安倍晋三が旧統一教会と親子3代に渡ってズブズブの関係であったことは、暗殺事件後の報道で私も始めて知りました。旧統一教会の信者たちが毎回選挙協力するほど自民党と近いことも、多くの日本人同様、私は全く知りませんでした。
安倍が暗殺されてから1週間ほど、同情的な意見が日本を覆いました。それまで安倍政権を批判ばかりしていた朝日新聞でさえ「暴力によって民主主義が損なわれてはならない」と安倍の味方をする有り様でした。
現在、安倍への同情の声は、旧統一教会への批判の声にかき消されています。もう3ヶ月以上、旧統一教会への批判報道がなかった日はないでしょう。国会でも、与党自民党は批判され続け、何人かの与党要職者も旧統一教会の関係の深さのため、辞職に追い込まれました。
ここで政治に詳しくない人に伝えておくと、「マスコミで与党批判が過熱しても、与党が無視する場合(あるいは反論する場合)」と、今回のように「マスコミで与党批判が過熱して、与党が反省する場合」の違いはどこにあるか分かるでしょうか。それは与党支持者が賛同するか否かにあります。政治家が一番気にするのは、次の選挙に勝てるかどうかです。だから、自身の支持者たちが「マスコミの批判など気にすることない」と言っているなら、それ以外の人たちが批判一辺倒でも、無視でき、場合によっては開き直って反論します。しかし、自身の支持者がマスコミ批判に同意し、「失望した。次の選挙は他の候補者に投票する」と言い出すと、無視するわけにはいきません。適切に対応しないと、次の選挙で落ちるからです。
つまり、今回の旧統一教会批判は、自民党支持者も同調しているのです。自民党支持者なので安倍元首相暗殺への同情もあるのでしょうが、だからといって、旧統一教会の自民党との癒着は許せないのです。自民党支持者がそう考える理由はさまざまでしょうが、やはり自民党支持者は保守派なので、保守派の嫌う韓国の新興宗教である旧統一教会が日本人を騙して大金を奪っていた事実は大きいはずです。犯人の山上徹也もネトウヨの自民党支持者ですが、旧統一教会と自民党の関係が許せなかったのと同様です。
もう一つ、なぜ旧統一教会への批判報道が3ヶ月以上も続けられているか分かるでしょうか。この理由は単純で、視聴率が稼げるから、発行部数が増えるからです。新興宗教批判報道は視聴率を大きく稼げる定番コンテンツです。今の若い人は知らないでしょうが、1995年にオウム事件があった時、全放送局がゴールデンタイムの番組を全て中止して、毎晩、オウム批判報道を1ヶ月ほど続けていました。大事件が起こった時、全ての放送局が同じテーマの報道をすることはよくありますが、さすがに1ヶ月も続けたことは、私の知る限り、ありません。日本のテレビ史上、他に例があったら、下の書き込み欄に書いてほしいです。それくらい新興宗教批判報道は人気が出るようです。
ここまでは私でも分かることですが、ここからが私には分からないことです。
記者クラブに所属する全ての大手マスコミは暗殺動機が旧統一教会であると犯行直後に把握していながら、1週間ほど「ある宗教団体」と曖昧に報道していました。この間は安倍元首相への同情の声しかなく、選挙で自民党は圧勝しました。
旧統一教会は1990年頃にタレントの合同結婚式参加などで、しきりに批判報道されていたことは私も覚えていますが、それ以後、あまり報道されなくなりました。正直に言えば、「ある宗教団体」という報道で、私が最初に連想したのは旧統一教会ではなく、創価学会です。現在報道されているように、90年以後も、旧統一教会は霊感商法を続け、莫大な財産を獲得して、被害届も出されていましたが、ほとんど、あるいは全くマスコミは報道しませんでした。
そうなると、旧統一教会は自民党と癒着しているだけでなく、マスコミとも癒着していた疑惑が出てきます。しかし、マスコミの自浄作用がないのか、なぜ「この期間に報道されなかったのか」について、どのマスコミも報道しません。いつものように正義の味方面して、(ついこの前まで無視することで味方していた)旧統一教会の批判報道で視聴率を稼いでいます。
もし「なぜ30年近くもマスコミは旧統一教会の批判報道をあまりしていなかったのか」「マスコミと旧統一教会の癒着の証拠」の報道があれば、下の欄に書いてほしいです。
なお、このように日本には、深刻な問題なのに、マスコミがあまり触れない聖域がいくつも存在しています。そのためマスコミ報道だけでは、問題の本質がほとんどつかめないことがよくあります。その聖域の一つのパチンコ問題について、「なぜ石原慎太郎はカジノを実現できなかったのか」の記事で書きます。