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原発事故調査は不十分である

「完本福島第一原発メルトダウンまでの五十年」(烏賀陽弘道著、悠人書院)は2つの意味を持つ本でした。一つは事故調査委員会でも注目されていないECCS(非常用炉心歴薬装置)の重要性を指摘している点です。もう一つは、著者の能力と内面に問題がありすぎるため、専門家に見事に論破され、本質を見誤っている点です。

まずは、この本の最高の美点であるECCSは、一号機のIC(非常用復水器)や二、三号機のRCIC(原子炉隔離時冷却系)より遥かに冷却性能が勝ります。たとえば、RCICの注水能力は1秒当たり0.038立法メートルですが、ECCSは0.315と約8倍です。ICに至っては、冷却機能はあるものの、水位を維持する機能がありません。本では、「家が火事なのに、目の前にある消防車を使わずに、消化器やバケツばかり使っているうちに、家が全焼してしまった」(著者はジャーナリストですが、本では、このような文学的表現が頻出します)と比喩で批判しています。

世界中でECCSに注目したのは著者だけで、事故調査委員会でも全く触れていないようです。これは確かに一理あり、原子力安全・保安院の平岡次長(当時)も2016年時の対談で「後付けではそういうこと(ECCSを使うべきだった)と言えるかもしれませんが……」と十分に反論できていません。ECCSを使うと原子炉の寿命が短くなることを恐れたのかもしれませんが、東海第二発電所では地震直後、津波到達前にECCSが使われているので、著者はECCSの問題をもっと追及すべきでしょう。しかし、次の記事に書くように、PBSの件で平岡に論破されてしまうと、鬼の首をとったと思っていた著者は恥ずかしくなったのか、ECCSの件をろくに追及できないまま、終わっています。

この本の後に出版された「失敗の本質」(NHKスペシャルメルトダウン』取材班著、講談社現代新書)でもICばかり注目して、ECCSは無視されていますが、ECCSさえ起動させていれば、ICなど無視できるので、NHKは本質を見誤っているとも言えます。

だから、この本は素晴らしい内容も書いてあるのですが、いかんせん、著者の能力の低さ、性格の悪さ、情けなさが目立つため、そこばかり注目してしまうかもしれません。

読んでいる途中で、こちらの記事で私が批判した「フェイクニュースの見分け方」(烏賀陽弘道著、新潮新書)の著者と気づきました。その記事に書いたように、意見を表明した人ではなく、意見そのもので判断すべき普遍的真理は変わりません。著者はどうしようもない奴ですが、だからといって、著者が注目したECCSの原発事故時の価値まで変わるわけではありません。

事故調査委員会の調査は黒川委員長自身が後継組織を作るべきと最終提言で述べるほど、十分ではありませんでした。だから、この本で著者と対談した菅直人が言っているように、事故調査委員会で不足している部分を、今後も調査報道すべきことは間違いありません。

一方、この本で事故調査委員会は、次のように罵倒されています。「質問も、吉田所長に『教えてもらう』という姿勢になったのが分かる」「あきらかに質問者は吉田所長に負けている」「この視点からも、事故調査委員会や報道はまったく検証をくわえない」「国会、政府事故調はどちらもこの角度を見落としている」「そのせいで一番肝心の『事故原因の究明』が不発のまま終わっている」

まるで事故調査委員会が、無能で道徳面でも許されない調査をしたかのような書き方です。しかし、上記の菅と平岡の対談で自身の見解の浅さを自覚した著者は「本書を読了された方はお気づきのように、私が会って取材した人たちは、誰もが職務に忠実かつ勤勉、職業意識の高い人たちだった」と180度方向転換していることです。

著者の呆れかえる手のひら返しについては、次の記事で論じます。