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よど号事件から見える独裁政治の危険性

1970年のよど号ハイジャック事件についての記事です。

当時の日本人は全員覚えている大事件ですが、それ以後の世代の日本人にとっては大昔の事件の一つに過ぎないでしょう。

1968年頃から盛り上がった全共闘運動は主に「反代々木系」=「新左翼」と呼ばれて、「既存の左翼」≒「日本共産党」とは異なる形で「革命運動」を展開していました。そのうちの最左翼と言っていい存在が「赤軍」であり、赤軍の一部がよど号ハイジャック事件を起こしました。

私にとっては、「よど号ハイジャック事件史上最悪の122時間」という2002年の日本テレビの番組イメージが一番強く残っています。現在のyou tubeで全編観ることができるので、全体像を掴むためによど号事件をあまり知らない人は観てみるといいかもしれません。

最近知ったことですが、この番組は2002年に出版された「『よど号』事件122時間の真実」(久能靖著、河出書房新社)を元にしており、一部に事実と異なる部分もあります。

この番組視聴当時、既に新左翼全共闘を調べに調べていた私にとっては、韓国金浦空港に着いた時、赤軍派の学生たちが「北朝鮮に着いた!」と歓喜するシーンは違和感がありました。ハイジャック主犯格の田宮が「出発前から金浦空港に到着させられることは見越していた」と書き残していたことを私は知っていたからです(ただし、よど号乗客の日野原重明の証言だと、田宮は金浦空港平壌の空港だと勘違いしており、仲間の指摘でそこが韓国だと気づいたようです)。「『よど号ハイジャック事件』実行犯による51年目の新証言」によると、現在生きている実行犯たちは金浦空港歓喜した事実を否定しています。

上記の番組や本でも、その他の多くの本でも、よど号が韓国の金浦空港に着陸させられた理由は謎となっています。番組では、当時の国防部長官の丁来赫が日本語で「私の責任下でしたことではなく、管制にあたる連中が機転をきかしたと思っている」とうそぶいています(現在の若い世代の日本人は知らないでしょうが、1910~1945年に教育を受けた韓国人は日本語をペラペラ話します。20年以上前の日本のテレビ番組では、流暢な日本語を話す年配の韓国人や台湾人がよく出てきていました)。その謎の答えを示した本が「『よど号』事件 最後の謎を解く」(島田滋敏著、草思社)になります。よど号乗客の一人のアメリカ人を救うため、犯人たちもパイロットも乗客たちも北朝鮮に直接行くつもりだったのに、韓国に着陸したのです。

よど号の乗客の中に、アメリカ人は2人いました。事件解決後、1人は他の日本人乗客たちと同じ飛行機に乗って日本に戻りましたが、もう一人のマクドナルド神父は金浦空港の厳戒警備体制の中、なぜか行方不明になり、他の乗客たちと1日遅れで日本に帰国しました。韓国政府が秘密裏にマクドナルド神父を特別扱いしたとしか考えられません。また、よど号事件の最中、マクドナルド神父の身代わりになると名乗り出るアメリカ人が3人も現れますが、もう一人のアメリカ人乗客についてはそのようなことはありませんでした。このマクドナルド神父はCIAか、それに近い人物であり、北朝鮮で尋問を受けると、アメリカにとって非常にまずい人物であったことは確実視されています。

よど号事件で人質解放時に、犯人グループと解放される人質が握手をしていたシーンは有名です。ストックホルム症候群なのか、犯人グループと人質たちに連帯感が生まれていたことは事実でしょう。事件当時、犯人グループだけでなく、乗客たちが「乗客も一緒でいいから、すぐに平壌に行ってくれれば問題は解決するのに」と考えていたのは紛れもない事実であり、事件中も乗客代表が日本政府にその旨を伝えていますし、事件後も多くの乗客がその証言をしています。

しかし、北朝鮮を目指して飛んでいたよど号は、北緯38度付近で謎の飛行機に誘導され、韓国の金浦空港に到着させられます。この謎の飛行機は99%米軍機であり、その目的はマクドナルド神父を北朝鮮に行かせないことでした。金浦空港で韓国政府が犯人グループに「乗客を降ろさない限り、北朝鮮には行かせない」と最後通牒を伝えたのも、マクドナルド神父を北朝鮮に行かせないために、アメリカが韓国に言わせた、と「『よど号』事件 最後の謎を解く」では断定しています。私もこの説が正しいと考えます。日本政府の誰かがマクドナルド神父を北朝鮮に行かせない工作をしていたかは不明ですが、韓国政府がその工作をしていたのは確実ですし、上記の丁来赫は99%その工作に関与しています。

つまり、たった1人のアメリカ人を救うため、約100人の日本人の総意を無視したのです。最終的に日本の運輸政務次官の山村新治郎が人質たち全員の身代わりになることで、マクドナルド神父を含む乗客たちは解放され、膠着状態は打開します。しかし、もしその案が出ていなければ、最悪、韓国兵がよど号に強行突入していました。犯人グループだけでなく、乗客にも死者が出た可能性があります。韓国兵の強行突入は犯人グループの自爆と並んで、事件中も事件後も、乗客たちが最も恐れていた事態と口を揃えています。そんな乗客たちの気持ちよりも、乗客たちの命よりも、マクドナルド神父は重要だったのでしょうか。

アメリカ政府あるいはアメリカ軍はそう判断していたのでしょう。日本人を軽視するにもほどがあります。今からでも遅くないので、日本はアメリカを批判すべきです。

ところで、多くの証言から考えると、マクドナルド神父を救うようにアメリカは韓国政府の高官たちに伝えているようですが、日本政府の高官たちには伝えていません。少なくとも、駐韓日本大使の金山正英をはじめ、現場でよど号事件に関わった日本政府高官たちはほぼ全員知らなかったようで、よど号が韓国に着陸した時、驚いています。韓国と日本で、なぜアメリカはここまで違う連絡方法をとったのでしょうか。

その理由は、当時の韓国が軍事独裁政権であるのに対して、日本が民主主義国家だったからだと私は推測します。「CIAのスパイを救うためなら日本人の命を犠牲にしてもかまわない」といったアメリカの本音は世間に絶対に知らせたくありません。日本政府の高官たちがアメリカの本音を知ったら、「命令なので今は従いますが、事件後、いつまでも真実を隠し通すのは無理です」と言う日本人高官が一人は現れる可能性が高く、近いうちにアメリカの人命無視の対応が世間に、世界中に広まります。しかし、軍事独裁政権の韓国なら簡単に情報統制できます。「分かりました。強行突入してでもCIAスパイの北朝鮮行きは阻止するんですね。日本人乗客に死者が出てもいいんですね。韓国がそんな面倒な仕事を引き受けるので、その分、アメリカは武器の援助額を増額してください」と、公にはできない交渉もできます。それこそ、今の北朝鮮のように。

このような経過を見ていると、「だからこそ、独裁政権は危険で、民主主義は正義がある」と私は考えます。しかし、「だからこそ、民主主義は有事に対応できず、独裁政権はキレイごと抜きの現実的な対応ができる」と考える日本人もいるでしょう。そう考える日本人は、CIAの情報漏洩が100名の日本人の命よりも重要だとみなしているので、少なくとも愛国者ではありません。

胃瘻しないのに栄養点滴する理屈はない

このブログで何度も書いているように、日本の医療は世界最高です。特に高齢者に関してはダントツで世界史上最高の医療・福祉国家で、結果として高齢者に対する過剰医療、過剰福祉が行われています。高度経済成長もJapan as No.1も経験してきた十分恵まれた高齢世代の医療や福祉のために、恵まれない未来の世代に借金してまで、莫大な税金を使っている異常事態ですが、「十分すぎる高齢者の医療・福祉を削減すべきだ」と叫ぶ政治家やマスコミはほとんどいません。

話は逸れましたが、日本の無駄な延命治療として10年ほど前、マスコミが胃瘻批判を展開していました。認知症疾患診療ガイドライン2017にも書いてあるように、胃瘻が寿命を延ばすエビデンスはありません。2000年代くらいに、多くの医者が「QOLは低くなりますが、寿命は伸ばします」とエビデンス(統計結果)がないのに、理論的にそうなるだろうという予想で患者や患者家族に言っていましたが、間違いだったのです。

私も胃瘻は反対です。もちろん、ALSなど胃瘻が必要な患者さんはいますが、高齢者になって、神経や筋肉の低下あるいは意欲低下で食べられなくなった人たちにまで、胃瘻をする意味はないでしょう。本人以外の希望で(日本の医療現場では家族の希望で胃瘻造設されているケースが普通でした)胃瘻にすることは論外ですし、たとえ本人の希望があっても、医療費もかかるので、極論すれば、本人の全額自己負担でない限り、胃瘻は避けるべきでしょう。

一方で、下のグラフのように、胃瘻が補助栄養として最も延命効果が高いことも私は知っています。(EN胃=胃瘻、EN鼻=経鼻経管栄養、TPN=中心静脈栄養)

中心静脈栄養は抹消栄養(普通の点滴栄養)より多くのカロリーを投入できますが、腸を通さないので、どうしても腸が薄くなっていきます。腸は人体最大の免疫器官なので、腸が薄くなると、寿命が短くなります。経鼻栄養は栄養を腸で消化吸収できるものの、粒状物質しか摂取できませんし、上部消化管に違和感を与えます。胃瘻は補助栄養としては最も理想的な投与方法です。

その胃瘻ですら自然経過と比べて延命効果があると証明されていないのですから、他の補助栄養をする理由はほとんどありません。しかし、胃瘻は拒否したのに、なぜか中心静脈より延命効果が低いはずの点滴栄養を欲する患者さんが多くいます。さらに、それを認める医者まで多くいます。

1,胃瘻は補助栄養として最も延命効果がある。2,胃瘻は自然経過より延命効果があると証明されていない。3,胃瘻より中心静脈栄養は延命効果が低く、抹消静脈栄養はさらに低い。4,胃瘻は希望しない。

この条件を全て満たすなら、演繹的に「抹消静脈栄養は希望しない」にならなければいけないのに、そうなっていないのです。この理論的に矛盾している結論を受け入れる医師は、理論的な思考ができないので医師として不適格ではないか、とさえ私は思ってしまいます。

おそらく、多くの日本人が「胃瘻は補助栄養として最も延命効果がある」や「胃瘻より中心静脈栄養は延命効果が低く、抹消静脈栄養はさらに低い」ことを知らないのでしょう。医者も患者や患者家族に伝えていません。マスコミは短絡的に胃瘻批判をするのではなく、補助栄養全体がムダであることを国民に伝えるべきでしょう。

知的能力が低くても感情能力が高い人たちはいます

「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著、新潮新書)はひどい本でした。

IQテストを重視しすぎています。「誤解だらけのIQ」の記事でも書きましたが、知的能力を客観的に測るのは難しいです。また、IQは恒常性(年齢が変わってもIQは変化しない)があるものとされていますが、wikipedia知能指数によると10以上変化で85%、20以上変化で35%、30以上変化が9%もいます。正規分布以上の誤差があるので、とても恒常性があるとは言えないでしょう。

ましてIQによって、感情能力まで低いと考えるのは、差別です。私はダウン症児などの知的障害者にも100名以上会ったことありますが、知的能力と感情能力は必ずしも一致しません。むしろ、ダウン症児の方が、一般の方より穏やかという統計すらあります。IQは高くても社会的コミュニケーション能力(感情能力)が低い発達障害もいるのですから、IQは低くても社会的コミュニケーション能力(感情能力)が高い人たちも間違いなくいます。

上記の本では、IQの低い人たちを「計画が立てられないし、見通しも立てられない」と決めつけた上、「そもそも反省ができないし、葛藤すら持てない」とまで書いています。しかし、医学的に反省できない人など存在しません。どんな知的障害者であろうと、学習能力が少しはあるので、反省できないわけがありません。もしこの人は反省できない、更生できないと医学的に証明できるなら、その人たちはどこか特別な施設に一生暮らさせる他ありません。著者のような道徳観の医者が関わっていることが、少年院に入った者たちの再犯率が高い原因の一つでしょう。

上記の本には、こんなひどい記述もあります。

著者は少年院で「アイツはいつも僕の顔を見てニヤニヤする」「睨んできた」という訴えを少年からよく聞いたそうです。しかし、睨んだと言われた相手の少年に著者が確かめてみると、「なんことか全く分からない」と返答されることが頻繁にあり、「IQの低い人は感情の認知能力まで低い」という結論(偏見と書きたいです)を著者は導きだしました。

普通に考えて、「おまえがガンつけたらしいが、本当か?」と先生に言われたら、「なんのことですか?」ととぼけるに決まっています。相手の証言くらいで「ガンつけたかどうか」が分かるわけがありません。

私はある職場で似たような件でひどい目にあったことがあります。他の人がミスしたら「運が悪かった」「お客さんのせいだ」とかばってもらえるのに、私がミスした場合、私のせいにされ責められることが頻繁にありました。その職場で、私にいつも威圧的に話しかけるAさんに、私も威圧的に言い返すと、なんと、Aさんが私にパワハラされた、と上司に訴えたのです。私がショックを受けたのは、Aさんが私に威圧的に話しかけてきているのは、誰が見ても明らかだったのに、その目撃者全員が「Aさんが私に威圧的に話してはいなかった」と証言したことです。上司との話し合いで、Aさんが威圧的と感じたのは私の被害妄想とまで言われました。Aさんが威圧的でなかったと目撃者全員が証言したことこそ、私が職場でイジメを受けている証拠になったはずなのですが、その理屈は通りませんでした。私は謝罪文を書くよう強要されました。

話を戻します。IQが低いからといって、知的能力に限界があると判断するのは間違っています。まして、IQが低いと感情能力まで低いと医者が判断するなど、科学的にも道徳的にも許されないはずです。

褒めるだけで上手くいくはずがなく、本当に反省させることは極めて難しい

こんなことは誰もが知っていると私は考えていますが、現実には知らない人も多いようです。

「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著、新潮新書)からの抜粋です。

著者も参加する学校コンサルテーションでは、小中学校で困っている生徒の事例を先生が発表します。参加者でグループを作り、そのグループ内でどう支援すべきか討論し、グループごとに支援策を発表します。

そこで出てくる支援策の定番は「子どものいい所を見つけて褒める」です。問題行動ばかり起こしている子は、どうしても悪い面ばかりに目が向きがちです。しかし、全ての子にはいい面があります。小さなことでも褒めて、役割を与えて、できたら褒める、といった支援策です。褒めて、子どもに前向きにさせて、成長を促していければ、まさに理想的でしょう。

しかし、この支援策を提案されても、ほぼ例外なく、事例発表した当の先生は浮かない顔をしています。「言われなくても分かっているよ」と言いたげです。そんなことは何度も試したし、他の方法も全て試してうまくいかないから相談しているのが現実でしょう。

話は脱線します。「ground rules」の記事でも似たようなことを書きましたが、グループワークで正解が得られることはあまりないと私は考えています。実際、私が正解を言っていたのに、他の人たちが納得できなくて、間違った解決策がグループ内の結論になったことがあります。グループワークでワークショップの参加者の満足度は高まるのかもしれませんが、本気で解決することが目的なら、グループワークは適切ではない場合が多いでしょう。

上記の本の著者は少年院でも働いたことがあります。少年院で教官の先生から注意や指導を受けると、「僕は褒められて伸びるタイプなのに」と泣きながら言い訳する少年がいたそうです。きっと親からそう言われてきたのでしょうが、その結果が少年院です。

上記のグループワークで「褒める」と同じくよく出てくるのが「話を聞いてあげる」です。確かに「話を聞いてあげる」ことも大切ではありますが、「心理士の仕事は社会福祉士がするべきである」に書いたように、問題児や不良少年がそれだけで更生するなら、先生も困っていないでしょう。

ところで、上記の本の著者は立命館大学教授らしく、その前任者の教授は「反省させると犯罪者になります」(岡本茂樹著、新潮新書)を記したそうです。この本は私も読みましたが、ひどい内容でした。著者の岡本も「ケーキの切れない非行少年たち」の著者の宮口同様、少年院で働いたことがあるようで、そこで少年たちに反省ばかりさせても、少年たちが全く反省できていないことから、「反省させると犯罪者になる」とまで考えてしまったようです。しかし、普通に考えれば、それは行き過ぎです。触法少年たちを反省させるべきなのは間違いないはずです。

確かに、反省一辺倒で、形だけでも反省させようとする現在の日本の少年院の指導方針に問題はあります。結果として、反省したはずの少年たちが出所後に再犯する確率が高いのも事実でしょう。そこから導かれるのは「触法少年たちを本当に反省させることは極めて難しい」になるべきで、だとしたら「本当に反省させるにはどうするべきか」「どういった少年には出所後もどれくらいの期間、保護観察を続けるべきか」などが検討課題になるはずで、「反省させると犯罪者になる」は極論です。

タイトルの繰り返しになりますが、本当に反省して、習慣や行動を根本的に改めるのは、どんな人だって容易ではありません。触法少年たちなら、なおさらでしょう。少なくとも、岡本のような浅い人間観の奴には不可能に近かったようです。

「自己肯定感」「自尊感情」という言葉を使うべきでない

「本当の貧困の話をしよう」(石井光太著、文藝春秋)はひどい本でした。私が絶賛した「浮浪児1945」(石井光太著、新潮文庫)の著者であり、その他にも私が素晴らしいと考えた本の著者なので期待していましたが、裏切られました。

最初から「自己肯定感が高いことが重要だ」「貧乏でも成功する人と失敗する人の違いは、自己肯定感の有無だ」と断定しています。

「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著、新潮新書)の著者の精神科医は、学校コンサルテーションを定期的に行っているそうです。学校で先生たちに困っている子どもの事例を発表してもらい、著者も含めたみんなでどうするかを考えます。その会で100%例外なく出てくる言葉が「この子は自尊感情が低い」だそうです。この精神科医少年鑑別所でも働いていたそうですが、そこの少年調査書にも必ずと言っていいほど「当少年は自尊感情が低い」と書かれています。こういった表現に、この精神科医は違和感をいつも覚えると書いています。私も同感です。

「自己肯定感」「自尊感情」が高いことはいいことでしょうか。「自分は素晴らしい」「自分はもっとできる」と考えている人とは、私はあまりつきあいたくありません。意識的にしろ、無意識にしろ、他人からも高い評価を求めてしまうからです。

そもそも「人は自分のためにしか生きられない」に書いたように、全ての人は自己防衛反応からか、形は違っていても、自己肯定感や自尊感情を持っているはずです。「私には無理だ」「俺はバカだから」と言っている人でも、「そんな自分でも認められるべきだ」といった自己肯定感や自尊感情を持っていたりします。むしろ、問題行動を起こす人たちは「そんな私でもいいじゃないか」「ありのままの俺を受け入れるべきだ」という異常に高い自己肯定感や自尊感情を持っており、手に負えなかったりします。当たり前のことですが、見方さえ変えれば、全ての人は自己肯定感や自尊感情が高い側面と、低い側面を持っています。

「『自己肯定感』や『自尊感情』を高めるべきだ」と言っても、本来そうすべきかも不明ですし、具体的になにを目指したいのかも不明です。「自己肯定感」や「自尊感情」などの無意味な言葉を使用せず、「あなたが生きてもいいと分かってほしい」「あなたの価値を理解できる人もいることを知ってほしい」「達成感を味わってほしい」「成長できることを学んでほしい」など、別の表現を使うべきでしょう。

留学生から特定技能に移行しなかった理由

コロナ禍前の統計ですが、日本にいる外国人の資格内訳は下の通りです。

出稼ぎ目的の外国人が日本で実習生と留学生になる理由」に書いた通り、技能実習生だけでなく、留学生にも出稼ぎ目的の者が少なくありません。留学生は週28時間のアルバイトが認められており、これは諸外国と比較して長く、月に10万円ほど稼げます。場合によっては違法でそれ以上働けます。

前回の記事に書いたように、日本は34万5千人の特定技能のうち45%は技能実習生からの移行と公式に発表していました。それ以外の55%の多くは、非公式ながら、これまでの留学生で満たすことを目論んでいたようです。その証拠が、特定技能を新設した改正入管法の議論の前後で、留学希望者に対する審査が極端に厳しくなっていることです。日本語学校への4月入学ビザ交付率を2018年と2019年の東京入管分で比較すると、ミャンマー人は83.7%から4.3%、ネパール人は47.8%から2.3%、バングラデシュ人は68.8%から0.8%と、まさに激減です。交付率が下がっていないのは中国人だけで、これはアルバイト目的の中国人が少ないからです。

この留学生出稼ぎ外国人を阻止したのは、「出稼ぎ目的なら留学生ではなく特定技能として来てください」という日本側のメッセージと考えて間違いないでしょう。しかし、前回の記事にも書いたように、特定技能はあまりに拙劣な制度設計だったため、初年度に目標の10分の1の人数も受け入れられませんでした。留学生からの特定技能への移行も円滑に進みませんでした。

結果、日本の外食産業の人手不足が深刻化しました。技能実習で外食産業は認められておらず、外食産業の慢性的な人手不足はここ20年ほど留学生で補われていたのです。しかし、出稼ぎ目的の留学生は阻止したものの、その穴埋めになるはずの特定技能の受入は失敗しました。2019年の外食産業の特定技能の受入想定人数は4000人でしたが、実際にはわずか100人しか受け入れできませんでした。もし2020年にコロナ禍がやってこなければ、外食産業の人手不足は惨憺たる状況になっていたはずです。

それにしても、これから来る留学生はともかく、既に日本に来ている留学生たちは、なぜ特定技能に移行しなかったのでしょうか。留学生は、技能実習生と異なり、日本語学校などに通っているので、日本語テストについてはN4くらい容易に取得できるようです。もう一つの技能テストも、日本にいれば難なく受験できます。実際、留学生からの移行を非公式に目指したこともあり、外食産業は他業種に先行して技能テストが日本国内で実施され、2019年で1546名も合格しました。しかし、実際に特定技能を取得したのは37名だけです。留学生だと週28時間しか労働できませんが、特定技能だともっと働けて、もっと稼げます。出稼ぎ目的であれば、特定技能に移行した方がいいのですが、なぜ留学生は移行しないのでしょうか。

本には、その理由を二つあげています。一つは国民年金の未納です。日本の社会保障制度は、国籍に関係なく適用されるため、国民年金も支払い義務がありますが、少なくない留学生は国民年金を払うメリットがないので、未納にしています。未納だと特定技能への移行でひっかかるようです。

もう一つの理由が、留学生は特定技能ではなく、一般的な就労ビザ「技術・人文知識・国際業務」を取得したいからです。就労ビザは、特定技能と異なり、日本に家族を呼ぶことができ、更新が可能です。そういった人たちにとって、特定技能は滑り止めに過ぎず、技能テストも受けたら合格した、くらいの認識のようです。

前回と今回の記事に示したように、特定技能制度はメチャクチャで、コロナ禍がなければ、もっとボロが出ていたことでしょう。外国人労働者、あるいは移民問題は、日本の経済・政治・社会に関わる重要問題です。国民全体が特定技能・技能実習生・留学生の問題についてもっと広く深く知らなければならないのですが、これまでの私の一連の記事に書いた基本知識を持っている日本人は、監理団体や日本語学校や受入企業などの関係者を除けば、1%もいないでしょう。マスコミの人たちだって、これら基本知識の半分も持っていないのではないでしょうか。

このブログで何度も繰り返したことですが、日本の外国人労働者問題の一番の基本なので、また書いておきます。日本は労働力不足です。日本人が嫌がる仕事を低賃金でしてくれる外国人労働者様は、日本経済を活性化してくれる金の宝です。私のよく知る業界でいえば、夜間の介護者不足などは深刻で、一人外国人労働者が来てくれただけで、救われる高齢者が確実に数人増えます。マスコミも介護殺人を一人でも減らしたいと本気で考えているのなら、感情的な報道を流すだけでなく、解決に直結する外国人介護者を増やすように主張すべきです。介護職だけでなく、日本には外国人労働者が一人来てくれるだけで助かる職場が、他にも山のようにあります。

西洋諸国のように、移民が押し寄せるような心配をする必要は、まずないでしょう。事実、技能実習の期間も特定技能の期間も、永住権取得に必要な10年間には含まれないように設計されていました。上記のように、これだけボロのある法案を成立させたくせに、移民を防ぐ条文だけは完璧に仕上げているのです。日本の政治家たちはそこだけは抜け目ないので、安心して外国人労働者をどんどん受け入れて、私たちの生活をより便利にしてもらいましょう。

特定技能は日本の雇用許可制になれるのか

現状、なっていません。なれそうもありません。

特定技能が適応される2019年頃、頭の弱いコメンテーターが「既に日本は移民大国になっている。特定技能を導入したら、日本にさらに移民が押し寄せて、西洋の国と同様に外国人犯罪が多発する」と本気で心配するコメントをテレビで言っていて、私も唖然としたことがあります。

(西洋の国ほど日本に移民が押し寄せることなどありえない。そんな魅力が日本にあると思うなんて、どこまでうぬぼれているんだ。世界の中の日本を全く客観的に把握できていない。日本の政治家も国民も移民を大量に受け入れる度胸などない)

その私の感想は当たっていました。移民の大量流入外国人犯罪を心配するコメントを出していたバカコメンテーターは今からでも「完全な見当違いでした。日本は慢性的に3K職場の労働力不足なのですから、むしろ、外国人にもっと来てもらえるようにすべきです」と前言撤回してほしいです。

特定技能は、技能実習の失敗をもとに成立した(はずの)制度です。国際貢献という建前で裏口から労働者を受け入れる技能実習とは違い、正面から労働者を迎え入れます。「多くのベトナム人が日本に来たがる理由と失踪する理由」で批判した「前職要件」など撤廃して、実体である外国人の単純労働を認める在留資格です。

技能実習と違い、特定技能だと外国人が直接、日本企業と労働契約も結べます。監理団体や送り出し機関などの中間搾取者を無視できるのです。

これで日本の労働力不足が解消されて、日本経済が活性化され、外国人労働者は中間搾取などなく正々堂々とお金を稼げる……とはなりませんでした。

第一の問題は、特定技能に要求される日本語テストと技能テストです。なんと、ほとんどの国でこれらのテストが十分に行われていないのです。

日本語テストはN4に合格することが要求されます。「ベトナムの日本語および職業訓練センター」に書いたように、1日10時間勉強しても、実際にこのN4に合格できるベトナム人は少数のようです。ただし、この日本語テストはまだいいと私は思います。

問題なのは、技能テストです。技能実習生の最大の送り出し国であるベトナムでは、当然、特定技能でも多くの労働者を送り出してくれると期待されていました。しかし、2020年3月まで、つまりコロナ禍前まで技能試験が一度も実施されていないのです。本によると、実施予定すらありません。コロナ禍後は、特定技能どころでなくなったのは周知の通りです。

特定技能は5年で34万5千人、初年度だけで最大5万人ほどを受け入れる計画でしたが、2019年4月から12月までの交付者はなんと1621人でした。2020年3月まで目標の4万人より1桁は下回ることが確実になりました。特定技能の導入で、人手不足が解消すると期待した業界関係者が激怒したのは当然です。

法案成立に関わった自民党関係者は「参院選をにらみ、人手不足業界に恩を売るため、拙速で成立させた法案」と正直に著者に述べたようです。

バカな話ですが、ここまで特定技能が機能しないとは誰も想像していなかったようです。それくらい政治家や官僚は現場を分かっていませんでした。現場では、人手不足産業の会社が3名の特定技能の紹介費用として180万円を人材派遣会社に払ったが、手続きが進まず、いつまでたっても特定技能労働者が1名もやってこないので、返金請求したが、4割しか返金できないと言われた、などのトラブルが多発しました。もちろん、日本政府も焦りました。機能しない第一の理由は技能テストが行われないことなので、観光などの目的で日本に入国する短期滞在者にも技能テストの受験機会を与えることにしました。受験機会が整わない海外ではなく、自力で受験機会を整えられる日本での受験を促したのです。そうなると「仮に試験に受かっても就職が保証されるわけではない。試験目的の短期ビザで入国し、違法で働く者が増える」心配が出てきます。この対応がうまくできるかどうか分からないうちに、コロナ禍でうやむやになっていました。こんな上手くいくかどうか分からない政策ではなく、「どうせ単純労働なのだから、技能テストそのものを廃止したらいい」という発想が浮かばないことが私には謎です。

ところで、2019年に特定技能となった外国人で最も多いのは、901人のベトナム人です。技能テストがベトナムで一度も行われていないのに、なぜベトナム人が特定技能の資格を取得できたかと言えば、技能実習生は日本語テストと技能テストの両方が免除されるからです。政府も特定技能の45%、建設業や農業については特定技能の90%を、技能実習生からの移行を想定していました。しかし、特定技能に移行できる数万人のベトナム人ですら、わずか900人しか移行していないので、これすら機能しなかったのです。

では、監理団体や送り出し機関の中間搾取者を排除できるメリットは、機能したのでしょうか。残念ながら、これも機能しなかったようです。受入企業は特定技能外国人支援計画という面倒な書類を作成し、書類通りに計画を実施する義務があります。つまり、技能実習で監理団体が行っていた役割を、特定技能では受入企業に求めたわけです。しかし、単純労働を求める零細企業に、そんな書類を作成する能力も、外国人を支援する能力もあるはずがないので、これらの業務をしてくれる「登録支援機関」というものが新しく創設されました。特定技能の登録支援機関は、名前が変わっただけで、実体は技能実習の監理団体です。監理団体はNPOで許可制だったのですが、登録支援機関は営利企業でも参入できて登録制のせいか、2020年で既に4千件も登録されており、監理団体の3千件よりも多くなっています。

日本の監理団体は残ったとしても、外国の送り出し機関はどうなったのでしょうか。残念ながら、ベトナムに関していえば、送り出し機関が排除されたことで、特定技能が浸透しなかったようです。日本としては、送り出し機関を排除して、外国人労働者渡航費を安くしたかったのですが、そうなると、送り出し機関、および送り出し機関から賄賂をもらっているベトナムの役人たちの旨味がなくなります。ベトナムで技能テストが行われない理由は、どうもそんなところにあるようです。

前回の記事でも紹介した研究にあるように、中間搾取者を排除したはずの韓国の雇用許可制ですら、ベトナムでは中間搾取者が存在しているようなので、ベトナムで中間搾取者を排除するのは極めて難しそうです。より好ましい制度にするためには、どうするべきか、(おそらく理性的な話し合いがベトナムの役人に通じないことも踏まえて)韓国の雇用許可制も参考にしながら、考えるべきです。

なお、特定技能を取得する外国人として、日本政府は技能実習生からの移行の他に、留学生からの移行も期待していました。留学生からの特定技能移行も失敗した理由については、次の記事に書きます。

「韓国は外国人労働者天国」は本当か

「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)によると、ベトナム人労働者が払う韓国への渡航費はわずか7万円です。ベトナムで韓国語テストに合格しなければならないので、それにかかる費用も事実上必要になりますが、その韓国語習得費用も1万8千円程度です。失踪防止目的で約45万円の保証金を預けますが、預金者(ベトナム人労働者)が無利子で借りられる上、帰国すれば返還されます。

優秀な労働者を韓国や台湾にとられる日本」にも書いたように、韓国は1993年に日本同様に「産業研修医制度」を導入し、国際貢献を名目にして、単純労働を外国人に依存しようとしました。しかし、日本同様にブローカーに多額の借金をして来韓する研修生が多く、失踪した方が稼げるため、外国人労働者不法滞在者率は2002年には80.2%に達しました。その反省から2004年に「雇用許可制」を導入し、採用はすべて国と国の機関同士で行われ、あっせん業者やブローカーが入り込むことはできず、ピンハネはなくなりました。日本と異なり、韓国企業が面接などで海外まで行く必要もありません。

韓国も、日本同様、最低賃金外国人労働者を働かせています。韓国の最低賃金は、日本以上に急激に上がっており、日本と韓国での最低賃金差はそれほどなく、どちらも月15万円程度の稼ぎになります。決定的な違いは、待遇にあります。韓国では、寮費が会社持ちで、日本のように給料から天引きされません。それどころか、出勤日は工場内の社員食堂を無料で利用できる上、休日も1日3食の実費相当を食費として支払っているのです。だから、日本だと手取り11万円なのに、韓国では手取りが給与のまま15万円となります。

ここまで好待遇にする理由は、雇用許可制だと、雇用主の承認があれば、年1回、合計3回まで転職が可能だからです。日本では認められない「給与の高い会社だから」「仲のいい友だちがいるから」という自己都合による転職も認められるそうです。最低賃金が急上昇した韓国では、これ以上給料を上げることは難しいので、待遇で外国人労働者を確保するしかないようです。本では、年2回の社内イベントを実施し、年末には70万円のボーナスも支給した例まで紹介されています。社内イベントもカラオケ大会レベルではなく、「南の島(済州島?)に二泊三日旅行した。ペンションに泊まり、水上スキーを楽しみ、夜はみんなでバーベキューした。もちろん、費用は全部会社もち」とミャンマー人に著者は自慢されたそうです。日本の実習生を取材した著者としては、信じられない好待遇だと驚いています。

夜勤や残業代を加えれば、年に400万円は貯金できそうです。これだけの好待遇なら、韓国人でも働きたい人がでてくるのではないか、という著者の感想はもっともです。韓国の受入企業経営者はそれを否定しました。「金属を溶かして鋳型に流し込む作業です。夜勤もあり、危険も伴う作業です。韓国人からの応募はないに等しく、仮にあったとしても、すぐに辞めていきます。外国人は残業があっても、むしろ喜んで働いてくれます」と言ったそうですが、にわかに信じがたいです。

おまけに、韓国だと日本より長期間働けます。日本の技能実習生だと通常3年、長くて5年ですが、韓国だと通常4年10ヶ月、長いと9年8ヶ月となります。

こうまで日本と差があると、99%の外国人は日本ではなく韓国で働きたくなるはずですが、そうなっていません。下の表にあるように2019年のベトナムに限っていえば、韓国の10倍以上も人が、日本に出稼ぎに来ているのです。なぜでしょうか。

本では、その理由としてベトナムの腐敗をあげています。ベトナム共産主義国家なので、特に1986年のドイモイ政策以前の世代は、地位やチャンスは賄賂で買うものだとの意識が強いようです。高いお金を要求されればされるほど、好条件、好待遇の仕事が得られるとベトナム人たちは考えてしまいます。手数料のもっと安い送り出し機関を断ってまで、日本に技能実習生として来たベトナム人は「手数料が安いので信用できないと親が言った」と実際に述べたようです。

しかし、10倍の手数料の差があるのに、10倍も来る人数が違うので、それが主な理由のはずがありません。

韓国の移住労働者労働組合委員長のネパール人に、著者が上記の好待遇の話をしたら、鼻で笑われて、こう言われたそうです。「取材に対応するようないい韓国の受入企業は、全体の2割程度でしょう。雇用許可制の受入企業の大半は従業員30人に満たない小さな会社で、まだまだ劣悪な環境にあります。もし雇用許可制が素晴らしい制度なら、失踪者も出ません」

2018年に韓国は5万の外国人を雇用許可制で受け入れましたが、同年に9500人が不法滞在者になったそうです。日本の技能実習生の失踪率の3%よりも遥かに高い数値です。受入企業によって差が大きいことは、日本同様、韓国でも大きな問題です。上記の好待遇企業と失踪率の高さのアンバランスからすると、日本以上に韓国の差が激しいのかもしれません。韓国には外国人労働支援センターもありますが、日本の外国人技能実習機構同様、上手く機能していないようです。

しかし、それでも、やはりベトナム人が韓国ではなく、日本に来る理由が私には納得できません。そこでヒントになるのが、「韓国では就業までに1年かかる。日本だと最短で4~6ヶ月、台湾なら1ヶ月後に働き始められる」という文でしょう。日本の技能実習生の外国人と、韓国の雇用許可制の外国人の国別内訳には以下のような明らかな差があります。

韓国は多くの国から均等に外国人労働者を受け入れているのに、日本は一つの国から多くの外国人労働者を受け入れています。自由競争にしていれば日本のようになり、韓国のようにはならないはずです。おそらく、韓国政府が多くの国から均等に外国人労働者を受け入れるように調整しているのでしょう。つまり、韓国に雇用許可制で来たい外国人は、日本よりも遥かに多くいるが、韓国が入国制限しているので、止むを得ず韓国を諦め、日本を選んでいるベトナム人が多いのではないでしょうか。そうであるなら、日本に来ているベトナム人は、韓国よりも質が低いに違いありません。

著者の取材中、韓国の政府関係者はこんな本音を言ったそうです。「潰れかかった会社を存続させることが目的なら、外国人労働者の受け入れはやめた方がいい」 韓国政府が「これはおかしい」と思う企業は、外国人労働者を受け入れさせていないようです。著者は日本もそうすべきと述べていますが、私も同意見です。

ところで、本の記述とは異なり、韓国の雇用許可制は、必ずしもブローカーを排除できていないことを示した研究が出てきました。

この研究にあるように、韓国の雇用許可制は「国連公共行政大賞」を受賞するほど素晴らしい政策でした。日本も模倣すべきだと私も考えます。ただし、形だけ模倣しても機能するとは限らないですし、韓国のように中間ブローカーを完全に排除できないかもしれません。中間ブローカーのメリットとデメリットを検討して、国別に制度を変更するなどして、韓国以上の雇用許可制を日本に導入すべきです。

ベトナムの日本語および職業訓練センター

「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)からの抜粋です。

日本の受入企業に採用されたベトナム人技能実習生は、4ヶ月から1年間、「訓練センター」の寮で寝泊まりして、朝から晩まで日本語と日本文化のスパルタ教育を受けます。送り出し機関自らが「軍隊式」と呼んでいるほど、徹底して勉強させます。以下は、訓練センターでの1日の過ごし方です。

朝6時には、お揃いのユニフォームを着たベトナム人が校庭に集まって、日本のラジオ体操をします。著者が取材した訓練センターは570名の生徒がいて、その全員が一糸乱れず動く様は圧巻だったそうです。

6時半から清掃が1時間。8時から1時間ごとの授業が6コマ。この授業の間に15分休憩と昼休み、午後の清掃。午後4時半から再びラジオ体操。夕食は午後6時。午後7時から10時まで1時間授業が3コマ。消灯は午後10時半。自由時間はなし。

授業は皆真剣に受けており、私語は一切ありません。訓練センター内には、あらゆる場所に日本語の標語が掲示されています。階段の一段一段に日本語単語シールが貼られ、「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)」「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」について説明する掲示物も著者は見つけています。

学校の許可が出れば、月1度、帰省が許されますが、原則、平日は学校と寮を往復するだけです。寮は男女別になっており、異性の寮に入ったことが明らかになると、退学処分になります。部屋は10畳くらいの大きさに、二段ベッドが6つと、荷物を入れるアルミケースが人数分あるだけです。テーブルもなく、テレビなどの娯楽機器もありません。ベッドは薄いゴザが敷かれ、枕の横には掛け布団がきっちり畳まれていました。

ベトナム人技能実習生が日本に来る前に4ヶ月から長ければ1年間も、こんなスパルタ教育を受けていることを私は全く知りませんでした。コロナ禍前までは、毎年、数万人ものベトナム人が朝から晩まで日本語を勉強していたのです。ある元技能実習生は日本行きを決めた理由として、高校時代のこんな体験を語っています。

「子どもみたいに見えた人が、日本に行って帰ってくると、大人びた感じになっている。そして、家が建ったり、お金をたくさん持って帰ったりします」

その理由は、日本の3K職場でせっせと働いたこともあるでしょうが、出国前にこんなスパルタ教育を受けたこともあるでしょう。韓国や台湾行きの訓練センターがどうなっているかも、ぜひ知りたいです。

上記のような訓練センターでの生活に耐えられる日本人は現在、私のような変人くらいでしょう※。受入企業は、実習生たちがこんな勉強漬けの教育を真剣に受けてきたことを知っているのでしょうか。知っていたら、ベトナム人への尊敬の念が湧くでしょうから、パワハラやセクハラはできないはずです。ぜひ、この訓練センターの実体を日本でも周知させてほしいです。

ところで、ここまでスパルタ教育を受けているのですから、日本語レベルは相当に上がると思ってしまいますが、現実は、せいぜいN4程度だそうです。半年未満しか訓練センターにいない人もおり、本によると、N4すらも到達しない人が多数派のようです。

技能実習生が日本で習得したもので、帰国後に最も役に立つ能力は「日本語」だそうです。だから、日本人と多く接する機会のある職場は、ベトナム人にも比較的人気があるようです。そんな職場で働いて日本でN3を取得できれば、帰国後に訓練センターでの日本語教師の職が得られます。その給与は4万4千円程度で、ベトナムでは高給です。N2以上となると、送り出し機関の営業部に就職でき、給与も9万円以上になるようですが、実習生は3年も日本にいながら、そこまで日本語力を高められる人はまずいないそうです。

私が中国にいた15年ほど前、多くの上海の日本企業は、中国人の採用条件としてN2以上を要求していました。ベトナム人にとっては中国人以上に日本語が難しいのかもしれませんが、技能実習生が3年も日本にいるのに、N2はもちろん、N3やN4も取得できないのは残念です。

 

※「フィリピンの語学学校事情」にも書きましたが、私はフィリピンで語学学校と寮の往復だけの生活をしていました。そこではこの記事の日本語学校と違い、夕方以降に授業がありませんでしたが、私は夕方以降も授業を欲していた一人です。

技能実習生はなぜ莫大な渡航費を払っているのか

多くの外国人技能実習生は70万円~100万円という莫大な渡航費を払って、日本に来ます。日本への航空券代はその10分の1程度なのに、他の費用は一体どうして生じているのでしょうか。それについて調べあげた貴重な本が「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)です。なお、この本は、現在日本で最多の技能実習生であるベトナム人に取材しているので、これまでの記事でも、これからの記事でも特に断りなく、ベトナムの話ばかりになっています。

タイトルの問に一言で答えるなら「中間搾取されているから」になります。ただし、この中間搾取費用には、日本語習得費などの妥当な費用も入っているので、一概にムダとも言い切れません。

日本では、受入企業が外国人の技能実習生を雇う時、監理団体を通さねばなりません。「ルポニッポン絶望工場」(出井康博著、講談社+α文庫)を元に、「外国人実習生からピンハネする官僚たち」に監理団体の腐敗を大げさに書きましたが、誤解を生むような内容もあります。たとえば、「実習生への日本語教育が名ばかり」というのは間違いと言ってよく、多くのベトナム人は次の記事「ベトナムの日本語および職業訓練センター」に書くように、日本の99%の学校よりも厳しい軍隊式教育を数百時間も受けています。

監理団体はNPO法人に限られ、2020年で日本に約3千団体も存在するそうです。監理団体は技能実習生が不当に扱われないか定期的にチェックして、技能実習生からの相談に真摯に対応する義務があります。しかし、「監理団体にとって技能実習生の受入企業はお客様です。すべての監理団体にあてはまる訳ではありませんが、かりに実習生の職場環境が劣悪だと気づいても、お客を失う怖さから企業側に立つケースが往々にあります。そもそも監理団体職員一人で数百人の実習生を監理するケースもあり、十分な対応をする余裕はありません」という状況のようです。とはいえ、監理団体は実習生一人あたり月3万~5万円も受入企業から受け取っているのですから、職員一人で数百人対応しなければならないのなら、その監理団体の運営方法が間違っている証拠になります。

渡航費の話に戻ります。法令で上限と定められた43万円しかベトナム人技能実習生に請求しない監理団体もあるのは事実ですが、「日本の監理団体が10社あれば、そのうち8社」は不当な料金を徴収しているのが現状です。

日本側に監理団体という中間搾取者がいるように、外国側にも「送り出し機関」という中間搾取者がいます。全ての外国人はこの送り出し機関を通じて、日本の受入企業に技能実習生として採用されます。送り出し機関は日本の行政側の呼び方で、ベトナムでは海外労働者向け人材派遣会社と呼ばれます。日本の監理団体がNPOであるのに対し、送り出し機関は民間企業です。2020年でベトナムには政府認定された353社の送り出し機関があるそうです。

送り出し機関が監理団体に賄賂を渡しているため、ベトナム人技能実習生の渡航費が高くなっています。単純な賄賂もありますが、「同じ日本人として恥ずかしい(と著者が書く)」ナイトクラブで女性をはびこらせ飲んでいる接待営業まであります。ベトナムで売春は非合法なのですが、ベトナム政府公認の売春クラブでの接待を喜んで受けたがる監理会社や受入企業の日本人を見て、「技能実習生に関わる日本人は『程度が低い』んですよ。日本人が嫌いになりました」というベトナム人の言葉が本には載っています。

このような売春婦やホステスによる接待営業は、中国人がベトナムに持ち込んだそうです。10年ほど前、技能実習生で中国人が最も多かった時、女性をあてがった接待営業が日本人に有効だったようです。中国の経済発展により、中国人の技能実習生が少なくなると、中国人が裏からベトナム人を操り、同じ営業方法をベトナムで行わせたようです。特に受入企業が建設業界の場合、この因習は根強いと本には書いています。

ただし、朝日新聞には以下のような記事が載っていました。中国人犯人説は、ベトナム人が日本人記者に使ったおべっかの可能性が高いと思います。実際、上記の本には、ベトナム人を操る黒幕の中国人は一人も出てきません。朝日新聞の日本人犯人説が実態に近いと私は考えます。

監理団体への賄賂は、当然違法なので、現金を手渡ししているようです。その賄賂の受け手は、理事長などの一部幹部に限られます。監理団体職員全体が賄賂を享受しているわけではありません。ある送り出し機関の幹部は元実習生であり、こんなことを著者に言ったそうです。「日本人は真面目で誠実な人が多いと思っていて、実際そうだった。だけど、送り出しに関わって、こんなクソみたいな日本人がいるのかと失望した」
当たり前ですが、こんな悪徳監理団体と取引したい人など、普通なら、ベトナムにも他の国にもいません。しかし、賄賂の要求を拒否すると、「送り出し機関は一つでない」と監理団体から求人票が回ってこなくなります。求人票がなければ、送り出し機関はなにもできません。「送り出し機関と監理団体には歴然とした力の差がある」と本には書いています。
日本に失望してしまう情報ばかり書いてきましたが、希望もあります。「新しい技能実習制度以降にできた監理団体は賄賂などを求めないところが大半です。そんなお金は要らないから、実習生の負担を軽くしてほしいと言ってきます。ベトナムの送り出し機関は『そんな監理団体はあるはずがない』と信じない人が多いですが、少しずつ理解が広がってきます」と本には書いています。
悪徳監理団体が自然淘汰され、より多くのベトナム人が日本に適正料金で来て、日本を好きになることを切に願っています。

大半のベトナム人実習生は日本で成功している

外国人労働者の報道といえば、「劣悪な労働環境で働かされる外国人」が定番です。2019年に報道されたNHKドキュメンタリー番組の「ノーナレ」もその例に漏れません。

「厳しいノルマを課され、仕事は朝の7時から11時まで。洗濯する時間もなく、雨の季節は生乾きの服を着て作業をした。窓のない寮に28人が押し込められ、共同生活を強いられた。何かあれば『ベトナムに強制帰国』と脅される。婦人服や子ども服の製造を聞かされて来日したが、実際の仕事はタオルの製造……。『家畜扱いされて1日中叱られています』」

このベトナム人技能実習生たちは愛媛県今治市のタオル工場で働いていたので、今治タオル不買運動がネット上で起こり、国際的な今治タオルブランドの炎上騒ぎにまで発展しました。

この「ノーナレ」を観た「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)の著者は、違和感を覚えたそうです。

なぜここまで劣悪な労働環境が野放しになっていたのでしょうか。こういった労働環境を許さないための法律は日本にいくつもあります。3ヶ月に1度は監理団体職員が実習生の職場まで行って状況を聞くことも義務づけられています。悪徳企業が技能実習生を搾取していても、それを止める制度があるはずなのに、なぜ機能しなかったのでしょうか。今治タオルの企業だけでなく、その監理団体、さらにいえば、監理団体の許認可を持つ外国人技能実習機構の責任は問われるべきです。しかし、外国人技能実習機構はもちろん、監理団体についてすら一切言及ないまま、番組は終わってしまいました。実習生がどのような経緯で、どのような目的で日本に来ているのかについての説明もありません。こんな説明不足の感情的な番組なら「このような劣悪な労働環境で働かされるベトナム人がいる理由」やその問題解決手段を考え出すのは不可能です。著者はNHKに「監理団体や外国人技能実習機構に取材したのか」などの疑問を送ったそうですが、「関係機関とのやりとりは、取材・制作の過程に関わるため、お答えしていません」とふざけた理由で返答拒否されています。

著者はあとがきで、こんな皮肉を書いています。

「共生社会という言葉が嫌いだ。特にリベラル寄りの媒体、識者から発せられるそれは。(そんなキレイごとを吐く奴らには)日本語を話せない外国人留学生とともに、深夜のコンビニの弁当工場で働くことをお勧めしたい」

私も同感です。

確かに、日本人に対してはまず行わないような非人道的な労働環境にさらされる技能実習生がいるのは紛れもない事実です。ただし、「外国人を搾取する日本人は許さない」と自分はそいつらと違うと高みの見物をして、その背景を説明しないのなら、問題は全く解決しないので、偽善でしかありません。このNHK取材班は、大半のベトナム人技能実習生が日本でお金を稼いでいっている事実を知っているのでしょうか。技能実習生が日本で稼いだ金で建てた家が、ベトナムに数百もしくは数千もあることを知っているのでしょうか。

技能実習生といえば失踪者が注目されますが、前回の記事に書いたように、最大の失踪理由はお金です。労働環境よりも、パワハラよりも、お金が理由で失踪することが多いのです。

それに、失踪する外国人の率はわずか3%です。後の記事でも書くように、韓国の「雇用許可制」の外国人労働者は失踪率が20%程度であることを考えると、極めて少ないです。もちろん、下のように日本人の離職率よりも桁違いに低いです。

技能実習生の失踪者が多い業界は、建設業、農業、繊維・衣服となっています。失踪者が多い業界はベトナムでも知られているらしく、技能実習生を募集しても、ベトナム人応募者が集まりにくいようです。この3業界が不人気な理由も、やはり、お金が稼げないからです。建設業は、拘束時間が長いものの、現場までの数時間の移動中が無給になる上、天気が悪いと休みになって1日無給となります。農業は個人経営が多いせいか、労働法を理解しておらず、残業代の未払いが多発するようです。繊維・衣類は時給計算ではなく、出来高払いが多いため、長時間労働の割に低賃金のようです。

なお、技能実習生の失踪率が圧倒的に少ない国はフィリピンです。技能実習生の送り出し国上位5位で比べたところ、ベトナム3.9%、中国3.2%、インドネシア1.9%、タイ1.2%ですが、フィリピンは0.4%です。ここまで失踪率が低い理由は、フィリピン政府が「海外労働者からいかなる費用も徴収してはいけない」と定めているからのようです。ベトナムのように、教育費を労働者に負担させることはできず、受入企業負担となり、受入企業が送り出し国から賄賂を受け取るなどはもってのほかです。ただし、他の国と比べると、余分な手続きがあり、時間もかかるので、受入企業から避けられている、と本にはあります(とはいえ、フィリピン人の技能実習生は日本で3番目に多いです)。

逆に言えば、安易に人を欲しがる企業がフィリピンを避けた結果として、フィリピンの突出した失踪率の低さがある、と著者は賞賛しています。

多くのベトナム人が日本に来たがる理由と失踪する理由

「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)の記述に、私は共感しました。共感した部分はいくつかありますが、そのうちの一つがベトナム人技能実習生に対する「嫉妬」です。わずか3年間日本で働いただけで、下の写真のような家が300万円で建った成功例を見て、「俺も技能実習生になりたい」とまで著者は言ったそうです。

ベトナムはアジアの中でも極めて貧しい国であり、衛生面は悪く、日本に来る技能実習生に「近くの沼などで魚やカエルなどを捕まえて食べたりしない」と注意喚起するほどの後進国です。だから、「普通の日本人が貧しいベトナムで生活することなど耐えられるわけがない。この記者は世間知らずか」とも思いますが、高卒記者の著者が嫉妬する気持ちも分かります。「あの成長著しい国で生まれていれば、もっと努力できて、もっと幸せになれて、もっと価値ある仕事ができていたのに」と、私も発展途上国の若者が羨ましくなったことが何度かあったからです。

ベトナムから日本に来ている技能実習生のほとんどは、ハノイホーチミンなどの都会出身でなく、地方出身の若者です。ベトナムの地方での月給は2万円程度で、農家であれば月1万~1万5千円にしかなりません。一方、日本で働くと、手取りで11万円ほど手に入り、8万円ほどが貯金でき、3年で300万円程度になるようです。ベトナムバクザン省出身の元日本留学生によると、「私の故郷には、実習生が建てた家がたくさんある」そうです。

つまり、多くのベトナム人が日本に来たがる理由は「金」です。だから、日本人と違い長時間労働は大歓迎です。休みなく働き、できるだけたくさん稼ぎたいのです。あるベトナム人技能実習生にしては珍しく、一人一部屋で昼食も無償提供され、「労働環境はとてもよかった」のですが、「残業が全くできない」ので不満だと言っています。

技能実習」なので、日本の技能をベトナムに移転することを目的としていますが、建前に過ぎません。日本の実習生受入企業の6割は従業員19人以下の零細企業です。そうした企業に、国際貢献に寄与できるほどの余力はありません。日本の企業は単純に労働力を求めていますし、ベトナム人も単純に金を求めています。

それでも法律上、「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」となっているので、変な弊害も出ています。それが技能実習生に課される「前職要件」です。技能移転が目的なので、日本で従事する仕事に母国でも働いていた経験が要件となっているのです。しかし、日本の受入企業が技能実習生にしてもらいたい仕事の多くは単純作業です。日本企業はこの前職要件を満たす外国人からだけ採用したいわけではありませんし、外国人も前職と同じ仕事に日本で就きたいわけでは全くありません。

だから、職歴の偽装が常態化している、と日本側の監理団体もベトナム側の送り出し機関も口を揃えます。1件100ドル程度で偽造書類を作成してくれる会社がベトナムにはあります。最低、半年程度の職歴が必要という建前なので、実習生として応募できるのは、通常、学校卒業の半年後になりますが、卒後半年が待てないために、大卒者が高卒だと偽るケースまであるようです。この偽装書類作成の手間賃も結局、技能実習生に払わせているので、前職要件は即刻、なくすべきでしょう。

ベトナム人が日本に来たがる理由はお金であるように、失踪する理由もお金になります。2019年の失踪技能実習生に対する法務省の調査によると、失踪理由で一番多いのは「低賃金」で67%です。次に多い理由も「実習終了後も稼働したい」で18%と、やはりお金が理由です。他の失踪理由の「指導が厳しい」の13%や「暴力を受けた」の5%よりも多いのです。

「大半の実習生は日本で成功している」に続きます。

3K職場でも喜んで残業してくれる外国人労働者は日本の救世主である

前回までの記事で、マスコミ記者が介護制度の基本知識すらないまま介護殺人を感情的に報道していることを嘆きました。その記者たちの弁護をすると、日本の介護制度は1日や2日で全体像を把握できるほど単純ではありません。まして、外国の介護制度と比較して、日本の介護で生じている問題の解決策を提案するとなると、基本知識を共有した記者たちが複数人体制で半年程度は取材しないと無理でしょう。毎日新聞NHKも「複数人体制で半年程度は取材」したようですが、「基本知識の共有」すら十分できないまま終わっています。逆にいえば、介護経験ゼロのマスコミの記者たちが半年頑張って取材しても、基本知識の共有すらできずに、感情的な報道しかできないほど、日本の介護制度は複雑です。

介護制度同様、「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)の著者が認めているように、外国人労働者制度も一冊の本ができるほど複雑です。知識ゼロのマスコミ記者による「外国人労働者が劣悪な環境で働かされて可哀そうだ」という感情的な報道ばかりが注目されていますが、問題の本質はそこにはありません。そんな感情的な報道しか知らない日本人にとっては、「ほとんどのベトナム人労働者は残業が多い仕事を好む」事実を正しく理解できないはずです。

出稼ぎ目的の外国人が日本で実習生と留学生になる理由」からの一連の記事にも書きましたが、「日本人が嫌がる仕事を、安い賃金で外国人にさせるのは道徳的に許されない」との考えを私はほとんど持っていません。ほぼ全ての先進国はそれを実行していますし、発展途上国の人たちもそれを承知で、喜んで出稼ぎに来ています。一連の記事に書いたように、問題の本質はそこではなく、「外国人労働者最低賃金しか受け取っていないのに、経営者はその数割増しの実質賃金を払っていること」「汚職のせいで、外国人労働者たちが不必要な渡航費を払っていること」「優秀な外国人労働者が他国にとられていること」「日本の労働不足を補うほど外国人労働者が来てもらえる制度になっていないこと」になります。

外国人労働者最低賃金しか受け取っていないのに、経営者は最低賃金以上のお金を払っている」理由は、既に「外国人実習生からピンハネする官僚たち」に書きました。他の問題については、これからの記事に書いていくつもりですが、まず大前提として、ほとんどのベトナム人が日本で成功している統計事実を示します。

NHKよりもひどい毎日新聞の介護殺人取材

前回までNHKの介護殺人報道を批判しましたが、毎日新聞の介護殺人報道はもっとひどかったです。

毎日新聞の取材がNHKに劣る理由は、毎日新聞NHKより先に報道したからでしょう。「介護殺人」(毎日新聞大阪社会部取材班著、新潮社)に書いてあるように、介護殺人について日本で最初に大きく連載報道したのは毎日新聞であり、それに触発されてNHKが介護殺人について特別番組を報道したようです。医者の世界で「後医は名医」という格言があるように、先発組を参考にできる分、後発組は有利なので、より質の高いものができます。

一方、NHK毎日新聞の報道について、医療や介護の専門職がみたら「こんな基本情報すら十分に把握できていないのか」と落胆するほど質が低いのは、どちらも介護経験がない記者たちが取材しているからでしょう。

特にひどいと私が感じたのは、毎日新聞が「イギリスの介護制度を見習うべき」としていることです。

イギリスの社会保障制度の知識を少しでも持っている人なら、イギリスの介護制度が日本より優れていることはありえない、と考えるはずです。イギリスは医療崩壊が起こった国で、「福祉先進国・北欧は幻想です」に書いた通り、いまだに医療崩壊から完全に抜け出せてはいません。医学部の解剖学で、医学生が遺体の解剖を自らしないで、既に解剖されている臓器を手で触れるだけなのは、私の知る限り、イギリスだけです。医学生が実際にメスで切れる遺体を用意できないほど、イギリスは財政難なのです。イギリスの公教育の給食は、安いポテトチップスなどが出てきて、日本人のPTAが見たら卒倒するほどの質の低さなのも有名です。財政を極限までケチらざるを得ないイギリスが、介護保険に大盤振舞することなど考えられません。イギリスで介護施設にいる人たちの少なくない数が、日本だと病院にいるほどの重傷者だと確信します。この毎日新聞の記者たちは海外の介護保険制度を見習うべきと主張しながら、まず間違いなく、現場取材をろくにしていません。

もっとも、本で指摘されている通り、夜間や緊急の介護対応が日本で不十分であることは事実です。夜間の介護士不足で施設入居ができず、やむを得ず、日本で唯一合法的に隔離・拘束できる施設である精神病院で暮らしている認知症患者は日本に何万人もいます。海外と比べても夜間の介護対応が不十分かどうかは不明ですが、もしそうだとするなら、一番の原因は人手不足にあるはずです。介護職、特に夜間や緊急対応する介護職の給与を含めた待遇改善がのぞまれます。そのために「介護職の公務員化政策」は考慮に値するはずです。また、多くの先進国が行っているように、介護士不足を外国人労働者で補う政策も、必然的に触れなければなりません。

しかし、本では介護職の待遇改善や外国人労働者の話は全くなく、イギリスの介護制度は素晴らしいが日本の介護制度はダメだ、と短絡的に批判しています。イギリスの介護の現場取材はもちろん、日本の介護の基本知識の共有もできていないままなのに、なにを言っているのでしょうか。本質が全く見えていません。

公平に考えて、日本の医療制度と介護制度は世界最高でしょう。高齢者だけに着目すれば、2位を突き放してのダントツのトップと私は確信します。むしろ、素晴らしすぎて、安価で過剰になっている害に注目すべきです。これまでも提案してきた「安楽死を認める法案の作成」、「がん検診の年齢制限」などはいいかげん実行すべきです。こういった改革が進まないのは、マスコミの記者たちが知識不足のため、問題をセンセーショナルに報道するだけで、問題の本質(重要な点)に気づいていないことも大きいようです。マスコミが報道しなければ、大衆も問題の本質に気づきません。

介護問題同様、本来はマスコミが深く掘り下げて、世間に周知すべきなのに、周知されていない重要問題に、上でも指摘した「日本の人手不足解消のための外国人労働者問題」があります。既に「出稼ぎ目的の外国人が日本で実習生と留学生になる理由」などで論じていますが、「ルポ技能実習生」(澤田晃宏著、ちくま新書)という素晴らしい本に出会ったので、次の記事から、さらに深掘りします。

世界最高の介護制度のある日本で介護殺人が多いはずがない

「母親に、死んでほしい」(NHKスペシャル取材班著、新潮社)は、NHKの記者たちがここまで医療や介護や福祉について知識が乏しいのか、と失望してしまう本でした。この報道を観た多くの日本人も好意的な反応を示した、と書いてあります。だとしたら、日本人全体の死生観の質が低いことを示しているようにも思います。

NHKの独自調査によると、2010年から2015年までの6年間で138件の介護殺人が起きたそうです。「2週間に1度介護殺人が行われています」とのナレーションがNHKスペシャル「私は家族を殺した」で流れたそうです※。

この情報だけで、まともな知性のある医療や介護職の人ならこう考えるでしょう。

「そんなに少ないわけがない」

高齢者は毎年100万人以上亡くなっています。自殺している人だけでも毎年1万人もいます。日本の殺人件数は毎年1000件程度です。それなのに、介護殺人が年間20~30件のはずがありません。死亡診断した医者が見抜けなかっただけで、実際は介護殺人であった事例はその数倍はいるに違いありません。介護しないせいで死んだ事例(消極的殺人)も含めれば、介護殺人は1千件や1万件に達するかもしれません。

前回の記事でも嘆きましたが、NHKが部署横断で取材したのに、基本となる情報すら共有されていません。本では認知症と一括していますが、100人の認知症患者がいれば、100種類の認知症があるのは、医療者にとっては常識です。特に、血管性などの急性なのか、アルツハイマーやレビーのような慢性なのかの区別は重要です。急性の血管性認知症であるなら、日本だと急性期病院の後にリハビリ病院(回復期病棟)に1~3ヶ月入院できます(入院させられます)。その第一の理由は、血管性認知症の発症直後に効果的なリハビリをすると、機能が大幅に回復することがあるからです。第二の理由は、たとえ機能が全く回復しなかったとしても、リハビリ病院入院中に介護保険の申請などの手続きがとれて、家族も心の準備ができて、家族が本人の介護に負担を感じないようにするためです。だから、急性と慢性の認知症の差は重要なのですが、その区別をせずに、介護の負担を論じています。

上記の回復期病棟のシステムもそうですが、「高齢者以上に現役の社会的弱者にも個別事情に応じた人的援助を与えるべきである」に書いたように、日本は世界史上最高の高齢者福祉を実現させています。そんな常識を知っていたなら、「日本で介護殺人が多発している」という報道の仕方に違和感を持つはずです。「日本で介護殺人が多発しているはずがない。おそらく、海外ではもっと多いはずだし、昔の日本ではもっと多かったはずだ」と考えるのが普通のはずです。実際、年間わずか20件程度の介護殺人なら、高齢者の自殺者数と比較すれば、500分の1程度です。「介護殺人をここまで大げさに報道するくらいなら、その500倍もいる高齢者の自殺者を50倍は報道すべきじゃないですか?」と言うNHK記者は一人もいなかったのでしょうか。

日本の高齢者福祉制度は素晴らしいので、それを介護者がよく知っていれば、介護殺人のいくつかは防げます。介護殺人を避ける方法として、認知症情報の普及、高齢者福祉情報の普及、介護士不足の解消、家族のことは家族で解決すべきという固定観念の払拭(上記の本でほぼ唯一の解決案の提示)の四つが重要だと私は考えます。もっとも、これらを徹底しても、年間20~30件程度の介護殺人なら避けられないだろう、と私は考えます。前回の記事で私が批判した倫理観の低い元看護師や、それを見抜けない倫理観の低い記者は、世の中にどうしてもいますから。

人生は、始まりは似たようなものですが、時間経過にしたがって、それぞれ違いが大きくなります。理論上、高齢者で違いは最大になります。この本では介護殺人を一括して論じていますが、一括している時点でおかしい気がします。人は死ぬ時であっても、それまでの人生と無縁でいられるとは限りません。一件の介護殺人を取材しようと思ったら、殺された高齢者と殺した家族の両者の人生について、徹底的に取材しなければ、その本質は見えません。こういった高齢者あるいは人生に対する基本知識すら、この本からは感じられません。

以上のように、高齢者や医療や福祉の基本的な情報すら持たずに、NHKの記者たちは適当に取材しています。記者たちは全員「介護殺人を1件でも減らしたい」という思いだった、と書いてありますが、本気でその目的を達成したいのなら、こんな見解の浅い番組を報道するより、認知症や高齢者福祉制度の情報普及番組にした方がよほど有益だったと私は確信します。

次の記事で、介護殺人についてNHKより質の低い報道をした毎日新聞について批判します。

 

※この介護殺人統計を堂々と放送しただけでもNHKは取材不足だと批判されるべきでしょう。単に新聞データベースを調べただけの研究で、下のグラフの通り、年間40~50件程度の介護殺人が起きたことが示されています。NHK報道の「2週間に1度」ではなく、「1週間に1度」と2倍も誤差があります。下のデータは介護殺人についてNHKより先に報道した毎日新聞の本にも出てくる有名な研究結果です。素人でも調べれば容易に出てくる研究すら見落とすほど、NHKの取材力は低いようです。