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光市母子殺害事件での罵倒報道批判

光市母子殺害事件は裁判にも検察にも弁護側にも犯人にも問題があり、批判するべき箇所は多くあります。

結論から言うと、私は犯人である福田孝行(現在はある女性の養子となったため、大月孝行という名前ですが、このブログでは福田孝行で通します)を爆発性と暴力性の強い、どうしようもない奴だと思っています。福田なりに頑張って反省していたのでしょうが、それが本来あるべき反省の深さまで到達していません。もっといえば、福田は再犯する可能性も十分あるとまで私は考えています。会ってもいないのに言い過ぎかもしれませんが、文献で読む限り、福田はそれくらい自制心のない奴だと考えています。

一方で、光市母子殺害事件の最大の問題は報道にあったと私は考えています。現在も、光市母子殺害事件をネットで検索すれば、基本的な事実が捻じ曲げられ、福田が極悪人であることを強調した情報ばかりが出てきます。

そんな偏向報道が過熱して「光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件」が起こりました。私が光市母子殺害事件を知ったきっかけであり、記憶が正しければ、私が橋下徹を始めて知ったのも、この事件です。

私が日本の最も嫌うところ」に書いたように、日本で凶悪犯罪が生じると、マスコミは徹底的に犯人に人格攻撃をしかけます。

光市母子殺害事件は1999年に起きて、弁護団懲戒請求事件は2007年5月27日「そこまで言って委員会」放送後に起きます。その3日前、差し戻し控訴審で福田および弁護団は「強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた」「(乳児を殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ」「乳児を押し入れに入れたのは(漫画の登場人物である)ドラえもんに助けてもらおうと思ったから」「死後に姦淫をしたのは小説『魔界転生』に復活の儀式と書いてあったから」と述べていました。この時、弁護団が伝えた趣旨は「〇〇と××などから強姦を含む犯行の計画性はなかった」「これまでの裁判で認定された事実は科学的な事実と一致しない点が多い」「これは殺人ではなく、傷害致死である」でした。しかし、多くのマスコミはそんな報道を一切しない代わりに、上記の荒唐無稽な主張だけを取り上げ、こんなバカげた言い訳で取り繕う福田および弁護団を徹底的に罵倒しました。

このような理由で福田と弁護団を罵倒したのは「そこまで言って委員会」だけではありません。裁判の事実関係についての間違いや歪曲、番組の制作姿勢としての作為・演出過剰、不公平の3点において「特に顕著」であると「『光市事件』報道を検証する会」が放送倫理番組向上機構(BPO)に訴えた番組だけで、18もあります。そのうちの一つの「そこまで言って委員会」で、準レギュラーだった橋下が怒り心頭に達した様子で、こう発言しました。

「ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてらいたいんですよ」

懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで、何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」

懲戒請求を1万2万とか10万とか、この番組見てる人が、一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね、弁護士会のほうとして処分を出さないわけにはいかないですよ」

この扇動により、本当に21人の弁護士に合計7000件もの懲戒請求が出されてしまいました。

当時、橋下は政治家ではなく、タレント弁護士でした。この発言も含め、政治家の時以上に社会道徳に抵触する問題発言も多く、この時点で既に10回も懲戒請求を受けていたようです。だから、弁護士への懲戒請求が「民事訴訟以上、刑事告訴未満(橋下の表現)」の法律行為であることを橋下は十分知っていたはずです。正当な理由がなく懲戒請求すれば、虚偽告訴罪で有罪になることもありえます。

懲戒請求された各弁護人は「何を根拠に、どの程度の調査や検討をしたか、明らかにせよ」との「求釈明書」を懲戒請求人に送ります。橋下の扇動により、まるで署名活動のように懲戒請求した(バカな)一般人は、弁護士から自宅に法律文書が送られてきて、狼狽します。偏向報道のテレビ番組で得た情報程度で憤慨した一般人が、橋下の言う「誰でも気軽に弁護士の懲戒請求できる」がほとんど嘘であると知るまでに、そう時間はかからなかったようです。

これによって虚偽告訴罪で有罪になった一般人はおそらくいないと思いますが、民事裁判で名誉毀損業務妨害で損害賠償金を払った一般人はいたのかもしれません。どちらにしろ、事実は調べられませんでした。「求釈明書」を受け取った一般人が誠実に謝り、場合によっては示談金を払うことで、ほとんどの弁護士は許しただろう、と予想はします。

この7000件の懲戒請求で、懲戒された弁護士が一人もいなかったことは、間違いない事実です。だから、「懲戒請求が何万も来たら、弁護士会が処分しないわけにはいかない」の橋下の発言は間違いでした。それどころか、懲戒請求が多数来たせいで、弁護士たちの業務を妨害したので、橋下は民事裁判で訴えられています。橋下は一審・二審で敗訴となり、和解金856万円を払っています。しかし、道徳観の欠落した最高裁は、橋下に逆転勝訴を与えています。

また、あれだけ煽ったくせに、橋下自身は21人のどの弁護士に対しても懲戒請求をしなかったのも事実です。あるテレビ番組で「そこまで言うなら、橋下弁護士自身、率先して懲戒請求をかけるべきではないか」と指摘された時には「僕も事務所経営をする身として、そこまで負担できない」と、懲戒請求がさも簡単であるかのような発言と矛盾することまで言っています。橋下がブログで「懲戒請求が違法になるのは、明らかに懲戒事由が存在しないのに、それを分かっていながら懲戒請求をかけた場合。特に弁護士が不用意に相手弁護士に対して懲戒請求をかけた場合」と書いているので、懲戒請求が違法行為となることを恐れたからでしょう。

そこまで言って委員会」以外でも、光市母子殺害事件のテレビ報道が不公平なものだらけだったことは、BPOこちらで認めています。

以上は、文献によって光市母子殺害事件を調べた人なら、基本情報になるはずです。しかし、マスコミで情報を得る程度の大多数の日本人は、橋下の「誰でも簡単に弁護士に懲戒請求できる」発言も「何万もの懲戒請求が来たら処分せざるを得ない」発言も間違いである事実、橋下自身は懲戒請求せずに逃げている事実も知らないでしょう。

上のリンクにあるように、BPOはこう述べています。

「委員会が憂慮するのは、この差戻控訴審の裁判中、同じような傾向の番組が、放送局も番組も制作スタッフもちがうのに、いっせいに放送されたという事実である。取材や言論表現の自由が、多様・多彩な放送に結びつくのではなく、同工異曲の内容に陥っていくのは、なぜなのか。そこにはかつての『集団的過熱取材』に見られたような、その場の勢いで、感情的に反応するだけの性急さがなかったかどうか。他局でやっているから自局でもやる、さらに輪をかけて大袈裟にやる、という『集団的過剰同調番組』ともいうべき傾向がなかっただろうか。こうした番組作りが何の検証や自省もされないまま、安易な『テレビ的表現』として定着してしまうことを、委員会は憂慮している」

それほど光市母子殺害事件のテレビ報道は偏向していましたが、大多数の日本人は、その偏向した情報を正さないまま、現在に至っていると思います。

私が調べた限りネット上では、現在も光市母子殺害事件について、福田の荒唐無稽な主張や、幼稚な言動、不謹慎な手紙を取り上げて、福田や弁護団を罵倒するものがほとんどです。「犯罪は被告の内にある何らかの荒唐無稽、異常、異様、破綻、失調等々がなければ起きなかったはずだから、そのよって来たるところを探ることこそがメディアの仕事であろう。しかし、その取り組みがないまま、片言をとらえただけの表面的な断定しかない(上記のBPOからの引用)」ままです。

それをこれからの記事で少しは是正したいと考えています。

なお、冒頭に書いたように、結論として、私は福田の罪の重さを認めています。「福田が悪いという結論が同じなら、多少の事実の歪みは認めてもいい」という考えもあるでしょうが、私はそれに大反対です。たとえ「福田は極悪人で、極刑がふさわしい」が結論だとしても、理性的に考えて「検察の供述(自白)調書に間違いはあった」であるなら、それは認めるべきです。「反省していた犯罪者を開き直らせた検察の不正義」の例にあるように、たとえ極刑でなくても、裁判が真実や理性を意図的に捻じ曲げたなら、罰せられる者は到底受け入れられないからです。逆に、裁判が真実や理性を通し、犯罪に至った状況を十分に考慮したなら、たとえ極刑であっても、犯罪者が刑を素直に受け入れる可能性が高くなります。

光市母子殺害事件の一審・二審の弁護人の罪」の記事に続きます。