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魚食文化保存のために乱獲規制世論を盛り上げなければいけない

前回までの漁業記事を読んでもらったら、日本漁業がIQ方式(あるいはITQ方式)を導入しない理由が分からないのではないでしょうか。

このブログで何度も書いてきたように、私から見ると「頭がおかしいのではないか」と思うほど、日本人は変化に抵抗しますが、その中でも「乱獲規制を導入しない」例はひどいものです。その改革に反対している勢力は、漁業者たちと、漁業者たちと慣れ合ってきた水産庁です。補助金で儲かっている水産庁はともかく、乱獲規制で利益が増えるはずの漁業者まで、なぜ反対するのでしょうか。漁業者は消費者に質の高い魚を届けたい気持ちはないのでしょうか。

残念ながら、その答えは「漁業者は長期の利益増を理解できない」し、「漁業者は消費者に質の高い魚を獲ることよりも、早獲り競争で勝つことしか考えていない」になります。しかし、これは日本の漁業者に限った話ではありません。「漁業という日本の問題」(勝川俊雄著、NTT出版)によると、漁業先進国であるノルウェーでも、漁業者はIQ方式の導入に猛反対しています。他の国でも、意識が高い漁業者が自発的に漁業改革をした例は見当たらないそうです。

では、漁業規制導入の原動力はなにかというと、国民世論です。非漁業者が乱獲の継続を許さなかったのです。海は漁業者の専有物ではなく、国民全体の共有物だとの認識が社会に浸透していたのです。自然保護団体が政治に強い力を持っていることも、乱獲規制を可能にした理由の一つです。

日本人もノルウェー人同様、大量の魚を食べます。ノルウェーアイスランド以外の欧米の国と比較したら、日本人は何倍も魚を消費しています。そんな日本なのに、なぜ乱獲規制の国民世論が盛り上がらないのでしょうか。

それは乱獲によって漁獲量が減っている、という当たり前の事実を国民が知らないからではないでしょうか。実は、漁業者もその問題を認識していません。下は2010年に農林水産省が漁業者に聞いたアンケート結果です。

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自分たちが犯人だと認めたくないのでとぼけている可能性もありますが、漁業者ですら本当に知らない、と私は推測します。それくらい日本での乱獲の実態は伏せられています。その一方で、マスメディアは「日本人の魚離れ」を嘆く記事を40年前から載せ続けています。「日本漁業の一人負け」の記事に示したように、「日本人が魚離れしているから日本漁業が衰退している」説はデタラメもいいところです。

なお、当初は猛反対していた外国の漁業者たちも、IQ方式やITQ方式を導入して、収入が増えてからは、むしろIQ方式やITQ方式を積極的に支持するようになったそうです。また、一時期は湯水のように垂れ流していたノルウェーの漁業補助金も、現在はほぼ消滅しています。一方、日本では漁業者一人あたり150万円以上もの補助金がつぎ込まれているのに、漁業は先細りです。

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「漁業という日本の問題」の著者である勝川は日本の水産学会に属しています。3000人もいる会員のうち、漁業改革に積極的に関わっているのは自分くらいだ、と嘆いています。専門家ですら、日本漁業維持のために乱獲規制の声をあげないか、あるいは乱獲規制が必要なことを知らないようです。このまま日本漁業が衰退すれば、水産学会の存在意義も小さくなるはずなのに、研究者たちはなぜ行動しないのでしょうか。

勝川は2000年頃から漁業改革に関わっており、当初、乱獲規制の導入はそれほど難しいことではないと考えていました。漁業者にとっても消費者にとっても明らかな利益があり、その上、海外での成功例が山のようにあったからです。しかし、「漁業という日本の問題」が出版された2012年でも有効な乱獲規制はありません。その本が出版されてから8年がたちましたが、未だ水産庁はIQ方式やITQ方式を導入しない理由をHPに堂々と載せています。

こんなメリットしかない漁業改革もできないようなら、日本は終わりです。このブログはマスコミ関係者にも読まれているようなので、ぜひとも記事にして、IQ方式導入の世論を盛り上げてください。それをしないジャーナリストなら、魚介類を食べる資格はない、と私は思います。

ところで、3年前から漁獲枠規制の記事を作りたいと思っていて、今回急に書こうと思ったのは「魚と日本人」(濱田武士著、岩波新書)という本をつい先日読んだからです。著者は魚食文化を守りたい一心で、主に魚の流通面の実態を長文で紹介しているのですが、解決策が提示されていないだけでなく、魚食文化衰退の最大の原因である乱獲について、全く触れられていません。「漁業という日本の問題」が出版された後なのに、なぜそれを無視しているのでしょうか。しかも、amazonの書評では、魚食の本で乱獲を見逃している致命的なミスを誰も指摘していません。著者の多大な労力をかけた(本質を無視した)調査を称賛する人ばかりです。岩波新書を読むくらいの教養人なら、日本漁業の最大の問題が乱獲であることくらい常識にしていると思っていたのですが、私の誤解だったようです。繰り返しになりますが、誰にとってもメリットになるので、この記事を読んだ人は、IQ方式導入の声をあげてください。