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日本外交のトラウマ

湾岸戦争は1990年8月、イラククウェートに侵攻したことがきっかけとなって勃発しました。冷戦中はアメリカとソ連の拒否権発動でまともに活動していなかった国連安保理が、冷戦終結により一致団結して多国籍軍を結成し、1991年1月、あっという間にクウェートが解放された戦争です。

多国籍軍は34ヶ国70万人で結成されていましたが、54万人はアメリカ軍です。湾岸戦争は事実上、アメリカとイラクの戦争です。日本国憲法9条がある日本は参戦しませんでしたが、日本はなんと1兆5千億円(130億ドル)も湾岸戦争のために支出しています。アメリカが金を要求してきたからで、バブル期に対米弱腰外交を驀進していた日本は10億ドルをあっさり出して、アメリカ財務大臣が来日すると30億ドルも出して、それでも足りないと言われると、さらに90億ドルも支払っています。

しかも、金だけでは不十分で、与党自民党内には小沢一郎を筆頭に、自衛隊多国籍軍に加わるべきだと執拗に主張する者までいました。もともと大した政治信条のない海部首相はそれに洗脳され、アメリカ側代表者に「日本人は一人当たり100ドルも貢献した」と主張したものの、「では、100ドルあげるからあなたが戦場に行ってくれ」と言い返されると、なんと、海部はなにも言えなかった、というのです(「日本改造計画小沢一郎著、講談社)。

この時、あなたが海部首相ならどうしていますか? 私なら椅子を蹴っ飛ばして、「130億ドルももらって、感謝の言葉がないどころか、こちらを責めるとはなにごとか! だったら、今すぐ金を返せ! 在日米軍駐留費だって来年からは1円も払わない!」と叫んでいます。

湾岸戦争が日本外交のトラウマになっている最大の根拠は、クウェートニューヨークタイムズに出した「Thank you広告」です。湾岸戦争に協力してくれた50数ヶ国に感謝を示したのに、その中に1兆5千億円も寄付した日本の名前はなかったのです。

これも日本は激怒すべきです。「なぜ莫大な血税を寄付した日本の貢献が無視されているのか! クウェートにとって日本は大切な石油の輸出先だろう!」

私は長年そう思っていたのですが、クウェートが「Thank you広告」で日本を無視したのは、日本が寄付した1兆5千億円のうち6億円程度しかクウェートには回っていなかったことが原因のようである、と最近知りました(「戦地派遣」半田滋著、岩波新書)。そうであるなら、アメリカ軍(多国籍軍)だけに多額の寄付をしたことを反省すべきです。

「国家の命運」(藪中三十二著、新潮新書)で元外交官の著者が言っているように、「血税」の名の通り、お金は日本国民の血と汗の結実であり、命をかけて働いた成果です。1兆5千億円といえば、競技場からシンボルマークまで日本中で争点になった2020年東京オリンピックの予算1兆6千億円から1兆8千億円に匹敵します。それほどの金額を寄付したのに感謝されないなど、国家として、政治家として、許していいわけがありません。

それに人的貢献といっても、戦闘行為そのものに参加しなくてもできます。平和構築の分野で、兵士でなく民間人が人的貢献できるのです。

上記の書に、こんな例が書かれています。2008年末、アメリカの高官が「アメリカは『Yes, we can.』という雰囲気だが、日本はいつも通りの『No, we can not.』だ。アフガニスタンにしても日本は自衛隊も出せず、大した貢献はできないのだろう」と言ってきたので、著者の外交官は立ち上がり、こう言い返したそうです。「日本はアフガンの地で5百の学校を建て、1万人の教師を養成し、三十万人の生徒に教育を与えてきた。50箇所に病院を作り、40万人分のワクチンを供与してきた。650キロに及ぶ難しい道路を建設し、カブール空港のターミナルも完成させた。今もJICAが派遣する60人の専門家集団が現地の人々と一緒になって汗をかき、農業、医療、教育などに携わっている。アフガンの8万人の警官の給与の半分を日本が支払っている。こうした日本の支援は、アフガニスタンの大統領から一般市民まで幅広い人たちに感謝されている。これこそが日本の『Yes, we can.』である」

アメリカの高官は一瞬、驚きと戸惑いの表情を浮かべて、「いや、日本がそういう活動をしているとは知らなかった。素晴らしいことだ」と返したそうです。

湾岸戦争時のアメリカの日本に対する横暴な態度には理不尽極まりありません。その横暴な態度に卑屈になった政治家は国賊と非難されるべきです。

しかし、この記事に書いたような見解で、日本政府が湾岸戦争時の外交をトラウマにしているわけでは全くありません。むしろ、その正反対の見解でトラウマにしてしまい、結果、「アメリカの横暴外交に同調しない」「戦闘行為以外にも人的貢献はできる」と正反対の教訓を日本は得てしまいました。

知っている人も多いでしょうが、十分に知らない若い世代のために、その事実を次の記事に示します。