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北九州監禁殺人事件の犯人の話を笑う者たち

「消された一家」(豊田正義著、新潮文庫)は、私が読んだ多くの犯罪本の中で、最も気分が悪くなった本です。

そのせいか、この事件より多くの死者が出ている相模原障害者施設殺傷事件や尼崎連続変死事件を差し置いて、北九州監禁殺人事件こそが日本史上最悪の犯罪であると考えていた時期があります。しかし、冷静に考えてみれば、やはり上記二つの方がより凶悪であり、より責められるべきでしょう。

冷静さをなくすほど「消された一家」で気分が滅入った理由は、その犯罪の残虐性だけにはありません。主犯の松永太の詭弁を聞いて、裁判所で爆笑が起こった事実でこの世の理不尽さに胸糞が悪くなったからです。著者を含めた取材記者や一般傍聴者だけでなく、強面の検察官や弁護人まで笑った、と本にはあります。サイコパスの男の話で家族同士が殺し合った凄惨な事件で、その男を裁くべき場所で、その男の話によって何回も笑う奴らが何名もいたのです。

私に言わせれば、そこで笑った奴は、たとえ裁判官や検察官であっても、全員罰せられるべきです。1回笑ったごとに懲役1ヶ月は科してほしいです。著者は「こんな男のこんな口先で、これほど多くの人が犠牲になったのか。私は無性に悔しく、やり切れなくなった」と書いていますが、「こんな男のこんな口先で」笑わされた自分が無性に情けなくならなかったのでしょうか。他にも、著者は松永を「天才詐欺師」「さすが」と何度も賞賛しており、倫理観を疑います。

ところで、著者は松永の内面については全く分からなかった、と嘆いていますが、当然です。松永の家族に誰一人取材できていないのですから。松永に限りませんが、子どもの頃どのように育ったかも分からないのに、その人の内面など分かるわけがありません。著者が松永の心の闇が分からないと嘆く暇があれば、松永の家族にもう一度取材できるように挑戦すべきでしょう。