事件の数年後でも「甘かったのね」という軽い言葉で済ませています。この女性は、過去も現在も、自分が可哀そうとの発想しかないようです。実際、NHK記者の質問にも、この女性は「仕方なかった」「どうにもならなかった」と迷いなく言った、と本にあります。この女性は倫理観に根本的な問題があります。そのことを取材しているNHKの記者は全く気づいていないどころか、この殺人未遂犯に同情の言葉ばかり書いています。

この女性が殺人未遂を犯したのは、「仕方なかった」と私は全く考えません。

「チャーミーグリーンのCMで、函館の坂道を老夫婦が歌いながら手をつないで歩くでしょ。あんな夫婦になりたかった」とこの殺人者は80才にもなって、テレビカメラの前で言っています。俗な言い方をすれば、人生をなめすぎています。

この夫の認知症は、リハビリ病院に入院していないことから、血管性認知症ではないと考えられるので、緩徐に進行していったはずです。急激に認知症が悪化したわけではないので、普通の人なら耐えられる範囲です。認知症、特に認知症周辺症状は、もともとの性格から悪化する方向で進みます。昭和1桁生まれの頑固者の夫だったと、犯人は言っています。だとしたら、介護が大変になることは十分予測できるはずなのに、頭の中がお花畑のまま人生を送ってしまった元看護師は介護が必要になってからわずか3ヶ月で殺人未遂を犯しています。しかし、介護の知識がそれなりにある私からすれば、客観的にこの夫の介護が大変だったと考えられません。本を読む限り、暴言や暴行はなく、不潔行為もなく、性的問題行動もなく、異食行動もなく、火の不始末もありません。「夫が夜中に何度もトイレに立たれては、女性はその物音で目覚めて眠れなくなり、睡眠不足の状態が続いた」とNHK記者は同情的に表現していますが、子どもも含めて家族一人一人に部屋がある団地に住んでいるのですから(本にそう書いてあります)、「寝る部屋を変えればよかったんじゃないですか」くらいは、その犯罪者に言うべきでしょう(ケアマネや医師に相談しても、サービスや薬剤導入前に、まずこう言われます)。この犯罪者はほんのわずかの忍耐力もない、人間としてどうしようもない奴で、執行猶予で済ませた判決は間違っていたのではないでしょうか。

世界最高の介護制度のある日本で介護殺人が多いはずがない」に続きます。

 

余談:本には「女性は長く看護師をつとめていた。病気への知識もあっただろうし、相談できる窓口も知っていたはずだ。それでも、警察しか頼る先が見つからなかったのか」という同情文もあります。これも記者の取材不足、基本情報の収集不足を露呈させています。

私のような医療や介護職に従事しているならすぐに分かるでしょうが、看護師だからといって、認知症についての知識があるとは限りません。この看護師がどこかのクリニックで長年勤めていたなら、病気の知識などゼロと考えて、ほぼ間違いありません。病院勤務だとしても、外来看護師なら同様ですし、小児科や産婦人科や眼科や耳鼻科やICUや救急外来勤務なら、認知症などの慢性疾患の知識など皆無です。介護の知識は医療の知識同様にないでしょうから、相談窓口を知らないこともありえます。介護殺人についての本を書くくらいなら、取材前からその程度の基本知識は全員で共有しておいてほしいです。この本を出版する前に、「おまえ、こんなことも知らないで取材していたの? こんな文章載せたら、取材不足だと批判される。書き直してこい」とこのcaseを取材した記者に言うべきだったでしょう。