未来社会の道しるべ

新しい社会を切り開く視点の提供

アメリカは不平等条約の締結を目的としていなかった

上記タイトルは、幕末外交について私が最も主張したいことで、事実であれば、幕末・明治の歴史家や外交研究者はもっと注目すべきであり、場合によっては、教科書に記載してもいいと思います。

「日本開国史(石川孝著、吉川弘文館)」によると、ペリーが日本に来た目的、あるいは、国務長官代理がペリーに与えていた任務は以下の三つです。

1、事故で日本に辿り着いたアメリカ船員の生命と財産を保護させること

2、食料・薪水の補給などのため、アメリカ船舶が日本の一港以上に入ることの許可

3、港での交易の許可

交易の許可が船員の救済や船舶の寄港以上に優先事項が高かったのは、「幕末の稚拙な外交政策から日本は教訓を得ているのか」にも書いた通り、アメリカは日本との交易よりも中国との交易と捕鯨を重視していたからです。

今回、注目したいのは、というより、日本国家としてそれ以上に注目すべきなのは、日本と条約を結ぶ時は治外法権を認めさせ、関税自主権を取り上げるような指示をペリーは受けていないことです。「日米和親条約にある不平等条項」の記事にも書いたように、ペリーが獲得した不平等条約の片務的最恵国待遇は、下級役人が与えてしまっています。

不平等条約のうち、領事裁判権については「ハリスを好きになったバカな日本人」に書いたように、日米修好通商条約の締結以前に認められてしまっています。

ハリスがアメリカ合衆国から公的にどのような任務を与えられていたのか、私は調べられていません。上記の本や私がその他の文献で調べた限りでは、ハリスは日本と通商を結ぶことを任務としており、関税自主権の放棄を日本に要求することまでは任務に入っていないようです。かりに、そんな不平等条約の締結任務までハリスが負っていたとしても、日本側がその条件の理不尽さを指摘すれば、ハリスは無理を押してまで、その条件にこだわらなかったと確信します。

もっと大局的な視野で考えます。アメリカに限らず、当時の西洋列強の国家は、日本と交易はしたかったものの、不平等条約まで結ぶつもりはなかったはずです。もちろん、日本に不利な不平等条約を締結できれば、西洋列強にとって大きな利益になるので、簡単に認めさせられるものなら、認めさせたかったでしょう。事実、ペリーやハリスも、日本人の無知につけ込んで、不平等条約を結んでいます。しかし、不平等条約を結ぶためには日本と戦争しないといけない、となると、どの西洋列強国家も交易(対等な通商条約)だけでとりあえずは納得した、と今の私は推定しています。

もしこの仮説が正しければ(アメリカの公文書を調べれば真偽は簡単に調べられるはずです)、幕末を扱った多くの歴史書に「日本は対等な通商条約だけ結ぶことも可能であったが、西洋列強国家が本来目的としていなかった不平等条約まで、日本側の無知により結んでしまった」と記述してほしいです。この視点のあるなしで、幕末から明治にかけての日本外交の考え方は大きく変わってくるはずです。なお、「なぜ岩倉使節団は不平等条約を改正できなかったのか」の記事は、この視点から考察しています。