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「IT先進国インド」の暗部

ビクトリア朝時代の全盛期の大英帝国のロンドンは、人類史上最高の富豪と人類史上最悪の貧困が同居していました。

人類史上最高の富豪は言い過ぎかもしれませんが、それ以前の貴族ではありえないほどの物質的な豊かさを手に入れられる面と、それ以後の税金や規制の多い法治国家ではありえないほどの富が一部に集中し、自由を手にしていた面はあるはずです。

人類史上最悪の貧困も言い過ぎかもしれませんが、排水溝のゴミ漁りを仕事にしていた少年がネズミの大群に食われて死ぬ事件は、それ以前や以後の人類の歴史でほとんど存在しないはずです。

そんな人類史上最悪の貧困の被害者少年と似たような仕事が、現在のインドに存在すると知りました。下水管の詰まりを直す仕事です。「13億人のトイレ」(佐藤大介著、角川新書)の日本人著者が鼻をつんざくほどの悪臭を放つ下水にも、「流れる量が少ないので、臭いもそうきつくありませんよ」とインドの下水掃除人は言いながら、マンホールを開けたそうです。手袋、マスク、ゴーグルもせず、裸足でマンホールの中に入り、雨季には首まで汚水につかって仕事をします。この下水掃除人は取材中、赤く充血した左目をやたらと気にして、何度もまばたきをして、決して清潔とは言えないタオルを何度も当てていました。当然ながら、インドの下水掃除の仕事に労災などの社会保障はありません。インドだと安い公立病院は大行列で、並べばその日は働けないので給料なしになり、下水掃除人の安い給料では私立病院の診察など不可能です。

上記の本によると、下水掃除人はインド全体で少なくとも30万人いると推測されています。死亡事故も頻発しているようで、本には書いていませんが、19世紀後半のロンドンのように、少年の死亡事故もあるのかもしれません。

インドで下水掃除人は、ほとんどダリット、つまりアウトカーストの不可触民が就業します。

本では、最もひどい仕事として、素手で排泄物を収集する仕事(マニュアル・スカベンジャー)が紹介されています。マニュアル・スカベンジャーのほとんどは女性ダリットで、インド全体で16万人程度いるようです。やはり手袋やマスクはしていません。1日で20から30件回って、1件につき月で50ルピー(80円)にも満たない収入しか得られません。著者が言うように、素手でトイレからウンチを取り出すなど、日本のブラック企業の比ではないほど、ひどい仕事内容です。

実は、インドではマニュアル・スカベンジャーは違法です。1993年に「マニュアル・スカベンジャーの雇用と乾式トイレ(水を使わないトイレ)設置禁止法」が施行されています2013年にはその強化法まで制定され、下水管や汚物処理タンクなどの手作業による清掃作業も禁止されています。

しかし、現実には今も数十万ものインド人がそれらの清掃作業に従事しています。インドを含む発展途上国ではよくある話ですが、法律が機能していないのです。

上記の2つの法律は連邦法です。各州の議会が批准しなければ効力は持ちません。州によっては「乾式トイレは既に廃止されていて、存在しない」と主張し、法律を批准しなかったりしたそうです。2013年に強化法が施行されても、実際に処罰されたケースは一件も報告されていない、と本にはあります。下水管の清掃作業で死亡事故が大きく報道されると、ダリットたちを中心に清掃労働者の抗議活動が起き、州政府がなんらかの対応をすると約束しますが、根本的な解決はなにも図られないままの状態が現在も続いています。