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インドの野外排泄ゼロ達成は大嘘である

摩訶不思議国家インド」では、トイレを使用しないインド人は今も何億人もいると書きましたが、実は、インドはスワッチ・バーラトという「史上最大のトイレ作戦」を2014年から5年間実施し、2019年10月2日に野外排泄ゼロが成功したとモディ首相が祝典まで開いています。

2011年のインド国勢調査ではトイレを持たない世帯の割合は53.1%です。2015年のWHO調査では、野外排泄しているインド人は約5億6千万人(当時のインド人口の4割以上)です。これが2019年にゼロになったのですから、まさに「史上最大のトイレ作戦」は大成功です。人類史に輝く金字塔です。「世界はこの成功に驚いている。全世界は我々に敬意を払っている」とモディ首相が上気した表情で語ったのは当然でしょう。

インドを少しでも知っている方なら言うまでもありませんが、もちろん、これは大嘘です。「世界はそんなことはありえないと呆れている。全世界はインドにもっと正しい統計を出してくれと陰口を言っている」が正解でしょう。

「13億人のトイレ」(佐藤大介著、角川新書)がインドの農村に行って、いまだ多くのインドの家にトイレがないこと、家にトイレがあっても「トイレの清掃や管理が面倒」などの理由で昔ながらの野外排泄をしている人がいることを確認しています。インドのNGOのr.i.c.e.(research institute for compassionate economics)が四つの州を対象にして行った2018年の調査だと、人口の44%がいまだ野外排泄しているそうです。しかし、その調査された四つの州の三つは、2018年の時点で「野外排泄ゼロ」を公式に宣言しています。

なぜこんな嘘が公式にまかり通るのでしょうか。

2014年にモディ首相がスワッチ・バーラトの構想を発表した際、スワッチ・バーラト税が新たに導入され、14%だったサービス税が0.5%上乗せされました。インド政府は1億2千万のトイレを新設するため、補助金1兆4400億ルピー(2兆3040億円)の大盤振舞の予算を確保したのです。

ところが、補助金をあてにトイレ建設しても、金を受け取っていないケースが起き始めます。補助金は、トイレを建設した本人が村や地区の取りまとめ役に書類を提出し、それを州政府に上げていき、担当者が建設を確認した上で取りまとめ役を通じて、本人に支払われます。そのどこかで書類が止まってしまい、本人にはいつまでたっても金が支払われないというのが、最も多いケースです。

その逆のケース、つまり補助金は支払われたのに、トイレは作られていなかったケースもあります。インドの有力紙「タイムズ・オブ・インディア」によると、45万基のトイレが紙の上だけの申請で実際には作られておらず、54億ルピー(86億4000万円)が不正に支払われたそうです。

これだけの規模で、長期間にわたってごまかしが行われていたので、組織的な関与があったに違いありません。しかし、記事の扱いは決して大きくなく、報道を受けて司法が調査に乗り出したということもありません。日本では一大疑獄事件に発展するでしょうが、そんな雰囲気には全くなりません。背景には、汚職に慣れてしまったインド社会の現実があります。

汚職問題に取り組んでいる「トランスペアレンシー・インターナショナル」のインド支部が2019年にまとめた報告書によると、インド人19万人の調査で、過去1年間に賄賂を支払った人の割合は51%で、警察に賄賂を支払った人の割合は約20%です。

汚職の他、権力者のモディの命令を実行しようと、従わない者には暴力をふるい、嫌がらせをする強制力も蔓延しています。村単位まで張り巡らされたスワッチ・バーラトの担当者たちは、成果を出すことが自分にとってのポイントとなると身をもって知っています。

r.i.c.e.の調査によると、2018年8月から12月にかけて、スワッチ・バーラトの実現のため「野外排泄を強制的にやめさせられた世帯があるか」「(トイレを設置しなければ)食料配給など政府からの支援をなくすと脅された世帯はないか」「罰金を支払うよう脅された世帯はないか」の三つのうち一つ以上を経験した人が12%いるそうです。さらに、自分の住んでいる村や集落で、これら三つのことが起きていると耳にしたことがある人は56%にのぼっています。

ある村では、有力者によって構成された自警団や子どもの見回り隊が結成され、野外で用を足そうとしている人を見つけると、笛や太鼓を鳴らしながら取り囲み、花輪を身につけさせ、写真を撮っていたそうです。マディヤプラデシュ州では、野外で用を足している人の写真を撮れば100ルピー(160円)が与えられる仕組みがありました。こうした行為は、国連から「人権侵害だ」と指摘されたほどです。

ラジャスタン州の公立学校では、トイレを設置していない家庭の子どもは学籍名簿からはずすと、教師が発言していました。貧困世帯に対して行われる食糧配給がトイレのない世帯には行われていなかったという報告は複数の州で散見されています。ウッタルプラデシュ州では、トイレを作ったのにトイレを使用していない人に対して、村の有力者がなんの法律の根拠もなく500~5000ルピーの罰金を徴収していました。

こうした強要は、中央政府や州政府から指令があったわけではありません。村や集落がスワッチ・バーラト政策に「忖度」し、住民に圧力をかけていました。

インドの名誉のために付言しておくと、メチャクチャな統計が出てくるのは発展途上国では当たり前のことです。インドほどひどくないにしろ、日本も欧米の先進国と比べると、正しい統計が出せていません。

また、忖度は現代の日本政治でも頻繁に使用される通り、多くの民主主義国家でも起こります。インドよりも日本の方がひどい忖度の例を見つけることも可能でしょう。