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未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

言葉は性格である

「英語で話すと、日本語で話すより、言い方が率直になる」

そんなことを感じる人は多くいます。私もその一人です。私はこの現象を「言語によって性格が変わる」と表現しています。

私は日本語を母語としてない300名以上の外国人と日本語で話しています。そこでよく感じることは、丁寧な人は自然と敬語の上手な日本語を使っていて、率直な人は率直な日本語を使っていて、失礼な人は失礼な日本語を使っていることです。私の経験からいえば、それは母語がなんであっても変わりません。もともとの性格がどうしても日本語の会話にも出てしまうようです。ただし、上記のように、ある人が日本語で話すときと、母語で話すときでは、印象が大きく変わってくることはあるでしょう。

書くと同じ文字になったとしても、話し方によって印象は大きく変わります。実際、敬語を使っているのに嫌味に感じる人や、敬語を使っていないのに丁寧に感じる人は、誰の周りにもいるはずです。だから、「話し方」も含めて、私は「言葉」であり「性格」だと考えています。

一般に、「性格」という単語は、道徳観や世界観などの「内面」の意味も含んでいると思いますが、私は分けて使っています。私のブログでの「性格」は話し方や行儀作法などを指し、人生観や知性や見解などの「内面」の意味は含んでいません。内面が性格に現れる部分もあるでしょうが、内面がいいのに性格が悪い人、あるいは、内面が悪いのに性格のいい人は間違いなくいるので、両者は明確に分別すべきと考えるからです。