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「東電が悪い」だけではいけない

福島第一原発事故7つの謎」(NHKスペシャルメルトダウン』取材班著、講談社現代新書)には、こう書かれています。「(最初にメルトダウンを起こした)1号機こそ、事故の進展を決める重要なポイントだった。その鍵を握っていたのが、1号機のIC(非常用冷却装置)への対応だった。冷却装置が動かなくなったが、ICだけは機能が維持されていると考えて、吉田などの幹部は事故にあたっていた。ところが、後の事故調査で、ICは津波の直後から動いていなかったことが判明する。(省略)検証取材で、IC停止に早期に気づくチャンスは少なくとも4回はあったことが明らかになった」

そのチャンスのうちの一つは、ICの排気管から蒸気が出ていないのに、東電社員が蒸気を目撃してしまったことです。なぜ、ありもしない蒸気を目撃したと東電社員は報告してしまったのでしょうか。

事故前、福島第一原発のICは創設以来40年間、一度も稼働したことがありません。だから、ICが動くと、どのような蒸気が排気管から出るか、実際に見た人は福島第一にいませんでした。アメリカのニューヨーク州には福島第一原発と同じ頃に作られた原発があり、ICの起動試験を定期的に行っています。下の写真のような大量の蒸気が出て、轟音がするそうです。

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福島第一原発事故時に社員は「(排気口から)もやもやとした蒸気を発見した」そうですが、それはIC停止後2~3時間後に出る蒸気の状態だったと後に分かっています。吉田昌郎所長が証言しているように、ICの仕組みや挙動に対する知識は福島第一で十分でありませんでした。40年間一度も動かしていなければ、ICの知識を持つ人間がいなくなるのは当然です。だからこそ、アメリカでは数年に一度ICを動かす検査をしていました。福島原発でIC動作訓練をしなかった理由を検証して、出てきた答えの一つが「ICを動かす時に出る大量の蒸気と轟音が、周辺住民を不安にさせることを恐れたのだろう」でした。

(いかにも日本らしい理由だ)

それが私の感想でした。上の写真のような蒸気が原発から出てくれば、不安になるのは理解できます。しかし、特に害があるわけでなく、必要な検査で出てくる蒸気です。科学的に考えられる人物なら、怖がることは全くありません。

今回の原発事故では、非科学的な風評被害が発生したことは周知の通りでしょう。なかには「福島県人が近づいてきたら、逃げていった」と差別としか言いようのない被害まで発生しています。

私は医療従事者なので「奴らが電波で私を攻撃してくるので、テレビをつけない」と言う人に何名も会っています。統合失調症という精神病患者です。電波の攻撃を避けるため、いつも布団を被っている人もいました。「他の人は平気ではないか」「引きこもりのあなたを攻撃してなんの得があるのか」という疑問が生じますが、彼ら彼女らはそんな理性的な思考を放棄して、怖がっています。

「全ての人間は皆同じ」との人間観を私は持っているので、この統合失調症様の恐怖は、程度は少なくとも、どんな人間でも持っているものだと考えています。だから、「よく分からない危険なものに対する恐怖」も全否定するつもりはありません。しかし、左側の水たまりを怖がるあまり、右側の崖に落ちて死ぬのは馬鹿げています。本当に怖がるべきことを知るために、科学教育を受けてきたはずです。科学を無視して正体不明のものに怖がるなら、動物と同じです。自ら人間であることを放棄しているに等しいです。精神障害者が本人の意思に反して入院を強制されることがあるように、非科学的思考で放射能を恐れる人の意思を社会で尊重すべきではないでしょう。

もっとも、日本でIC稼働訓練を避けたのは、日本の一般住民側の責任だけでなく、原子力村の人たちの責任でもあります。「説明しても素人は理解できない。危険はあるが、それを伝えると素人は怖がるから、黙っているのが一番だ」は一般人を見下した態度です。そんな家父長的な態度は、成熟国家の日本では不適切です。たとえ怖がらせたとしても、危険を承知しているなら、情報を全て公開して、同意を得るべきです。日本人はそれを受け入れられるほどの理性を身に着けているはずですし、身に着けていなければなりません。一般住民も、専門家に全て任せて、十分にチェックもせず、問題が起こった時だけ被害者面すべきでありません。今回、地震で直接被害にあった方は、なおさら、そのような姿勢の問題点を日本人全体に伝えていくべきだと思います。