未来社会の道しるべ

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性の話題は政治や宗教と同じく注意すべきである

性の問題は敏感である 」と同じ主張を繰り返させてもらいます。日本人は政治や宗教の話を全くしないわりに、性の話題には気軽に踏み込むように思います。性は人間の根幹に関わる問題です。わずかな違いが、大きな対立に発展することも珍しくありません。「部長、その恋愛はセクハラです!」(牟田和恵著、集英社新書)のように、性の問題を軽々しく扱ってはいけません。この本では「通勤電車内で、ミニスカートの女性の脚を見たらラッキーと思っていればいいですが、職場ではいけません」などと書かれています。私は性欲も十分にある男性ですが、電車の中でミニスカートの女性の脚を見てラッキーと思うことは通常、ありません。前回の記事にも書いたように、露出度の高い女性を見たら、魅力的と思うよりも、その女性の内面を疑うでしょう。また、「平均的な女性」なら、「職場の上司にいやらしい目で見られるのは嫌でも、満員電車の見知らぬ男にならいやらしい目で見られるのは平気」なんてはずがありません。なにより、男性の性欲を批判する繊細な問題の本の中で、男性の性欲を茶化して侮辱するような表現を使う神経に呆れます。

ところで、この本を読めばセクハラ事件で女性と男性がともに不幸になって終わるケースは、少なくないと推測できます。その一つの例として、組織内でのセクハラ処分に納得できず、男性が裁判に訴えるケースをあげています。訴えた男性は既に処分されていて憤懣やる方ありませんし、女性もようやく終わったはずの事件にまた関わるので精神を消耗しますし、組織の責任者も裁判に出席する面倒につきあわなければなりません。こういった裁判では、処分された男性の妻が頑張っている例が少なくないようです。夫の証言にわがことのようにうなずき、相手の女性を蛇蝎のごとく睨みつける妻の姿を著者が目撃したことは二度や三度でないそうです。

それぞれの事件にもよるでしょうが、多くの場合、そのような妻は理性を失っているでしょう。それを「どんなにひどい状況でも夫の味方をする理想の妻」と考える男性もいるかもしれませんが、組織がセクハラと認定して処分した以上、ある程度の落ち度は男性側にもあったはずで、それを完全に無視して「相手の女性を蛇蝎のごとく睨みつける」のは異常です。この妻は自分が相手の女性だったらどういう気持ちになるのか、考えられないようです。

とはいえ、そんな態度をとってしまう妻の気持ちも理解できます。それくらい、性の問題は敏感だからです。たとえば、夫が窃盗事件に関わっていても大して驚かない妻が、セクハラ事件に夫が関わっていると知った途端、正気を失うことはありがちだと思います。場合によっては、殺人事件に関わるよりも、深刻に考える妻だっているでしょう。性の問題が敏感であることを利用して、オレオレ詐欺では「痴漢」という単語を頻繁に使用し、高齢者の理性を失わせるそうです。

そんな要素を性の問題は抱えていると日本人は認識すべきでしょう。同時に、「西洋人は政治や宗教の話が大好きである」でも主張したように、性の問題をあっさり扱えるくらいなら、政治や宗教の話題にも日本人は日常会話でもっと踏み込むべきだ、と私は思います。