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自由専門医制

オーストラリアの医学生が脳外科医志望だと自慢気に言いました。日本人医学生は総合診療医志望だと言うと、オーストラリアの医学生は驚いています。

「なぜ総合医志望なの? せめて内科医を目指したら?」

医者社会では、総合医<内科医<外科医というヒエラルキー(上下関係)があります。これは世界共通です。そして一般に、総合医<内科医<外科医の順に、専門医になるのが難しくなります。日本人医学生がオーストラリア医学生に返答します。

「日本では、医者なら誰でも脳外科医になれる。オーストラリアみたいに、優秀な医学生や医師だけが脳外科医になれるわけではないんだよ」

「え! それなら、みんな脳外科医になっちゃうでしょ」

それは事実です。実際、日本の脳外科医の数は、3倍の人口のいるアメリカの脳外科医の数の2倍近くもいます。ただし、当時、この日本人医学生はその事実まで把握していませんでした。だから、知る範囲で、こう答えました。

「そうでもないんだよ。日本では、オーストラリアみたいに、脳外科医の給料が高くない。日本は専門によらず、医者の給与は同じだから。医者が自分の希望で専門を選んでも、うまく回っているんだよね」

オーストラリアの医学生は目を丸くしていました。不思議の国ニッポンの医者社会が理解不能に陥ったようです。確かに、日本の医者社会は、欧米の一般的な医者社会と比べると、大きく異なっています。

まず、医者が自由に専門を選べる制度は、他の国ではありません。なぜなら、ある地域である疾患が起こる数は、統計によって求められるからです。たとえば、日本の肺がん手術件数は年間6万件程度らしいですが、統計から毎年2千件程度増えていることまで分かっています。そういった各手術の数などから、呼吸器外科医の必要数、脳外科医の必要数は自動的に求められ、国によって各専門医の数が規制されるのが普通です。しかし、日本にはそんな規制がありません。医者が希望すれば、どんな専門の医者にもなれます。

だから、脳外科医が人口比でアメリカの5倍もいたりします。もちろん、日本人がアメリカ人の5倍も脳腫瘍などになりやすいわけではありません。にもかかわらず、日本の脳外科医が暇にならないのは、日本の脳外科医は手術以外の仕事も多く処理しているからです。他国では、神経内科医や他の内科医が担っている術前管理や術後管理、または手術しないが脳梗塞になった人の治療を、日本では脳外科医が担うようになっているのです。

同様に、日本は他国と比べて、総合医が極端に少ないのですが、それでも回っているのは、内科医(多くは呼吸器内科や循環器内科や内分泌内科などの専門医を持っている)が、海外での総合医的な仕事をしているからです。

これらの例のように、各専門医が日本の医療で足りないところを自主的に補って、全体としては上手く回っているのです。

とはいえ、完全に無秩序になってもおかしくなかったのに、たまたま上手くいっているわけではありません。それを長年巧みに調整してきたのは、厚生労働省による診療報酬制度の改定です。次の記事で、診療報酬制度による調整について書きます。

 

※注意 日本の専門医は公的資格ではなく、各学会が勝手に基準を作った資格です。だから、現在の日本の専門医は公的になんの力もありません。実際、脳外科専門医をとらなくても、脳外科医と名乗ることは可能で、合法です(もっとも、経験なしの脳外科医に手術させる病院は存在しないでしょうが)。ただし、来年に新専門医制度が導入されると、19の専門医は公的資格になるようで、自由に専門医を標榜することは違法になるようです。今後、医者が自分の希望だけで専門医を選ぶことも事実上制限されるようです。