未来社会の道しるべ

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ジェンダー平等を第一に掲げたら、有権者を女性に限定しても勝てない

前回までの記事の続きです。

「政治と政治学のあいだ」(大井赤亥著、青土社)にはまだ書かれていないことがあります。「なぜ著者が2021年の衆院選で野党候補一本化に成功したのか」の問題です。

その一つ前の2017年の衆院選でも、その一つ後の2024年の衆院選でも、広島二区からは日本維新の党と共産党が出馬しています。どちらも、日本維新の党と共産党の票数をもらえたなら、民主党系は自民党の平口を破ってトップ当選できていますが、その野党共闘ができなかったがために、2017年でも2024年でも民主党系が自民党に敗れています。

特に松本なんて2012年、2014年、2017年と3回とも野党共闘さえできていたら、小選挙区当選か最低でも比例復活当選できていました。松本にとって是が非でも実現したかったが、ついに1回も実現できなかった野党共闘を、松本より経験の浅い著者があっさり実現しているのです。

あっさりというのは、上記の本に野党共闘について著者がなんらかの努力をした記述が一切ないからです。本当にしなかったのか、あるいはしたけど秘密にしたのか、どちらなのでしょうか。

私の予想を述べます。著者は本当に野党共闘についてなんの努力もしなかったが、日本維新の党と共産党が自己判断で候補者擁立をしなかったと推測します。なぜなら、両党が候補者を擁立してもしなくても、広島二区の選挙結果は全く変わらなかったからです。事実、両党が候補者を立てなかった2021年の衆院選で、ダブルスコア近い惨敗で著者が自民党の平口に負けています。野党共闘できたくせに、野党共闘できなかった松本ではありえない惨敗を著者は喫したのです。率直に言って、松本と著者の選挙結果の圧倒的な差は、両者の政治家の評価の差として妥当と私は考えます。この記事やこれまでの記事を読んでもらえると、それは理解してもらえるのではないでしょうか。

惨敗するとの選挙予想を著者も衆院選開始時期に必ず聞いていたはずですが、だから下記のように共産党の候補者擁立断念を聞いても著者は喜ばなかったはずですが、本のどこにも開票前の選挙結果予想がどうだったかについて書かれていません。

共産党が候補者擁立を見逃すことに決めて「どうぞ頑張ってください」と励ましてくれた連絡を著者が受けた記述はあります。しかし、それについて「やった!」といった著者の表現は一切ありません。本には、日本維新の党から候補者を一本化するとの連絡を受けたと書かれていないので、日本維新の党は立憲民主党になんの連絡もなく、自らの判断で立候補者を出さなかったようです。

さらに説明します。衆院選小選挙区制が導入された1996年から現在まで、共産党と日本維新の党が広島二区で当選したことは比例復活も含めて一度もありません。両党とも候補者を何度か擁立したものの、自身の党の議員の数は変わりませんでした。しかし、候補者を擁立すると、他党の議員の数は変わってきました。たとえば、2012年、2014年、2017年に両党が候補者を擁立しなかったら、自民党議席が一つ減って、民主党系の議席が一つ増えた可能性が高いです。

つまり、民主党系議員の松本は、自民党議員の平口より日本維新の党や共産党に嫌われていた可能性が高いのです。なぜでしょうか。普通、日本維新の党に嫌われていても、共産党には好かれる、あるいは共産党に嫌われても、日本維新の党には好かれたりするものです。どちらからも嫌われる理由は私も想像できません。十中八九、著者はその理由を知っているはずですが、これも本に書かれていません。

さて、「政治学者の選挙体験記」にも書いた通り、この本は選挙体験記の他に、余計な政治学の記述もあります。

その政治学の記述の中に、唯一と言っていいほど選挙体験を元にした批判が、フェミニスト弁護士である太田啓子への次の指摘です。

「『ジェンダー平等を一番に打ち出すと票が集まらないというけれど、実際にそんな選挙をやった実績があるかといえば疑問。だから、まず実際にやってみてほしい』と太田は主張する。しかし、衆院選有権者との対話を繰り返した私自身の経験からすると、『ジェンダー平等を一番に掲げろ』という声は『憲法改正を一番に掲げろ』という声と同じくらい希少であると言ってよい。もし本当に一番に掲げたら、それは多くの有権者を遠ざけることになるだろう」

この著者の考え方は正しいのですが、私としてはもっと徹底的に太田を批判してほしかったです。「ジェンダー平等を第一に掲げたら、有権者を女性に限定しても勝てない」とか「ジェンダー平等を主張している連中は、女性の中でも少数派に過ぎない」といった事実を書いてほしかったです。

非正規雇用の女性が子育てと仕事の両立で悩むわけがない」に書いた通り、「日本の若年女性の多数派は、大卒でなく、大都市在住でもない、非正規雇用者です。少し考えてみれば分かりますが、非正規雇用の女性が仕事の自己実現(やりがい)で悩むことはまずありません」。ジェンダー平等を第一に掲げて当選できるのは、左翼エリート集団に有権者を限定した時だけです。たとえば男性も含めた朝日新聞記者だけが有権者だったら、ジェンダー平等を第一に掲げる人でなければ、確実に当選しません。しかし、そんな社会が好ましいと朝日新聞記者でさえ考えるのでしょうか。

そう考慮すると、このブログを開設した当初から私が提案している「投票価値試験」が実現されると、社会はおかしな方向に進んでしまう危険性があると私も気づきました。

ところで、そこまで太田がジェンダー平等を第一に掲げるべきだと考えるなら、自分で立候補すればいい、立候補して派手に落選して、自分がいかに世間知らずだったかを理解すればいい、と著者はなぜ批判しなかったのでしょうか。

もう一度書きます。著者はせっかく経験した衆院選で、なにを学んだのでしょうか。