未来社会の道しるべ

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パワハラの現状と日本の生産性の低さ

 日本の地方労働局に入る苦情のうち、最多の26.0%はいじめや嫌がらせ、いわゆるパワハラ報告です(厚生労働省労働基準局2014年個別労働紛争解決制度実施状況参照)。厚生労働省の2012年調査では、過去3年以内にパワハラを受けた社員は25.3%となっています(職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書参照)。パワハラにより被害者のみならず周りの士気も低下する、と答える社員は70%に達します(中央労働災害防止協会2005年パワーハラスメントの実態に関する調査研究参照)。

 このようなパワハラは少なくとも欧米では一般的でないようです。パワハラという言葉自体が和製英語で、海外では使われていません。アメリカでは「マネージャーが自分たちを尊重している」と感じている社員は79%ですが、日本でそう感じている社員はわずか39%に過ぎません(「日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか」Rochelle Kopp著、クロスメディア・パブリッシング参照)。

パワハラの横行もあり、日本の自殺率は国際的に極めて高く、カナダの約2倍です(WHO 2014 Preventing suicide:A global imperative参照)。日本より自殺率の高い先進国は韓国だけで、その韓国でも上司からの理不尽な横暴はあり、パワハラに相当する言葉が生まれています。(AERA 2014年12月29日―2015年1月5日合併号参照)

2010年の調査によると、63.5%の日本企業にはメンタルヘルスの不調のため1ヶ月以上欠勤している社員が現在います(財団法人労務行政研究所、企業におけるメンタルヘルスの実態と対策参照)。過去にメンタルヘルスの不調で休職した社員がいる企業になると92.7%とほぼ全てとなります。そのうち、全員が完全に職場復帰したと答えた企業は7.9%に過ぎません。

厚生労働省の2010年発表では、自殺やうつ病による社会的損失が1年あたり約2.7兆円となっています(自殺・うつ対策の経済的便益・自殺やうつによる社会的損失参照)。2020年の東京オリンピック予算は2016年12月の発表時点で、1.6兆円~1.8兆円です。これらの通りであれば、自殺とうつ病を救うだけで、毎年オリンピックが開催できて、お釣りまで出ます。

パワハラによって安い賃金にも我慢するせいか、日本の労働者に与えられる最低水準の金銭報酬は少ないです。全国平均の最低賃金は2014年で時給780円ですが(独立行政法人労働政策研究・研修機構 2015 国際労働比較参照)、これはG7で最下位です(OECD Statistics 2016 real minimum wages参照)。また、国別の平均給与に対する最低給与の比が日本は0.34となり、OECD諸国28ヶ国中26位となっています(OECD Statistics 2016 minimum relative to average wages of full-time workers参照)。日本は先進国にもかかわらず非正規雇用者だと低い賃金で働かされて、国内で比較してもわずかな給与しか得られないようです。さらに、雇用者に対する非正規率は日本でこの20年間一貫して増えており、2015年は37.5%に達しています(厚生労働省 2015 「非正規雇用」の現状と課題参照)。

必然的に、非正規だけでなく国全体の統計でも就業者一人あたりの給与あるいは生産性は低くなってきます。2014年のデータを引用すると、日本人の生産性はOECD34国中21位で72,994ドルです(公益財団法人日本生産性本部 2015 日本の生産性の動向参照)。この値はOECD諸国平均の87,155ドルを下回るだけでなく、経済危機で何度もニュースになったギリシアの80,873ドルをも下回ります。アメリカと比べた場合に生産性の低さが際立つのがサービス産業です。2013年の調査だと、非製造業の生産性は対米比53.9%であり、特に飲食・宿泊産業は26.5%と極めて小さい値となっています(経済産業省 2013 通信白書参照)。ただし、日本人によるサービスが悪いため、生産性が低いわけではありません。双方のサービスを知る日本人とアメリカ人に聞くと、下のグラフにあるように、どちらの国民も日本でのサービスの質が高いと答えています(社会経済生産性本部サービス産業生産性協議会 2009 同一サービス分野における品質水準の違いに関する日米比較調査・報告書参照)。

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日本人のサービスの質は高いのに、生産性(給与)になると低くなります。給与についてはともかく、日本と比べて北米のサービスの質が低いのは、私のカナダでの実体験と合致します。カナダでは、待ち行列が長くてもスーパーのレジ係同士が雑談していました。スーツを着ない語学学校教師が机に腰をかけて講義を行っていました。日本では考えられない光景です。

しかし、彼らの給料がそれほど高いはずはありません。彼らは賃金に見合った程度の仕事をこなしおり、非難される謂れはないのです。そんな相手でも質の高いサービスを提供して当たり前と考える日本人の感覚こそ、おかしいのではないでしょうか。そんな感覚を持っていれば、高い要求をされる相手だけでなく、自分自身にとってもストレスになってしまいます。

日本人のhospitality(おもてなし)の質の高さを自慢する人もいますが、それによる被害者がいることも忘れてはいけないと思います。質の高いサービスを受けるには、相応の対価が必要です。安い賃金の者にまで不当に質の高いサービスを要求する日本人の習慣は、日本人の労働参加率を下げ、結果として日本経済全体の足を引っ張っていると考えます。

次の記事からパワハラ撲滅ための方法を提案しますが、日本でパワハラが蔓延している理由の一つに、消費者の不当に高い要求があることは認識しておくべきでしょう。