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酒鬼薔薇事件の犯人の医療少年院矯正のひどさ

刑事司法制度から考えると、酒鬼薔薇事件の犯人は間違いなく更生したと断定している論文があります。日本の法律では、刑期満了後10 年を経過すれば 「前科抹消」 手続きがされ、犯罪人名簿からも抹消され資格制限はすべて解除されるそうです。酒鬼薔薇事件の犯人は実刑を受けたわけではありませんが、社会復帰してから13年間以上犯行におよんでいないので、更生の段階に達していると上記論文は結論づけています。もっとも、同論文は社会的認知としての更生、心理上の更生はできたかどうか不明としています。

社会的認知としての更生、心理面での更生ができていないのに、刑事司法制度上の更生が達成されるのはおかしいので、刑事司法制度を変えるべきではないか、という発想は上記論文の著者にはないようです。「高齢者以上に現役の社会的弱者にも個別事情に応じた人的援助を与えるべきである」にも書いたように、刑務所外での元犯罪者および犯罪予備軍の人的援助が日本では足らなすぎると私は考えています。海外のように、少年犯罪であっても生涯に渡って保護観察下に置く制度を作ると同時に、ボランティアの保護観察司はやめて、仕事としての保護観察官が直接監督する制度に変更するべきです。

酒鬼薔薇事件の犯人が更生したかどうかは、私も判断が難しいと考えますが、かりに更生したとしても、それは医療少年院の教育によるものではない、と私は考えています。犯人を小年院にいた期間と同じ年月、一般社会から隔離して、その終了後に別の名前を与えて、別の場所で生活させていけば、現在のように再犯しなかった可能性は高いと考えています。

そう考える根拠の一つは「絶歌」(元少年A著、太田出版)で医療少年院についての記述がぽっかり抜けているからです。6年半と人生の中で決して短くない期間もいたのに医療少年院の記述は全て省略されており、医療少年院で出会った人たちへの感謝の言葉もありません。一方で、少年院を出てからの保護観察期間については、わずか9ヶ月に過ぎないのに詳細に記述しており、「社会に出て以来、僕を支えてくれた人たちは皆、ひとりの人間として僕と向かってくれたのではないか。この感謝の気持ちを直接伝えたかった」と書いています。繰り返しますが、「社会に出る前」の医療少年院の人たちについて、同様の表現はありません。

医療少年院の矯正が犯人の更生に役立っていないと私が考える最大の根拠は「少年A 矯正2500日全記録」(草薙厚子著、文春文庫)にあります。

この本には医学的に明らかに間違っている箇所がいくつもあります。

たとえば、酒鬼薔薇事件の原因を「100%、男子としての性中枢が未発達だったことによる」と関係者は分析したそうです。普通に考えれば分かりますが、100%、それだけが原因ではありません。

「女子少年院に入ると、ほとんどの女子も性的エネルギーが枯渇して生理が止まる」も俗説なのに、医学的事実のように載せています(こちらの論文にあるように、女子少年院在院者のうち半年間生理がないのは8.4%に過ぎず、ほとんどではありません。同じ論文が示しているように、暴飲暴食する在院者も多いので、そちらが生理不順の原因の可能性も十分あります)。

驚くべきことに、問題を起こした子どもに対して「きみはオナニーの時、どんなシーンで興奮するか」と質問するのは、精神科医にとってイロハのイという記述もあります。私は小児の精神科診察を何度か見学したことがありますが、当然のように、そんな非常識な質問をする精神科医に会ったことはありません。

信じられない、あるいは信じたくないことですが、上記の本によると、犯人の性的サディズムを治療することが、医療少年院での最大の目標になったようです。

さらに、いくらなんでも嘘だと思いたいですが、「女性に恋するようになれば、性的サディズムは解消される」と考えて、犯人が女性のヌードグラビアをほしがったり、監視カメラの撤去をきっかけに自慰行為を始めたりすると、関係者たちは大いに注目し、心から喜んだそうです。周知のとおり、女性の裸で自慰行為をする性的サディストも世の中にはいくらでもいます(むしろ、大多数の性的サディストはそうです)。もしこれが事実であれば、この関係者たちこそ精神科治療が必要だと私は思います。

なお、上記の自慰行為から、ある関係者は「性的サディズムは完治し、普通の青年になっている」と判断し、「再犯の恐れはない。なぜならその原因がなくなったからです」と言い切ったそうです。この発言をした人物は少年の更生判断能力が皆無なので、即刻、辞職させるべきとしか私には思えません。反対の人がいれば、下のコメント欄にその理由とともに書いてください。

性欲以外の面でも、ひどい治療があります。「酒鬼薔薇事件の犯人の両親の罪」に書いたように、犯人が母からの愛を受けていないとの解釈は全くの誤りです。この誤解は、犯人の小学3年生の空想の文章に周囲の者が振り回されて生じています。むしろ、母が犯人を愛しすぎて、無条件で犯人の味方をしていたから、犯人の反社会性が増幅されたことを「酒鬼薔薇事件の犯人の両親の罪」の記事で示しました。

「犯人は母の愛情に飢えていた」は完全な誤解なのに、犯人を医療少年院へ送致することを決めた井垣康弘裁判官は「少年Aを生まれたての赤ん坊の時期まで巻き戻し、その状態から『母』の愛を惜しみなく与えて育てなおすことを期待していた」と語っています。つまり、間違った診断に基づいた治療を期待してしまったのですが、恐ろしいことに、医療少年院精神科医たちも、女医が母親役として愛情を注ぐことで「赤ん坊包み込み作戦」を実行したようです。この間違った治療を実行した女医は「佐世保小6女児同級生殺害事件」の犯人の治療にもあたったそうです。酒鬼薔薇事件で誤診して治療を行った精神科医に、なぜもう一つの難しい更生の仕事を与えたのか不思議でなりません。医療少年院にはそれほど人材がいないのでしょうか。

なお、著者の草薙厚子少年鑑別所の元法務教官であった事実に失望するほど、自然観、人間観、社会観がひどいです。そのような批判は草薙厚子の他の本も含めたamazon書評で繰り返し指摘されています。そのために、実際に矯正に関わった人たちからは心外なほど医療小年院での治療内容がひどく表現されてしまった側面はあるでしょう。

ただし、「犯人は母の愛情に飢えていた」が間違いだと気づかずに、「赤ん坊包み込み作戦」を実行したのは、やはり事実のようです。医療少年院にいた精神科医に限りませんが、犯人の幼少期から現在まで、酒鬼薔薇事件の犯人の精神を診察した医師はろくなやつがいません。

精神科は他の科と比べて非科学的な側面が大きいことまで私も否定しませんが、エロ本でオナニーすることが精神科の治療とされるほど非科学的ではないので、精神医学の擁護のためにも書いておきます。現在まで、性欲ばかりに注目するフロイト学派は精神医学で一定の位置を占めていますが、大多数の精神科医フロイトの学説が非科学的であることを認めています。精神医学はフロイトが創設したとの誤解まであるようですが、精神医学の父と呼ばれているのは、精神疾患を科学的に分類したクレペリンであり、フロイトではありません。

ところで、「『少年A』14歳の肖像」(高山文彦著、新潮文庫)には、こんな記述があります。

犯人が作った像の芸術性の高さに感動した少年院の教官は「すごいよ。これなら被害者や遺族の人たちに慰謝料が払える。陶芸家にだってなれるだろう。充分償いをしたあとで、社会にもどって生活していけるよ」と能天気に言ったそうです。それに対して犯人から「先生たちは甘い。あれだけのことをやった僕を社会が許すわけがない。僕の作品なんて、お金を出して買う人はいませんよ」と反論されました。

この記述からしても、犯人がかりに更生したとしても、それは医療少年院の矯正治療、矯正教育によるものでなかったと私は考えます。