「持続可能社会を作るために日本の森林を利用すべきである」の記事にも書いた通り、針葉樹人工林の放置が日本の森林の大問題であることは周知されているので、国も間伐推進策をとってきました。しかし、必要な水準の技術者や経営者がいないまま、画一的な条件による多額の間伐補助金が投入されたため、大きな副作用が出てしまいました。
それまで間伐した木材を廃棄していたのに対して、それを利用する政策を2009年の森林・林業再生プランは推進しました。間伐材利用自体は間違っていませんでしたが、それ以外を考慮しなかったため、条件に合いさえすればいい、補助金さえもらえればいい、との間伐が多発しました。言うまでもないですが、本来の間伐は、残された森林の価値を高めることにあります。残された木の成長を促進し、気象災害に対する耐性を高め、下層植生を豊かにするためにあります。当然、間伐材の搬出時に、残存木の幹に傷をつけることなどもってのほかなのですが、ろくに森林の知識のない技術者は見事にその罪を犯していきました。作業を検査する会計検査院も森林の知識がないので、条件にさえ合っていれば補助金対象として通してしまいます。専門家がみれば、地域ごとに自然条件が異なるので、政策のような画一的な間伐でうまくいくはずがないのに、その政策がまかり通ってしまいました。まるで毛沢東の大躍進政策のようです。残念ながら、この間伐政策で森林の価値がどれくらい上下したかの行政資料は現在の日本に存在しないようです。
東大や京大卒の日本の優秀な官僚たちは、なぜこんなバカな政策を推進してしまったのでしょうか。「林業がつくる日本の森林」(藤森隆郎著、築地書館)によると、「日本の森林関連の官僚は専門知識のないバカだったから」が答えの一つのようです。
日本の国家公務員の林学職の技官は、大学では森林学の座学を受けただけで、就職後は2年か3年でポストを変わっていきます。県の林業職で入った職員も同様で、地元の住民との繋がりが薄く、現場感覚をほとんど養っていません。この現状を抜本的に改善するため、上記の著者はドイツのフォレスター制度の導入を提唱しています。
森林先進国のドイツには各州に義務教育を終えた15才以上の若者を対象とした林業職業訓練学校が設置されています。3年制で修了試験に合格した者に林業技術士の公認資格が与えられ、林業事業体や州に採用されます。州に採用された林業技術士は実務を2年以上経験後、半年の現場研修を受けて、普通フォレスターに採用されます。フォレスターは国家資格であり、普通フォレスター、上級フォレスター、高級フォレスターの3種があります。1次試験に合格後、高級フォレスターは2年、上級フォレスターは1年の実務経験をしながら、徹底した現場重視の教育を受け、その後の最終試験に合格して、ようやく資格が得られます。いずれのフォレスターも更新、伐倒、集材、作業道作り、ハンティング、マーケティングなど、林業に関する作業と経営・管理技術を現場で学びます。
高級フォレスターは高級行政官、研究者、大学の教官、民間会社の幹部などとして活躍します。全てのフォレスターは専門知識を常に深める義務があり、仕事に有益な新しい研究結果を求めています。高級フォレスターは研究職にもなるので、自ら知りたい内容を研究したりもします。なにより、産学官の間で異動が行われるので、それぞれの連携および情報交換が密に行われているようです。なお、ベルリン連邦政府林野庁の高級官僚は基本的に公募で(!)、応募資格は大学教授、かつ、森林局または林業事業体や州政府森林庁での実務経験に研究実績が求められるそうです。
上級フォレスターは州の公務員として1500haくらいの任地で10~15年の長期にわたり(それくらいの期間でないと実施された方法の結果が確認できない)、州有林から私有林までの全ての森林を把握し、森林と林業の振興に寄与していきます。フォレスターはマーケットとのパイプを持ち、管轄地で生産された木材の販売支援も行い、そのために、いつ、どのような木材がどれくらい供給できるかの情報提供に努めます。また、市民に森林や林業への理解を深めてもらう教育活動も仕事の一つになります。フォレスターは一般人に講義する能力まで求められるのですが、そうした教育も受けているそうです。
出典は書いていませんが、ドイツの若者のなりたい職業で、フォレスターはパイロットと医師についで3位だそうです。
「フォレスター制度を日本にも導入すべきだ」との声は以前からあったようで、林野庁が2011年に準フォレスター、2014年に森林総合管理士(フォレスター)という資格制度を開始したそうです。しかし、試験のほかは、わずか半年程度の研修で得られる資格のため、現場教育中心のドイツのフォレスター制度とは似ても似つかぬものになっているようです。
日本の林業に足りないものは、森林への国民的関心および人材のようです。どちらも重要ですが、人材の育成はまだ簡単なのではないでしょうか。ドイツのようなフォレスター制度の導入は検討に値すると考えます。