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医師と弁護士の違い

医師は毎年8000~9000人も誕生します。一方、司法試験合格者は最多の2012年でも2102人です。1980年代、つまり昭和の時代までは、司法試験合格者は毎年約500人と決まっていました。

文系と理系なので単純に比較はできないでしょうが、「弁護士は医者よりエリート」だと私は昔も今も考えています。さらに書けば、弁護士よりも検察の質が高く、検察よりも裁判官の質が高い、という一般論は今も正しいと考えています。

ただし、「裁判官にブチ切れた日」と「裁判官に呆れた日」を読んでもらえば分かる通り、どんなエリート集団にもダメな奴はいます。人生で2人しか会っていない超エリートのはずの裁判官に、2人とも、つまり100%、私が呆れてしまう経験をわずか2カ月の間で経験してしまうと、「実は医者の方が弁護士や裁判官よりエリートなんじゃないか」とも考えるようになりました。

間違いないのは、その2人の裁判官に呆れる経験を私がしなければ「弁護士は医者よりエリート」との固定観念を変えるようと、私は一生しなかったことです。

まず、医師になる難しさと、弁護士になる難しさを比較します。

1年あたりの誕生数で比較すると、4倍から10倍以上、弁護士が難しいはずです。しかし、なるまでの年数でいえば、医師はどんなに優秀であろうと、必ず6年間医学部に通います。弁護士は司法試験の勉強を始めて、最短だと2年程度で予備試験を通じて合格できるようです。法学部から法科大学院に全て通っても6年です。

また、医師はこれまた優秀さにかかわらず、必ず2年間、初期研修です。一方、司法修習生は昔2年間だったのですが、だんだん短縮され、現在、ついに1年間になってしまいました。

初期研修が終わっても、まだ医師は専門医取得まで4年間かかります。つまり医学部に入って6年間、医師になっても専門医取得までは6年間もかかるのです。

司法修習生が終わった後、医師の専門医に相当する専門資格が、弁護士にはないようです。だから、弁護士には1人前としての基準がない、という欠点、と言ったらよくないかもしれませんが、そんな特徴はあるようです。

司法修習生がなにを学んでいるかについて、私はよく知りません。一方、私は医師なので、研修医がなにを学んでいるかについてよく知っています。私は精神科医で、つまり内科系なので、特に内科系の研修で、初期研修医がなにを学んでいるか、以下に示します。なお、外科系で学ぶこと、および習得することは、以下の記述とかなり違うのですが、そこまで書いていると長くなるので、今回は省略します。ただし、20004年以降に医師になった者(私もそうです)は、最初の2年間、内科だけでなく外科も必ず回っていることは伝えておきます。

やはり、医師になったばかりなので、初期研修医がそんなに多くの入院患者さんを担当することはありません。多くて10人です。その患者さん10人の診察、検査、処方、退院調整などは、毎日、初期研修医が決めて、上級医のチェックを受けるという流れです。

10人も患者さんがいたら、毎日、上級医から30回くらいダメ出しされますね。「この患者さんの〇〇の診断なのに、なぜ××の既往を聞いていないの?」「〇〇の検査をするなら、××でない記録が必要なのに、なぜカルテに記録していないの?」「2週間以内に退院の予定ってカルテに書いているけど、なんでそんなこと分かるの? この患者さん、このまま自宅に帰して、どうやって生活していくの? 介護保険申請しているかどうかの記録もないって、どうして? 介護保険は知っているよね?」などなどですね。

もちろん、医師なので、診断については特に厳しいですよ。「救外(救急外来)でつけられた診断が正しいなんて保証がどこにあるの? キミも既に救外担当しているから分かるだろうけど、救外では入院すべきかどうかしか考えていないでしょ。正確な診断は、入院後の担当医がつけるもんだよ。なんで、〇〇の検査もしていないの? 〇〇の検査、平日しかできないこと知っているよね? 今日、その検査しなかったから、土日祝挟んで、火曜日まで検査待たないといけなくなったよ。診断しないで、どうやって治療するの? この患者さん、これから3日間、なんのために入院するの?」なんて、ほぼ全研修医が必ず言われる言葉ですよ。

診断つけるために勉強すべき内容として、ネット上で医学論文を検索できるPub medなどを教えられます。全て英語なのは当然としても、世界中の数十年間の何百万もの医学論文をくまなく検索するので、担当患者さん1人の診断をつけるために、読むべき論文が100を軽く越えたりします。仕方なく、教科書を読もうと本棚に向かうと、診断をつけるための教科書だけで10冊くらいあったりします。1晩で読みこなせるわけがないのですが、病気は待ってくれません。どんな方法を使ってもいいので、なんとか1晩のうちに、それらの膨大な情報量の中から、適切な情報を選択し、適切な診断をつけないと、翌朝、上級医から烈火のごとく叱られます。

いえ、実際は、診断をつけても叱られます。

上級医「〇〇の診断の根拠は××って書いてある。それって、どこの情報?」

研修医「A教科書です」

上級医「あ、それ? もう10年間も改定されていない教科書だよ。で、さらに言うけど、A教科書でさえ、△△の場合は〇〇にならないって書いていなかったっけ? ちょっとその教科書、貸して(A教科書を調べる)。あ、やっぱり書いているよ。こんなに大きく」

研修医「え! ホ、ホントですね……。見逃していました……」

上級医「見逃していたって、これは国試(医師国家試験)でも、僕の時代、よく出題される問題だったけど、今は出題されなくなったの?」

別の研修医「いえ、今でも頻出です」

上級医「やっぱり、国試にも出るよね。なんで忘れちゃったの? どうせウチの科に進むことないから、忘れちゃったわけ? でも、救外でも、この知識は必須だと思うよ」

研修医「仰る通りです。申し訳ありません」

こんなやり取りを、毎日するわけです。1日1回ではなく、1日10~50回くらい。

いつになったら上級委の叱責がなくなるかって? そんなもの、研修医のミスがなくなるまで続きますよ。人の命がかかっているんですよ。一つでもミスがあったら、ダメですよ。研修医にミスが一つでもある限り、上級医は叱責しなければいけません。当たり前のことです。

ところで、スーパーローテート制度が始まった2004年以降、初期研修医は例外なく、全ての科を回り、専門はありません。内科、外科、精神科など各専門科に進むのは、初期研修医2年間を修了した後になります。

つまり、初期研修2年間では上級医の叱責なんて、まず終わらないわけです。どの専門科でも1人前になるには、医師国家試験に合格した後でも、最低4年間はみっちり勉強しないといけません。医師になったばかりの初期研修医が、各科で数か月研修した程度で、ミスがなくなるわけがありません。

ただし、「さすがは医者だ」と私も自画自賛したくなるのは、専門医を取得する医師6年目の頃には、全科の救急対応、つまり全科のプライマリケアは、軽傷から重症まで、どんな症状の患者さんに対しても、メジャー系(内科医や外科医)の医師が習得することです。少なくとも、愛知県の医師はそうです。これを説明すると、私の愛知県自慢が始まってしまうので、「名大方式と愛知県マジック」の記事で解説します。

このように、医者は最初の2年間で全科のプライマリケアを一通り経験し、その次の4年間で専門医として活躍でき、かつ全科のプライマリケアもできるほどの知識を得ます。

この一生懸命な医者の仕事に対して、司法関係者の仕事はお気楽としか思えない場面に、私は何度も遭遇することになりました。

次の記事に続きます。