未来社会の道しるべ

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日本では親権が強すぎる

前回の記事の続きです。

川口高齢夫婦殺害事件の殺人犯である少年が小学校4年生を修了する時、母は息子の通知表を受け取って、「実家のある川口市に戻る」と学校の先生に伝えました。それは嘘で、実際はさいたま市に引っ越して、母が働いていた店の客の家で暮らし始めます。少年は義務教育を完全に受けなくなり、憲法義務違反になるのですが、住民登録をしていなかったので、行政が接触したのは、少年が中学2年の年齢になった3年半後です。その間、母は息子を自宅に放置して1ヶ月間も行方不明になったり、元ホストと再婚して、一度も産科にかからないまま娘を生んだりしていました。

義父と母と息子は2年間、お金がある時はモーテルに泊まり、お金がなくなるとモーテルの敷地に野宿する生活を送っています。義父は暴力を振るい、息子の前歯4本をへし折っていました。

義務教育期間中の少年が学校に行っていないことをモーテルの管理人は把握しており、それなりに心配もしていましたが、宿泊費は払ってもらっているので、子どもや母に不登校について話すことはありませんでした。モーテルには薬物取締りのため定期的に立ち寄る警官がおり、モーテル管理人は少年の不登校について少し話していたようですが、警官は深入りせず、特別な行動を起こしていません。

また、母が娘を出産した直後、埼玉県内の児童相談所は、事前に受診がない飛び込み出産した女性がおり、その女性は知人宅から金を奪って家族4人で行方をくらませたことを把握していました。その際に息子が学校に通っていないこと、一家4名の名前と生年月日も把握していました。しかし、住民登録していない一家に接触することはできず、この半年後、横浜市児童相談所が一家の情報を得ますが、この時の埼玉県の情報は引継ぎされていません。

児童相談所が一家に接触できたのは、ようやく一家が生活保護を申請したからです。母は行政の介入を嫌っていたので、おそらく義父が申請した、と「誰もボクを見ていない」(山寺香著、ポプラ文庫)は推測しています。

生後半年の娘を連れて、野宿を繰り返していた一家が横浜市中区で保護されたのは2010年8月、殺人事件の4年前です。乳児を連れての野宿生活から緊急性が高いと児童相談所は判断したようで、通常なら2人の職員が出向くところ、4人の職員で駆けつけました。しかし、この期に及んでも、2人の子どもを親から引き離すこと(一時保護)ができませんでした。虐待がバレることを恐れたのか、母と義父が「家族一緒でないとダメだ」と頑なに拒否したからです。

義務教育中の息子を学校に行かせておらず、乳児を連れて野宿しているのに、どうしてネグレクト(虐待の一つ)にあたらないのか、なぜ一時保護して、親と子を引き離さなかったのか、と後で再三指摘されました。もしここで一時保護されて、息子が適切な施設で育てられていたら、息子は母の洗脳から逃れられて、殺人事件も起こさなかったかもしれません。

まず確実なのは、この件はネグレクトであることです。しかし、ネグレクトは身体虐待と異なり、主観的な判断が入るので、一時保護がしづらい虐待になります。この時点で、息子は前歯4本が欠けていたので、身体虐待として一時保護されうるのですが、前歯欠損を児相の4名の職員は発見できませんでした。息子も虐待を訴えていません。

また、かりに虐待だとしても、一時保護は「原則として保護者や子どもの同意を得て行う必要」があります。この事件後の2016年に「子どもの安全確保が必要な場面であれば、保護者や子どもの同意がなくても、一時保護を躊躇なく行うべき」という運営指針が出されてはいますが、「父母の同意が必要」の原則に修正はありません。上記の本によると、2016年の指針変更によって、一時保護がやりやすくなったという声もないようです。

一時保護は虐待が発見された時にしか使えないのに、そんな時ですら、虐待している親と虐待されている子どもの同意を求めているのです。バカげています。

この例に代表的に現れていますが、日本では親権が強すぎるため、多くの悲劇が生じています。悲劇とまではいかないにしても、「保証人制度をなくした場合の金利上昇はいくらなのか」にも書いたように、日本では保証人制度が異常に蔓延しているので、「なぜこんな時にまで保護者の同意が必要なのか。そんな面倒な手続きが省略できれば、関係者全員にとって好ましいのに」と感じることが無数にあります。

2010年8月から半年間、一家は生活保護費を得て、簡易宿泊所で生活し、息子はフリースクールに通います。しかし、母はまたも保護費をパチンコやゲームセンダーにつぎ込み、横浜市中区の職員から保護費の使い方に指導を受けると、「近くの部屋の男性から襲われたので」と嘘の書置きをして、一家全員で簡易宿泊所を逃げ出します。

2011年5月から5ヶ月間、横浜市鶴見区で息子は住み込みの新聞配達の仕事をします。その間に住民登録をしたので、児童相談所が2回来ますが、娘の予防接種のサポートをした程度でした。息子が新聞配達で集金の仕事を任されると、その金に目をつけた母の指示で、息子が集金した金を持ち逃げします。再び一家は住所不明となり、以後、殺人事件発生まで、行政および児童相談所は一家に介入できていません。

次の記事で、このような悲劇を起こさないためにどうすればいいかを論じていきます。ただし、一番簡単なことは、児童相談所が「一時保護をするときに、両親と子どもの同意を原則必要とする」の削除になるでしょう。この条文を作った人の思考回路を疑いたくなるほど、異常な条件です。