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東京電力撤退事件

2011年3月14日から15日、福島第一原発の2号機が格納容器の圧力破壊という最低最悪の事態に陥る可能性がありました。東電社長の清水が官邸首脳部に福島第一原発からの現場職員撤退を進言して、菅直人首相以外の政治家たちはそれを容認しようか迷っていたことが、「カウントダウン・メルトダウン」(船橋洋一著、文藝春秋)に書かれています。同様のシーンは、他の全ての本に出てくるはずです。国会事故調によると、吉田昌郎が最低でも10人は残るつもりだったので、東電撤退を「官邸の誤解」としています。現在、wikipedia福島第一原発事故の記事では、東電の清水社長の伝達ミスとして、東電撤退は「誤報」の一つとされています。

しかし、これは単なる官邸の誤解や伝達ミスではない、と私には思えます。福島第一の人数がフクシマ・フィフティー(実際は70人らしい)まで減った事実があるからです。こんな人数で4つや6つもの原子炉を制御できるわけがありません。事実上の全面撤退でしょう。

「カウントダウン・メルトダウン」によると、当時、官邸で原発事故に対応していた政治家と官僚たち、海江田万里枝野幸男福山哲郎細野豪志、寺田学、伊藤哲朗は東電撤退を認めるよう、菅直人に提言しています。菅は激怒して「撤退? なんだそれは。そんなのありえないだろう!」と叫びます。海江田は「ええ、そうなんですが、ただ、東電社員に死ぬまでそこに残れとも言えませんし……」と反論したそうです。

なぜ日本政治の中枢にいる者たちが、揃いも揃って東電撤退を認めようとしたのか、私には不思議で仕方ありません。彼らは当時の状況をどう認識していたのでしょうか。

①東電社員が今すぐ現場から逃げても、逃亡中に放射線被爆を受けるので、すぐに死んでしまう。

②東電社員が今すぐ現場から逃げたら、十分に長生きできるが、首都は放射能汚染で東京から移転しなければならない(東京は何十年か何万年も人が住めない場所になる)。

③東電社員が今すぐ現場から逃げたら、十分に長生きできる。避難区域はひどくても80km以内でよい。

当然ですが、①なら東電社員を撤退させる意味がありません。

3月15日の早朝、菅首相東京電力に乗り込んで「逃げてみたって逃げられないぞ!」と大演説をぶって、東電撤退案は流れます。

結果論として、東電社員を撤退させたままなら、福島第一の現場職員が70人に減ったままなら、どうなっていたのか、実はいまだによく分かっていません。「福島第一原発事故7つの謎」(NHKスペシャルメルトダウン』取材班著、講談社現代新書)にあるように、2号機で決定的な圧力破壊が起こらなかった理由は現在も不明だからです。吉田昌郎も「ここだけは一番思い出したくないところです。ここで本当に死んだと思った。チェルノブイリよりひどい状況になる」と後に証言しています。

専門家が集まって調べに調べた今でも、2号機が破滅に至らなかった理由をつかめていないので、当時、原発がどうなるか、東日本がどうなるか、明確に分かっていた人はいなかったでしょう。上記の①、②、③、それ以外の全ての可能性がありました。

日本人なら、次のことは考えてほしいです。①の確率が少しでもあるなら、原発から撤退すべきだったでしょうか。また、撤退したら最低でも②は起こるのなら、あなたはその損害を補う覚悟はありますか。東京に人が住めなくなったら、東京にいる日本人を全て避難させなければならないとしたら、日本人全員がどれくらいのお金と労力と年月を費やさないといけないか、想像できるでしょうか。