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無実の人を国家権力によって殺害した可能性がある

飯塚女児殺害事件は冤罪の可能性が高いです。日本の冤罪事件で多発する以下の要因が揃っているからです。

1,警察が見込み捜査をしていた

2,マスコミも見込み捜査が正しいとの前提で報道していた

3,足利事件で間違ったDNA鑑定した同一のメンバーがこの事件でもDNA鑑定を行っていた

4,既に十分に捜査したはずの車から1年以上経過して突如として新証拠が発見された

1について、ある新聞記者は「絞首刑」(青木理著、講談社文庫)でこう証言しています。

「今考えても異様な捜査でした。捜査員が久間(犯人とされた人物)の顔写真を持って聞き込みにあたったため、地元住民の間では『久間が犯人である』と周知の事実のようになっていたし、車での尾行はカーチェイスのような状況になって、久間と直接トラブルになったことが何度もあったようです。県警の幹部が地元のラジオ番組に出演して、明らかに久間を犯人視していることが分かるような発言をしたうえで『人の心があるなら出てこい』などと呼びかけたこともありました。精神的なプレッシャーをかけるのが狙いとしか思えないような捜査でした」

そう感じた新聞記者がいる一方で、警察が最も疑う久間が逮捕された時は次のように報道されています。

「執念の捜査実った」(毎日新聞

「身近に容疑者、やり切れぬ」(朝日新聞

久間が真犯人と断定しているような書き方です。しかし、さすがに1990年代であり、警察捜査に疑問を感じた記者もいたので、次のような記事もありました。

「捜査幹部は『ミクロの世界のものを対比し、一つひとつ積み上げた成果』と自信をのぞかせるが、どれも状況証拠の域を出ない」(読売新聞)

3のDNA鑑定を行った者たちは坂井活子のグループです。坂井は「でっちあげ血液鑑定人の古畑種基」と同じく「でっちあげDNA鑑定人の坂井活子」として歴史に名を刻みそうなほど間違ったDNA鑑定を量産してしまっています。

4も常識的に考えれば、ありえない発見です。久間は事件から半年後に新車購入のため、事件時に使用したと警察が推測している車を売却します。この車を警察は押収して、徹底的に捜査しますが、なにも出てきませんでした。かりに久間が犯人だとしても、証拠隠滅してから売るでしょうから、当然です。しかし、1年以上たった後に、微量の血痕と尿が突如として発見され、それが被害者の女児と一致するというのです。

1960年代までの冤罪事件と大きく違うのは、飯塚女児殺害事件だと容疑者が最後まで自白しなかった点です。警察や検察に対してだけでなく、久間は裁判でも死刑確定後でも死ぬ直前まで自白していません。

飯塚女児殺害事件では、検察側が証拠隠滅を図ったのではないか、と疑われるような時間経過があります。たとえば、足利事件でDNA鑑定の杜撰さが分かり、東京高裁が再鑑定を認めたのは2008年12月です。しかし、久間はその直前の2008年10月に処刑されています。同じく足利事件の冤罪発覚を受けて、古い方式で実施されたDAN鑑定の証拠品の保全を2009年6月に全国地検に通知します。しかし、2009年5月に飯塚女児殺害事件で保全すべき証拠品は「いずれも廃棄処分、あるいは還付済みであり、当庁には保管してありません」との福岡地検の通知が再審請求中の弁護士の元に届きます。足利事件のような再鑑定はしようと思っても、もうできないようです。

冤罪の可能性がある死刑はなかなか執行されないものですが、飯塚女児殺害事件では死刑確定してから、わずか2年で執行されています。この後、「取り返しのつかない不正義を日本は犯したのではないか」との疑念から、いくつもの冤罪を訴えるテレビ番組が放送され、本が出版されています。